転移
「オーシャンブロー! オーシャンブロー! メガロドンジョー!」
「ぐあああああっ!」
「強い……」
湾のほとりにある小さな城に押し寄せたのはナルシス軍200人であり、それに対するは同盟軍ブルードラゴンは40人程度で、彼我の戦力差は明らかであった。
しかし海賊衣装を身にまとった、たった一人の女性の防衛により、ナルシス軍は小さな城を攻めあぐねていた。
「アビスウォール!!」
突如現れた水の壁が、200人近いナルシス軍を押し流していく。
大津波が去った後に残っているものは倒れ伏した敵兵士だけであり、海賊衣装の女性は優雅に腕組みをしている。
「ロヴェルタさん、ごくろうさま」
「我が勝利、主の為に」
「ありがとう」
戦いが終わった後、ひょっこりと物陰から顔をだしたのは海賊衣装の女性、ロヴェルタの主である、百目鬼真凛だった。
少女の風貌はファンタジー世界に似つかわしくない大きな黒ぶち眼鏡に、肩を露出させたオフショルダーのトップス、下はセーラー服のスカートとちぐはぐな衣装を着ており、明らかにこの世界の住人ではなかった。
「今だ敵は総崩れだ! 殺せ!」
同盟軍ブルードラゴンのメンバーは倒れたナルシス軍にとどめを刺す為に、粗末な剣を片手に石道を走り抜けた。
「ちょ、もう勝負はついてるやん!」
慌てる真凛に同盟軍の隊長であるカルロスが肩を掴む。
掘りの深い顔に、いくつも傷を作り、白髪の混じる髪を汗で額に張り付けていた。
「奴らを放置すれば、また襲ってくる。ミス百目鬼、あなたも敵にとどめを刺すのです!」
そう言ってカルロスは真凛に剣を手渡した。
渡された剣はずっしりと重く、それが鉄の塊でできた人を殺す為の道具だとわかり、真凛は顔を青ざめる。
「ウチそういうのちょっと、血とか苦手やし……」
「そう言って君はいつも逃げてばかりだ! 敵は倒しただけでは勝ちにならんのだ!」
カルロスと言い合いになっていると、起き上がったナルシス軍兵が真凛に襲い掛かる。
「危ない!」
カルロスは凶刃の間に割って入ると、腕を切り裂かれ、血しぶきがあがる。
「ぐああああっ! 貴様ぁっ!」
カルロスは腕を斬られながらも、ナルシス兵を体当たりで吹き飛ばすと、躊躇いなく首を斬り落とした。
絶命した兵士の悲惨な表情をした頭が、地面に血の跡を作りながら真凛の目の前に転がった。
「ひっ! 何もそこまでしんくても……」
「あなたは甘い! 甘すぎる。それだけの力を持っていながら敵兵が一人も死んでいないのは手加減しているからではないのか!?」
カルロスの怒声に真凛は縮み上がった。
しかし彼の指摘は間違っておらず、真凛はロヴェルタに戦闘能力を奪う程度の攻撃しかさせておらず、一人も殺すことを許していなかった。
「だ、だってウチらの世界じゃ殺人は重い罪やし……」
「ならば黙って敵にその首を差し出すか!」
「それもできひんけど……」
「君には戦士としての自覚がなさすぎる!」
「う、ウチは戦士なんかじゃ……」
カルロスは苛立ちながら、傷の手当の為に一度後方へと下がった。
残されたのは真凛とロヴェルタ、それに敵兵の死体だけだった。
「なんでこんな目に……」
「大丈夫だ真凛、そなたは余が守ろう」
自分の前に立ったロヴェルタに、真凛は抱き付くと、ロヴェルタは自身より一回り小さい少女の体を抱き返した。
百目鬼真凛がこの世界に転移したのは約10日ほど前に遡る。
アニメや漫画のグッズが大量に並ぶ部屋の中で、真凛は学校から帰って上着だけ着替えてから、一人格闘ゲームにいそしんでいた。
脱いだセーラー服も片付けずにゲームに夢中になっているが、そんな彼女を叱る人物はいない。
二十連勝程して、飽きてきた真凛はコントローラーを放り投げ、ベッドの上に寝転がった。
天井には侍の格好をしたイケメンアニメキャラのポスターが貼られており、イケメンがイケメンスマイルを少女に向けていた。
「明日体育か……休もっかな」
弱ひきこもりである真凛は体調がすぐれないときや、気分が乗らないときはすぐに学校を休む悪癖があった。
父も母も有名企業の重役であり、ほとんど家にはおらず、たまにヘルパーさんが家の掃除をしにくる程度で、真凛の生活は渇いていた。
「つまんないな……隕石でも降ってこーへんかな」
そう思っていると、天井に貼ってあったイケメンポスターがめくれ、真凛の上に降って来た。
「宗徳ウチのこと好きすぎ」
落ちて来たイケメンポスターにくだらないことを言って返すが、当然誰もつっこんでも呆れてもくれない。
真凛はベッドの上に立ち上がって、ポスターを貼りなおそうとすると、イケメンポスターの下から幼児向け美少女ヒーローのポスターが現れた。
もうずいぶんと昔に自分で貼ったもので、角の方は茶色く黄ばんでいる。
もうボロボロなので剥がそうと思ったが、なぜか手が止まり結局剥がすことはできず美少女ヒーローの上にイケメンポスターを貼りなおした。
「夢はヒーローだもんね。自分でも笑っちゃうわ」
真凛は再びベッドに横になると自身の最新型スマホを開き、絵を描くように画面をなぞった。
「今日ログボ貰ってたかな……」
適当にインストールしたやってもいないゲームを開き、ログインボーナスをもらってはアプリを閉じていくを繰り返し、最後のゲームアプリであるファンタジーシフトと書かれたドラゴンのアイコンをタップした。
このゲーム他のアプリゲーに比べ、メンテやバグなどはほとんどないかわりに、ログインしても大体どのゲームにでもある虹色の石をくれないので、そろそろ消してやろうかと思っていたころ合いだった。
すると今回はいつもと違い、間抜けな顔をしたドラゴンが金のガチャ券をもって現れたのだ。
おっ? と思った真凛はそのまま連打すると、ログインボーナスでガチャを一回回せるようだった。
「1回だけじゃな~、せめて10連くらいじゃないと」
そう思いつつも、タップを連打し、早速貰ったガチャを回すのだった。
すると、ガチャの演出が虹色に光り輝くと、出てきたカプセルは虹色だった。
これはついてると思い、何が出たのだろうかと確認してみると、そこにはファンタジーシフト券[異世界へと旅に出ることができる]と簡素な説明文が書かれたアイテムが表示されていた。
「なにこれ?」
説明文優しくないなと思いながら、真凛はアプリを待機状態にしてブラウザを開き[ファンタジーシフト券、使い道]と検索バーに入力する。
だが検索サイトには今時珍しい検索結果0と表示されている。
よくわからないが、使ってから考えるかと、後先考えずにボタンを連打する。
[ファンタジーシフトの世界へと転移します。今いる世界には戻れませんがよろしいですか?]
と不穏なポップアップが上がって来た。
だが、そこはアニメや漫画に毒されている真凛であり、もしかして本当に転移する奴? と考え、んなわけないかーと質問にYESを返した。
するとスマホが突如光り輝き、眩い光が真凛の部屋を照らし出す。
「えっ、なにこれ!?」
困惑していると、自身の手がスマホの中に引きずり込まれていることに気づいた。
「ちょ!? えっ!? 待って待って! 嘘でしょ!? ほんとに!?」
真凛は悲鳴に近い声をあげるが、土地面積100坪を超える大きな家には彼女しかおらず、無駄に広い自宅から近隣の家に声は届かなかった。
「ダメ、ほんと無理だから! 心の準備が!」
そう叫びながらも彼女の体はあっという間にスマホの中へと引きずり込まれていく。
グルグルと世界が回り、高層ビルから落下するような浮遊感に襲われながら、気づくと真凛の体は自宅の部屋から見知らぬ湖のほとりへと転移したのだった。




