反撃
ソフィーは目をつむり、迫る剣の山を受け入れる。
そっと両手を組む姿は聖女のようにも見える。
「殺……ぐあああああああっ!」
「な、なんだこ、あああああああっ!」
突如ナルシス兵達の絶叫が響き渡る。
「なに、が?」
ソフィーが目を開けると、そこには白い触腕がナルシス軍を薙ぎ払っていた。
「これは……」
「キュイ」
「エリザベス? なのですか」
目の前に現れたのは四十を超えるクラーケンの群れであった。
どれも大人へと成長しており、イカの脚に、女性の上半身をした半人半魔の形をしている。
一際眩い金の宝石を額に宿したクラーケンが、ソフィーに無垢な瞳を向ける。
「クラーケンです、クラーケンの群れが湾から続々と上がってきています!」
「何ですって!? なぜクラーケンが奴らの味方をしているの!?」
「報告、西部地域よりホルスタウロスの群れが現れました!」
「クラーケン更に数を増しています! 援軍の船に取りつき、次々と沈めています!」
「そんな嘘でしょ!?」
オリヴァーは後方の湾を見やると、そこには人型のクラーケンだけでなく成長した巨大なイカの姿をしたオスのクラーケンが見えた。
クラーケンは援軍である、聖十字騎士団の船を次々に触腕で叩き壊し沈めていく。
全てを壊し終わると、あろうことか陸地に上陸し、ホルスタウロスとメスのクラーケンをまじえてナルシス軍を薙ぎ払いながら進軍してくるのだった。
「嘘でしょ、そんなのってないわ……」
いかに援軍の聖十字騎士団が強力であろうとも、これほどのモンスターの軍勢には太刀打ちのしようがない。本来は一匹相手でも持て余すような強さのモンスターが群れて襲ってくるのだ。逃げる以外の選択肢はない。
「やばいぞ、飲み込まれる!」
「ちょ、ちょっと待ちなさーい! モンスターといえど、100匹もいないわ! 陣形を立て直して」
「あんなのとやりあってたら、後ろから本来の敵に討たれて終わりですよ!」
本来の敵というのは言わずもがな梶チャリオットのことである。
押されているとはいえ、戦っている敵を背後から刺すくらいはやってのけるだろう。
「嫌だ、クラーケンなんて一個中隊でやりあうモンスターだぞ、俺は逃げる!」
クラーケンは触腕で次々にナルシス兵をつかみ取り、湾へと放り投げていく。
「メスのクラーケンから高魔力反応! ハイドロキャノンきます!」
約四十本の水のレーザーが次々に発射され、ナルシス軍は急いで城へと逃げ帰る。
「まだよ、城に戻って市民たちを盾にしながら戦うのよ!」
しかしオリヴァーたちのあては外れ、城に逃げ帰るとそこには石を構えた市民たちが投石で歓迎をしてくれた。
「テメーらよくも演技でハメてくれやがったな!」
「卑怯者!」
「とんだ勘違いだったじゃねーか!」
「謝りなさいよ!」
「どうなってんのよ、これ!」
「そいつが全部吐いたんだよ!」
そこにいたのはアギによって捕まえられた聖十字騎士団の男が縛られて跪いていた。
「なんとか間に合った。捕まえるの手こずった」
「よくもそんな自作自演で騙してくれやがったな!」
「本当の敵はお前らナルシスだ、ふざけやがって!」
「バート商会も、お前らに襲われたって言ってたぞ!」
興奮した市民たちは次から次に石を投げつける。
「オリヴァー様、後方からクラーケンと梶チャリオットが迫っています」
「ぐぐぐ、生意気な奴らね。こいつらを蹴散らしなさーい! 戦場にはいってきた民間人が悪いのよ!」
「はっ!」
ナルシス兵が剣を構えて市民に迫る。
「こいつら本性を出したぞ!」
「逃げろ!」
「もう遅いわ、本当のことを知ったからにはまとめて全員死になさーい!」
オリヴァーが剣を振り下ろすが、そこにはいくら汚されても耐え続けた白き戦士の姿があった。
「敵対行動を確認、これより強制排除に移ります」
エーリカは青白く光る剣を取り出すと、城の中へ合流しようとしたナルシス兵達を全て切り裂いた。
あまりの強さに市民たちは絶句する。
殺そうと思えばいつでも殺せたのだと理解し、エーリカが耐え続けてくれたことが自分たちの為だったのだと気づく。
「すまねぇな姉ちゃん。酷いことしちまって」
「これ、タオル使って」
エーリカは何も言わずタオルを受け取ると、頬についたトマトを拭う。
そしてタオルを返すと、背を向ける。
「扇動されたとは言え、あなたたちの行動で同盟軍リーダーは処刑されました。そのことを胸に刻み、同盟軍には謝罪した方がいいでしょう」
「…………ああ、そうだな」
市民たちはみな気まずそうに俯いた。
「ヒヒヒヒ、覗いてやる、お前の闇を」
モスキートはレイランの中にある心の闇を覗き込む。しかしどこまでいっても闇が広がっているだけで、何も見えてはこなかった。
真っ暗な何も見えない深い闇。これほどの闇の濃さなら深い絶望が眠っていてもおかしくないはずなのに、見えるのは闇だけだ。
「お前、バカネ。ワタシもう死んでるネ。闇だか光だか死人にそんなもんあるわけないネ」
「ヒャっ!?」
モスキートの顔に初めて驚きが映る。
「お前笑っても驚いても不細工ネ。お前の笑い方かなり癪に障るネ。ワタシお前殺すよろしね」
レイランは両腕を広げると雷と風を纏わせる。
雷と風は、螺旋を描く蛇のように波打ちうねると電流音と風の轟く音を響かせる。
生前より遙かに強力になった神通力は、彼女のレアリティに相応しい強力な一撃を作り上げる。
「うなれ風龍、轟け雷龍、双龍降臨!」
風と雷は龍の姿を形作り、双龍は舞い上がると巨大な咢でモスキートの体を喰らう。
「ヒヒヒ、ヒヤアアアアアッ!!」
ズタズタになったモスキートの体が血まみれの部屋に転がる。
「お前本体じゃないネ。さっさと本体呼ぶよろし」
「ヒヒヒヒ、死ねぇっ!」
ボロ雑巾のようになったモスキートが飛びかかるが、飛びついたレイランの姿は残像であった。
「アンデッドに死ねとか、なかなか皮肉のきいた冗談ネ」
一瞬で移動したレイランに驚く。
「ワタシそこそこスピードには自信あるネ。力はあのポンコツには負けるけど、スピードと美人さはワタシの勝ちネ」
「ヒヒヒ」
「なんネそれ?」
モスキートは握り込んだ手を開くと、そこには目玉が一つ掌の上を転がる。
「これはあなたの目デース。わたしが全ての顔のパーツをいただくとあなたは爆発して死ぬのデース!」
レイランが突如見えなくなった右側の目に触れると、そこにはいつもある瞼の感触がなく、肌のすべやかな触り心地しかなかった。
「まず一つデース、フヒヒヒヒ」
「お前ワタシの顔全部奪う気アルか?」
「ソウデース、フヒヒヒヒ」
「ふん、まだあと目と鼻と口全部奪わなければ発動しない欠陥呪術ネ」
「フヒヒヒ、しかし目を奪われればあなたの視界はなくなりマース」
「やれるもんならやってみるよろし」
「もうやってマース!」
モスキートの体が消えると、一瞬でレイランの背後に回り込む。
死角である右側からレイランの左目を掴み、奪い取る。
「フヒヒヒヒヒ、これであなたはもう何も見えナーイ。怖い? 怖いデスか? 闇が?」
何も見えなくなったレイランは己の顔を触り、慌てる。
まさか一瞬で両目を奪われるとは思わなかったのだ。
「何も見えないネ!?」
「フヒヒヒヒ、先ほどのお礼デース、あなたの体は切り刻んでわたしの神殿に並べマース!」
モスキートは正面から鎌で斬りかかる。
「どこからくる!? ……なんてネ」
しかし、その攻撃はレイランの拳によって阻まれる。
モスキートの顔面に綺麗に決まったカウンターはピエロ面を歪ませ吹き飛ばす。
「ヒャアッ!? なぜ、見えているのデース!」
「さっきも言ったけど、ワタシアンデッド、アンデッドに呪いなんて通ると思ってるのか? おめでたい頭してるネ、頭ハッピーセットって呼んでやるよろし」
モスキートが奪い取ったレイランの目がギョロりと動く。
「これは」
「普通の人間ならいざ知らず、ワタシ自分の体千切れてもある程度動かせるネ」
「ヒ、ヒヒ……」
「お前とワタシの相性最悪ネ。種切れの手品師に価値無し。死ぬよろし」
レイランはモスキートから自身の目玉を奪い返すと、ヒールを打ち鳴らす。
小さな火花がかかとから上がると、その火花は炎となり自身の脚に紅蓮を纏わせ、そのまま回し蹴りでモスキートの頭を蹴り飛ばした。
ローブが燃え上り全てを焼き尽くすが、残ったのは焼けた布切れだけだった。
「逃げたネ? 本体にかえったとみるべきネ」




