プリズンブレイクⅨ
ガチャ姫の書籍情報が出ております。
2018年12月にファミ通文庫様より第一巻が発売予定です。
イラストレーターはかかげ様ですので是非とも一度チェックしてください。
また書籍化に伴いガチャ姫のタイトルを
旧題:ガチャ姫から
新題:異世界城主、奮闘中!~ガチャ姫率いて、目指すは最強の軍勢~(軍勢:チャリオット)に変更しています。
「ねぇ咲、あのガイコツロボどこ行ったかわかんないんだけど」
「何言ってんだ。お前頭以外は良いんだから、あんなデカいもん見失うわけないだろ」
「そんなに褒めんなよ」
「頭の悪さがにじみ出てる会話ね」
戦車の上部ハッチから顔をだしているオリオンが周囲を見渡すが、タナトスの姿が見えなくなったという。
そんなバカな。奴はさっきまでヘックス城に向かって走っていたはずなので、見失うなんてこと物理的にありえない。
「ほんとにいなくなったわよ」
フレイアも一緒にハッチから顔を出して周囲を見渡すが、オリオンと同じことを言う。
「どうなってんだそれ」
「もしかしたらタナトスの能力かもしれないよ。インビジブルっていう自分の姿を完全に消す能力を闇の起源聖霊は持ってるって聞いたことがある」
「それはアーマーナイツのコアになっても使えるのか?」
「多分……でもそうなるとおかしいんだ。起源聖霊の能力って当然コアが覚醒してないと使えないはずだから」
「まさかジェームズが本当にコアを覚醒させた可能性があるってことか?」
「う、う~ん……わかんないけど。闇の起源聖霊は闇を持つものに惹かれるっていうから」
まさかあいつの浅い闇に惹かれたとでも言うのだろうか?
小悪党に覚醒する起源聖霊とか嫌だぞ。
「さ、咲……」
「ちょ、ちょっと……なによあれ」
クリスと話していると、オリオンとフレイアが唖然としたような声を上げる。
「どうした?」
「なんか……街が」
「凍っていくわ」
「もうちょっと詳しく説明しろ」
「街がね……すーっと凍ったの」
「何言ってんだお前は」
俺は状況が飲み込めないので、戦車を一旦停止させてハッチから外を見やる。
するとヘックス城を中心として、街が氷結の銀色に覆われていく。
パキパキと音をたてて銀世界に姿をかえていく様は、まるで真冬の街が凍っていくまでの映像を早回しに見ているようだ。
「なんだこれ……アラスカにでも飛ばされたのか……」
「多分それ、レイ・ストームが出てきたんじゃないかな」
「レイ・ストームって、イングリッドさんの……。嫌な予感がする、見失ったタナトスはとりあえず後回しだ。皆のもとへ戻るぞ」
俺は胸騒ぎを押さえられずスピードを出して戦車を走らせると、地面が凍りついているせいで、履帯が何度もスリップを繰り返す。
なんとか事故らずにレイランや銀河たちが魔軍と戦っていた場所まで戻って来た。
先ほどまで彼女たちは対等、いや、それ以上の戦いをしていたはずだ。
しかし、状況は完全に一変していた。
地面や建物は完全に凍りつき、凍える白の地獄と化している。
その中心にいるのは絶対零度の世界を作り出す氷の悪魔。
戦局を変えたのは冷たい氷をハイヒールのような脚部で踏みしめる青銀の機体。
腕は拘束具のようなもので固定され、その背からは氷が幾重にも重なってつくられた羽を伸ばす。
機械の罪人のような機体は、絶対強者の風格を漂わせながら悠々と前進する。
「こいつはまさか……」
「やっぱり間違いない。魔軍指揮官の搭乗する第二世代型アーマーナイツ、レイ・ストームだよ……」
クリスの顔が青ざめる。
「アタシたちが予想より強くて、本気出してきたってこと?」
「かもしれん。総大将のご登場で、戦闘が決着しかかってるじゃねぇか」
俺は戦車のアクセルをベタ踏みして、皆の下へと急ぐ。
戦車はスピードの出し過ぎて、凍った地面に足をとられスピンしながら建物に衝突してしまった。
戦車を放置してすぐさま皆のもとへと走る。
トライデントのメンバーと、オスカーたちは膝をついて氷雪に耐えているところだった。
「大丈夫か!?」
「大丈夫じゃないネ。何ネ、あのバケモノ。人馬ロボと赤鬼ロボを退けたと思ったらアレが出てきたよろし」
「こちらの砲撃が全て氷の障壁に阻まれ、一切通用しません」
「魔法も同じくです。明らかに並の性能ではありません」
レイラン、エーリカ、ディー、ウチの高火力三人組が珍しく弱音を吐く。
眼鏡を白く曇らせたオスカーが苦々しい表情をしながらレイ・ストームを見やる。
「あれの強さは別次元だ。戦闘用として研究が進み、搭乗者とコアが完全なるマッチングを果たした第二世代型の真骨頂とも呼べる機体。見てくれは機械だが、あれは氷の起源聖霊と同格。人が制御する氷の災厄そのものだ」
起源聖霊。
本来は下級精霊が大量発生することで召喚される、天災に似た制御の効かない精霊の最上位種。
それをコアとして組み込み、人の力で操作しようとしたのがメタトロンやタナトスのような第二世代型アーマーナイツ。
搭乗者は台風や地震、噴火等の自然災害と同等の力を得ると言うが、あれは氷の災厄を完全に使いこなせると言う。
「レイ・ストームなんて起源聖霊いたのか?」
「氷の起源聖霊の正式名称はセルシウス。レイ・ストームは恐らく魔軍がつけたコードネームのようなものだ。恐らくあれ一機で大国ともやりあえるほどの力がある」
俺は冗談でしょうと顔を引きつらせるが、寒さで引きつった顔が元に戻らない。
いや、単機でこの氷の世界を作り出すことができるのだ、オスカーの言っていることは大げさではないだろう。
だとすると俺たちだけで奴を相手にするのはあまりにも無謀。
レイ・ストームは氷雪を纏いながらゆっくりとこちらへと向かって来る。
あの機体が一歩近づくごとに、血液から温度が奪われていくようだ。
「咲、やばい。なんか頭がふらっとして眠くなってきた」
「完全に雪山現象おこしてるじゃねぇか。起きろ、寝たら戻ってこれなくなるぞ!」
と言いつつも、俺もかなり苦しい。
強烈な寒さに視界がかすみ、ふと見た自分の掌が二重、三重になって見える。
あっ、これやっばい。
なんの攻撃も受けてないのに、俺たちは膝をつき負けそうになっている。
特に既に戦闘をしていたレイランやウサギたちの消耗が激しい。こりゃ早期決着させないと何もできずに負ける。
「フレイア、皆を守ってくれ!」
「い、いいけど、あんたたち……」
フレイアは炎をドーム状に展開し、凍えそうな冷たさから皆を守る。
俺とオリオンは炎のドームを出て、氷の悪魔の前に並び立った。
「行くぞ相棒。俺たちが動けなくなったら終わりだぞ」
「がってん。……顔が痛い」
「我慢しろ、俺も我慢してる」
俺とオリオンはレイ・ストームに向かい戦闘を開始する。
凍る地を滑るように駆けぬけオリオンが飛びかかるが、空中で硬直しそのままボタリと落ちてきた。
「やばい、近づいた瞬間、体……動かない」
「オリオン!」
駆け寄ると、俺も膝がガクッと折れた。
なんだこれ。レイ・ストームに近づいた瞬間、体の力が一気に抜けて全く力が入らない。
視界が揺れ、意識が朦朧とする。
俺は足元を確認すると、ピキピキと音をたてて自分の体が凍りついていることに気づいた。
「冗談だろ?」
この氷の聖霊には近づくことすら許されないって言うのか。
レイ・ストームは俺たちの前で踵を鳴り響かせると、視界に白が広がった。
――あっ
驚いた時にはもう遅い。
俺とオリオン、それだけでなく炎のドームを展開していたフレイア、トライデントメンバー、オスカーたち全員が氷の彫刻へと変えられてしまったのだった。
桁違いと言うのは正しくこのことを言うのだろう。
凍ってしまった体ではもう何も考えることが出来な――――――。
◇
ヘックス城前――
その光景を囚人の避難誘導をしながら見ていたソフィーとナハル。
果敢に突撃していった王とオリオンはレイ・ストームに近づいただけで全身が凍りつき、残った仲間も次々に凍った。
「み、皆様凍ってしまったであります……」
「……すみません、ここお願いします」
ナハルは駆けだして行こうとしたソフィーの肩を掴む。
「どこに行くでありますか!」
「わたし行かないと! わたしが行けば皆さんの氷を解除できます!」
「あそこに行けば同じように凍ってしまうでありますよ!」
「それでも、それでもわたし行かないといけないんです!」
手を震わせながらも強いまなざしで言うソフィーにナハルは折れた。
「わかりました、わたしめも行きましょう。皆さん後はお任せします」
ナハルは風呂敷猫たちに振り返る。
風呂敷猫は『行ったら死ぬ』と書かれたプレートを掲げる。
「それでも英雄様を見捨てるわけにはいきません」
「行きましょう!」
ソフィーとナハルは頷き合い、氷結の地獄へと駆け出す。
二人の様子を見て、囚人たちと一緒に避難しようとしていたクロエは列から離れた。
「どこに行くつもりですの?」
クロエを呼び止めたのはゼノだった。
戦闘能力のない彼女達は、囚人たちと一緒に地下穴を通って逃げることになっていたのだ。
「パパがね、危ないの」
「あなたが行ったところでなんの意味もないですわ。見たでしょうあれは氷結結界と言って、高位の精霊が使用するゾーンテリトリーですわ。あそこに入れば人間なんてあのように氷の塊になってしまうのです」
「それでも行かなきゃいけないの。ママは何にもできないんだけど、一緒に戦っていたいの。ゼノちゃんはこのまま逃げて」
「無駄死にですわ! もし仮にあのアーマーナイツを倒しても残りの魔軍が控えているのですよ!」
「ゼノちゃん……。あのね、ソフィーちゃんってね本当は凄く臆病だったの」
「ソフィーってさっきの神官……」
「そう、でも彼女パパと一緒にいて本当に強くなったの。いつも怖い魔物が出てくると、パパの影に隠れてたんだけど、いつの間にか彼女はパパの隣に立つようになったの。そして今は率先してパパを助けようとしてる」
「…………」
「人は強くなれるの。出来ないことに立ち向かうから、出来ないってあきらめるだけの人間になりたくないの。ごめんね」
「ちょ、ちょっと!」
そう言ってクロエはゼノを振りほどき、戦闘地域へと駆けだしていく。
ゼノは歯噛みしながらその後姿を見守る。
「バカ、バカ、バカ、人間てなんて愚かな生き物なの!」
怒りで腹がマグマのように煮えたぎる。
なぜこんな愚かしいことをするのか、普通に考えて人間が勝てる相手ではないとわかっているはずなのに。
こんなの命をドブに捨てるのと同義である。
それと同時に、なぜ自分はこんなにもあの人間たちを心配しているのか、それがわからず更に腹が立つ。
ゼノはいつしかあの愚かな王が言っていたことを思い出す。
『――お前もいつかあのバカの中に加えてやるから覚悟しておけよ』
「うぐぐぐぐ……」
ゼノが行き場のない怒りを感じていると、風呂敷猫の一匹が近づいてくる。
風呂敷猫は風呂敷の中からスッと小さな鏡を取り出して、彼女に手渡した。
「な、なんですのこれは?」
風呂敷猫は『王から時が来た時に、あなたに渡すように指示されていた』と書かれたプレートを掲げる。
プレートを裏返すと『この鏡には時を巻き戻す力がある。王はあなたの失われたツノを修復する為、このラーの鏡を砂漠の地で手に入れた』と書かれている。
ゼノは驚きながらも鏡を見やる、そこには無様に折れた自身のツノが映し出されていた。
鏡が一瞬煌めくと、ゼノの失われたツノの部分に光が集まっていく。
光はツノの形を成すと、次の瞬間には元通り立派なツノが復元されていた。
「…………ツノが……戻った」
恐る恐るツノに触れてみると確かに硬い感触がある。同時に消失したはずの魔力がみなぎって来る感覚がある。
全力というわけにはいかないが6割近くの魔力が戻ったと言ってもいいだろう。
歓喜に声を上げそうになったが、風呂敷猫の持っているプレートを見てゼノは冷静になる。
プレートには『自由に生きろ。王より』と書かれていた。
王の最後のメッセージを伝えると、あらかたの避難誘導を終えた風呂敷猫たちは主を追うように戦闘地域へと向かっていく。
「ちょっとあなたたちまで行く必要は!」
しかし風呂敷猫たちは一匹、また一匹と死地に向かって歩いていく。
そこに一羽のニワトリが混じっていた。
「あなたこそ行く必要はないでしょう!」
「……我輩の友が戦っているであるからな。その鏡……あの男が命がけで手に入れたものである。あの男はバカであるが、本気でお主には立ち直ってもらいたいと考えていたである」
「わたくし彼に嫌なことしか言っていませんわよ……」
「なに構わんである。我輩もあの男は好かんであるから精々罵ってやるである。ただし死んでしまうと罵ることもできんのである」
そう言ってドンフライは、お尻を揺らしながら風呂敷猫について戦闘地域へと戻っていく。
「なんなの、どいつもこいつも……」
なぜ死ぬとわかっていて向かっていくのか、理解できない。
昔ならば人間とは価値観が違うと一蹴できた。しかし今はそれができない。
【見つけたぞ、我が魂の契約者】
その時不気味な声が響き、何もなかった場所から漆黒のマントを羽織った機体が姿を現す。
【我が名はタナトス、永劫の闇を彷徨いし闇の起源聖霊。其方は我に選ばれた。闇を背負いし者よ】
「…………」
タナトスはゼノの前に片膝をつくと、胸部のハッチを開く。
「あなたわたくしの種族を理解していますの? わたくしはこの世界で最も神性の高いクルト族。神や天使に近しきものですわ。貴方のような死神に――」
【種族など些末なこと。貴様は力を求め続けた。その願い我が叶えよう】
「必要ありませんわ、わたくしもう力が戻ったのです。あなたに頼らずともセラフを顕現させれば――」
【無理だ。貴様とセラフの契約は既に切れている。我と新たに契約せよ】
「だからいらないと言っているでしょう!」
ゼノは叫ぶ、しかし戦闘地域からソフィーとナハルの悲鳴が響き、反射的に振り返った。
【どうしても其方が契約を望まぬと言うのならば、我は次なる契約者のもとへと向かう。幸いこの地にはもう一人適合者がいる】
「だ、誰の事です?」
【適合者の名はハラミ。其方には劣るが、奴も十分胸に闇を秘めし者】
ゼノはハラミが敵側の人間だと気づき、もし今タナトスが敵に回ればトライデントの全滅は免れないことに気づく。
「なぜ、わたくしが人間の味方なんかをしなくてはなりませんの……」
苛立ちと葛藤。
自分を地の底にまで貶めたのは人間。しかしそれを拾い上げたのも人間。
自分の中に広がる鬱屈とした闇。
うざったくまとわりついてくる犬みたいな戦士、何も考えていないようで微妙に闇を抱えている忍者、皮肉に皮肉で返すが相手を気遣う魔法使い、崩落した地下穴でクロエから貰ったチョコレートの味、嫌なことばかり言い続けていたのに裏で自分のツノを直す為に動いていた愚かな王。
「わたくしは誇り高きクルト族。人間なんかに同情したりしませんわ」
ツノは治った。ならばこのチャリオットに用はない。
幸い引き留める人間は自ら死にに行った。
地下穴を通れば今なら誰の目に触れることなく自由を手にすることが出来る。
ゼノはタナトスを無視してヘックス城に掘られた地下穴へと向かって行った。
◇◇
「うぐぅぅぅぅぅ、予想以上の冷気であります。砂漠育ちには辛いであります!」
「頑張ってください!」
ナハルとソフィーはシールドを展開し、氷の彫刻と化した仲間たちを必死に守っていた。
後方の戦車から主砲が発射され、凍った仲間めがけて飛んでくる砲弾を防いでいたのだ。
「これじゃ氷の解除どころじゃ……」
遅れてやってきたクロエが、凍った仲間にお湯の入ったバケツをぶちまける。
しかし、全く氷が解ける様子はない。
ドンフライと風呂敷猫はバケツリレーでお湯を運んでくるが効果は薄い。
それどころかソフィーとナハルの体は既に凍りつつあり、氷の彫刻に加えられるのは時間の問題だった。
しぶとく生き残るソフィーたちに業を煮やしたのか、レイ・ストームがゆっくりと近づいてくる。
「いやあああこっち来ないで下さい。凍っちゃいます!」
ソフィーとナハルの手足がパキパキと音をたてて凍っていく。
皆と同じ氷にされてしまう恐ろしさに泣きそうになるソフィー。
「王様! 助けて下さい、王様ぁ!!」
ソフィーが泣き叫ぶ、それと同時に漆黒の影が目の前を横切った。
金属と金属がぶつかりあう鈍い音が響く。
強烈な体当たりを受け、レイ・ストームが後退する。
「えっ?」
『今のうちに早く氷を溶かしなさい!』
ソフィーたちの目の前に現れた漆黒の死神は、レイ・ストームに組み付くと背面のブースターを吹かせながら凍った仲間から引き離していく。
「ゼノ……さん?」
『はあああああああああ!!』
何をしているのかとゼノは自問自答する。
なぜこんなわけのわからない死神と契約してまで人間を守っているのだと。
闇というものは勝手に晴れるものではなく、自分で晴らすものだと誰かがそう言った。
それに賭けてみたくなった自分がいる。
死んでほしくないと願った自分がいる。
地に落ちたプライドは、復元したツノと共に光を取り戻す。
『タナトス、わたくしに力を貸しなさい!』
【汝に我の力を与えん!】
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