1 復讐者、現る
邪龍ヴリドラを倒した雷操者一行。
国王から手厚い歓迎を受け、討伐祝いの宴を楽しむ。
そして次の依頼へ旅立とうとした時、仮面を被った黒いコートの男が立ちふさがる。
「我が名は復讐者、我の名の下に罪を定め罰するものなり。よって汝ら……罪あり!」
復讐者と名乗る仮面をつけた黒コートの男はそう宣言する。
相手はただそう宣言しただけだ。しかし男が醸し出す雰囲気は死神と言われても差し違いないだろう。
「みんな気をつけて。こいつ只者じゃない。」
「えぇ、なんとなくわかるわ。」
皆それぞれに武器を構える。
ピリピリとした緊張が辺りを包む。その緊張を破ったのは赤髪の少女による渾身の右ストレートだった。
その攻撃を、男は物ともせず軽く受け流す。その手技の良さは達人の域に達している様に見えた。
少女の攻撃は悲しくも全て受け流され、鋭く空を切る音だけがする。
「こちらからも行くぞ!」
一人だけでは分が悪すぎる。かと行って二人だけでなんとかなるとも言えないがそれでも仲間として力を貸さないわけにはいかない。
稲妻を剣に纏わせ、切りつける。
だが、相変わらず虚しく空を切るだけだった。
「「ソイルホールド」!」
復讐者の片足が地面に埋まり、背面に大きな隙ができる。
「今だ!!」
背中をめがけて力を込め、振り下ろす。
大怪我にはなるが死にはしない、これは襲って来た報いだと思ってくれ。
罪悪感を抱きつつも振り下ろす途中、なぜか男は仮面の下でわずかに笑った様に感じた。
「待ってたよ。」
拘束していたはずの岩は簡単に砕け、仲間の首を掴み、盾にする。
「キャァァッ!!」
笑った答えは仲間の鮮血が目の前に飛び散り、痛みを訴えて辺りを転がることだった。
「これを狙ってたんだよ、だからこんな弱い奴に苦戦しているふりをしたんだ。」
わずかに見える目が笑いながら、そう告げる。その目に浮かぶものは純粋な悪、決して治ることのない諸悪に胸の内から怒りが湧き上がってくる。
「きっ…貴様ぁぁ!!」
「おいおい、俺じゃなくて仲間の事を最初に気遣え……よ!」
空き缶を蹴り上げるかのごとく男は足元で倒れていた少女を蹴り飛ばし、走り迫る僕に衝突させる。
その衝撃でさらに傷口が開き、血が僕の服を染めた。
「ぐっ…卑劣な……大丈夫ですか?!返事をしてください!!」
ただビクリと痙攣をするだけで、返事はおろか意識すら感じない。
「わざとらしいな、自分からやっておいて。」
「元はと言えば貴様が!」
男を睨みつけようと顔を上げるがそこにはすでに男の姿はなかった。
「戦闘中に何おしゃべりしてんだ。」
視界の外から鋭い蹴りが、無防備な顔に向かって放たれる。
「「プロテクト」!!」
不意をついた一撃だと思われたが、三者の防御魔法によって弾かれる。
「私たちを忘れないでね?」
「あー…そういえばまだハエが何匹か残ってたな。」
エルフの鋭い眼光と、男の不機嫌な視線が交わり、再度空気を張り詰める。
「雷操者様、おねぇちゃんのことは私に任せてください。」
開いた傷口に手を添え、高まった魔力で魔法を唱える。
「「ハイ・キュア」………!!」
少女の体ごと大きな魔法陣が辺りを包み緑の光が傷を癒そうと集まる。
しかし光は傷に触れた途端に色を無くし、跡形もなく消えてしまう。
「なんで!?なんで回復魔法が効かないの?!」
何度も回復魔法を使うが、全て虚しく消えてしまう。
「その理由、教えてやろう。」
エルフの猛攻を踊る様に避けながら落ち着いたトーンで男は話す。
「それはな、剣に宿る魔法の無力化が原因だ、じゃあなぜお前は仲間を切りつける事になったのか?それはな、」
一瞬にしてエルフの射線から消え、自分の視界を覆った。
「全て俺のせいだ。」
熱く胸に燃えたぎる怒りは、さらに熱を帯び握る剣に一層と力を込めさせる。
「知れた事を……言うなぁぁぁ!!!」
力を込めた一閃は相変わらず虚しく空を切るだけだった。だが怒りが収まったわけではない。
「エルフ!!一気に決めるぞ!!」
「わかったわ!」
剣にありったけの稲妻を、エルフは杖の先に魔力を集中させる。
「「「エクス………「サンダァァァ………「プロージョン!!!「ソォォォォド!!!!!!」」」」
極限まで高まった魔力は爆熱に変わり、そして稲妻は一筋の剣となり男を貫いた。
鋭い閃光と轟音の後、しばらくの静寂が訪れる。果たして男は死んだのか、普通ならば死んでいるのが当たり前だがあんな態度をしている奴だまだ何か隠しているに違いない。
「全力を注いだ……んだから…形すら残ってない………はずなんだけど…………」
深くえぐれた大地の中にのそりと立ち上がる影がある。
「あーあ、大切な勝負服が汚れちまったよ……ま、そろそろかな。」
非常識な現状に驚き、その場で一瞬固まる。我に返ると周りにいくつもの透明な赤い球体が行く手を阻む様に浮かぶ。
「小癪な手を使うな!」
斬りかかると弾け、その反動で後ろに仰け反り、さらに後ろにあった球体に当たり弾け連鎖に巻き込まれてしまう。
「おいおい、勝手に動くなよ予定が狂うだろ?」
男の合図で球体はある程度離れる。
「お前の予定になど合わせてられるか!」
「んじゃ予定変更と行こうか。」
僕の周りの球体だけが消え、穴から出てきた男が堂々と目の前に現れた。
「初めから正面から戦えばよかったんだ………」
「さて、どうかな。」
互いに構える。この一撃でお互いの全てが決まる。
「はぁぁぁぁ!!!」
中段に構えた剣を全身全霊の力を込めて振り下ろす。しかし相手は右腕で受け流し、左のアッパーが腹を捉え、天高く突き上げられる。
ぐるぐると体が回転し、上空へと打ち上げられた。
ポンと軽く背中を押されるがそれは決して慈悲のものではない。
「インパクト。」
先ほどの球体とは比べ物にならないほどの爆発力で瞬く間に地面に叩き落される。
「ぐっあぁぁ………くっ……まだ…まだ……」
転がっている剣を取ろうと腕を動かす。
「だからさぁ、もう大人しくしててくれないか、なぁ!!」
踏まれた右腕はゴギリと音を立て激痛を走らせる。
「あああぁぁぁぁぁ!!!!」
折れた腕を抑えうずくまると今度は頭を踏みつけられる。
「今度抵抗したらどうなるか、わかるよな?」
ゾクリと背筋だけではなく全身を襲う寒気に震えが止まらない。
もしあのまま頭蓋骨を踏みつけられていたら、と言う思考が止まらない。
「さてと…お客様も静かになった事ですし、トドメと行きますか。」
パチンと指を鳴らすと浮遊していた球体が一度に全て弾け、中心にいたエルフは見たこともない様な踊り方で踊った。
そして次に姉の隣でぐしゃぐしゃの顔をした銀髪の少女の元にゆっくりと歩く。
「安心しろよ、楽に送ってやるからさ。」
赤い光は男の右腕に集まり独特の形を成す。
「パイルバンカー…インパクト!」
特徴的な杭がバスンと音を立てて伸び、銀髪の少女の体を傷つけることなく貫通する。
「ふぅ……もう十分楽しんだだろ雷操者さんよ。だからさ、少し休もうか。」
再度作り直されたパイルバンカーが頭に向けられる。
「おやすみ。」
実体を持たないなにかが、激痛だけを伴い体を貫通する。
雷操者ら4人を難なく倒した復讐者。
彼はなぜ、何のために復讐をするのか、そして復讐をした先にあるものとは。
謎を残したまま2人目の転移者の元へと向かう。
次回、「復讐者再び」




