エビぞり
翌朝
朝露が落ちる頃、俺は眼下にボインスキー城が見える、小高い丘の上で今から戦う皆を集めていた。
全員が整列し、戦いに備えてピリッとした空気の中、用意された木箱の上に乗る。
まるで朝礼をする校長にでもなった気分で、三百人を超える人の目が俺に注がれる。
「えっと、開始時間までもう少しなんだけど。まず初めに、みんな……ごめん」
俺は深く頭を下げた。
初の戦争とあって心臓はバクバクと鳴り、嫌な汗がとまらない。
他の王はよくこんな状況に耐えられるなと思う。
自分の始めた戦争で大切な誰かが死んでしまうかもしれないのに。
でも、もう後には引けない。
「昨日フレイアたちが襲われたことは聞いていると思う。昨日の今日で戦争を始めようとしてるんだから、慌ただしく準備してもらってすまない。これから始めるのは、防衛戦争じゃなくて侵略戦争だ。本来みんな穏やかに暮らせればそれでいいと思ってた。でも仲間が襲われたんだ。恐らく黙っていればきっとこれからも続くだろう。その度に怪我人をだすわけにはいかない。この戦争は恐らく呼び水となって、戦いが続くかもしれない。その度に君たちには危ない目にあってもらうことになると思う。危険を回避する為に戦争をする矛盾だと思う。でも……やらなきゃいけない。弱いままでいたらきっと食い物にされるだけだ。なら戦って勝って、奴らには迂闊に手を出せないと知らしめないといけない。すまないみんな……俺あんま頭良くないから、きっと窮地に陥ることもあると思う。それでも精一杯努力する。君たちの力で、君たちの大事な人を守ってくれ。仲間は一人の為に一人は仲間の為に。皆が安心して暮らせる場所を作るために戦ってくれ!」
俺の思いのたけは伝えた。どこまで伝わったかはわからない。逆にヘタレと思われたかもしれない。
こんな奴について行って大丈夫なのかと不安になるかもしれない。
だが、無駄に緊張しているのが伝わったのか、俺より年上も多いのに全員が深く頷いてくれた。
「総員抜刀!」
ディーの掛け声に合わせ、チャリオット全員が剣を引き抜き、天高く掲げる。
ディーは澄み渡る勇ましい声を天に向ける。
「仲間は一人の為に!」
「「「仲間は一人の為に!!」」」
「一人は仲間の為に!」
「「「一人は仲間の為に!!」」」
「勝利は王の為に!」
「「「勝利は王の為に!!!」」」
「総員出陣!!」
開戦時間丁度になり、馬に乗ったアマゾネスたち、第一陣が土煙をあげながら一気に丘を駆けおりる。
「我が王に手柄を立てるのは我らアマゾネスと知りなさい! 全員気合いを入れなさい!」
「手柄たてたら種付けあるかもしれない」
「功績は大事だ。このチャリオットは大きくなる。今のうちに地位を固めるのが得策だ」
「姉様策士。我やる気でる」
「強襲隊出るネ。邪魔する奴は噛み殺してやるよろし」
「咲、あたしがボインスキーだかポンスキなんだか知らないけど、くびり殺してきてあげる」
「殺伐としてる隊にゃ。リリ、エーちゃんと後ろで本拠地待機が良かったにゃ」
「すまない。よろしく頼む」
俺はオリオン、レイラン、リリィ、黒龍隊に頭を下げた。
「あいかわらず腰の低い王にゃ」
「秩序を乱す王は悪ネ。ワタシたちが成敗してくるアル」
「モゥ!」
「おーよしよし、仲間の仇うちに行こうな」
急遽加わったホルスタウロス達はオリオンと一緒に強襲部隊へと回った。
彼女達の初の戦闘なので不安は残るが、オリオンやレイランたちがなんとかしてくれるだろう。
アマゾネスから少し遅れ、攻撃的な強襲隊が出撃する。
「王よ、本拠地まで下がられた方が良い」
ディーに促されるが、眼下で戦っている皆を見ていたかった。
「すまない、何の役にも立たないけどここにいさせてくれないか?」
「……いえ、王がこの場にいるというだけで、みんな心強いでしょう」
ボインスキーは戦争の朝だというのに優雅な朝食に舌鼓をうっていた。
「セバスチャン、デザートのプディングはまだか?」
ボインスキーが呼びかけても老兵は姿を現さなかった。
「おいセバスチャン、僕が呼んでるんだぞ。十秒以内に出てこないか」
しかし周りを見渡しても、いるのはメイドだけだ。
「んー? セバスチャンの奴どこいったんだ?」
そう呟いて、ボインスキーはようやく今日が戦争の日だと思い出したのだった。
「あっ、もしかしてあいつ戦争に行ってるのか。何もこんな朝早くからやらなくてもいいのに。昼頃からゆっくりはじめてほしいよね。これだから田舎者の王は焦っちゃって」
ボインスキーは二度寝でもしようかなと思ったが、唐突に息を切らせた兵が飛び込んできた。
「報告!」
「なんだよお前、汗臭いな。僕にあうときはちゃんとシャワー浴びてからに……」
「そんなこと言っている場合ではありません! 敵チャリオット、我が領土内に侵入! その勢いとどまることなく、まっすぐ城へと向かってきています!」
「はぁ?…………はぁっ!!!? なにそれ負けそうってこと!?」
「敵は予想を遙かに上回る強さと規模で、敵兵一人一人の練度がこちらを遙かに上回っており、数、質、ともに圧倒されています!」
「言い訳なんかいいんだよ! そんな負けそうなんて報告聞きたくないんだ! さっさと行って皆殺しにしてこいよ!」
「しかし既に我が本隊は壊滅的打撃を受けており、宰相セバスチャンも生死不明です」
「なんだよ、どいつもこいつもだらしないな!」
更に遅れてもう一人兵が入ってくる。
「報告! 城内に敵暗殺部隊が侵入してきた模様! 城の警備を打ち倒し、王室を目指し侵攻してきています! その強さは外にいる部隊を凌いでいます!」
「はっ? えっ!?」
ボインスキーは展開の速さに、事態が飲み込めていなかった。
敵は城へと侵攻してくる本隊と、更に精鋭をわけて、暗殺部隊を城に送り込んできたのだ。
この戦いの指揮をしてい人物は明らかに戦い慣れており、そして何より一切の手加減がない。
確実にこちらを討ちとる戦法で動いている。
そして思い出されるのがセバスチャンの言葉だった。
「向こうは戦わざるをえないと判断したのです。そうなれば若を全力で滅ぼしにくるのは必至」
今にして思えば、もっとちゃんと聞いておけば良かったと後悔するが、もう遅い。
「それってつまり僕を殺しにきてるってことじゃないか!? 嫌だ!! 傭兵団を向かわせろ! お金ならいくらでも出すから! 早くしろ!」
「城に待機していた傭兵団は既に倒されています。新しい傭兵団を今から雇用するのでは遅すぎます!」
「うるさいうるさいうるさい! そんなの聞きたくないんだよ!」
ボインスキーがダダをこねていると、部屋の前で番をしていたはずの兵士が扉を開きながら倒れた。
「クソザコなめくじしかいないネ」
「なんだよだらしねぇな、もうちょっとマシな奴いないのかよ」
「ザコの方が楽でいいにゃ」
「モー」
王室の前に立つオリオン、レイラン、リリィ、ホルスタウロスを見て慌てふためくボインスキー。
「貴様ら!」
報告に入っていた二人の兵士が、ボインスキーを守るためにオリオンとレイランに斬りかかる。
だが、あっさりと返り討ちにあい、床に倒れ伏した。
「ザコはザコって身の程知るよろし」
「こんなの倒しても咲褒めてくんないぞ。なぁリリィ?」
「リリはこんな狂犬みたいなのと一緒にされたくないにゃ」
ボインスキーは腰を抜かしながら、凄いスピードで後ろに下がっていく。
「うああああああっ! 来るな、来るんじゃない!」
「あれがスケベスキーか?」
「違うアル、ボッチスキーネ」
「両方違うにゃ。オリオンにいたってはかすってすらいないにゃ」
「金だ、金をやる。だからお前らあいつを裏切れ! 僕には兄上の後ろ盾がある、兄上を怒らせたらタダじゃすまないぞ!」
「ワタシこいつ嫌いネ」
「きぐー、あたしもー」
「リリもー」
「こいつ殺せばいいのか?」
「そうネ、こういうタイプは生かしておいても後から面倒なことしかしないネ。ワタシがさっくりとやっといてやるネ」
レイランは青龍刀を取り出し、なんの躊躇いもなくボインスキーに近づいていく。
「やめろーーーーーーーっ!……なんてね。隠し玉は持ってるに決まってるじゃないか!」
ボインスキーが天井から伸びたロープを引っ張ると、王室の壁を破壊して巨大な斧を持ったミノタウロスが現れたのだった。
鼻息を荒くしたミノタウロスは、この場にホルスタウロスがいることに気づくと、興奮から雄たけびを上げる。
オリオンやレイラン達には目もくれず、凄い勢いでホルスタウロスへと突進していく。
本来なら逃げまどうところであったが、ホルスタウロスたちは既に主人から許可を得ているのだ。
それは戦う為の許可であり、敵を倒していいと許しが出ているのだ。
ホルスタウロスの基礎ステータスは、オスのミノタウロスと大差はない。だが、それでもオスのミノタウロスの方が凶暴と言われるのは、メスが温厚な性格をしており、なによりその強すぎる力を行使するには群れのリーダーから許可を得なくてはいけないのだ。
ミノタウロスはホルスタウロスの動きを封じるために手に持った大斧で脚を切り裂こうとする。
だが、ホルスタウロスは逃げることなく、大斧を素手で受け止めたのだった。
「ブモォォォォォォォ!!」
ミノタウロスは必死に大斧を押してみるが、壁にでも突き刺さったかのようにびくともしない。
押し引きを繰り返してもどうにもならず、しまいには息が上がっているのだった。
それを見たホルスタウロスはため息をつき、大斧を持つミノタウロスごと投げ飛ばしたのだった。
「うっそだろ……」
華奢なホルスタウロスに、ミノタウロスが片手で吹っ飛ばされるという光景を見せられてボインスキーの目玉は飛び出そうになっていた。
そんな頭のおかしい力を持ったホルスタウロスが10頭以上いることに絶望しか感じるものはないのだった。
ホルスタウロスは吹っ飛ばされ、倒れているミノタウロスの顔の前に来ると、ミノタウロスの使っていた大斧を手に取り、容赦なく顔面へと振り下ろしたのだった。
ミノタウロスサイズの大斧を軽々と肩に担ぐと、王室に残っているのはボインスキーしかいなかった。
「片付いたみたいだな」
「ソウネ、後は隠し玉がどうとかどや顔してたアホだけネ」
レイランはもう一度青龍刀を肩に担ぎながらボインスキーへと近づく。
「やめろ! やめて! ああぁぁぁ!あーーーーーーーっあああああーーーーーっ!!」
「うるさい男ネ、黙るよろし」
レイランはまだ何もしていないのだが、ボインスキーは白目をむいて、泡を吹きながらエビぞりで失神していた。
「こ、こいつ死んでるネ」
「死んでないにゃ。この上なく情けない状態で気絶してるだけにゃ」
「死んだ方がマシなんじゃないの? 漏らしてるし」
ボインスキーは気絶しながら股間の周りに染みを作っていた。
「ワタシ、こんなキモイの殺すの嫌ネ」
「あたしだってやだー」
「リリだって嫌にゃ」
三人は部屋に出たゴキブリ、誰が殺す? と害虫を見るような目でボインスキーを見ていた。
そこにディーが到着する。
「外は片付いた。ボインスキー王はどうなって……」
ディーは白目を向きながら、甲殻類かというくらい泡を吹いて失禁しているボインスキーを見て言葉を失う。
その見事なエビぞりは、一体何があればこうなるのかと疑問はつきない。
「お前達、やりすぎじゃないか?」
「あたしたちなんにもしてないし!」
「こいつが勝手に想像力膨らませて気絶したネ」
「アホにゃアホ、想像を絶するアホにゃ」
ディーもボインスキーには死んでもらうつもりだったのだが、これだけ情けない姿を見せられると殺すのもどうなんだと思わずにいられない。
「宰相どうするにゃ?」
「財務担当ー」
「寝屋担当ネ」
「なんだとぉ、かわれコンチクショウ」
「最後のは違う。まだ呼ばれてない」
「モー」
オリオンはディーが捕虜にしている老人に気づいた。
「それ誰?」
「私の正体を知っている人間でな。古い時代からオンディーヌ家に仕えている家老のセバスチャン氏だ。あまりにもここで亡くすには惜しい方なので捕虜となっていただいた」
「ふーん、爺さん、こんな変な人に仕えるの大変じゃない?」
エビぞりしながら気絶しているボインスキーを指さす。
「これでも昔は名家だったのです」
「そ、そっか、仕方ないね……じ、時代ってやつじゃないかな」
セバスチャンは孫くらいの少女に気を使われて、死にたい思いであった。
ディーは仕方なくボインスキーを縄で縛り、捕虜という形で本拠地に連れて帰ることにしたのだった。
「こいついるの?」
「恐らく兄のナルシスが出てくるのは間違いないだろう。その時に使える……かなぁ」
ディーも半信半疑である。
「まぁ咲もむやみな殺生は嫌いだと思うし」
「そうネ一寸の虫にも五分の魂ネ」
「なにそれ?」
「イカレてる奴にも虫くらいの魂が入ってるってことネ」
「違う」
ディーは言い直すのも面倒なので、そのままボインスキー城で接収できるものは接収し、施設を再利用する為の準備をしてから外へと出た。
戦争開始からわずか二時間半という短時間で、ボインスキー城は陥落したのだった。




