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まる飲み

 ズシーンズシーンと鳴り響く巨大な足音。

 俺の体はその振動に合わせ、揺ら揺らと振り子のように揺れる。


「どうしました随分不服そうですが?」

「本気で言ってるなら天才の名前を返上した方がいいですよ」

「あなたが勝手にそう呼んでるだけでしょう。いいじゃないですか、ネジ眺めてたり、溶鉱炉の近くで作業したりするよりずっとマシだと思いますが」


 ルナリアは愛機らしき、黄色いアーマーナイツの中から無責任なことを言う。

 ロープでグルグル巻きにされ、宙づりにされた俺は半眼でその鉄の巨人を見やった。


「人を釣り餌みたいにしてよく言いますね」

「良い例えですね」


 俺を縛るロープはアーマーナイツが肩に担ぐ鞘付きの剣にくくりつけられており、遠目から見ると完全に釣りに向かう巨人、もしくは剣のストラップになったとでも言うべきか。どのみちシュールな絵面である。

 確かに肉体労働ではないが、激しく揺れない絶叫マシンに乗せられている気分である。

 本気で俺をハイドドラゴンのエサにするつもりはないと思うのだが、コクピットマイクを切り忘れているらしく、上機嫌な鼻歌が聞こえてくるあたりいろいろ怪しくなってきた。本当にエサにしてデータをとりたいとか言い出しそうで恐い。

 釣り人スタイルのアーマーナイツは正門を超えて城壁の外へと出ると、先行する紅機を探し壁沿いを歩く。


「まさかこんなミノムシみたいな状態で壁の外に出られるとは」


 ここでロープ切って逃げ出したら脱獄成功なのにな。そもそも囚人を外に連れ出して大丈夫なものなのだろうか?


「あっ、先言っときますけど、逃げると殺さなきゃいけなくなるので逃げないで下さいね」


 そう言ったあと、すぐにまた鼻歌が始まる。あの人これっぽっちも俺が逃げると思ってないな。一応言っとかなきゃいけないから言ったって感じだ

 てかこの人、誰かを殺したことあるんだろうか? 

 わざわざ解毒剤を用意して人間を助けるくらいだ。殺した数より助けた人間の数の方が多そうな気がする。

 そんな疑問を投げかけてみることにした。


「ルナリアさんって人殺したことあるんですか?」

「ありますよ?」


 予想外に軽く返答されて驚いた。


「これでも悪魔ですから」

「ちなみに何人くらいですか?」

「千人は超えるんじゃないですか?」

「大悪魔じゃん! 嘘でしょ?」

「嘘じゃないですよ? 私が造った兵器が人を殺したら、それは私が殺したのと一緒でしょう」

「そうですか? ナイフで殺人が起きたとしても誰もナイフを作った人を責めたりしませんよ?」

「ナイフ本来の用途は食物を切ることや、狩猟ハンティングなど人間を便利にすることで、主に生かすことが目的ですが、私の造った物のほとんどは殺し以外に用途のないものですから」

「別にルナリアさんは人類皆殺しにしてやろうってつもりはないですよね?」

「当たり前じゃないですか。人が滅びたらそれに寄生している悪魔やモンスターたちも一緒に死にますよ。悪魔なんて人間相手に商売する最たる魔物だと思いますが」

「確かに……。ルナリアさんはそれがわかってて何で兵器を作るんですか?」


 別に悪魔はもとから強いので、こんなアーマーナイツや戦車なんか使わなくてもいいと思うのだが。

 これでは鬼に金棒ではなく鬼に機動戦士である。


「人間が強くなりすぎたんですよ。元から人間は魔物に怯える存在だったのに、今では率先して魔物狩りを行い、それを生業とする魔物ハンターなんて存在まで現れています。悪魔は人間と契約して力を貰ったり、分け与えたりするんですけど、それはあくまで悪魔が強いというパワーバランスがあってこそじゃないですか」

「確かに弱い悪魔に力貸してやるって言われても、説得力ないですね」

「ええ、正直今の魔物って存在が微妙で、舐められると迫害されるし、恐れられすぎると英雄とか呼ばれる人たちがやって来ちゃうので大変です」

「……もしかして人間に協力してるのってそれが原因ですか?」


 人間相手に悪魔の武力で商売する。

 そうすれば悪魔の力は強いって見せつけられるし、それと同時に人間と敵対しない商売相手となることで己の身を守ることにもなる。

 悪魔が本来個人でやっている契約営業を企業化して、とりまとめることでトラブルを避け、尚且つ大口の依頼を受けることができる。

 そう考えると本来群れないはずの悪魔が、組織立って行動しているのも納得できる。


「なかなか賢いですね。七割くらい当たりです」

「後の三割は?」

「私たちのほとんどがハーフデーモンと呼ばれる人間との混血なんですよ。ハーフって魔族間でも浮いちゃって、人間だけでなく魔族にも敵がいるんです。特に純血派と呼ばれる悪魔界の貴族は我々の事を嫌ってますから。そんな存在自体が危うい悪魔たちをまとめ上げたのが私の姉です」

「イングリッドさんが……」

「姉もハーフですが、人間の血が混じってるおかげで能力が成長しやすくて、今では純血派も黙らせるくらい強くなってます」


 姉の事を誇らしげに語るルナリア。


「イングリッドさんのこと尊敬してるんですね」

「……ええ。あまり負担にはなりたくないんですけどね。私の力じゃまだまだです」


 ルナリアはきっとそんな仲間たちを守る為に、人間の兵器技術に手を出したのだろう。

 そして魔軍軍事企業とは、恐らく俺たち王とチャリオットをモチーフにされている。イングリッドを王として、それを支えるルナリアや他の悪魔たち。

 地位を確立していくために仕事をこなし、他の脅威に備えるために武力を磨き、人間の技術も取り入れる。

 そう考えると、想像以上に厄介だな……。自分の地位にあぐらかいてこっちを舐め腐ってくれる敵の方がよっぽどやりやすい。

 努力して強くなっていくのは味方の専売特許ではなくなっているな。

 そう感じていると、二機のアーマーナイツが膝をついている姿が見えた。一機は赤色のツノ付きで、紅機で間違いない。もう一機は右肩にマントをかけた黒色の機体だ。

 両機ともに胸部のコクピットハッチが開いている。


「バエルさんもいますね」


 どうやら黒の機体はバエル機らしい。

 二人はアーマーナイツから降りて、地面のくぼみを観察しているようだ。

 ルナリアもすぐにコクピットから飛び降りると二人に駆け寄っていく。

 あれ? 俺は下ろしてくれないのかな?


「二人ともどうしました?」

「お嬢」

「お嬢様、なぜここに?」

「なんとなく心配で」

「大丈夫だってガキじゃねぇんだからよ」

「すみません」

「いえ、ご心配ありがとうございます」

「何を見てたんですか?」

「足跡だよ」


 紅が地面を指さす。どうやら窪みだと思っていたのは何かの足跡らしい。


「ハイドドラゴンの足跡ですか? ……随分と大きいですね」

「ええ、普通のハイドドラゴンは大きくても五、六メイル。これは明らかに十メイルを超えています」

「アーマーナイツより一回り大きいですね」

「ハイドドラゴンは気性が荒い方ではありませんので、暴れて城壁を壊すことはないと思いますが、何分ステルス性が高い生き物です。フラッと城壁を伝って中へと入ってくる可能性もあります」

「そうですね、気づかないうちに侵入してると厄介ですね」


 三人が集まって何やら話し合っている中、俺は一人宙づりにされたまま別の場所を見ていた。


「…………あそこ、なんか景色歪んでね?」


 じっくり目を凝らして見る。近くにある崖の岩肌に、若干だが景色がブレて見える場所があるのだ。しかもそのブレが少しずつ狙いを定めるようジリジリとルナリアたちの方へと寄って来る。


「できれば捕獲したいところです。本音を言うと、ハイドドラゴンの皮膜が欲しいんですよね」

「ハイドドラゴンは影のハンターとも呼ばれるドラゴンです。気づかぬうちに獲物の背後に回り込んでくるので、捕獲はなかなか難しいですね」

「俺様も手加減すんのは苦手だってば」

「しかし、お嬢様の願いでしたら――」

「あのーーーー!!」


 俺は三人に向けて大声を張り上げた。


「なんですか、あれは?」

「ちょっと訳あって連れて来ました」

「あれエサにすんのか? お嬢もなかなか鬼畜だな」

「しませんよ。少し生意気だったのでお仕置きしてるだけです」

「どんだけ気に入ってんだよ。赤飯用意しとくぜ」

「あのーーーー!!」

「黙っていろ人間」


 甲冑の悪魔バエルにピシャッとシャットアウトされてしまった。

 あの人、機械甲冑の中に甲冑着て入ってんのか……。

 そんなことを考えている場合ではない。歪みは彼女達のすぐ近くまで迫っている。俺は思いっきり声を張り上げ続けた。


「後ろに何かいるんですけど!! 後ろ後ろーー!!」

「何か言ってるぜ?」

「もう近い! すぐ後ろにいますよ!!」

「うるさい奴だ。殺してよろしいですか?」

「ダメです。あの人頭おかしいので、あまり気にしないで下さい。多分見えちゃいけないものが見えちゃってるんでしょう。大体後ろに何があるっていうんですか」


 ルナリアが後ろを振り返ると、そこには左手に城壁、右手には切り立った崖と、特になんら変哲のない景色。


「ほら何もな――」


 いと言いかけて、目の前の景色がぐにゃりと歪んだ。透明な皮膜を解除し、突如全身をコケ色の鱗に覆われた、四つん這いのドラゴンが姿を現す。丸い目玉が左右に飛び出しており、ギョロギョロと周囲を観察しており、背中にはドラゴンらしく羽が生えているが、あれはどう見ても――


「でかいカメレオンだな……」


 俺の呟きと共にハイドドラゴンは長い舌で三人の体を拘束すると、そのままパクリと全身をまる飲みにしたのだ。そのあまりにも素早い動きに、彼女達は身構える事すらできなかった。


「お、おぉジーザス……」


 さすが影のハンター。早業ってレベルじゃない。

 まだ彼女達三人の脚が口元から覗き、バタバタと揺れている。しかしそれもわずか数秒で見えなくなった。

 ハイドドラゴンは三人をまる飲みにすると、腹が膨れたのかゆっくりと皮膚が透明化していく。


「やばい、あれをあのまま逃がすわけにはいかないぞ!」


 俺は拘束されているロープにファイアの魔法で火を放ち、なんとか焼き切ることに成功した。

 このままあいつに逃げられたら見つけるのに時間がかかる。そうなると三人ともあのカメレオンドラゴンに消化されてしまう。

 俺は地面に落下すると、ハイドドラゴン目指して駆けた。


「何か目印になるもの!」


 ペンキがなくても色が着くような草とか土とか何かないか!?

 俺が走り寄ると、キラリと輝く何かが見えた。それはルナリアが持っていた注射器だった。


「これだ!」


 俺は転がっていた虹色の薬品が入った注射器を拾い、消えつつあるハイドドラゴンに突き刺した。

 ドラゴンは一瞬ギョロリとした目でこちらを見るが、お前はいらないと言いたげに舌の鞭で俺を薙ぎ払った。


「薬品は入った!」


 ルナリアの言うことが正しければ、全身の血液が沸騰して死ぬらしいが。

 だがハイドドラゴンはケロリとしており、そのまま姿を景色と同化させて消えてしまった。

 数瞬置いて、バッサバッサと翼がためく音が聞こえ奴が飛んだのがわかった。

 あの薬品はどうやらハイドドラゴンには効果がないらしい。


「ダメか。いや、注射器は刺さったままだ」


 突き刺さった注射器が日の光を反射してキラリと光る。そしてゆっくりと西の空へと飛び去って行く。目印はつけた、あれなら発見できるはずだ。

 人を呼ばなくては。そう思った直後、俺はあることに気づいた。


「……このまま逃げられんじゃね?」


 見張りは他にいないし、今のところ巡回の警備もいない。目の前にはルナリアたち三人が残したアーマーナイツが三機。

 これを奪い一度離脱して、ディーたちと合流した方がいいんじゃないだろうか。

 そうなると作戦がグチャグチャになってしまうが、中にはクリスがいるし、外に作戦を伝えた方がスムーズなのでは?

 どうすると考えると、俺の頭に全く人を疑わない仲間想いのルナリアの顔が浮かぶ。


「…………クソ、これだからいい悪魔やつは嫌いなんだよ!」


 俺は彼女のイングリッドを呼びに、ヘックス内へと戻ることにした。

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