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いつか消えるその日まで  作者: 月兎
第一章
11/17

大きな木の下でまた何度でも 10




お兄さんが私と離れるのが寂しいと言ってくれて嬉しかった。

私もできればお兄さんとずっと一緒にいたいし、旅にも付いていきたいと思う。


でも私はきっとお兄さんの足を引っ張る。

今の何もない弱いままの私ではダメだ。

強くなりたい。強くならなくては。


エレナはそう、心に誓った。



「お兄さん。私ね、本当は旅に出てみたいし、魔女にも会ってみたい。でもお兄さんは私のこと連れて行く気なんてないんでしょ?」


「うん、連れて行くつもりはないよ」


「危険だから?」


「そうだね」


「でも私、いつかは旅に出るよ。それでお兄さんが話してくれた旅の話よりももっと大きな世界を見るの!」


「僕が話したような楽しいだけの世界ではないんだよ?」


「わかってるよ。だから強くなろうと思うの。ここにはたくさんの情報がある。魔法は、私も使えないかもしれないけど、魔術は使えるかもしれない。それに護身術の本だってあるし、お父さんに弓を教わるっていう手もあるもの!」


お兄さんが話してくれた旅の話はどれも楽しいものばかりだった。

だから幼い頃から外の世界に憧れていたし、お兄さんと一緒に旅に出たいと思っていた。

旅に必要なものは何かとか体力は必要だろうなとか、旅について色々調べていく内に楽しい事ばかりではないことを知った。

獣が襲ってくることもあるし、盗賊に会う可能性もある。

それでも旅に出たいという憧れは薄れはしなかったのだ。



「お兄さん、私、お兄さんの旅には付いていかない。しばらくはこの家で暮らそうと思うの」



エレナの突然の発言にミネルヴァは驚いた。

2人の話にどう割って入って止めようかと考えていた矢先に、まさか自分に矛先が向くとは思っていなかったのだ。



「ここに住むって、あたしと2人で暮らすってことかい!?」


「やっぱり、迷惑……?」


「いや、迷惑ってわけじゃないが……」



食事はたまにエレナの母親が届けてくれていたとはいえ、しばらく一人で暮らしていたミネルヴァにとって、誰かと一緒に暮らすというのは久方ぶりで正直に言っていまさら孫とどう接して暮らしていけば良いのかわからないのだ。



「私、強くなりたいの……!でも、それだけじゃなくて、おばあちゃんともっと話したい。今まで話せなかった分いっぱい話したいの」



エレナの真剣な眼差しに、ミネルヴァは今まで隠していたことを償わなければいけないと思った。



「……わかったよ。ただし、お母さんに了承を得てからだ。あの子には色々と心配かけたからね、これ以上心配させるわけにはいかないんだよ」


「うんっ!わかった!ありがとう、おばあちゃん!」



その後、エレナの母を呼び、エレナがミネルヴァの家に住むと話すと


「それなら私達もこっちに移り住むわ。どうせならこの家建て替えちゃいましょう!もうだいぶ経つしね」


と言い始めた。



「何言ってんだい!こんな町の外れ不便でしかないだろう」


「大丈夫よ!今までだって通っていたんだもの。それにお母さん人付き合い嫌いでしょ?私達の家に来るよりはマシだと思わない?」



エレナの母親は押しが強く、ミネルヴァはいつも折れる他なかった。

こうしてエレナの家族はミネルヴァの家へと移り住むことが決まったのだった。


そしてエレナにとって衝撃的な事実を次々と知ることになった刺激的な夏休みは終わりを告げた。



夏休み明け、お兄さんの泊まっているところに行くと旅に出る身支度に勤しんでいた。



「お兄さん準備進んでるみたいだね」


「うん、でもそろそろ休憩しようかなと思ってたところだから、あの木まで少し散歩でもしない?」


「うん!」



エレナとお兄さんは昔からよく行く丘の上の大きな木の下まで散歩することにした。



「お兄さんいつ頃旅に出るの?」


「ひと月したあとくらいかな」


「そっかぁ、なんかあっという間だったなぁ」



小さい頃、お兄さんという旅人に会って、初めて外の話を聞いて憧れた。

私のわがままで長い間この町に留まってもらってたくさん色んな話をした。

笑い合ったり慰めてもらったり愚痴を聞いてもらったり。


結局お兄さんが怒った姿もお兄さん自身の話もほとんど聞けなかったけど、でもいつかまた会えた時、その時は話してもらおうと思う。

でもこれだけは旅に出る前に聞いておかなければならないことである。

そして丘の上の木にたどり着いたエレナはお兄さんに一つの問を出した。



「あのね、お兄さんが旅に出る前に一つ教えてもらいたいことがあるの」



ずっと昔から聞きたかったこと。

聞こうと思えば聞けたはずなのに、何故か聞けなかった。

聞かないことで距離を詰めないでいられたから。

距離を詰めないことでお兄さんが逃げないと思っていたから。

でも、今聞かないと逆に後悔する。



「いいよ。僕に答えられることなら答えるよ」


「とっても簡単なことだよ。……お兄さんの、名前が知りたいの」


「名前……僕、名乗ってなかったのか……。ごめん、名乗ったとばかり思っていたよ」



お兄さんは焦ったように動揺していた。



「そっか、そうだよね。君1回も僕のこと名前で読んでなかったもんね」


「10年以上一緒にいるのに誰もお兄さんのこと名前で呼ばないんだもん。そもそもお兄さん人とあんまり関わらないし」



お兄さんは年を取らないことを悟られないように町の人とはなるべく距離を置いて過ごしていたため、よく話すのはエレナくらいなものであった。



「ごめん、不老不死のことがバレてしまわないように、自分のことはなるべく話さないようにしていたから言い忘れてしまったのかもしれない……。」



シュンとするお兄さん。



「いいの!聞かなかったのは私だし、それにきっと今この時のために私は聞かなかったんだよ」



なんて冗談を交わしてみる。

だってなんて言っていいのかわからなかったのだ。聞かなかったのは私なのにお兄さんの方が落ち込んでいるから。



「そんなに大した名前じゃないよ」



そう言いながら微笑むお兄さんの顔を見てエレナも安堵し微笑んだ。



「僕の名前はリアム。ね、普通の名前でしょ」


「リアム……。ううん、とっても素敵な名前だよ……!」



秋の前触れの爽やかな風が通り過ぎ、2人を優しく包んでいく。

エレナもリアムも笑い合い、そして別れの日がついにやって来る。






大きな木の下でまた何度でも第10話目です!

お兄さんの名前がやっと出せました!

そして次回は第一章の最終話です⸜(*ˊᗜˋ*)⸝

最後まで楽しんで頂けたら嬉しいです!

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