32、温かい日常
雑木林を抜け、歩ける道に出る。
出た時は傾いていた太陽は沈み、ぼんやりとした月と、星明かりが道を照らす。
そう言えば予見者と戦った時もこんな月が出てていたような気がする。
「…なに?ニヤニヤして。」
「思い出してたんだよ、お前と会った日もこんな月だったなって。」
「そうだったんだ。」
周りにバレないように窓に貼った黒い布からぼんやりと明かりが漏れ、かすかにだが、いい匂いが漂っている。
「帰ろう、あいつらももう待ちくたびれただろうし。」
「じゃあ、どっちが早く戻れるか競争。」
「まてよ、俺まだ本調子じゃ…ったくもぉ!」
笑顔のまま颯爽と駆け出す予見者の後を力の入らない足で懸命に追いかける。けれどもその差はどんどんと離れていってしまった。
ーーーーーーーーーー
「ゼェ、ゼェ、ゼェ…た、ただいま……」
肩で全力で息をしながら倒れ込むようにしてドアを開けた。
「大丈夫!?すごい辛そうだけど、何か…まさか憲兵に!?」
その様子を見て裁断者が心配そうな顔をして歩み寄る。
「いや、そうじゃない…いきなりこいつが、競争とか言って先に行っちゃうから、それ追いかけて。」
「なんだ、よかった…もし襲われてたらどうしようかと……」
「そんなことより、み、水……」
先に戻っていた予見者から一杯の水を手渡され、一気に飲み干すが、胃が受け付ける体制ではなく、詰まったような痛み(感覚)の後に流し込まれる。
その痛みに耐えかね、お腹を抑える。
「あーあ、一気に飲むからそうなんだよ。」
背もたれを前にして守護者はこちらを面白そうに見る。
その背後のテーブルには豪勢な料理が並んでおり、我慢していた分普段より一層うまそうに見え、先ほどまで不調だった腹がとびきりの音を鳴らした。
「きったねぇ音だなぁ…ま、3日も食ってなけりゃそうなるか。」
テーブルに向き直し箸を手に取る、かと思うと椅子を引き俺の顔を一瞬見た後、ガツガツと勢いよくほうばり出した。
「素直じゃない人だけど、悪い人じゃないから仲良くしてね?」
「…最低限にはな。」
食べている手が一瞬止まり、ピクリと肩が動いた気がするが気のせいだろう。
守護者の隣の椅子に座り、負けじと並んでいるものを手当たり次第に口に入れ、飲み込み、また口に入れて飲み込む。
「急がなくてもちゃんとあるから落ち着いて食べてよ、もう。」
呆れたように言う言葉は聞き流され、俺たちに届くことはなかった。
「食べよう?無くなる。」
食事が無くなることを危惧した予見者が守護者の対面に座り、裁断者を急かす。
「いただきます。」
ちゃんと感謝を込めて言えるところに俺たちとの育ちの違いを感じる。
「ん?ほういえばらいほーはは?(そういえば雷操者は?)」
「飲み込んでから話してよ…彼はもう出て行ったよ。なんかもう一度大切なものを取り戻しに行ってくるって言って。」
「そうか、立ち直れたようで何よりだ。あ、それ俺の!」
狙っていたおかずを守護者に横取りされてとっさに箸で掴むと、引きちぎらんとばかりに引っ張り合う。
「お前さっき食っただろ、だから俺のだ。」
「いや、俺が食う前にお前何個も食ってただろ!よこせ!」
「……………!!!食事中くらい喧嘩しない!斬るよ!!」
2人の不毛な争いに堪忍袋の尾が切れたように言い放った一言の後、言葉は発されることはなかった。
ーーーーーーーーーー
「あぁー食った食った。大、満、足。」
窓のすぐ近くにあった植え込みの枝を折って作った爪楊枝を使い、歯の間を掃除する。
「ありがとう。そう言ってもらうと作りがいがあるかな。」
「な?俺いつも言ってるよね?俺にもなんかない?」
にこやかに笑いながら予見者と皿を洗う裁断者に守護者が詰め寄った。
「いつもやりがいを持って作らせてもらってます。ありがとうね、守護者。あーでもお皿洗い手伝ってくれるともーーっと助かるのになー。」
「そんなのお安いご用ですって。変わってやるから向こうでゆっくりしてて。」
両の肩をポンと叩き、位置を入れ替える。
しかしその働きぶりは消して良いものとは言いがたく、ただ単にザバザバと水遊びをしているように見えてしまう。
「あれでいいのか?」
「うーん、すごい雑だけど手伝ってくれるだけありがたいから、あんまり強くいえないかな。」
「強く言わなきゃ変わらんだろ…」
もう少しゆっくりして居たかったがあれはひどすぎる。
「変わるよ、予見者。」
「え?…あぁ、ありがとう。」
察したような声を出し素直に立ち位置を代わってくれる。
簡易的な洗剤を染み込ませた布で効率よく洗い残しのある皿をどんどん減らす。
「なんでお前俺がやったやつばっかやってんだよ。」
あまり気分がよくないというような目つきでにらみながら手を止めこちらの手元見る。
「お前が下手くそだからだ。いいか?こう言うのはな、雑にガーーッてやればいいわけじゃないんだよ、よく見てな。」
ちゃんと見せるようにゆっくり、丁寧に汚れをふき取る。
「で、この後はからぶきで水滴とかをふき取るが今はいらない。」
「…器用だな。」
「まじめに働いてたからこのぐらいは見ていなくてもできる。ほれ、やってみろ。」
見よう見まねでぎこちなくまだまだだが、先ほどの水遊びよりかは何倍もましになった。
「ここまだ汚れてる。もっかい。」
「えぇ…?別にいいだろこんぐらい。」
「食中毒になりたいってんなら、べつにそれでもいいけどな?」
舌打ちをしつつも今度は洗った後に汚れがないか確認をきちんとしている。その様子を見ながらもとの席に戻る。
「これで少しはましになったろ。」
「ごめん手間かけさせて。」
守護者に気を使い小声で感謝の言葉を述べる。
「いいってことよ。それに、お前らには悪いことしたしな。」
相手は何を言っているのか理解できていなかったようで、きょとんとした顔でこちらを見た。
「こちらの話だ、覚えてなくてもいいよ。」
逆に覚えていなくていい。そのほうが二人にとっては幸せだ。
「…そういえば、こっちに来る前はみんな何してたの?」
突然予見者が触れにくい話題を容赦なくこんぶっこんで来たため、ほんの少しだけだがいやな顔をしてしまう。
「あ、それ俺も気になってたんだよな、復讐者は前意味深なこと言ってたし。」
「あんまり気は進まないけど気にはなる…かな。」
だが周りの興味はどんどん俺のほうに向いていく。
「これ、俺からじゃないとダメか?」
「「「うん。」」」
きれいに三人揃って返事を返され、さすがに困惑した。
ここは話すべきなのだろうか?こいつらを…信用していいのだろうか…
「もったいぶってねぇでさっさと教えろよ!」
こちらが悩んでいるというのにお構いなしで催促をしてきた。
「…わかった、話すよ。」
複雑な心境の中、思い切って俺の過去について重たい口を開く。




