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圧倒的感謝

 横たわるハイドドラゴンの死骸を前に、イングリッドさんは軍服の上着を脱いで、俺に放り投げた。

 何をする気だろうかと思ったら、彼女はナイフを取り出しハイドドラゴンの腹をさばき始めた。

 ドロリと真っ赤な血と臓物が地面に流れ出る。


「うわ、グロイ」


 彼女はドラゴンの返り血を浴びるが特に気にした様子もなく、パンパンに膨らんだ胃袋を引きずり出しナイフで切り裂いていく。

 俺は口元に手を当て、うわうわやめなよ女子ぃと小さく悲鳴をもらしつつその光景を見守る。

 裂かれた胃袋から、まる飲みにされた三人が出てきた。


「ゲホッ! ゴホッ!!」

「外に出られた?」

「最悪だ。臭いしドロドロだし」


 どうやら全員消化されておらず無事なようだ

 状況のわからないルナリアたちは、辺りを見渡してイングリッドさんの存在に気づいた。


「ね、姉さん!?」

「イングリッド様!」

「三人まとめてまる飲みとは呆れて物も言えん」

「面目ねぇです。こいつの腹の中、ちょー狭くて俺様の力が全く発揮できなかった」

「お前はいつも役に立たない」

「なんだとてめぇ!」


 ボソリと呟いたバエルにつかみかかる紅。


「黙れ、全員減給だ」


 イングリッドさんが強い口調で言うと、三人は「はい」と肩を落とした。

 それと同時にルナリアは俺の存在に気づいた


「あれ、なんであなたが……」

「そいつが私を呼びに来た。感謝しておけ」


 イングリッドさんは視線だけをこちらに寄越す。

 ルナリアはドロドロの粘液まみれになりながら俺の下へとやって来た。

 血や胃液が入り混じった酷い姿で、臭いも酷く、鼻が曲がりそうだ。


「またあなたに救われたわけですか」

「無事で良かったですね」

「なんで一歩下がるんですか?」


 女の子にこんなこと言うのはなんだが、臭い。とても臭い。

 俺の態度が気に入らなかったルナリアは、両手を上げクマのポーズでジリジリと寄って来る。


「あのほんと勘弁して下さい」

「なんでですか? 助かった喜びを抱擁で表現しようとしているだけなんですが」

「すみません、こんなこと言いたくないんですけどゲロ臭いんですよ」

「なかなか言ってくれますね。俄然あなたに抱擁したくてたまらなくなりました」


 タチが悪すぎる。イジメっ子か。

 あんなのに抱き付かれたらファブリースさん一本まるまる使うことになるぞ。

 一歩ずつ後退していくと、俺の背に巨木がぶつかる。


「フフッ後がないですね?」

「なんでそんなに楽しそうなんですか!」

「感謝ですよ、ええ、これはただの感謝なのですよ!」

「感謝をそんな威圧的な意味で使う人初めて見た!」


 襲い掛かるルナリアの手と手を組み、必死に応戦する。

 うわ、手ねっちょりしてる。


「さぁ私の圧倒的感謝を受け取って下さい」

「感謝は圧倒するものじゃない!」


 誰か、誰か男の人呼んで!


「イチャつくな」

「「イチャついてません!」」


 イングリッドさんの叱責に、俺とルナリアの声がハモった。


「お嬢様、森の中に川があります。そこで汚れを落としてはどうでしょうか?」

「そうですね、でもヘックスに戻った方が早いかも。姉さんのアーマーナイツに乗せてもらえばすぐ……」


 ルナリアは振り返ってプスプスと白煙を上げるヴィンセントを目にした。


「…………」


 彼女はキョトンとした目でイングリッドさんに振り返る。

 無言ながらもその表情は「ねぇ、なんで私のヴィンセント壊れてんの? ねぇ?」と語っている。

 俺はイングリッドさんを見やると、いつも通りの無表情ポーカーフェイスに見えたが、冷や汗が一滴流れていることに気づいた。


「すまん、壊した」


 そう告げてイングリッドさんはダッシュで川の方へと逃げ出した。

 あの無敵の姉でも怖いものがあるのか……。


 その後通信機で回収班を手配してから、ルナリア、紅、バエルの三人と返り血を浴びたイングリッドさんは近くの川へと向かう。

「絶対に覗かないで下さい。覗いたら不思議な魔法で殺しますから」と念を押されたので、覗かないことにした。

 お約束的展開ではあるが、相手は魔軍の将軍四人である。彼女らの裸体より、不思議な魔法とやらに興味があるが、命は惜しいので興味本位で深淵に近づくのはやめよう。

 暇つぶしがてら壊れた飛行船の中を探索でもするか。

 そう思い、割れた船底から中へと入ると、すぐにダルマストーブの超巨大版みたいな飛行エンジンが目に入る。

 現状使われているエンジンより遙かに大きく、今では見ないタイプのものだ。

 最近の飛行船は風の魔法石を使った動力が主流らしいが、昔は重力を操作して空を飛ぶ方式が多かったとか。そんな話をカチャノフから聞いた気がする。

 錆びた金属板を手でこすってみると[反重力装置アンチグラビティユニット]と表記されており、淡くグリーンのランプが灯っているのが見えた。


「生きてるのかこれ?」


 反重力装置を調べてみるが、動きそうな気配は全くない。

 たまたまこのランプだけが生きているようだ。


「そういやウチにも飛行船あるけどどうなったんだろうな」


 ファラオから貰った大型飛行船ホルス。瓶の中に収容して持ち運ぶことができるが、膝上くらいまでしか空を飛ぶことができない。

 カチャノフが修理にあたってるが、今では進捗を確認することはできない。


「いつか飛行船で旅行とかできたらいいのにな」


 それも叶わぬ夢である。

 他に特に見るものもなく、飛行船の外へと出た。

 空を見上げると日差しが眩しく良い天気だ。周囲には色とりどりの花が咲き乱れており、気持ちがいい。


「綺麗な花だな……」


 ルナリアたちが帰って来るまで少し休憩するか、と花畑の中で横になる。

 ここまで逃走する気のない囚人も珍しいだろう。



 その頃、ルナリアたちは川で汚れを落としている最中だった。

 誰もいないのをいいことに、裸になったルナリア、紅、バエルの三人は川に寝そべってくつろいでいた。

 木々の合間から差し込む日の光が、水面に反射して眩しい。


「ふぅ、冷たい水が気持ちいいですね」

「一時はどうなることかと思ったぜ。ってかバエル、お前頭の甲冑外せよ」


 紅が体は裸なのに、頭だけ甲冑を被ったバエルを指さす。


「恥ずかしいだろ!」

「下全裸で何言ってんだよお前は。とりやがれ!」

「やめろ! これだから貴様はお下劣なのだ!」

「お下劣上等! 俺様は風呂場で体を隠す女が大嫌いなんだよ!」

「知るかそんなこと!」


 もみ合いになる二人をほほ笑んで見やるルナリア。


「まぁいいじゃないですか、好きなように入れば」


 木にかけられた彼女達の軍服が、優しい風に吹かれて揺ら揺らとなびく。

 ドロドロになった服を洗浄して乾かしているのだった。

 彼女達にとって、このようにゆるりとした時間が流れるのは珍しいことだった。


「そうだ姉さん、さっきの続きです。あの人が呼びに来たと言ってましたけど、それだけで姉さん自らが捜索に来るとは思えないのですが」


 ルナリアが問うと、岩場に腰掛け、足だけを川につけたイングリッドが顔を上げる。


「お前らが喰われたあと、あいつが走って私のところに来た。血にまみれ、息も絶え絶えで」

「えっ、なんでですか?」

「壁の外に一人でいたことから警備が脱獄者と見なして捕まえようとした」

「それで警備に追われながら壁の中に帰ってきたんですか?」

「ああ、かなりの重傷を負わされてな」

「あの人間、無茶苦茶すんな」


 紅はよくやるぜと言いつつも、どこか愉快気だ。


「お前たちが喰われたことを私に伝えると満足気に倒れた」

「満足気……ですか?」

「やることはやった。後はあなたの番だと言わんばかりだった。はなからこっちが動かないとは微塵も思っていないようだったな」

「敵を信用してるってことですか?」

「こう言えばあなたは絶対に動くだろ? と見透かされているようで癪だったがな」


 イングリッドはフッと笑って、脚を組み替える。


「ってかお嬢、なんであいつ逃げなかったんだ? 見張りが全員いない状況で壁の外に出てるなら普通逃げるだろ?」

「わかりません……。あの人ほんとに謎なんですよ。なんというか物事の事象の中に自分が存在していないんです」

「どういう意味だってばよ?」

「普通物事が起きる時、当然登場人物が存在します。その中で自分って言うのは必ず主人公視点になります。ですがあの人は登場人物の中に自分がいないんです。世界に存在しないものは自分にさえ助けられません。そのくせ重要なキーパーソンを割り当てられてるのがタチが悪いです」

「黒子が主人公やってるって言いてぇのか?」

「それに近いです。自分の命に対する優先度プライオリティが異常に低いんです。それも敵よりも」

「死にたがりってことか?」

「そういうわけでもないんですよね。生への願望は持ってるんですけど、いざって時になると自分の優先度が一気に下がって、他が上がるんですよ。姉さん、こういう症例って何かわかりますか?」


 ルナリアが顎に手を当て、まるで難解な問題を前にしているように呻ると、イングリッドは珍しく口元を緩めた。


「あれはお前の顔が好みらしい」


 イングリッドを除く三人の口がポカンと開く。


「ん……ちょっと待ってください。今の話とその情報繋がってますか?」

「繋がってんだろ。男が無茶するときって大体女がらみだぜ」

「女? 誰がですか?」


 キョトンとするルナリアに、紅とバエルは指さした。

 ルナリアは「ふーん、ああ私ですか」と興味なさげに頷いた。


「う゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛っ!?」


 一拍置いて、ルナリアは今まで生きてきた中で出したこともない叫び声をあげた。

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