眼球奇談
ひとつ、僕の知っている話をしよう。
しかし未完成の物語でもある。
物語を完成させるのはあなた自身。
そういう物語だ。
あるところに目の美しい少女がいた。
瞳の色は、6月のよく晴れた空の色で、白いところは凍てついた星のように澄んでいた。
少女の肌の色も、髪の色も、ここでは語らない。
この物語には関係がないからだ。
少女は、世界最大国でさえも買えるほどの大金持ちの娘だった。
大金持ちは少女をとても愛していた。何よりその美しい目を愛し、その目にふさわしい景色を映そうと、少女のまわりを美しいもので埋めた。
また美しいものを見せるため、世界の国をつれて歩いた。
少女は美しいものに囲まれ、何不自由なく幸せに暮らした。自分が幸せであるかどうかもわからないほど、幸せな少女だった。
けれど、13歳になったとき、大金持ちを狙ったテロリストの攻撃に巻き込まれて、死んでしまった。
偶然にも生き残った大金持ちは、少女の眼球が無傷なのを知った。
大金持ちは最新技術を集め、眼球をガラスの容器の中で生かすことに成功した。
そして、ガラス容器を一流の宝石職人にゆだねて、宝石でかざらせた。
世界一美しい一対の眼球は、世界一美しいガラスの容器に収まって、世界一の技術に支えられ、生き続けることになった。
大金持ちは少女が生きていたときと同じように、そのガラス容器を持ち歩き、美しいものを見せつづけた。
美しい海。
美しい夕焼け。
美しい街……。
その一対の眼球が瞳に映した光景はどこへ届くのだろう?
3年後、ガラス容器の中の眼球は、再度襲ったテロリストの爆弾で大金持ちともども、こなごなに吹き飛んでしまった。
さて、あるところにひとりの少女がいた。
少女はさびれた町で生まれ育った。
ゴミだらけの道、土色の顔の人々、錆の浮いた川、崩れかけたビル、放置されたクルマ。
見る景色はすべて色あせていた。
少女は母と義父と3人家族だったが、義父にことあるごとに殴られ、母は義父の機嫌を損ねることを恐れ見て見ぬふりをする、という暮らしだった。
打撲や骨折は幾度もあり、病院に運び込まれたこともある。
悲しいほどに色のない日常の中で、少女は部屋の隅で見るテレビの中の、美しい景色や事物に憧れた。
いつかこの町を出て美しいものをこの目で見るのだ、と思うことが少女の支えだった。
13歳になった時、一緒に住む義父がいつにない怒りを少女にぶつけた。
職を失ったばかりだったからかもしれない。それとも、少女の顔立ちが妻の前夫に似てくるのを嫌ったからかもしれない。
拳や蹴りの嵐ののち、怒り収まらぬ義父が椅子を振り上げた時、少女は恐怖を感じアパートから飛び出した。
そして通りかかったトラックに轢かれてしまった。
少女は病院に運ばれた。
けれど、ベッドの上で身動きひとつとれず、目も開くことも口を動かすこともできなくなった。
少女はベッドの上で3年間を過ごし、ある日静かに息を引き取った。
僕がこの2つの話をしたのは、不思議な符号があったからだ。
一対の眼球がガラス容器に収められた日と、不幸な少女がトラックに轢かれた日が同じだった、ということ。
それに、ガラス容器に入った眼球が爆弾で吹き飛んだちょうどその時間、不幸な少女が息を引き取った、ということ。
本当にまれな偶然の一致なのかもしれない。
不幸な少女は、ベッドの上で微笑みひとつ浮かべることもできなかったから、死の間際まで何を感じて、何を考えていたのかわからない。
ただ……。
美しい眼球が見た美しい光景は、美しいものに焦がれつづけた少女の心に送られ、彼女の最期を満たしたと思ってはいけないだろうか?
……これは、あなたの「願い」が完成させる物語だ。
<了>
読んでいる人が完成させる物語は書けないかな?と思ったのがこの物語の発端。
ゲームなら「プレイヤー」が主人公で物語を完成させるのが当たり前ですが、小説だとなかなかむずかしいものです。




