第3章 イーモンの仕事
ドアを開けたイーモンに気付いた女性は彼に縋りつくように涙目で、
「い、イーモン! 一番下の子が急に熱を出してとても苦しそうなのよ! どうか助けて!!」
そう訴えるのでイーモンは真剣な表情で、
「分かった、少し待っててくれ! 今すぐに薬を持ってくるから、とにかく今は落ち着け!」
と言うと奥の部屋へ入り数分してから出て来ると三角に折り畳まれた白い袋を渡すと、
「ほら、いつもの熱冷ましの薬だ、これで少しは楽になる」
笑顔でそう言うと女性は何かを気にする仕草をするのでそれに気付いた彼は、
「代金はいつでもいい、それよりも早くそれをこの子に飲ませてやれ」
そう優しく言って女性の手に薬を持たせると彼女は何度も頭を下げながら自宅へ帰って行き、それを手を振りながら見えなくなるまで見送ると、リビングに戻って来て何事もなかったかのように食事をしていたので、俺は気になって前のめりになりながら、
「なぁ、じいちゃんは医者なのか? さっきの薬もじいちゃんが……?」
とイーモンに疑問をぶつけると彼はスプーンを持つ手を止めて真剣な表情で俺を見返すと、
「マモル、セラフィナもこれからは俺の事を師匠と呼ぶんだ、あと敬語も忘れるなよ……わかったな?」
そう刀のような鋭い眼光で言われた俺達は姿勢を正した後イーモンを見返して、
「は、はい! 師匠!!」
「心しておきます」
と二人そろって言うと彼は小さくため息をついていたのだがどこか嬉しそうに、
「そこまで硬くならなくていい、師弟関係はどちらかが硬くなりすぎれば脆くなっちまう……だから気楽にやれ」
次は優しく諭された俺は一度深呼吸をしてから、
「し、師匠はこの街の医者なんですか? さっきの女性に渡した薬も師匠が調合をして……?」
そうぎこちない敬語で尋ねるとイーモンはまた嬉しそうに微笑むと食事を再開しながら、
「俺は医者のように立派な人間じゃない、それにこの世界でのライティアはどんな存在か俺は教えたはずだが、忘れたのか?」
と逆に尋ねられた俺は慌てて一か月で覚えた事の記憶を探りながら、
「え、えっと……サフォールと契約を結んだライティアは魔法を使い、その力は民衆のために使う手段である……?」
あまり自信がなかったので語尾が小さくなったがイーモンは感心したように頷くと、
「そうだ、よく覚えたなマモル! 俺達ライティアはこの国の民衆を守るために薬を作ったり、時にはまじないをして邪気や疫病から街や国を守る事もするんだ、これもいい機会だから明日からは魔術の訓練をするか、覚悟しとけよ……?」
そう悪戯っぽく笑いながら言われた俺は唾を飲み込みながら、
「は、はい師匠‼」
と緊張気味に返事を返すとイーモンは苦笑いをしながらもため息をついた後微笑んだ。
そして翌朝、俺達は陽が昇る前に目を覚まし朝食を急いで取ると支度をしてから俺はイーモンに連れられ地下室に行くと、本棚に隠された頑丈な鉄の扉を開け中へ入った途端周りを見回して驚きを隠せずに息を吐いていると彼が、
「何を呆けているんだ? 今からこの部屋にある道具の使い方と効き方を全部説明するからしっかり聞いておくんだぞ」
と言って俺が入ると頑丈な扉を閉めて鍵をかけた事にさらに驚いて、
「な、なんで鍵を閉めるん……ですか?」
そう不慣れな敬語で尋ねるとイーモンは当然のように、
「この中には素人が使うには危険すぎるものが多いからな、本当だったら未熟なお前を入れるのも良くはないんだが……今日から魔法の訓練もしようよ思っていたし、今のうちにこの部屋にある魔法具達を全て覚えてもらうからな!」
また悪戯っぽく微笑んで言うと口を開けて絶句している俺の背中を何度もバシバシと叩いてから豪快に笑い、
「なんて顔しているんだ! 俺が修行中の時なんかここまで少なくはなかったんだぞ!? お前は運が良かったと思って頑張れ‼」
と言うと背中を丸めて呻く俺に彼は微笑みながら手を差し出したので首を傾げる俺に、
「今からこの中の魔法具を全部覚えてもらうんだが、この部屋では紙とペンの持ち込みは禁止なんだ、だから俺が預かっておく」
そう言われ紙とペンを渋々渡すとイーモンは満足気に頷いて受け取った物を後ろにある机に置くと俺に向き直り、
「それじゃあ説明するからちゃんと聞いて覚えろよ! ちなみに絶対何にも触れるな、一つでも触ればこの街が吹っ飛んじまうかもしれないからな」
真剣な面持ちで脅すように言うと彼はひとつひとつ丁寧に魔法具の説明を始め、俺の質問にも細かく答えてくれたため4日で部屋にある全ての魔法具の使い方や効能を覚えるとイーモンは嬉し気に頷きながら、
「この数を4日で覚えるのは大したもんだ、でもまだまだ修行は続くぞ! 次は戦闘訓練と魔法の実戦訓練だ、その前に体力作りからだな魔法を使うにはそれなりに体力がいるし、マモルがどれほど動けるのかも見たいから今すぐ近くの精霊達が住む森へ行くぞ」
そう言うなり部屋を出て行くので俺も慌てて付いて行き素早く支度を済ませると、鉱山に囲まれた街の中で1つしかない門まで行くとイーモンが門兵に、
「精霊の森に行きたいから開門を願いたいんだが?」
と気さくに話しかけるが門兵はいかにも面倒くさいというような表情で槍を頭の上でクロスさせると、
「今から外へ出る事は許可出来ない、もうすぐ夜になって獣や聖獣が活発になるためたとえ老いぼれたライティア殿でも弟子を携えれば命を失いかねない、明日の朝改めてお越し願いたい」
終始見下したような冷笑を浮かべて言われたので腹が立った俺は前に出て言い返そうすると、門兵は公に喧嘩が出来ると思い身構えたがイーモンが俺の前に出て来ると、右の袖をまくってアダンと書かれた腕を見せながらその腕に火をまとわせて鬼のような形相で、
「誰が老いぼれだ……? 俺はまだ元素魔法を全て使える現役ライティアだ、早く門を開けないとこの火で炙って俺のサフォールに食わせちまうぞ?」
と俺でもわかるほどの殺気を放ちながら言うと、空をセラフィナと飛んでいたアダンがタイミングよく降りて来て、
「イーモン、夕食はまだなのか? 腹が減ってしまったんだが……」
そう言うと門兵は肝を潰したように青ざめながら、
「い、いいい今から開けます!! 少々お待ちください~!」
と転げるように我先に走っていき門を開けたので俺は呆気にとられながらもくぐると、門が完全に閉まった事を確認したイーモンは怒ったような顔を崩してため息をつくと、
「最近の若い兵士は心が貧弱になったもんだ、少し脅しただけで怯えちまうなんてな! またサバスのど阿呆に言ってやらねぇと改善出来ねぇな!」
そう言いながら門を見やった後俺に向き合うと、
「まぁ、あいつらの事は一旦置いといてだな、今はマモルがこの山で俺にどこまでついてこれるかを試したいから早速行くぞ!!」
笑顔でそう言った後ふと思い出したように顔を曇らせると、
「そうだ、マモルは魔法が使えないから俺の側を離れるなよ、一瞬で獣のエサになっちまうからな」
と真剣な表情で言われた俺は唾を飲み込んでいるとそれに気付いたイーモンは安心させるように微笑みながら俺の頭を撫でると、
「そう怯えるなって、いざとなったらセラフィナが何とかするから! なんせマモルのサフォールだからな!」
そう豪快に笑いながら言うとセラフィナはため息をついてから、
「その前に師匠であるあなたが見守っていてほしいんだけど?」
と言いながらも俺の横まで来て頷くと合図を送ってイーモンも頷き返すと、前を向き直って歩き出し俺も付いて行くと突然辺りが真っ白なモヤに囲まれそれに気付いたイーモンは慌てたように、
「しまった! ここは奴のテリトリーだったのか!! マモル、手を……」
そう言われ俺は白いモヤに混乱しながらもイーモンの手を握ろうとしたのだが、言葉と同じく途中で彼の姿も消えていき俺の手は虚空を掴んだだけで、次にモヤが晴れるとそこは森の入り口ではなく大きな木が密集する森の奥だったので、驚きの余りしりもちをついていると目の前に螺旋状の角が額に生えた白い毛並みの馬が現れそいつは俺と目を合わせると、
『人間よ、なぜ我々の住まう森へ来た? よもや契約交わした事を忘れたなどとは言わせんぞ……?』
と直接頭に響く声にさらに驚きを隠せないでいる俺を見て苛立ったのか馬は不機嫌そうに、
『近頃の人間どもは我々が言葉を使う事すら忘れたのか……まぁたかだが百年ほどしか生きられぬ人間と我らが契約を交わした事自体が間違いという事か……』
そう諦めの混じる声で言って首を振られた俺はムッとなり、
「俺は元々この世界の住人ではないんだ、異世界間戦争ってやつに向けて修行のためにこの世界に来ただけで、別にあなた達に危害を加えるために来たわけじゃない」
と馬を見据えて言うのだがまだ信じてはいないように、
『そなたがライティアだとでも言いたいのか? だがサフォールが見当たらないではないか』
そう言われ言葉に詰まった俺に馬は怒ったように、
『やはりお前はライティアを名乗っただけの人間か……!』
と怒鳴るように言うと魔法で岩を召喚すると角で砕き俺をめがけて飛ばすと、咄嗟に目を瞑って腕を挙げていると横から、
「マモル!!」
そう聞き覚えのある声が響くのと同時に目の前まで迫っていた沢山の石の欠片が粉砕されていて、困惑しながら声が聞こえた方向を見るとそこにはセラフィナがいて、彼女は怒りのこもった表情で俺の横まで来ると馬に向かって、
「ライティアと一般人を見分けることすら出来ないなんて、気高いユニコーンも廃れたものね!」
唸りながら嘲るような言い方をすると馬はさらに怒ったように、
『黙れ!! キャティルの分際で我らを侮辱する気か!』
と言って先ほどよりも大きな岩を召喚して砕くと、飛ばして来た石の塊をセラフィナは口を大きく開けて目には見えない何かを出し殆どの塊を砕くが、残りの塊は未だに迫って来ていてまた俺は腕を挙げて身構えると、
「マモル!」
「セラフィナ!」
そうイーモンとアダンが血相を変えて走りながら近づきイーモンが人差し指を立てるとアダンの瞳が赤くなるとイーモンが、
「キューラー‼」
と叫ぶと人差し指の数センチ先から火の玉が幾つも出て来て全ての岩を砕くと、走って俺の前に立つと馬を睨みつけながら、
「まだ魔法を使えない子供相手に大層な事をするじゃねぇか、ユニコーンさんよ!?」
少し怒った表情で言うと馬は驚きで後ずさりながら、
『イ、イーモン……⁈ なぜ大いなるライティアである貴殿がここにいるのだ……!』
青ざめながらそう言うとイーモンは鼻で笑いながら、
「なぜって、新たなライティアを育てるためだ、それ以外に俺が夜中の森に入る理由があるか?」
と言うのだがまだ納得がいかないのか馬は、
『この場所にはこの子供だけを運んだはずだ、どうやってここまでこられた?』
そう尋ねるとイーモンはニッと笑うと上から黒くて丸い何かが落ちて来て、俺は驚いて後ずさると彼は俺の腕を掴みながら、
「心配するな、彼らが俺達を連れて来てくれたんだ、俺が少し説明しただけで察してくれてすぐに動いてくれたんだ、それで来てみればマモルがユニコーンにおそわれているから本当に驚いたぜ」
と大きなため息をつきながら言うと馬は困惑しながら、
『ば、バカな……コロニ達が人間の子供を助けるなどあり得る訳が……』
そう途中まで言いかけたがイーモンは不敵な笑みを浮かべながら、
「だから言っただろ? 彼はライティアとして修行の最中なんだ、マモルの腕にもセラフィナの刻印が刻まれているからしっかり契約済みだ!」
そう言って俺の腕を掴むと袖をめくって刻印を馬に見せると、決まりが悪くなったのか振り返ってから小さな声で、
『すまなかったな……』
と言ってから森の奥へと走っていくとその場には俺達とコロニと呼ぶ黒い物体だけが残っていて、安心しきった俺は力が抜けて尻もちをついているとイーモンが笑いながら、
「これくらいで尻もちなんかつくな、今から厳しい修行が待ってるってのに」
そう言って手を差し出されたので掴んで立ち上がると、
「あ、ありがとうございます……師匠」
恥ずかしさで俯きながら言うと彼は両手で俺の頬を挟みながら、
「マモル、どんなに恥ずかしい事でも俺の前では下を向くなよ、いいな?」
と真剣な面持ちで言われ頷くと彼は嬉しそうに微笑むと、再び森の奥の方へ歩いて行ったので慌てて俺も彼の後ろをついて森の奥へ入って行った。