機動力の代償(修)
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俺はイングリッドさんに連れられて、ヴィンセントの胸部コクピットへと押し込まれた。
中はバイク型のシートになっており、跨って座るようになっている。
俺が後ろに、彼女が前へと座ると前方の二つのハンドルをつかみ、前傾姿勢となった。
どうやらあれが操縦桿のかわりになっているらしい。
「本当にバイクみたいだ」
恐らくバイクではなく騎馬を想定して作られたシートだと思うが。
イングリッドさんはハンドルに備え付けられたいくつもの入力キーを操作すると、開かれたコクピットハッチが閉じる。
かわりにモニターが点灯し、カメラが映し出す外の映像が目の前に現れた。
それと同時に機械音声が響く。
【ヴィンセントをルート権限にて起動、ボイスコントロールをアクティブ化します。マイク設定を許可して下さい】
「許可」
【次にプライバシーとポリシーの項目に同意して下さい】
「……同意」
【システム向上の為、利用情報を記録しますがよろしいですか?】
「…………」
ウザいアプリみたいなこと言ってくるなコレ……。
同じことを思ったのか、イングリッドさんは無表情でスキップを連呼する。
「通信士、情報をヴィンセントに集めろ」
『了解。指揮官機《コマンダ―》をダイヤ1ヴィンセントに設定。各機情報をヴィンセントに集中せよ』
『エリゴ1了解』
『エリゴ2了解』
『ベルゼ1了解』
「ヴィンセント出るぞ」
イングリッドさんがアクセルレバーを回し、フットペダルを深く踏みこむ。それと同時に機体が凄い勢いで加速し、鋼のケンタウロスが格納庫を飛び出した。
ヴィンセントは土煙を巻き上げ、鋼の蹄で大地を引っ掻きながらヘックス内部を疾走する。
速い! さすが馬脚、アーマーナイツなんか目じゃないくらい速い! だけど搭乗者にかかる重力も半端じゃない。
目の前にあるイングリッドさんの細腰を握って良いものかと躊躇してしまったが、そんなこと考えている場合ではない。俺は半ば抱きつく形で彼女の腰に手を回し、激しい加速に耐える。
「んぎぎぎぎぎ」
モニターに映る景色が凄い勢いで流れていく。さながらアーケードのバイクゲームのようにも思えるが、俺の知ってるゲームはこんなにも強い重力は発生しない。
「跳ぶぞ」
「えっ?」
直後、ヴィンセントが丘をジャンプして飛び越えると、内臓が浮くような浮遊感に襲われる。
実際シートベルトもないので、俺の体はふわりとシートから浮いていた。
「うぉぉぉぉぉ恐いいいいいい!」
「黙れ、耳元で騒ぐな」
「無理ですぅぅぅぅ!」
もう無我夢中でイングリッドさんにしがみついた。
違う、これバイクゲームじゃなくて、揺れや加速が絶叫マシンに近い。
おまけに操縦しているのが自分じゃないから次どうなるかわからなくて怖い。
「うぉぉ、恐いぃぃぃ!」
「お前引っ張り過ぎだ! 服が破れる!」
「すみませんすみません! 揺れるんです!」
つい力強くイングリッドさんの軍服を握ってしまい、揺れに合わせて何度かメリッと布が割ける嫌な音がした。
「もう少しスピードを落としてもらえると助かります!」
「スピードを落としたらヴィンセントで来た意味がないだろう」
「それはそうなんですがぁぁぁぁ!」
またしてもふわりとした浮遊感。すぐに着地して、加速度分の衝撃がコクピット内を襲う。
それと同時にパツンと何かが千切れる音がした。
やばい、もしかして軍服を強く握りしめたせいで服を破いてしまったのではないだろうか。
「す、すみません、もしかして破きましたか?」
「…………」
ヴィンセントは急に減速して立ち止まった。
あっ、これめっちゃ怒ってるやつでは? そう思ったがイングリッドさんは無言で、自身の服の中に手を差し込み、器用にブラジャーだけを引っ張り出してきた。
見ると、ブラジャーの後ろの金具が壊れている。どうやらジャンプした衝撃で壊れてしまったらしい。
「「…………」」
お互い気まずい空気が流れる。
ブラジャーを外したことにより、彼女の胸の位置が若干下がった気がする。
イングリッドさんは、何事もなかったかのようにハンドルを握りペタルを踏み込むとヴィンセントは走り出した。
「体は大丈夫でも服は耐えられなかったみたいですね……」
「衝撃吸収機構が悪い。ルナリアに改修させる」
ルナリアさんも、まさかこんなところでリコールがかかるとは思っていなかっただろう。
しかし問題はその後であった。
「くっ……」
さっきからヴィンセントが飛び跳ねる度に、イングリッドさんからうめき声が漏れている。
「どうかしましたか? 体調でも」
「なんでもない」
と言った直後、機体が大きく揺れた。
「ぐぅっ……くっそ……」
「だ、大丈夫ですか?」
「お前、胸押さえてろ!」
なぜか半ギレのイングリッドさん。
胸押さえてろとはどういう意味なのだろうか?
俺は自分の胸をそっと押さえた。なんだろう、俺バカみたいなんだけど。
「違う、私のだ!」
「えっ?」
一瞬思考が止まった。無造作に放り投げられているブラジャーが目に入り、あなた今ノーブラでは? と冷静に思う。
「振動が直に来る!」
「振動が?」
そこでようやく理解した。イングリッドさんノーブラ→胸を支えるものが何もない→コクピット振動する→巨乳が上に跳ねて下に落ちる→おっぱいバウンドして千切れそう→靭帯切れそうでもだえ苦しんでいる。
なるほどねと完全に理解した。
ここで質問だ、君は触って良いと言われて頬に傷のある怖い人のタマタマを触れるだろうか? 彼女は今それと同じことを言っている。
「お、怒りません?」
「背に腹はかえられん」
「嫌なら俺は別に……」
ギロッと睨まれた。
すみません謹んで大胸筋サポーターをしたいと思います。
「クソ、欠陥機だな」
「巨乳搭乗禁止とか言ったらルナリアさん怒りますよ」
「違いない」
彼女は舌打ちを一つしてヴィンセントを再度発進させる。どうやら手ブラは機能を果たしているらしく、多少の揺れは大丈夫になったようだ。
しかし思わぬところで幸運が訪れるものだ。
切れ長の瞳に、サディスティックな性格、でも中身は溶けるような甘さを持っている。
なんだよこの人、ウチに来てくれよ。
そんな下心全開なことばかり考えていると、城壁の外へと出る正門が見えてきた。それと同時に疾走するヴィンセントのモニターに通信ウインドウが開いた。
そこにはなぜか、俺をぶん殴ってくれたパーシーとかいうサイコ警備兵が映っている。
『イングリッド様、我々も捜索のお手伝いをいたします』
この野郎、俺の言うことは全く信じてなかったくせに、凄い勢いで掌返しやがったな。
どうやらアーマーナイツを用意してまでイングリッドさんの役に立ちたいらしい。奴の下心が透けて見えるようだ。俺は自分の事は完全に棚上げしながら思う。
「必要ない。我々の問題だ」
『しかし――』
軽く一蹴されたところで、パーシーは彼女の背後に俺がいることに気づいた。
『なっ……貴様、なぜそこにいる!?』
俺はイングリッドさんの後ろでパーシーに向かってダブルピースした。
その時丁度機体が大きく揺れ、彼女の胸が揺れないようにしっかり押さえた。
危ない危ない、今のは俺じゃなければ零れ落ちていたところだ。
「どう考えても揺れすぎですよこれ」
「機動力を優先しすぎだな。これに乗るには強化外装備がいる」
『きききき、貴様ぁぁ!! どこに触れている! 今すぐそのお方から離れろ!』
その光景を見て、発狂したように声を荒げるパーシー。
「あいつはなぜあんなに怒っている?」
「尊敬しているイングリッドさんの胸を俺が支えているからでしょう」
「なぜそれで私以外が怒る」
「好きな人の胸を嫌いな男が揉んでたら普通怒るんじゃないですか?」
「くだらん」
イングッドさんは冷たく一蹴した。
尊敬して崇拝している人が、最も侮蔑している男に抱きつかれ乳揉まれてる姿を見せつけられるってどんな気分なのだろうか?
画面越しのパーシーは怒りからプルプルと震えている。
効果はばつぐんのようだ。
『そのお方は神が作りし奇跡だぞ! 貴様のような下賤な輩が触れて良いものではない!』
悪魔が神に作られたとか、意外と哲学的なこと言うな。
しかしそんなこと知ったことではない。今俺の頭にあるのは哲学ではなくただの下心である。
おっと、またジャンプするな。しっかり支えねば。
「やめろおおおおあおおおおああああああ!!」
パーシーは中継する映像スフィアに向かってヘッドバッドを繰り返しているようで、相手画面にいくつもヒビが入る。
額から血を流し、血走った眼で俺を睨み付けてくる。正直かなり怖い。
「殺す殺す殺す殺す!! 貴様は万死に値する! 生きる価値のないゴミが!」
ゴミに嫉妬してりゃ世話ないと思うがな。
そういやこいつ、いきなり俺をぶん殴って昏倒させてくれたんだったな。その礼はせねばなるまい。
俺は、彼女からいただいた飴を舌の上に乗せて見せつける。
「イングリッドさんから口移しで貰った」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛■■■■▲▲▲▲▲▲_____」
あっ、発狂した。
疾走するヴィンセントの前に一体のアーマーナイツがこちらに立ちふさがる。
あの立ち上る殺気。あれに乗ってるのは、恐らく今呪詛の如く殺すを連呼してる殺意のパーシーだと気づいた。
奴のアーマーナイツは剣を引き抜くと、ヴィンセントに向かって突撃を仕掛けてくる。
あいつ俺と一緒にイングリッドさんが乗ってるって忘れてるんじゃないのか?
ヴィンセントはそんな敵意むき出しの機体を、軽くあしらうように突撃槍で突き刺すと、パーシーのアーマーナイツは爆発四散した。
その爆発の中、脱出したらしきパーシーが「チクショウメェェェェェェ!!」と叫びを上げている姿が見えた。
「なんなんだあいつは?」
「さぁ、なんか嫌な奴でもいたんじゃないですか?」
イングリッドさんは心底意味が分からんと首を傾げる。