鶏
「絶対にあるはず!」
俺は全力ダッシュして村長の家に駆けこんだ。
目的はあのアンデッドを操る黄色い札。絶対にこの家のどこかにあるはずだ。
家の中のものを全てひっくり返し、札を探す。
「どこだどこだどこだ!」
家の中を探すと出て来る出て来る、人の骨が。
厨房のいたるところから血のしたたる頭蓋が現れ小さな悲鳴をあげたくなる。
「あのイカレババア、どこに……」
必死に探していると紹興酒だろうか? 酒の並ぶ神棚らしき場所が目に入り、調べると勅令と書かれた黄色い札の束が見つかったのだった。
「あった、これだ!」
勅令の下部には何も記載されておらず、恐らくここ命令を記載するのだろう。
近くに毛筆も見つかり、俺は札に対して筆をつく。
「なんて書けばいいんだ?」
レイランが止まってたときあの札なんて書いてあった?
記憶を探ってみるが注意深く見ていたわけじゃないし、ちゃんと読めなかったんだよな。
「止まるって字か? いや、停止の停か?」
他にも終や、制止などの言葉が頭に浮かぶが、恐らく「止」だろうと予測し、札に止と一文字記入する。
これを使って操られている黒龍隊を止められればいいのだが。
札に夢中になっているのが悪かった。背後からの接近に気づかず、俺はずっと背中を向けたままだった。
チャキっと嫌な金属音が聞こえ、反射的に悪寒を感じ俺は横っ飛びする。
その瞬間大上段から中華刀が振られ、目の前の机が真っ二つになった。
振り返るとそこには頭に札をつけた黒チャイナの姿がある。
「エーリカが逃がしたのか、それともまだ残ってたのか」
寺院に運んだ棺は三十以上、さっきいたアンデッドは二十人程度。
となると恐らくまだ残っていたとみるべきだろう。
「まだ十人以上いるってわけか。ちょうどいいお前で試してやる!」
俺は躊躇いなく黒龍隊キョンシーに体当たりし、壁に突き飛ばす。
こちらから突っ込んでくるとは思わなかったのか反応が遅れたキョンシーは壁に背中を殴打し尻をついた。
「今だ!」
殺と書かれた札をはがす為に手を伸ばす。その瞬間腕に電流めいた痛みが走る。
バリバリと嫌な音が鳴り、手に青く輝く小さな蛇のような稲妻が絡みつく。
指先の皮がボロボロになり爪と指の間から血が吹き出る。
「痛ったい。そう簡単には外れないってことかよ!」
涙目になりながらも、我慢できない痛みじゃない。
俺は根性で痛みに耐え、無理やり札をはがしとり、かわりに止と書かれた札に貼り替える。
「これでどうだ?」
ドキドキしながら見守っていると、キョンシーは立ち上がると中華剣を落とした。
うまくいったのか? と思ったがその瞬間口を大きく開け、襲い掛かって来たのだった。
「ガアアアアアアアッ!」
「全然きいてない!」
今度は完全に理性を失っている。札をはがされ老婆に襲い掛かったキョンシーと同じだ。
札に書いた文字が間違っていたのだろう。
すぐさま飛びずさり思い浮かぶ行動を停止させる言葉を札に書き、キョンシーの頭に貼り付けていく。
だが、全く止まる様子はなく首筋に噛みつこうと襲い掛かってくるのだった。
「なんだ、もう言葉が思いつかないぞ!」
なんでもいい、なんでもいいから書いて貼り付けろ。
そう思い、もはや停止とは全く関係ない。石や硬、喜や楽、静なんて漢字を書いて貼り付けてみるが全く効果がない。
まさか1文字縛りなんてなくて、実は2文字とか3文字とかもありなんじゃ。
いや、そもそもあのババアが貼らないと無効なんじゃないだろうなと気づく。
考えろ、何か止まりそうな漢字は……。平和? 友情? 友好? 友達? 友愛?
「よし友か!」
俺は友と書いて札を貼り付けた
「ガアアアアアアアッ!!」
違った!
心なしか怒ってる気がする。 そりゃ札まみれにされりゃ誰だって怒るか。
あとありそうなのは和か? いや、優とかどうだ?
まてまて冷静になれ、確か昔本でキョンシーはもち米や火、ニワトリに弱いと聞いたことがある。
だとすればこれか!
俺は餅と書いた札を貼り付けたが当然効果はなかった。
あれは現物に弱いのであって、漢字に弱いわけではない。
火なんて絶対違うし、ニワトリ……ニワトリってどんな字だったかな確か渓谷「渓」みたいな字で……。
さんずいとか書いてあったか?
俺はうろ覚えでニワトリの字を書いて、キョンシーに貼り付けた。すると見事に動きがとまったのだった。
「マジかよ! お前らニワトリで止まんの!?」
驚いたのもつかの間、キョンシーは突如もの凄い力で俺を押し倒した。
「うわ、やっぱり違ったか!」
ですよね、ニワトリなんかで止まるわけないですよね。
なんとか抜け出そうとするが、さすが戦闘のプロ、がっちり関節をきめてくる。
「サブミッションきめてくるキョンシーなんか嫌だ!」
サーベルを引き抜こうとした瞬間、鞘ごとサーベルを跳ね飛ばされてしまった。
あっ、死んだなこれ。
そう思った。だが、キョンシーは噛みついてくることはなかった。
なんでだと思ったが、俺に馬乗りになっているキョンシーを見て様子のおかしさに気づく。
興奮しているようで息は荒く、口元から涎がしたたっている。
これだけ聞くと完全にただのゾンビなのだが、おかしい。
なぜか目の中にハートマークが見える。
ハァハァと息の荒いキョンシーは、様子が変だ。
「えっ、何してるんだ!?」
わけのわからない動きにこちらがパニックになりそうだ。
そしてようやく気づいた。
キョンシーに貼った札……鶏じゃなくて淫って書いてる……。
全然合ってないじゃん俺……。
やっばい! 別の意味でやっばい!
ハァハァと息の荒いキョンシー、そして不幸なことに暴れ回っていたからか、更に新たなキョンシーが村長の家に入って来たのだった。
「待って! こんなわけのわからない状況で追加とかこないで!」
泣き叫びたかったが、俺の上に乗るキョンシーが視界に入り、邪魔だと判断したのだろうか横薙ぎに持っていた青龍円月刀が振るわれる。
俺の上に乗っていたキョンシーは飛びのくと中華剣を拾い仲間のはずだったキョンシーに構えたのだった。
「あれ、仲間割れ? じゃないのか?」
「ガアアアアアアアッ!」
敵意むき出しで札に淫と書かれたキョンシーが飛びかかり、殺と書かれたキョンシーを圧倒する。
女でも凄いぞエロのパワーは!
元仲間を圧倒すると、幸運なことに頭に貼られている札が中華剣によって斬りおとされたのだった。
すぐさまゾンビ化する殺キョンシー。
「えっ、こいつにも貼らなきゃいけないの!?」
現状止める術は淫と書いた札を貼ることだけである。
うっそだろオイ。
でもやらなきゃ襲ってくるんだからやるしかねぇ!
淫と書かれた札を殺キョンシーに貼ると、先ほどと同じく動きを止めた。
そして同じように目がハートになった。
「ハァハァ」
「ハァハァ」
「やばい! 何か他のを!」
そう考え、俺は愛と書いた札を頭に貼りつけた。
「うぐぅぅぅぅっ!」
「頭……割れる!」
二体のキョンシーはうめき声をあげ、その場にうずくまった。
予想した効果とは違うが、性的に襲い掛かられるよりマシだろう。
「なんかわかんねーけどきいてる!」
ラブ&ピースとかバカにしてたけど愛は俺を救ってくれるらしい。
俺はうずくまるキョンシーをその場に残し、脱兎のごとく村長の家から抜け出す。
「けがの功名だけど、これでなんとかなるのか?」
エーリカのところに戻るか、まだ文字を考えるか悩むが、村の中央でエーリカの銃撃音が鳴り響いている。
戦闘はまだ継続しているに違いない。
そう思い俺は札の束に愛と書きながら戦闘区域に近づいていく。
「グルアアアアアアッ!!」
「ガアアアアアッ!」
「くそ、邪魔だ!」
エーリカまであと少しだというのに、住人アンデッドに道を塞がれ身動きがとれない。
こいつらにも札を貼ってみたが黒龍隊と違って札が貼りつきすらしない。
ある程度力のあるアンデッド種にしか通用しないようだ。
強行突破決めるかと思うが、辺りから次から次に住人のアンデッドが姿を現す。
そしてその後ろから他のアンデッドとは一線を画す怪物が現れた。
一回りも二回りも体がでかく右手が異常に発達し、本来の頭が体の中に埋まり、もう一つ別の頭が右肩に出来上がっている。
あれはゾンビなどではなく怪物の類だ。
「おいおい、マジかよ」
ゾンビお得意の物量攻撃とボスモンスターが登場し、腰にさしたサーベルを引き抜こうと思ったが空を掴んだ。
「しまった、さっき村長の部屋で……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
一番でかいボスモンスターが雄たけびをあげると、アンデッドたちが目を血走らせながら一気に走ってくる。
「逃げてたまるか! あともう少しなんだよ!」
襲い来るアンデッドに対抗しようとするが、走って来たアンデッドの首が突如吹っ飛び、目の前で血しぶきが上がる。
「なんだ!?」
俺の脇をすり抜けていく何人ものアマゾネス。
俺達と戦ったことのある、アマゾネスリーダーも巨大な曲刀を背負い走り抜けていく。
「酋長の仇! タネお前は絶対許さない!」
アマゾネス達は皆怒りに燃えており、住人のアンデッドの首を次々に斬りおとしていく。
「咲!」
「オリオン!」
アマゾネスたちに続いてオリオン、フレイア、クロエが走って来た。
そんな大した時間別れていたわけじゃないのに、何日もあわなかったような気分になっている。
俺達は両方で今まであったことを話しながら、住民のアンデッドたちを倒していく。
「全ての黒幕はあの村長だったんだ! てなわけだから、今からその黒龍隊とレイランってやつの札を貼り換えに行く」
「咲、また女じゃないだろうな?」
「…………」
黒幕は実は村長だったんだ! 発言を完全にスルーして、オリオンはレイランの方に食いついてきたので俺は押し黙った。
「おい、なんとか言えよ」
「それより、あのでかい化け物はなんなんだ!」
「あれが探してたタネよ。水で押し流したと思ってたけどやっぱり生きてたわね」
「あれ、アギの弟だ」
「あいつに酋長さんは殺されたわ」
「なんだと」
オリオンとフレイアは忌々し気にタネと呼ばれた怪物を睨む。
アマゾネスたちはタネを取り囲みながら攻撃を繰り返すが、暴れ狂うタネに有効な攻撃が入らない。
「妖怪婆だけでも厄介なのに、あんなもんまで出てきやがって」
「どうすればいい?」
「先にエーリカを自由にさせてやりたいが、アマゾネスの特攻も気になる」
アギを含めたアマゾネスはやけっぱちに近い特攻を何度も繰り返し、どんどん傷が増えていっている。
「酋長……仇……とる!」
タネに吹き飛ばされ、頭から血を流したアギが曲刀を杖がわりにして立ち上がる。
アマゾネスは次々に突っ込んでは吹き飛ばされるのを繰り返し、まともに立てるものは少なくなっていた。
「お前らやめろ! 死ぬだけだぞ!」
「うるさい……酋長の仇だけは絶対……とる!」
「リーダーのお前がバカみたいな特攻して何になる!」
「黙れ! 男、我に意見するな!」
「男も女も関係あるか!」
「今の酋長我! 我に皆従う! タネ倒さないと!」
全く周りが見えておらず、ただ復讐にかられたアギに俺は腹が立ち、思いっきり頬をひっぱたいた。
「酋長なら仲間の命を軽く扱うな!! 名誉ある死より無様でも仲間を助ける選択をしろ!」
俺のあまりにも激怒した声が村中に響き渡る。
アギは叩かれて一瞬目を見開く。
「しゅう……ちょう……」
アギは酋長が最後に何を言っていたか思い出していた。
[仲間を助けてやるんだよ]
その言葉が反芻され、辺りを見回すと傷だらけになった仲間たちの姿が目に映った。
もう一度辺りを見回しながら、震える唇で言葉を紡ぐ。
「後退! 火矢放て!」
アギの後退命令に驚きつつも、仲間のアマゾネスたちは火矢を放ちながらゆっくりと後退していく。
「下がってどうする! 仇、とれない、最大の屈辱!」
アマゾネスの一人が後退を無視して剣を構えながらタネの背中に突撃する。
だが、背中に目があるような動きで振り返ったタネは二つの顔をニヤリと醜悪な笑みにかえ、巨大な右腕を振り下ろした。
「な、なぜ……」
一瞬の出来事に目を白黒させる。
俺は短距離転送のフラッシュムーブを使い、アマゾネスが殴られる瞬間思いっきり突き飛ばした。
かわりに俺の体はハンマーのような腕に殴り飛ばされ、軽々と宙を舞い民家に激突した。
民家の外壁には血を吐き、全身血まみれになった無様な俺の姿が埋まっている。
即死しなかったのは幸運と言えるが、いろんなところの骨が折れたと思う。
「あんたしっかりしなさい!」
「王様!」
フレイアとクロエが急いで駆けよって俺を抱き起こし、必死にヒーリングをかける。
動けない状態でタネがゆっくりと近づいてくる。
だが、その前に立ちはだかったのはオリオンだった。
「お前、死んだぞ?」
心なしか彼女の周りに黒いオーラのようなものが見える。
アマゾネス以上の怒りをその目に宿し、オリオンは空を飛ぶ。
瞬間移動したかと思う超スピードで肉迫すると、結晶剣で左腕を切り落としたのだった。
「お前お前お前お前お前!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
オリオンは狂ったように叫びながら高速の斬撃を繰り返す。
右左上下、360度全ての方向からタネという怪物を切り刻んでいく。
「何してんだよ、お前お前お前ええええええええっ!」
怒り狂ったオリオンは周りのアマゾネスですら萎縮してしまうほどの剣幕だった。
「やばいな、あいつ……」
「王様、まだ動いてはいけません!」
ヒーリングで回復した俺は、膝をつきながらゆっくりと立ち上がる。
汗かと思って額を拭うと、それが全て自分の血で、うわっと引いてしまう。
「あいつ怒りで我を忘れてんな……」
なんかあいつの胸にあるペンダントが黒く光っている気がする。
「でも、このままいけば倒せるかも」
「無理だ。キレてるときあいつは大体防御がおろそかになる」
俺はタイミングを見計らって大声をあげる。
「オリオン、ハウス!!」
ブチギレて怒りのまま剣を振るっていたオリオンの体がビクンと反応し、すぐさま飛びずさった。
その瞬間タネの口から気味の悪い触手が伸び、オリオンを捕食しようとした。
飛びずさらなければ間違いなく触手に捕まっていただろう。
「なんだよ生きてたのかよ。言えよ」
一瞬で俺の隣まで戻って来たオリオンの声はぶっきらぼうだが、嬉しそうだ。
「死にかけには違いないが。お前の役目はそうじゃない」
言っていると、民家の一つをぶち壊しながらエーリカの方からやって来たのだった。
レイランとエーリカは共に一進一退で、エーリカの方が有利なのだがそれを黒龍隊が邪魔をする。
「お前はタネを足止めしろ。いいかお前が倒すんじゃないぞ」
「なんだよ手加減しろって言うのかよ」
「そうだ。今回の主役はお前じゃない」
「ブーブー主役はらせろー」
「レアリティ低い子にはちょっと無理です」
「咲でもぶっ殺だぞ!」
「それだけ元気があれば十分だ。俺はあっちも片付けてこなきゃならんのだ」
俺は視線でエーリカの方を見やる。
「オッケー。こっちは任せな。アギたちとうまくやるよ」
「頼んだ。いいかお前がゾンビになってたらここに置いて帰るからな」
「そんなへまするかよ」
俺は痛む体をおさえながら、エーリカの方へと走る。
オリオンは俺の背中を見送るとぺろりと唇をなめる。
「あたしも手伝うわよ」
「大丈夫、咲成分補給したから今無敵タイム。あんたは咲の援護してあげて」
アマゾネスの野営地ではオリオンはタネにいいようにやられていたが、王がそばについてからこの豹変っぷり。
フレイアは何かしら鼓舞の効果が王にはあると確信する。
言った通りオリオンは足を使い、タネを翻弄する。
だが決して深追いせず、誘ってはかわしを繰り返していく。
その動きは明らかに熟練の戦士の動きであり、彼女のレアリティで到達できる域を超えている。




