正義感はB級の始まり
アマゾネスの村を出て、菱華村に戻ると、そこにはロジャー達冒険者一行がせっせとなにやら大きな木製の箱を二人一組で運んでいた。
何やってんだ? と思いロジャーに近づく。
「おっ、梶か。どうだったアマゾネスの村は?」
「話はしてきた。どうやらタネって人のことだったらしい」
「えっ、そうなのか?」
「タネのタネは子種からきてるみたいだ」
「あぁ、タネってそういう……」
「お前達は何してるんだ?」
「村長が暇だったら荷物を寺院まで運んでくれって言われてな。飯の恩もあるから全員で運んでるんだが、これが結構な数で、しかも全部重いんだよな」
「そうか、手伝おうか?」
「マジか? ありがてぇありがてぇ」
「俺も女以外はいらねって言われて弾かれてきたとこだからな」
「ちょっと遊んでないで早く運んでよ。まだいっぱいあるんだから!」
眼鏡子の魔法使い、確かヒナさんだっけな。
持っている箱が重いのだろう、顔を赤くしながらプリプリと怒っている。
「わるいわるい」
ロジャーと俺はコンビになってせっせと長方形の木箱を運んでいく。
持ってみてわかったが、確かに箱はずっしりと重く、一人で持つのは困難だった。
「これ、中何が入ってるんだ?」
「葬式とかで使う、仏具やらなんやららしいが」
「それにしても数多くない?」
人が入れそうな大きな木箱が三十以上である。
そんなに鐘や数珠いらんだろーと思う。
そして何より、箱の中から全く音がしない。
鐘とか入ってるなら、揺らした時にもうちょっとガチャガチャいいそうなものなのだが。
中が気になるが、木箱の蓋に釘がうちつけられている為、中を覗くことはできない。
腕がパンパンになり、ようやくほぼ全てを運び終える頃には日が完全に落ち、どんよりとした雲が空にかかり始めていた。
「これで最後だな」
ロジャーの仲間たちは既にバテバテで寺院へと続く階段の前で座り込んでいる。
この寺院も無駄に高い崖の上にあり、上り下りするだけでも相当体力を消費する。
「はぁはぁっ……最後が一番きつかった……」
最後残った二つの箱は、他と違い明らかに片方はデカく、もう片方は木箱ではなく、表面がつるんとして美しい真っ黒な石でできた箱で、縁に金の装飾なんかされて高級感が漂っていた。
両方に共通して言えるのは、めっちゃ重かったということである。
石箱なんて全員で持たないと持ちあげることすら出来なかった。
かくいう俺もバテバテである。
ロジャーの仲間たちは飯の分は働いたなと言っているが、俺は飯食ってないので報酬なしの100%タダ働きである。
「疲れた……」
「ご苦労さん」
ロジャーは俺を労うと、酒瓶を一つ俺に手渡す。
「あぁすまん。ツレからここで貰ったもの食うなって言われてんだ」
「それはラインハルト城下街で買ったもんだから大丈夫だと思うぜ」
それならいいのか? と疑問に思いつつ、俺酒飲めないんだが、後で誰か欲しいやつにやろうと思い琥珀色の瓶をポケットに入れる。
「そんじゃ俺達は宿に戻るわ。なんか雨降ってきそうだし。アマゾネスのこと進展があったら教えてくれ」
「ああ、わかった」
ロジャーたち一行は俺に礼を言って立ち去って行った。
俺も村長さんとこ行って、と思ったけど、もう遅いから明日にしようかな。
が、ふとポケットをまさぐって気づく。
「あっ……金、オリオンが持ってる」
そういや、ここに来る前にオリオンが腹減ったからって買い食いしたときに財布渡したんだった……。
仕方ないので、村長の家を訪れてどこか泊まれるところがないか聞こうと思ったが、村長は街に買い出しへ出かけ今日は帰って来ないと血色の悪い隣人に教えてもらう。
しかたなく俺は寺院へと帰って来たのだった。
その頃には灰色から黒色にかわった曇がゴロゴロと音を鳴らしながら、ぽつぽつと雨を降らしはじめ、やがて土砂降りの豪雨になった。
濡れネズミになりながら寺の中へと避難し、びしょびしょになった服を絞る。
「うー、さぶ。雨降って一気に気温下がったな」
ロジャーに金貸してもらおうかと思ったが、この雨では外に出るだけで一瞬でずぶ濡れだろう。
もうすでにずぶ濡れなので、別に気にしないのだが、もう一度この雨の中走れと言われたら、俺は嫌だと答える。
外に出ることを諦め、寺の中で一晩過ごすことに決める。
寺自体は無人らしいので、別に一晩くらい居ついても文句は言われないだろう。
ただ問題は、日が落ちて真っ暗なので超不気味ということくらいだ。
外観はそこそこ立派な寺だが、老朽化が進んでおり、腐りかけた床がギシギシときしむ。
俺とロジャーたちで木箱を並べた広い仏殿には、経年により赤錆が目立つ人間と同じサイズくらいの仏像が鎮座している。
その前にずらっと並ぶ三十数個の木箱。
明らかに中身仏具だけじゃないだろと言いたい。
まぁ何が言いたいかと言うと、俺もロジャーも突っ込まなかったのだが、この木箱……どう見ても棺にしか見えんのだよね。
それに気づいたのは、一番端に並べられた真っ黒な石箱。あれ、どう見ても貴族が使う棺桶じゃん。
大体あの婆さんどうやってこんな重いものを運んだのか。
「うん、気のせい気のせい」
仏像の脇に溶けかけたロウソクを見つけ、俺はファイアを唱え火を灯す。
ロウソクを片手に寺の中を回ってみるが、雨漏りしているところが多く、結局仏殿まで戻ってくることになった。
「……エーリカくらい連れて帰って来るべきだったかな」
臆病風にふかれていると、ピカッと強い光が仏殿を照らしだした瞬間、ゴロゴロドカンと雷鳴が鳴り響く。
あまりにも激しい音に、首がすくむ。
「近くに落ちたんじゃないか?」
村の近くに落ちたのではないかと思うが、どこかに狼煙が上がっている様子はない。
その後何度も雷の音が鳴り響き、内心ビクビクの俺を揺さぶる。
そんな自分を紛らわすように、アマゾネスの酋長から手渡された手記を開く。
赤表紙のレシピ本を開いて中を確認するが、様々な中華料理他、民族料理がいくつも記載されており、味や、材料について詳しく書かれている。
「豚の育て方まで書いてるな」
これを書いた人間は相当な料理通だったのだろう。
ただ、何やら行き詰っている様子で、どうやっても超えられない料理がいくつかあり、それをなんとか超える為に、いくつもの牧場や、農家を訪れたことも記載されている。
「相当な料理人だったんだろうな」
最後まで苦悩していたようだが、最後の最後で何かを見つけたらしく「私は見つけた最高の食材を」とだけ書かれ、以降は白紙のページだった。
「なんだろ。何かいい食材でも見つけたのかな?」
レシピ本を閉じ、もう一つの日記を開く。
こちらはこの菱華村で生まれた村娘の話らしく、両親を早くに失っているが、そのことにもめげず、曲がったことが大嫌いで、間違っていると思えば大人でも意見する勝気な少女だった。
少女は正しいことをするためには力が必要だと悟り、鍛錬を積み重ね、大きな街へと出て、そこで開かれた武術大会でも優勝し自身の身に着けた力を正しいことへと使う為、地方文官の試験もクリアし、十五の若さでラインハルト城国境警備隊の任へとついた。
随分勝気な性格だったのか、日記の端々にみんなを見返してやりたいと書かれている。
元から才能もあったようで、類まれな能力と努力家な面が、メキメキと少女を上に押し上げている印象だった。
文武に優れ、恐らく美しさも優れていたのだろう、村だけでなく地方の貴族までもが彼女に求婚してきたことが記載されている。
ただ、この日記の主は正義を行う為には不要と全てを蹴り飛ばし、ただただひたすら上を目指し続けたようだ。
少女の警備隊就任から二年後、女性だけで構成された部隊黒龍隊を設立し、三百を超える部隊員の指揮官へと昇進したのだった。
正義を行え、強きをくじき弱きを助けよ。亡き両親を想う。
少女の順風満帆な人生が書き連ねられていたが、日記は約一年前の日付で終わっていた。
「このレシピ本と、日記は何か関係あるのか?」
そう疑問に思った直後、耳をつんざくような雷鳴が轟き、寺全体を揺るがすような振動がおこる。落雷が寺院を直撃したのだった。
落雷は寺院の屋根を破壊し、基礎となっている寺の支柱の一本を砕いた。
大雨により地盤もゆるくなっていたのか落雷の衝撃で寺院が傾いているのがわかる。
「これやばい!」
とっさに柱にしがみつこうとするが、ベキベキと音をたてながら寺の半分が崩壊していく。
崖近くに作られているのが災いし、大雨により地盤が崩れ寺の土台となっている地面半分が削り取られたのだった。
その結果、老朽化している寺は落雷の影響も相まって、地面のない寺の半分がベキベキと音をたてて崩れ落ちていく。
「うあああああっ!」
俺はちょうどその崩れ落ちる半分にいたらしく、直角にへし折れた床を滑り落ち、そのまま崖下へと落下していったのだった。
「いてぇ……」
崖下に落ちた俺は、ぬかるんだ地面のおかげで幸いにも打撲だけですんだらしい。
全身痛むが動けないほどではなかった。
ゆっくりと体を起こし、どれぐらい落下してきたのか空を見上げる。
切り立った崖の上には半壊した寺が見える。
仏殿にあった木箱もいくつか落ちたようで、近くに大きな箱と、真っ黒い石の箱が落ちている。
どうやって村に戻ろうかと考えたが、木箱の中身も気になった。
回収できるものなら回収した方がいいだろうと思い、俺は木箱に近づいていく。
「あれ? なんにもない」
落下の衝撃で蓋が外れた、大きな木箱の中には紫の布が敷かれているだけで、中身らしきものが見つからない。
辺りに散らばったのかと見渡してみるが、仏具らしきものは見当たらなかった。
確かに運び込んだ時はずっしりと重かったので、中身が空なわけがないと思うのだが。
そう思いつつ、石の箱に俺は近づいた。
すると、蓋の外れた石箱からむくりと何かが起き上がったのだった。
「えっ?」
それはとても血色の悪い、青白い顔をした少女だった。
頭の両サイドに真紅の花飾りを着け、真っ黒な喪服のようなチャイナ服を着た少女が虚ろな眼差しで虚空を見つめつつ、体を小さく揺らしている。
明らかに様子がおかしく、小さなうめき声のようなものが聞こえる。
「あれは確実にやばいやつだろ……」
やっぱり箱の正体は棺だったと見て間違いないだろう。
ホラー映画などで見る、ゾンビ化しかけの人間とまんま同じだ。
定まらない焦点、血色の悪い肌、開きっぱなしの口に苦し気なうめき声。
これ気づかれたら確実に襲ってくるパターンのあれだと察する。
ゆっくり後ずさったが不運なことに、棺の木片を踏んでしまいべキッと大きな音が鳴る。
一瞬心臓が飛び出そうになったが、少女は虚ろな目のままこちらをチラリと伺う。
だが、そのまま動くことなく立ちすくんだままだった。
「い、今の絶対気づいたよな……」
明らかに視線動いてたし。
しかし、今は動かないことを幸運に思い、逃げることにする。
「サ、ムイ……」
少女は小さくそう呟くと、また虚空を見据えながら苦し気な呻き声をあげる。
Q あなたの目の前に見た目確実にゾンビな少女がいます。彼女が助けてほしそうにしていますが、どうしますか?
A 助ける人間でありたいが実際はそうもいかないだろう。
ゾンビなんか助けた人間の末路なんてわかりきっている。
すまないと思いながらも俺は後ずさり、その場を逃げようとする。
その瞬間再び崖崩れが起き、少女の脇に巨大な岩が転がる。
「ほっといたら死ぬだろ……」
よせ、やめろ俺。ゾンビがほっといて死ぬならそれはいいことだろ。
お前がやろうとしてることはB級ホラー映画の始まりだぞ。
これからお前が噛まれてゾンビ化して、次々に仲間を襲い、最終的には村ごと全てを焼き払われるそんな救いのない話の始まりだぞ。
わかっていながらも俺は走った。
動かない少女の体を無理やり肩に担ぎ、その場を一目散に走り去る。
俺が危険のないところまで走ると、もう一度起きた崖崩れで、さっきいたところには大岩と土砂が降り注いでいた。
「間一髪……なのか」
俺は恐る恐る担いでいた少女を下ろすと、少女はやはり虚空を見つめたまま小さく唸っているだけだった。
「とりあえず濡れないところまで連れていくか……」
手を引いても全く動かないので、仕方なくもう一度担ぐ。
気づくと俺達は東の森の入り口に来ていたようで、巨木の下に少女を下ろして、俺もその横に腰を下ろした。
「座ったら?」
「……ぁー……」
少女は小さく体を揺すっているだけで、腰を下ろす様子はない。
もうびしょ濡れどころではなく、濡れてないところを探す方が難しい。
はぁと小さくため息をついて、自分のポケットに何か硬い感触を感じ、取り出してみる。
それは先ほどロジャーに渡された酒瓶だった。
「よく割れなかったな。酒飲めないんだが……」
体が温まるっていうし、少しだけ飲んでみるか。
そう思い、琥珀色の酒瓶に口をつけ慣れぬ苦みに顔をしかめながら口の中に酒を含む。
「なんだこれ?」
酒を飲んでいる最中、少女の額に何か紙切れのようなものがくっついているのに気づき、それをはがしてみる。
黄色い紙に朱色の毛筆で、勅令だろうか? 何か文字が書かれているが、千切れている為、何が書かれているかはわからない。
「がああああああああっ!」
「えっ!?」
紙を引きはがした直後、唐突に少女が掴みかかり、物凄い力で俺を押し倒す。
「な、なんだ急に凶暴に!?」
「がああああああっ!」
物凄い力で押さえつけられ、俺のことを噛もうと歯をガチガチと鳴らしながら顔を近づけてくる。
やばいやばいやばい! まんまゾンビ映画のあれじゃないか!
なんとか顔を押さえつけるが、腕力が明らかに少女のものじゃなく、徐々に顔が近づいてくる。
整った顔立ちに、目元に紅が塗られており、顔色さえよければ相当な美人だったのだろうと思うが、歯を噛み鳴らす姿は、そんな悠長なことを考えている暇を与えない。
その時ぱっと頭に思い浮かぶ、酒を吹いてひるんだ隙に逃げ出すというものだ。
果たしてゾンビ相手に酒吹きなんて通じるのかわからないが、幸いにも俺の口の中には酒が残っている。
意を決して酒を吹きだそうとした瞬間、俺の腕の力が緩み、少女の顔が俺とぶつかりあう。
「ん!?」
思いっきりぶつかったが噛まれてはいない、だがこの唇に触れる感触は。
(俺、まさかゾンビとキスしてる?)
なにその強烈なトラウマになりそうなこと。
もういい、このまま酒吐き出してやれと、口移しでゾンビの口の中に酒を流し込んでやった。
そして少しでも離れたら噛まれると思い、俺は少女ゾンビの後頭部を掴んで無理やり自分の唇を押し付ける。
キスなんてロマンチックなものでは全然なく、なんとか離れないように必死に体を抱きすくめる、超至近距離の格闘である。
絶対に離さない。離した瞬間、俺は首筋に噛みつかれてゾンビの仲間入りするに違いないと思ったからだ。
どれくらい時間が経っただろうか。
必死に少女の体を抱き、俺から全く離れないようにして数十分というところだろうか。
押さえつける腕が段々痺れてきた。
雨もやんで、今は雲の切れ間から月が覗いている。
これ、腕力の限界が来たときが最後じゃんと己の死期を悟る。
依然超至近距離のキスを続けたままだ。
まさかこんなことになるとは……いや思ったな。少女ゾンビを助けたとき、思いっきりこれから起こること予測してたなと自分の浅はかさを悔いる。
だが、どうしたことだろう。先ほどまで必死に俺を噛もうとしていた少女ゾンビだが、徐々に力が弱くなり、今では力をこめなくても暴れる様子はない。
(そう思って腕離した瞬間、ガーってくるんだろ。わかってるんだよね)
「お……れネ!」
ん? 今なんか喋ろうとしてたぞ?
キスしながら見ると、明らかに怒った目をした少女の顔がドアップで映る。
「おま…誰ネ!」
今お前誰って……。恐る恐る俺は腕に込めていた力を離す。
すると少女はぶはっと息を吐いて、俺から顔を離す。
「お前誰ネ! こんなことしてタダですむと思ってるか!?」
あれ? さっきと全然違って、血色も良くなってるし、何より目に光が戻っている。
どういうことだ?
「さっさと離すね、この変態!」
思いっきり突き飛ばされてしまった。
少女は自分の腕でゴシゴシと唇を拭う。
「最悪ネ、ワタシの初めて、お前みたいな奴にとられるなんて、最大の屈辱ヨ!」
怒ってるのと同時に、涙目になっている。よっぽど嫌だったのだろう。
正直すまんかったとしか言えない。




