やればできる子
遡ること約一時間前。
真凛はロヴェルタと同盟軍の二人の兵士と共にミディール浸食洞に入らされていた。
人間とまともに戦うことのできない真凛に、同盟軍のリーダーであるカルロスは魔物であれば倒せるであろうと湾に住まうモンスター退治を真凛に命じたのだった。
魔物であっても殺すことに引け目を感じる真凛は、気が進まなかったが、同盟軍に在籍して食料を貰っている以上、嫌だとは言えない立場であった。
それに、同盟軍の財政が苦しいのは自分も知っており、恐らくこのまま戦争が膠着状態になるのなら、ほぼ確実に自分がナルシスの貢物として差し出されるのがわかっていたからだ。
今攻めているナルシスという王は何故か自分のことをいたく気に入っており、停戦したくば真凛を差し出せと再三にわたって勧告してきている。
今、同盟軍が必死に抵抗活動を続けているのは決して真凛を助けたいからではなく、己の領地を失い、王の権利をはく奪されることを恐れているからだった。
同盟軍の王達は内心口には出さないが、真凛を差し出して自分たちだけ助かれないかと考えていた。
それは真凛にもわかり、この戦争を終わらせる方法もわかっていた。
自分がナルシスの元へと行って、お前のものになるから同盟軍を攻撃しないでくれと言えば恐らくこの戦争は終わる。
だが、そうなったとき真凛の身の安全は誰も保障してはくれないし、完全に真凛だけが犠牲になる行為であった。
この世界についてからというもの不幸続きで、彼女の気力は尽きようとしていた。
「大丈夫か、我が主よ」
「うん、大丈夫……」
真凛の後ろには二人の同盟軍兵がついてきており、背中を見守っているが、彼らの役目は真凛の援護ではなく監視だった。
彼女がクエストを放棄して逃げ出す危険性がある。
そうなったとき、唯一領地も王の権利も失わず戦争を終わらせるカギがなくなり、ナルシス軍は同盟軍を攻めるだろう。
真凛を見失った腹いせに、同盟軍を皆殺しにする可能性もある。
だが真凛からしてみればやっとの思いで同盟軍にたどりついたというのに、今更どこに逃げると言うのか。
自分に頼れるのはロヴェルタしかおらず、こんな自分に付き従ってくれている彼女に感謝しかなかった。
「あれはなんだ?」
同盟軍兵の一人が指をさすと、そこには小さなスライムだろうか。青白い丸い塊がそそくさと奥へと逃げていく。
「魔物だ、追うぞ!」
兵士は真凛に促すと、同盟軍チームは奥へと逃げたスライムを追いかけた。
しかし、奥へと進むと、途中突如岩陰から現れたサハギンが手にした銛で兵士を突き殺したのだった。
「ぐぁっ!」
「フスィィ」
あまりにも突然の仲間の死に、真凛は動揺を抑えきれず後ろへと下がる。
「ギョギョギョ、フスィーーーー」
「おのれよくも!」
もう一人の同盟軍兵が剣を振りかぶるが、突如天井から落ちて来た触手まみれの魔物、ローパーが兵士の顔の上に落ちて来た。
「うぐぅ、息が……」
兵士は わずか10秒程度で倒れ、真凛が助ける暇もなく動かなくなった。
ローパーは兵士の口腔に触手を突き入れ、酸素を全て吸い上げて絶命させたのだった。
二人の兵士が殺されるのに1分もかかっていない。
真凛より筋力や体力に優れる兵士が油断したとはいえ、ものの数秒で物言わぬ骸と化す。
ローパーはゴキゴキと音を立てながら、兵士を頭から喰らっていく。
サハギンは既に絶命している兵士の死体に何度も何度も銛を突き刺し、洞窟を血で染める。
そして、真凛の姿に気づくと目をギョロギョロと動かしながらゆっくりと近づいていく。
「ロヴェルタ!」
真凛が泣きそうな声で叫ぶと、ロヴェルタが前に出てサハギンを殴り倒し、ローパーを蹴り飛ばした。
「ギョギョギョ」
倒されたサハギンは悲鳴のような鳴き声を上げながら退散していく。
残されたのは真凛とロヴェルタ、それに兵士の亡骸だけである。
あまりにも損傷の激しい死体を見て、真凛は吐き戻した。
胃の中が完全に空になるまで戻すと、涙でぐしゃぐしゃな顔を上げ、戻ろうと決意する。
いくらロヴェルタが強かろうが、こんな魔物がうようよしている場所に残っていたら正気が保てなくなる。
そう悟った真凛はロヴェルタを連れて、きた道を引き返そうとした。
だが、さっきまであったはずの道に海水が溢れており、戻ることが出来なくなっている。
潮が満ちてきているのだった。
ぺたりとその場に腰を落とし途方にくれていると、突如水面で何かがはねた気がする。
なにかキラキラと輝いており、綺麗なものだった。
「なに……これ?」
気になって水面に近づくと、その瞬間真凛の脚を何かが絡めとった。
見るとそれは気持ちの悪いひだがたくさんついた触手だった。
真凛の頭は一瞬で真っ白になる。咄嗟にロヴェルタを呼ぼうとするが、自分が水中に引きずり込まれる方が圧倒的に早い。
「助けて!」
水の中に引きずり込まれ、息が出来ずもがく。
なんとか酸素を逃がさないように息を止めるが、自分を引きずり込んだものが巨大なミミズのような怪物で、牙だらけの口を開いて自分を捕食しようとしている姿が見え、驚いて全ての酸素を逃がしてしまう。
(誰か……たす……けて)
意識がもうろうとする中、自分の目の前に一人の少年が突如現れた。
本当に何もないところから突如現れた少年は手にした剣で触手を切り払うと、真凛の体を抱え水面へと一気に上がる。
「フラッシュムーブ!」
水中から物凄いプレッシャーを放ちながら襲い来るシーウォームを回避する為、俺はフラッシュムーブを使い無理やり水中から飛び出る。
間一髪、俺のいた場所に巨大な口がバクンと音をたてて捕食しようとしていた。
「ディーやっちまえ!」
「はぁっ!」
ディーは水面を駆けると、そのまま全身を横回転させ、水面からでているモンスターの頭を斧で切り裂いた。
シーウォームはキーキーと気持ちの悪い鳴き声を上げ、青白い液体をしたたらせながら、触手でディーの体を吹っ飛ばす。
「奴だ! あっしが襲われたやつですぜ!」
「やっぱりこいつか!」
シーウォームが巨大な口からレーザーのような水を吐き出すと、目の前の岩が真っ二つに切断された。
「あれに当たったら命はないぞ!」
全員が散り散りになりながら逃げる。
セバスは逃げながら岩壁を飛びあがると、投げナイフを奴の口の中に投げ込む。
「ファイアボム」
セバスが拳を握り込むと、ナイフに施された術式が口の中で爆発し、シーウォームが怯む。
「すげー、セバス超つぇぇ」
「ホッホッホ、この程度は紳士のたしなみですな」
「野郎の口に魔力が集まってやすぜ!」
カチャノフが叫ぶと、奴の口元に巨大な水球が出来上がり力を溜めているのがわかる。
ギュンギュンと水が圧縮され、肌でわかるほどのエネルギーが集まり、あれが並大抵の攻撃ではないことはすぐにわかった。
「さっきの水ビームの超強力版か!」
「ハイドロキャノンがきますぞ!」
「ソフィー! 防御障壁展開!」
「任せて下さい!」
「全員ソフィーの後ろに回れ、ミンチにされるぞ!」
ソフィーが胸の前で十字を切ると目の前に光り輝く巨大な盾が現れた。
俺は溺れていた少女の体をひっつかんでソフィーの後ろへと回る。
「くるぞ!」
シーウォームの口から超圧縮された水のビーム、ハイドロキャノンが撃ちだされ、ソフィーの防御障壁とぶつかり合う。
凄まじい衝撃が波となって襲う。
あまりにも強力な攻撃は弾かれた魔力だけで洞窟内の天井や岩壁を抉っていく。
「重いぃっ!」
防御壁にヒビが入り一番前で受け止めているソフィーの足が徐々に押されてきている。
「まずい、あいつソフィーのマックスより上だ!」
「魔力補助をかけます!」
ディーが両手を地面に着くと、三つの魔法陣が俺達を囲うようにして展開され、中に描かれている幾何学的な術式が高速回転する。
「コンバートマジック、アインス、ツヴァイ、ドライ、コネクト!」
ガチャンと音が鳴り、三つの魔法陣が全てソフィーに接続される。
高速回転した魔法陣がバチバチと稲妻を上げ、ディーの魔力が全てソフィーへと流れ込む。
「わたくしもお手伝いしましょう。エンチャントマジックアース!」
セバスが叫ぶと、光の盾の属性が土へとかわり岩の柱が次々に隆起し、俺達を守る盾となる。
「頑張れソフィー!」
「はいっ! 主よ、我が力を全て盾となし、迷える子羊を守りたまえ!」
凄まじい水の奔流はなかなかおさまらず、根競べと化している。
ディーは全ての魔力をソフィーに預けると、高速回転していた魔法陣の一つがボンと音をたてて爆発した。
その瞬間ディーの額から血が流れ出る。
「くっ、ツヴァイ、ドライを直列で再構成、アインス起動修復!」
三角形を成していた魔法陣の並びが入れ替わり、二つの魔法陣が再び音を上げて回り出す。
「長い! まだ終わらないのか!」
ソフィーもディーも限界だ。これ以上続けられるともたない! そう思った時、水の奔流が徐々に細くなり、攻撃が止まった。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
ソフィーとディーは息も絶え絶えになり、膝をついている。
セバスとカチャノフがかばうようにして前へと出る。
しかし怪物は唸り声を上げると、諦めたのか水中へと姿を隠し、消え去った。
「助かった。これでまだ攻めて来られたらやばかった」
「ええ、……これで……私……エロ担当脱却できましたか……」
「ああ、ソフィーはやるときはやる子だ」
「良かった……」
ソフィーは魔力が完全に尽き、その場に蹲った。
「なんとかなったようですね……」
ディーも動けるくらいには回復したようで、シーウォームが出てきた水面に膝をつく。
「どうやらあの怪物は水さえあればどこにでも移動できるようですね」
「そのようですな。しかし逆を言うと水のないところには来れないと言うことでしょう」
「なら水場に近づかなければ大丈夫だな」
「そのようですね」
ディーは水面を背中にしてこちらを向く。その瞬間ディーの体に何本も触手が絡みつき、その体を水中へと引きずり込んだ。
奴は姿を消したと見せかけて、まだ近くに潜んでやがった!
「なっ!?」
「ディー!!」
「私が!」
魔力を失ったソフィーが前に出ると、触手からトゲのようなものが飛びソフィーの肩に突き刺さった。
「ソフィー! 野郎!」
俺はスマホを握りフラッシュムーブとオルタネイトドライブを展開しようとする。
だが、シーウォームは狡猾でディーを捕まえるとすぐさま水の中へと潜って行ったのだった。
その時ディーは腰に挿していた光剣ブリュンヒルデを落としてしまう。
「逃がすか!」
「主よ! 今はソフィー様が優先です! 水の中に飛び込んでもあの魔物にやられるだけです!」
「くそっ!」
悔しいがセバスの言う通りだ。
すぐさまソフィーに駆け寄り、抱き起す。
ソフィーは苦し気に呻き声をあげ、刺された肩は紫色に変色していた。
「まずい、それはあっしがやられた毒と同じもんだ!」
「ソフィー解毒できるか?」
ソフィーは苦し気に呻くだけで、自身でヒールを行うことも解毒することもできそうになかった。
「先ほどの攻撃で魔力を全て使い果たされている。これ以上は魔法の行使は不可能でしょう」
「ならどうするんだ!」
セバスにくってかかるが、彼はゆっくりと首を振るだけだ。
しかしそのおかげで少しだけ頭が冷えた。
「すまない。当たるつもりはなかったんだ……」
「いえ、主がそれだけ仲間を大切に思われているということでしょう」
「すまねぇ、あっしが薬全部使っちまったから」
「誰かを見捨てて助かるのは嫌だから、それは構わない」
「兄さん……」
「一応毒が回らないように、患部を縛っておきます。気休め程度でしょうが」
セバスはハンカチを破ってソフィーの肩をきつく結ぶ。
「くそ、どうする……」
ソフィーが倒れ、ディーは連れ去られた。仮にソフィーが復帰したとしても魔力がない。
「セバスここから引き返せるか?」
「無理でしょう。洞窟内の潮の流れがわかりません。恐らく我々が来た道はほぼ全て水没してると見て間違いないでしょう」
「なら別の道を進むしかないか」
「そちらのお嬢さんも大分お疲れです。毒もすぐには回りません。少しだけ休憩にしましょう」
「しかし、そんなことをしていたらディーが!」
しまった、またやらかしたな俺。
自己嫌悪に陥る。
「主も疲れています。疲労は思考を麻痺させ良い結果には繋がりません」
「わかった。水場を離れて休憩にしよう」
「かしこまりました」
俺達はディーの落としたブリュンヒルデを回収し、その場を少しだけ離れて焚火をおこし、火を囲った。




