表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
294/330

プリズンブレイクⅢ

 夜闇に隠れるように、三隻の飛行艇がヘックス領空内へと侵入していた。

 マストが張られた漁船のような飛行艇は、船尾に備えられた二基のプロペラエンジンを最大出力で回転させ、風を切って飛行する。

 船体にはグルメル運輸のロゴと、骨付き肉のノーズアートが描かれており、戦闘が巻き起こるヘックス内に侵入するにはいささか場違いな様相だ。

 先陣を切って進む飛行艇の上から、ソフィーとレイランが領内を見下ろす。

 工場施設が多く、飾り気のない無機質な建物が多いヘックスは今現在赤々とした炎が上がっている。

 

「相変わらず派手好きな王ネ」

「王様爆発系大好きですから」


 スリットの深い漆黒の民族衣装に身を包み、青龍刀を肩に担ぐレイランと、ハルバートを握るなんちゃって神官のソフィーは、阿鼻叫喚な城壁内を見て小さく息を吐く。

 船の甲板には熱を孕んだ風が吹き、二人の髪を激しくなびかせる。

 その直後、眼下に見える工場の一角が派手に爆発し、炎の柱が飛行艇近くまで迫る。

 空に舞い上がった火の粉が彼女達の近くに飛んできて、ソフィーはさっとレイランの影に隠れた。


「……凄い爆発ですね」

「ナチュラルにワタシ盾にするのやめるよろし」

「女性の顔に火傷ができたら大変じゃないですか……」

「一応ワタシも女ネ」

「でも、わたし……可愛いじゃないですか」

「何真顔でイラッとすること言ってるネ」

「見てください人がいっぱい!」

「人の話聞くよろし」


 マイペースなソフィーにつられレイランも船べりから地上を見下ろすと、粗末な服を着た囚人と警備らしき男達が殴り合いを行っている。

 それが領地内のいたるところで起きており、混乱を極めている様子が伺える。


「地獄みたいですね」

「今からあそこ行って皆殺しネ」

「恐ろしいことを言うな。我々の目標は王の救出だ」


 悪役みたいな笑みを浮かべるレイランに、操舵室から出てきたディーが釘を刺す。


「そんなことわかってるネ。一体何日会えなかったと思ってる。これで王死んでたら許さないネ」

「王様が簡単に死ぬわけありませんよ。ゴブリンやゾンビよりしぶといですから」

「全くだ。そうでなくてはせっかくグルメル侯爵から借り受けた、この飛行艇が無駄になる」

「あのデブ侯爵、ケチそうなのによく貸してくれたネ」

「一応借りがあるからな。警備の固いヘックスを上空から強襲するなら、高速輸送船の機動力が必要になる」


 地下穴崩落後、オリオン達の捜索を続けながらも新たな潜入方法を模索していたディーたち。

 行き詰りつつあったところに、ソフィーが「下がダメなら、もう上から行くしかないですね」と言ったのが発端だった。

 その言葉をヒントにディーはグルメル領へと向かい、この高速輸送船を五隻借り受けてきた。

 ウェイウヴォアーの毒を抜きながら、リハビリ中のグルメル侯爵は露骨に嫌がったが、ディーの終始笑顔な外交(恫喝)によって無理やり首を縦に振らされたのだった。


 船を借りるやいなや、ディーは五隻の船のうち二隻に大量の爆薬を積み、ミスリル城壁上にある対空設備バリスタに突っ込ませたのだ。

 対空防衛に穴が開いたところを、本隊の三隻を突入させ、現在トライデント強襲部隊は城壁を突破することに成功している。


「借りたものをあっさりぶっ壊す、お前の方がよっぽど怖い女ネ」

「後ほど弁償させてもらうさ。それにグルメル侯爵とは盟友のようなものだからな」

「主は言っておりますよ。持つべきものはスネをかじれる親とお金を貸してくれる友人だと」

「それ貧乏神の間違い違うカ?」


『ねー、まだなのー?』


 風に乗って声が聞こえ、ソフィーたちは距離を開けて飛行する隣の船を見やる。

 そこにはサクヤとカリンを中心とするバニーガール集団が、槍を構え突撃のタイミングをはかっていた。


「もう少しだ!」


 ディーが風に負けぬよう大声を張り上げると、サクヤたちは退屈気に槍を振り回す。


「毎度思ってるけど、あの兎カジノに売られたバニーガールが逃げ出してきたようにしか見えないネ」

「あんな殺気を纏ったバニーガール嫌ですよ。わたしとしては、あの武闘派兎よりあっちのが気になるんですけど」


 ソフィーは反対側の飛行艇を指すと、そこには風呂敷を被った犬と猫がウジャウジャと乗船しており、船首には[あんたがファラオ]と書かれたシュールな風呂敷を被った少女の姿がある。


「あれでも一応砂漠の神ネ」

「それは知ってますが、ふざけてますよね? 悪ふざけですよね? 完全に地方妖怪じゃないですか」

「可愛いから許すネ」

「可愛いものに甘くありません?」

「そういえば、ポンコツはどこに乗ってるネ?」


 辺りを見渡してもエーリカの姿が見えず、レイランは首を傾げる。


「崩落した地下穴をドンフライと一緒に開通させている」

「ドンフライさんは非常食以外の理由で行く意味あるんですか?」

「囮に使える」

「扱いが酷すぎます」

「モグラみたいなことやってるよろし。お似合いネ」


 レイランはモグラがツボに入ったのか、クスクスと邪悪な笑みを浮かべる。

 それと同時に突然飛行艇が大きく揺れる。

 真っ赤な砲弾が地上より打ち上がり、船をかすめたのだ。


「キャアアアッ! 下から大砲撃ってきてますよ!」

「姉さん方、アーマーナイツが防衛に入りやした! これ以上高度を下げたら狙い撃ちにされちまいます!」


 操舵室からドワーフ族のカチャノフが顔を出すと、ディーは大きく頷く。


「各飛行艇アンカー発射! トライデント強襲隊降下開始!」


 ディーの号令と共に三隻の飛行艇からアンカーが発射され、ウミヘビの如く波打ったロープがヘックス城屋上へと突き刺さる。


「あの、降下作戦とは聞いてたんですが、どうやって降りるんですか? もっと寄せてくれないと下りれませんよ」

「ああやって下りるネ」


 レイランがバニーガールズを指すと、彼女達は目もくらむような高さなんてお構いなしに、飛行艇からピョンピョンとジャンプして飛び降りていく。


「あれ普通の人がやったら、ただの飛び降り自殺ですよ」

「大丈夫だ。その為にアンカーを打ち込んだ」


 ソフィーは屋上に撃ち込まれた太いアンカーロープを見る。

 確かに頑丈そうではあるが、船は敵から狙いをつけさせないよう上空を大きく旋回している為激しく揺れている。


「えっ? だから?」

「いっくでありまーす!!」


 隣の飛行艇を見ると、風呂敷を被ったナハルが立ったままロープを伝って滑り降りていく。

 彼女の後ろに風呂敷猫たちが続いており、一列になってロープを滑り降りる姿はソフィーにとって悪い冗談にしか見えなかった。


「いやいやいや、無理無理無理! 絶対落ちます!」

「ちょっと揺れる滑り台思うネ。スリリングよろし」

「バカじゃないんですか!? 下から魔法や大砲がボンボン飛んできてるんですよ!」

「そう思ってお前にはダイナミックエアロボードを用意している」

「なんだ驚かせないで下さいよ。何かマジックアイテム的なものがあるんですね?」


 ソフィーは安堵したが、ディーに手渡された人間と同じサイズくらいの板を見て眉根を寄せる。


「えっ……板?」

「ダイナミックエアロボードだ。波乗りと同じ要領で滑り降りろ」

「勿論魔法による加工がしてあるんですよね?」

「そんなものはない」

「えっ……それってただの板――」

「あれこれ考えるのよくないネ、体で感じるよろし」


 レイランはソフィーの背をドンッと押して、船から突き落とした。

 彼女は一歩目から足を踏み外し、板を胸に抱いたまま真っ逆さまに地上へと落下していく。


「あー↑あー↓!!」


 間抜けな声を上げて落下していくソフィー。


「あああああなた、後で絶対恨みますからね!! ヘヴンズソード!!」 


 ソフィーが叫ぶと、彼女の体が一瞬光り、背後に白銀の甲冑が現れる。

 ヘヴンズソードは背中から天使を思わせる白い翼を伸ばし、ゆっくりと夜空を滑空していく。


「なんネ? あいつちゃんと自分でも飛べてるネ」

「飛んでいるというよりは風に乗って落ちてる感じだな。都合よく敵の砲火が全てソフィーに向かっている」

「あんなキラキラ目立つもんだしてたら当たり前ネ」

「姉さん方、もう限界ですぜ!」

「我々が下りたら離脱しろ!」

「了解しやした! 兄貴のことお頼み申しやす!」


 ディーとレイランがロープを滑り降りるのを確認すると、三隻の飛行艇はアンカーを切り離し、高度を上げてヘックス上空から撤退していく。



 その頃――


 俺はフレイアと別れ銀河と共に高級独房棟を出ると、周囲には混乱が広がっていた。

 殴り合う看守と囚人、炎の上がる収容棟。放火したのは一号棟だけだったはずなのに、気づけば作業場も炎上している。

 恐らく暴徒化した囚人が火をつけたのだろう。

 よし、後は新型を強奪し南側城壁に穴を開ければ三国同盟が侵入してくるはず。

 今のところうまくいってるが、ここからが正念場だ。そろそろ暴動鎮圧の為にアーマーナイツが出てくる。急がなくてはならない。

 そんなことを思っていると、俺の頭上を三隻の高速飛行艇が通り過ぎていく。

 飛行艇はヘックス城へと取りつくと、何者かが降下してくる様子が見える。


「なんだありゃ……今更第三勢力追加とかやめてくれよ」


 そう思いながら燃え盛る収容棟を目指して走っていると、慌てた様子のクリスと合流することが出来た。


「景気よく燃えてんな!」

「作業場にあったコークスと火の魔法石、全部ぶちまけたからね! 今までの恨みだよって言ってる場合じゃなかった。さっき地下から戦車が一台出てきたんだ。後ろにアーマーナイツ一機分のコンテナをくっつけてたから、多分メタトロンかタナトスのどっちかが入ってると思う」

「なぬ、動きが早いな」

「お館様、自分が追いかけましょうか?」


 後ろに控える銀河がそう言うと、クリスは彼女を見て眉根を寄せた。


「誰、この子?」

「俺の奴隷みたいなもんだ」

「はい、西園寺銀河と申します」

「そう……」


 どこか不機嫌気な返事をするクリス。

 こいつまた見境なく嫉妬してんな。

 しかし今は悠長に話している場合ではない。


「銀河、お前は戦車を……」

「戦車の方は僕がなんとかするよ。君とメイドさんは地下に残ってるもう一機をなんとかして」

「戦車に追いつけるのか?」

「そこら中で暴動が起きてるからね。きっとどこか安全な場所を探してウロウロしてるだけだと思う。きっと追いつけるよ」

「そうか、じゃあこれ渡しておくぞ」


 俺は武器庫で取り返したクリスの指輪を手渡す。


「ありがと」

「すまんが首輪の鍵は先にオスカーとグランザムに回してる」

「うん、それでいいよ。じゃあ行ってくるね」

「無茶すんなよ」

「うん、君もね。収容棟の裏に地下へ入るエレベーターがあるから、そこから降りるといいよ」

「わかった」


 クリスは熱を帯びた視線をこちらに向けるが、すぐさま戦車を追いかけて走り去っていく。


「あの、お館様」

「なんだ?」

「監獄暮らしが長くて趣味がかわったということはございませんか?」

「どういう意味だ?」

「あの、美形の男性が好きになったということは?」

「あれは女だ」

「……お、ん、な?」


 そう言うと銀河は目をしばたたかせながら、口をパクパクと開く。


「鯉のマネしてないでさっさと行くぞ」

「女性? あれで? 嘘でございましょう」


 俺は埴輪みたいに固まった銀河を連れて収容棟の裏手へと回ると、看守が数人四角く開いた地下穴の前でうろついている。

 どうやら地下穴は資材搬入用昇降機のシャフトのようで、アーマーナイツがまるまる入れそうなくらい大きい。

 恐らくあそこでたむろしている看守は、地下からもう一機の新型が地上に上がって来るのを待っているのだろう。


「10人か、そこそこいるな……」

「おんな……まさか」


 ダメだ銀河の奴、女として自信喪失してやがる。


「安心しろ。お前も十分良い女だ」

「今なんとおっしゃいましたか?」

「早く行くぞって言ったんだ。あそこにいる奴ら、やれるか?」

「あの程度物の数ではございません。自分が片付けますのでお館様は先に地下へ」

「ほんと頼もしい奴だよ」

「では……参ります!」


 自信を取り戻した銀河が先に駆け抜け、音もなく二人の看守を昏倒させる。


「なっメイド!? なんだ貴様は!?」

「答える義務はありません」


 困惑する看守を銀河は凄い勢いで打ち倒していく。

 あいつバカだけどやっぱ強ぇな。

 俺はその隙をついて、エレベーターシャフトを飛び降りた。

 本来骨折してもおかしくない高さだったが、オスカーに書いてもらった強化のルーンが輝き、華麗に着地することができた。

 ルーンすげぇなと感心しながら辺りを見回すが、地下にはなぜか誰も人がいない。

 ラボの中で天使の羽を持つ白銀の天使型アーマーナイツ、メタトロンは鎮座したままだった。


「クリスが追いかけてるのは死神タナトスの方か……。こいつはまだコンテナに積み込む前だったのか?」


 それにしては整備兵や看守の姿が見えないが。

 そう思っていると、ラボの天板が崩れ落ちてきた。


「まずいな。上の収容棟が崩れかかってんじゃないか?」


 時間がない。さっさといただいてしまおう。

 こいつさえ奪えば、八割がた勝ったと言ってもいい。

 すぐさま機体をよじ登り、胸部ハッチを開く。

 俺はコクピットの中を見て目を見開いた。

 本来いるはずのない悪魔がシートに座り、銃を構えていたからだ。

 俺の顔を見るや、ようやく来たと言いたげなため息を吐く。


「やっぱり来ると思ってました。常人ならありえませんが、あなたなら十分ありえると思ってここで待機していました」


 軍服の上に白衣を羽織り、耳の上からはコウモリのような羽が伸びる、魔軍の実質的ナンバー2。

 彼女の瞳は、突きつけられた銃口と同じように無機質で温度を感じさせない。


「ルナ……リアさん」

「はい、お久しぶりでもありませんね。私を見ておわかりかと思いますが魔軍は撤退していません」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12月29日書籍版がファミ通文庫より発売します。 『ファミ通文庫、ガチャ姫特集ページリンク』
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ