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いつか消えるその日まで  作者: 月兎
第一章
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大きな木の下でまた何度でも 番外編(後編)



結婚後、2人が住む家はユリウスの村の方に家を建て、暮らすことにした。

魔女が好きな2人にとって、ミネルヴァのいた村は居心地があまり良くないのだ。

村同士の合併が決まり町となって数年、ミネルヴァの村の人々は未だに魔女を悪と捉えていた。

一度根付いた固定観念はそう容易くなくすことなどできないのだ。


そんな訳で、ミネルヴァは迷うことなくユリウスの村の方に家を建てると決めたのだった。

それから程なくして2人の間には子どもができた。

裕福ではないにしろ貧しい暮らしでもなく、幸せな家庭が築けていた。

だが、子ども達をミネルヴァの村に連れて行くことはほとんどしなかった。

なぜなら連れていくと毎回子ども達に魔女がどれ程悪なる存在なのかを布教しようとしてくるからだ。


子ども達は魔女に憧れるほど好きなわけではないので、あまり気にしているようではなかったが、魔女が悪だという概念を植え付けられるのはミネルヴァが耐えられなかったのである。

魔女を好きでも嫌いでもそれは人それぞれの感性によって決まるのだから構わないが、大人達の勝手な都合で子ども達の感じた感情を変えてほしくはないのだ。

それによってミネルヴァの実家に行くのは、子どもが生まれた時に顔を見せに行く程度だった。


子ども達が日に日に成長して子育てに苦労した時も、ユリウスと支え合って乗り越えて、そんな日々すらも幸せだった。

だけどその幸せは永遠には続かないものだったのだ。

あれは長男と長女がそれぞれ結婚をして家を出てから数日が過ぎた頃のことだった。

ユリウスがいつも通り仕事に行った数時間後、家で家事をしていたミネルヴァのもとにユリウスが仕事先で倒れたと連絡が入ったのだ。

急いで病院に向かうと、そこには意識を失ってベットに横たわるユリウスがいた。

命に別状はなく、疲労によるものだろうと言われ、幸いにもユリウスはすぐに意識を取り戻したので家に帰れることになった。


だけどその日からユリウスの体調には変化が訪れ始めたのだ。

それは倒れてから数日経ったある日。

あの日以来倒れることも体調が悪くなることもなくなったので、普通に仕事に通っていたユリウス。

いつも通り玄関で靴を履こうと右手を壁につくと、腕に力が入らずに壁に吸い込まれるように直撃し、ユリウスは鞄などと共に音を立てながら崩れ落ちた。

その音に、ユリウスの弁当を玄関まで持って行こうとしていたミネルヴァは、弁当を持ったまま玄関まで駆けていった。



「大丈夫かい!?ユリウス!」



そこには肩に壁をついて座り込んでいるユリウスがいた。

ユリウスはすぐに立ち上がり、ミネルヴァの方へと顔を向けて、少し恥ずかしそうに微笑んだ。



「大丈夫だよ。少しつまずいただけ」



つまずいたような音ではなかった。そう思ったミネルヴァは、またユリウスが倒れてしまうのではないかと心配になった。



「今日、仕事休んだ方がいいんじゃ……」


「大丈夫。本当につまずいただけだから」



そう言いながらミネルヴァの頭を優しく撫でるユリウス。

ミネルヴァはこれ以上止めることなどできなかった。



「わかったよ。これ、今日のお弁当」



そう言ってミネルヴァはユリウスに弁当を差し出したが、ユリウスはその弁当を受け取るのが少し怖かった。

さっきみたいに腕に力が入らずに弁当を落としてしまうのではないか、そんな考えが頭に過ぎった。

だけどミネルヴァに心配を掛けないよう、不安な表情を出さないように笑顔で右手を差し出した。



「いつもありがとう」



ミネルヴァは差し出されたユリウスの右手に弁当を置いた。

置かれた弁当は落下せずに、ユリウスの手の上へと落ち着いた。

ホッとするユリウス。



「行ってきます」


「行ってらっしゃい」



いつも通りの笑顔で言えた。だけど、不安は拭えなかった。

その不安は的中し、その日から右腕の力が徐々に衰え始めていた。

隠し通すのも難しくなり、ミネルヴァに全てを話した。

言いたいこと、聞きたいことがたくさんあったはずなのに、ミネルヴァはうまく言葉にすることが出来ずに心にモヤだけが残った。

なんでユリウスが。

そう何度も思って、何もできなかった自分自身への怒りとか悔しさとかで、涙が流れた。

その涙をユリウスは上手く力の出ない右手で拭った。



「ごめんね」



眉の下がった笑顔でミネルヴァの止まらない涙を拭う。

今日は雨が止まない、そんな日だった。




次の日、ユリウスは仕事を休んでミネルヴァと病院へ向かった。

前から家族にバレないように仕事帰りに何度か病院には行っていたが、今日行く病院は隣の街にある大きな病院だった。

町の医療技術ではこれ以上詳しいことを知ることができないと言われ、隣の街にある病院への紹介状を書いてもらったのだ。

一通りの検査を終え、診察室へと行くと先生は笑顔で言った。



「うーん、ちょーっと遅かったねぇ」


だからユリウスも笑顔で答えた。


「そうですか」



なんとなく分かってはいた。

自分の体だ、誰よりも1番よく分かっている。

だけど彼女は諦めてくれるだろうか。

彼女は優しいから僕の分まで泣いてしまうのではないだろうか。

そう思い、彼女の方へ視線を向けてみた。

しかし彼女は泣いていなかった。

下唇を噛み、眉間にシワを寄せて必死に涙を堪えていた。

その姿にユリウスは愛おしさを感じた。

泣かない僕の代わりに泣くのではなく、泣かない僕と同じ道を歩もうとしてくれるキミは、昔から変わらずやっぱりかっこいい。



「帰ろうか、ミネルヴァ」



愛しいキミの名前を呼べる。ただそれだけで僕は幸せなんだよ。



「……そうだね」



俯くミネルヴァの手を引きながら街を出ようとしたその時、ミネルヴァの足は止まった。



「まだ……まだ何かできることがあるはずだよ」



そして顔を上げ、今にも涙が溢れそうな瞳でユリウスに言う。



「魔女を探そう」


「魔女って……そんな簡単に見つかるものではないよね」



魔女は少なからず特殊な力を持つ者。

それ故に、その力を求める者、恐れる者に命を狙われることもある。

そのため、自分が魔女だと公表するものは少ないのだ。



「……そうだね。だけど薬草の魔女の居場所なら知っている」


「え、どこで知ったの……?」


「ユリウスと結婚する前、この街に立ち寄った業者に聞いたことがあるんだ。魔女に傷を治してもらったというから、何の魔女なのかと聞いたら薬草の魔女だと言っていたんだ」



そしてその業者はルーチェという街から来たのだと言う。

ルーチェ、聞いたことのない街だった。

だけど聞いたことがないということは、つまりそれほど近い場所ではないということなのだろう。



「その街に行くなら僕も一緒に行くよ」


「いや、行くとしたらあたし一人で行く。でも、行くかどうかは悩んでる……」



それはつまり子ども達や僕の体を気遣って行くのを躊躇しているのだろう。



「ミネルヴァが行きたいのなら行ってもいいと思うよ。でもその代わり一人では行かせない。僕と子ども達とみんなで行こう!」



ユリウスは両手をを広げながら笑顔でミネルヴァに言った。

その言葉にミネルヴァはクスッと笑った。



「まるで家族旅行に行くみたいだね」


「うん、行こうよ家族旅行。そんなに重く考えないで、長い旅行をしよう」



ユリウスはそう言いながら広げた両手でミネルヴァを包み込んだ。

そのユリウスの背中にミネルヴァも手を回して優しく抱擁をした。



「あぁ、そうだね。長い旅行をしようか」



2人はしばらくお互いを包み合った。




そして家に帰った2人は早速子ども達にユリウスの病気のこと、旅行のこと全てを話した。

病気について話した時は驚いた顔をしていたが、前向きに旅行という形で薬草の魔女を探しに行くという話には快く賛成してくれた。

結婚をして家を出た長男長女には電話で連絡をした。

自分たちの生活があるだろうから旅行には誘わなかったが、旅行に出る前に会いに来てくれることになった。


そしてユリウス、ミネルヴァ、次女、次男の4人は少し長めの旅行へと出掛ける……ことはなかった。

ルーチェへと行く道の途中で紛争が勃発してしまったのだ。

ルーチェへ行くにはその道を通る他なかった。

完全に手詰りになり、諦めたくなくても諦めるしかなくなってしまった。

最初ミネルヴァは他の魔女を探しに行こうとも思ったが、当てもないのに魔女を見つけるのは無茶だと思い直し、それからはユリウスの側にいることを決めた。



「ユリウス、何か食べたいものはあるかい」


「ユリウス、少し散歩にでも行かないかい」



ミネルヴァがずっと側にいてくれるのは嬉しいけれど、無理をしているのではないかという申し訳無さもユリウスにはあった。



「ミネルヴァ、キミはキミがしたいことをしていいんだよ」


「ユリウスと一緒にいることが今のあたしがしたいことだよ」



徐々に力が衰え始めていくユリウスを見ると、死へと近づいている恐怖や不安はあるけれど、だからこそユリウスとの1分1秒の時間を大切にしていきたいと思えた。


それから数ヶ月が過ぎ、ユリウスは家族に見守られながら静かに眠りに就いた。

涙が溢れて止まらなかったけれど、沈んでいる暇などなかった。

やらなければいけないことは沢山あった。

だから忙しさで悲しみを紛らわせることができたのだ。


そしてユリウスの葬儀から数ヶ月が経ち、そのままにしていた寝室を少し整頓することにした。

ベットの横にある棚の引き出しを開けると、そこには見覚えのない箱が入っていた。何かと思い開けてみると、いつの間に書いたのか家族人数分の手紙が入っていたのだ。

自分の名前が書いてある手紙を手に取り読んでみることにした。



『ミネルヴァ、キミに逢えてよかった。

キミに声を掛けてよかった。

キミと恋をしてよかった。

僕にとってキミとの出逢いは奇跡であり必然なんだ。

僕との運命を受け入れてくれてありがとう。

家族になってくれてありがとう。

ずっといつまでも心から愛してる』



短い文章だった。

きっと上手く体が動かなくなってから書いたのだろう、字が時折震えていた。

ふと、手に温かなものを感じた。

1滴2滴とそれは手に降ってきて、その量は増していくばかりだった。

それはミネルヴァの瞳から溢れて流れて止まることを知らなかった。



ユリウス、あたしはユリウスに出逢えたからこの町を好きになれた。

ユリウスに恋をしたから自分が少し好きになれた。

ユリウスと愛を誓い合ったから大切で愛おしい子たちが来てくれた。

あなたと出逢えたこの奇跡を、必然を、あたしはずっと忘れない。



ミネルヴァはその日一生分の涙を流した。



―――――― ❀ ❀ ❀ ――――――



それから数年が経ち、子ども達は皆家庭を持ち、家を出ていた。

ミネルヴァはというと、真実の魔女アリシアと出会ったあの森に家を建てて一人で静かに暮らしていた。



今日は天気がいいのか鳥のさえずりがよく聞こえてきた。

こんな日は紅茶を飲みながらお菓子を食べるに尽きる。

そんなことを考えながらミネルヴァは紅茶の準備をしようと思い立ったその時、扉をノックする音が聞こえてきた。



「あの、すみません。あなたにお聞きしたいことがあって、お話できませんか?」



若い女の子の声だった。

この家を訪ねて来る人は限られていた。

ミネルヴァを心配して近くに越してきた長女か、魔女について知りたい者か、だ。

長女ならばこんな言い方はしない。つまり、後者だろう。

魔女一覧を持つミネルヴァの元にはたまにそういった魔女の情報を知ろうとする者が訪ねてくるのだ。


だが、魔女の情報を知ろうとする者の中には悪い者もいる。

興味本位ならまだいいだろう、だが魔女狩りを企む奴らには情報を教えるわけにはいかない。

だから魔女の情報を聞きに来た相手に対して合言葉を作ったのだ。

何ら難しくない簡単な合言葉、相槌を打つだけでも成立する合言葉だ。だがそれだけでミネルヴァには分かるものなのだ。



「例のものは持ってきたのかい?」


「はい、持ってきました」


これは少女が少年と出逢う物語。

そしてこれからの彼女へと続く物語。

彼女の物語はまだもう少し続くが、それはまた別の場所で。






「大きな木の下でまた何度でも」の番外編(後編)です!

どうにか番外編書き終わりました(*´∀`)

結構ユリウスみたいなキャラ好きなので死なせたくなかったのですが、本編をああしてしまったので、まぁ仕方ないですね(´∀`;)

次回から第2章に入ります!

新キャラも出ます!

お楽しみに!

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