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死と生を望んだ少女の成長譚  作者: あまのん
第一章 過去との決別
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第一話 蝉のように羽ばたいて


セミロングの黒い髪が風に揺れる。

朝は整えていたのに、たった一日でボロボロボサボサで風邪に撫で回されるたびにそれが顕著になるようで

手で優しく梳いてみる。どうにもならない


胸は人並よりは少し上だという自覚はあるけれど、

弾けるほどの大きさではないはずなのにブレザーのボタンははじけ飛んでいて、着崩れたまま直らない


いや、直すのにももう……疲れたんだ


「先立つ不孝をお許しくださいませ、お母様、お父様」


感情などこれっぽっちも籠っていない声で呟きながら、空を見上げる

陽が沈んでいく夕暮れ時で、点々と浮かぶ雲にはオレンジ色の夕日が映えたきれいな景色

どうせなら、その美しさを台無しにしたいなと私は思う

下を向けば見える市立夜渡美中学校の敷地内は空とは対照的に汚いくせに、綺麗にするのだけは一人前に早い

だから結局、私が真っ赤な絵の具を画板にぶちまけたとしても何の影響もない

さっと拭って、さっと取り換えて、はいお終い

私の生きていた証というべきか、この世界に残した汚れはその程度で拭い去られてしまう

そしてきっと、その程度だとしか、思ってはもらえないだろう


「でもその方が後腐れなくていいのかな。別に、覚えていて欲しいわけでもないし」


ただ女の子として。汚いよりは綺麗な方がいいなぁと思うだけで

だとしたら綺麗な景色を台無しにしたいという考えはなんなのだろうと苦笑して、投げ出した足をパタパタと遊ばせる

どこからともなく吹く風は父親のような生暖かさと気色悪さで

せっかくの笑いも引っ込んだ私はたまらずため息をついて、後ろのフェンスを掴む


(つまらなかったなぁ)


私は今日、学校の屋上から飛び降りて死ぬ予定だった

家で首吊るとか、駅のホームから飛び込むとか方法に悩みこそすれ

命を絶つという結果に関しては特に悩むことはなかったし、

屋上までの階段を上るときに緊張することはなく、

フェンスをよじ登った時にだって怖いと思うことさえなかった


ただ、下から見られたらスカートの中が見えるかなぁ。と、

どうしようもないほどにくだらないことを考えただけで

それくらいに、この世界で生きていたくないと思った


「だって、生きてる意味がないんだもの」


家でも学校でも生きている意味がないのが私だから。

そのくせ、存在している価値があるのだから救いようがない


(嫌だよね……ほんとうに……嫌な役回りだよ)


家ではヒステリックな母親のストレス解消を担っていること

ほんの少し気に入らないことがあればすぐにでも怒り狂ってお腹を殴られ、お尻を蹴り飛ばされる

一度顔面ガードしようとしたときには掠っただけで―私の顔なのに―発狂したかと思えば、

顔に傷つけて虐待されてるとでも告発したいんだろとかなんとか手を付けられない状況になって、

危うく、初体験が母親の暴行とかいうマニアックな経験をするところだった


(もっとも、それを少しも考えなかったって言えば嘘になるかな)


九十九パーセントは殴り殺されてみたくてやったことだったけれど

残りの一パーセントくらいは、分かりやすい怪我でもすれば母親を追放できるかなと思ったのだ

もっとも、それで私はどうやって生きていくのかという問題になるので

結局は殴り殺されたかったような気がしなくもない


こうなったのもほかの女に逃げた父親が全面的に悪い

もちろん、他の女に逃げられるような理由があったお母さんにも非はあるのかもしれないけれど

それでもやっぱり、男一人繋ぎ留められなかったお母さんも悪いんだと思う


(結婚する前に気づかなかったのかなぁ……気づかなかったからこうなったんだけど)


そうして逃げられた結果、なんで、どうして。

そんな風に絶望に落とされていったお母さんは、精神的にかなり脆くなっていたんだ

そこに、町内では見事に逃げられた女として名を馳せたという最悪の展開


そして噂大好きおばさん達によるひそひそ話は当然、お母さんの精神を蝕んで病ませた上に

最終的にぶち壊しにしてくれたんだから最悪だ

だからやっぱり。その原因になったあの人が一番最低だと私は思う


(もっとも、そこでお母さんを救えなかった私にも責任はあるのかな?)


あんたなんかいなければ。とかお母さんは言っていたけれど

子どもなんかがいるせいで関係が悪化したんだとしたら

それは確かに私も悪いことになるのかもしれない


(いやいや、そんなの誘導尋問にもほどがあるよ)


子供は親を選べないんだから

そんなことになるような親の元に誰が好きこのんで生まれるだろうか

いや、生まれない

自分がそうすると考えなかったのか、

あるいはそうする様な人間だと自覚しながら女に走ったのか分からないけど

やっぱり父親は最低だし

そういう男だと見抜けなかった母親も最低だと思う


(しかもそれが私に八つ当たりどころかとばっちりだもんね)


その波状として私は学校での虐めの対象になった。

私立の中学校ならこれはなかったかもしれないけど、残念ながら市立。

お母さんの逃げられた女という話は見事に伝播して嘲笑の日々

そして、極めつけがとある先輩の告白を断ったこと。


(いいじゃん、告白されたのは私なんだから)


父親に逃げられ壊れた母親の傍にいる私が男の子に好意を持つはずがなかった。

先輩には非常に申し訳ないと思ったけれど、男の子との恋愛なんて考えられなかった。

その結果、恵。という今では馬鹿らしい名前のようにトイレの中で恵みの雨が降ってきたりと

陰湿だった虐めはエスカレートして、他の生徒やクラスメイトの前でも行われるようになっていった


(大体調子に乗ってるってなんなの……貴女が好きな先輩とか知らないよ)


周りは自分がまきこまれることを恐れて何もしない

私の存在があるから母親は心が救われるし、私以外のクラスメイトは被害に遭わなくて済む

可哀想だとか、痛そうだとか、辛そうだとか。同情出来る善人ですよとかいう偽善者の引き立て役


あるカウンセラーは言った。

貴女にもきっと、生きる意味はあるのよ。貴女のおかげで救われる人がいるのよ

まだまだ人生が長いんだから、この先きっと良いことがあるはずだから諦めないで。

まさしくその通りだとその場で大笑いしたことを思い出す


(虐められた経験なんかないくせに)


ただ一つ間違っているのは、私の未来になんて希望の一つもないこと


「良いことがある? 諦めないで? 母親を殺しでもしなきゃそんなことあり得ないし」


学校を逃れても家からは逃れられない

全寮制の高校への進学? そんなこと許されるはずがない

家出をしたって事情も知らない自称善人の警察様に補導されて、外面だけ良い母親に騙される


(実際にやられたからね……良いお母さんの振りは上手だった)


そしてまた、ヒステリックな宴の催し物にされる

今日も学校では楽しい玩具にされ、家に帰ればこんな時間まで何してたの。と怒られて……どうなるか

数時間後ですら逃避する僅かな隙間もないのに未来に希望を持つことなんてできはしない


「来世はもう、あれだ。蝉が良い」


私は正直虫なんて嫌いで当然蝉も嫌いではあるのだけど、

種類によって差はあれど夏場に一週間だけ鳴いて死ぬだけの蝉なら人生楽そうだから

もちろん、土の中にいる間にもいろいろ苦労はあるのかもしれないけど

別に自然の摂理による淘汰で命が潰えるのならそれはそれで構わないし、受け入れることもできる

殺されることなく甚振られ続ける事さえなければそれでいい

蝉先輩のはふざけんじゃねぇぞって怒鳴られるかもしれないけど。


「お叱りの為にも、蝉で」


果てしなく遠く近い未来の来世に希望を託して、私は空へとはばたく練習をする。

翼のない体は瞬く間に落下していき――私は見事にコンクリートの汚れの一つになった

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