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フレッシュミート

 オスカーたちと作戦会議を終えた翌日、いつも通り作業場でネジを見たり溶鉱炉の火力調節を行うなどきつい強制労働が続く。

 熱風が吹き付ける地獄の窯のような溶鉱炉にふいごで風を送りつつ、オスカーから言われた問題をどうクリアするかずっと考えていた。


「アシッドスライム呼び寄せ作戦はジェイクさんに頼んでなんとかしてもらえることになったし、後は暴動を起こすときの協力者探しか……」


 脱獄計画のことを考えるとやらなければならないことは山のようにある。

 その中で南側城壁を腐食させる作戦を、この前鉱山で知り合ったジェイクに頼むことにしたのだ。息子のことを第一に考える彼なら裏切ったりすることはないだろうし、工場勤務である俺より鉱山勤務で外に出られる彼の方が城壁に細工するチャンスは多いはず。

 ジェイクは息子の礼もあると言って二つ返事で承諾してくれた。

 脱獄計画については彼に話していないが、薄々感づいている様子で、暗黙の了解が成立している。

 クリスにも後でジェイクのことは話しておかなければならないな。

 そんなことを考えていると、俺の隣を肉だるまみたいな看守が通り過ぎようとしていた。

 看守は俺の横を通り過ぎる際、何の脈絡もなく警棒で背中をぶん殴って来た。


「うぎっ……」


 背骨からメキッと嫌な音が鳴り、痛みに顔をしかめる。

 別段作業の手を抜いていたわけではないし、怒らせることをした覚えもない。

 ここで何で殴った? などと意味のない質問をしてはいけない。看守の暴力に特に理由はなく、意味のないことに意味を求めても生意気だと怒らせるだけだ。

 体罰自体、日常茶飯事であり、暴力イコール「おはよう元気?」くらいの挨拶だと思わなければならない。


「ゲホッゴホッ……」


 あまりにも強く背中を殴られたせいで咽てしまう。

 毒ガスの治療がまだ完全ではないようで、セキ込むたびに喉の奥からヒューヒューと変な音が鳴っている。

 昨日無茶して脱獄したのが悪かったのか、体調が悪化しているようだ。

 するとさっきの肉だるま看守がセキをする俺のもとに戻ってきて、遠慮なく警棒で肩をぶん殴って来た。

 多分「大丈夫? 無理しないでね(肉体言語)」という意味だろう。

 ポジティブに考えすぎだな「しんどそうなフリすんじゃねぇ」って意味が正解だと思うけど。


「大丈夫?」


 そんな様子をクリスが心配げに見つめる。


「体の中にちょっと毒が残ってるだけだ。気にしなくても大丈……ゴホッゴホッ……」

「また無理して。看守に言っても……休ませてくれないよね」

「ぶっ倒れても蹴り起こされるところだからな」

「後で解毒草を成長させるよ」

「すまんが頼む」


 ゴホゴホとセキ込んでいると、作業場の入り口が何やら慌ただしい。

 またデブルかハラミでも来たのだろうかと思って外を見やると、そこには白衣と軍衣を翻したルナリアの姿があった。

 赤茶色の長い髪をなびかせ、腰を低くした看守たちに囲まれながら張り付いたような愛想笑いを浮かべている。

 彼女が来ただけで、さながらスターが外国から帰って来たようなお出迎えっぷりだ。看守に囲まれたままカツコツとヒールブーツの音を響かせながらこっちにやって来る。


「君、また何かしたの? あれこっち来るよ」

「何にもしてねぇよ。強いて言うならあの子のおパンティを覗いたくらいだ」

「100%それじゃん」

「いやぁ、でもあんまり怒ってる感じではなかったんだがな」

「それは君の希望的観測じゃない?」

「ちなみに縞パンだった」

「その情報を共有されて僕はどうしたらいいの?」


 心なしかクリスの声が冷たいのは気のせいだろうか。


「ここで結構ですから」


 (早くあっちに行け)と副音声を漏らし、ルナリアは腰の低い看守たちを追っ払うと俺の前に立った。


「お元気そうですね」

「毒ガス治療の時にはお世話になりました。ゲホッゴホッ……」

「やはりまだ毒が完全に消えてませんね。ちょっと掌出して下さい」

「なんですか?」


 俺は特に警戒もせず掌を差し出すと、彼女は隠し持っていた注射器で俺の手をブスリとやる。


「いったぁっ!!?」

「オーバーですね。痛みは一瞬のはずです」

「いや、ズキンズキン痛いんですけど!?」

「おかしいですね。刺さりどころが悪かったのかもしれません」


 そりゃいきなりブスリとやったら刺さりどころも悪くなろう。

 痛みと共に注射器の中に入った青汁みたいな液体が全て注入されると、彼女は針を抜いた。


「はい、一応抗生物質と解毒草(キアリ草)を調合したものを打ちました。セキも多分消えると思います」

「そういえば急にセキが……ゲホッゴホッ」


 消えないじゃないかとルナリアを見やる。


「そんな簡単に消えるわけないでしょ。万能薬エリクサーじゃないんですから」

「そりゃそうか」


 ゲームなら解毒薬一つで毒って消えるんだがな。

 毒って地味ながら厄介なデバフである。


「それにしてももう少し警戒した方がいいですよ。この注射器の中身がゾンビウイルスだったら、あなたはゾンビ1号になってましたよ」

「その時はここをゾンビ監獄(プリズンオブデッド)にしてやりますよ」

「そうなったら遠慮なく空爆で吹っ飛ばしてあげますね。まぁそれだけ元気があれば大丈夫でしょう」


 ルナリアとのテンポの良いやりとりをクリスがジトッとした目で見ていた。


「なんか仲良さそうだね」

「えっと、一応この人……でいいのかな。悪魔族のルナリアさん。多分偉い人」

「説明がふわっとしてますね。まぁ大体あってますが。魔軍軍事企業ダイヤモンドダストの技術部門主任のルナリアです。一応軍人ぽく階級も持ってるんですが、名前で呼んでもらって構いません」


 丁寧な挨拶にクリスも面食らい「はぁ」と生返事を返す。


「その偉い人がなんで彼に?」

「それがですね、この人昨日毒ガスが充満する坑道に入って致死量の毒を浴びてきたんですよ。それを治すのに沢山薬を使いまして……。その時の治療費を徴収しに来ました」

「えっ? そうなんですか?」


 全くそんな話聞かされていないが。


「どれくらい薬を使ったんですか?」

「えっ? えーっと……注射器100本分くらい?」


 嘘が雑過ぎる。


「そんだけ打ったら解毒薬でも毒になりますよ」

「まぁそれは冗談として、費用を徴収に来たのは本当です」


 そうか、やっぱりなんにでも対価は必要だもんな。

 そうなると気になるのは俺より毒ガスの影響が大きかった、ジェイクの子供だ。彼らも費用負担を強いられているのだろうか?


「あの、もしかしてジェイクさんやその子供にも治療費を?」

「いえ、あなただけですよ?」


 なんで俺だけ。

 俺が眉をハの字に曲げると、ルナリアは小鳥のように小首を傾げた。


「あの……なんで俺だけ」

「えっ? 囚人にお金を求めたって払えるわけないじゃないですか」


 なぜこの少女は「何言ってるのこの人? 頭大丈夫?」みたいな表情を浮かべているのか。

 その理論が俺に適用されないのはなぜだろうか。


「冗談ですよ。まぁ端的に言えばあなたに興味があるからですね」

「いや、俺彼女とかは随時募集してますが、悪の女幹部みたいな女性はちょっとタイプが違うかなって」

「なんで告白したわけでもないのに私フられてるんですか」

「もうちょっとお互いを理解するために交換日記なんてどうですか」

「童貞ですか」

「女の子と交換日記ってドキドキしますね」

「童貞ですか。まぁ問題児扱いをラブコールととるかは本人次第ですからそこは言及しませんが」


 クールな少女だ。全く動じず笑顔のままだな。

 これでビート板じゃなければ好みなのだが……。

 俺はルナリアの胸を見やった。

 いやビート板というと失礼か。戦闘力B、いやCはあるか……。軍服と白衣で着痩せしている可能性がなきにしもあらず。それに姉があんなボインボインってことは十分成長にも期待が持てるし、このままで終わりってことはないだろう。


「フフッ、あなた考えてることが無意識で口に出てしまうタイプですか?」

「えっ?」

「ビート板が何かは知りませんが、多分何かの板と私の胸を比較しましたよね?」


 鋭い、鋭すぎる。天才かよ。

 彼女は笑顔のまま虹色の注射器を取り出した。


「これを刺すと体中の血液が沸騰してパンと破裂するんですよ」

「怖すぎる」

「フフッ痛みは一瞬ですよ」


 俺たちのやりとりを見て、なぜかクリスが若干キレ気味に割って入って来た。


「あのさ、僕たちあなたに返せるものなんて何もないんだけど」

「知ってます。でも体で返せるじゃないですか」

「体?」


 えっ? もしかして体ってそういう?

 んもーしょうがないな……。ちょっと恥ずかしいけど。

 俺はカチャカチャと音を鳴らしてベルトを外し、チャックに手をかけた。


「なんで無言でジッパーおろすんですか! 体ってそういう意味じゃありませんから! バカじゃないんですか!?」


 焦ると真面目に突っ込んでくれるところがルナリアの可愛いところだと思う。


「いや、俺のヘヴンズドアがお望みなのかなって……」

「いりませんってば!」

「開けジッパァァァァァァーー!」


 ……ジジジジ


「ああもう最悪最悪! この人サイアクです!!」


 顔を真っ赤にしたルナリアが叫ぶと、追い払ったはずの看守がぞろぞろと集まって来た。それを見て彼女は大きな咳払いをすると、とにかく来てくださいと言って俺を作業場の外へと連れ出そうとする。


「とりあえずこの人借りていくので後よろしくお願いします」

「ちょっと待って。なんで彼だけ!」


 クリスが詰め寄るとルナリアは小声で何言か囁いた。


(彼思ったより症状が軽くありません。このままここで肉体労働をさせられると毒が治らないです。ですので、私が軽い作業を与えます)

(……ほんと?)

(ええ、勿論)

(なんで助けようとするの?)

(本来あの毒は私が受ける予定だったものだからです)


 クリスは少し首を傾げたが、どうやら引き下がったようだ。

 何を言っていたかはよくわからないが、クリスを言いくるめるとはなかなかやるものである。


「じゃ行きますよ変態さん」

「わかりました縞々さん」

「ぶっ殺しますよ」


 いきなりキレるルナリア。ちなみに縞々とは彼女の下着の柄である。

 この怒りっぷりか見て今日も縞々なんだろうな。

 よし、これは好機だ。魔軍に関しては情報が少ないし、上手くいけば相手の戦力や、新型の情報が手に入るかもしれない。

 俺は彼女と二人で作業場の外へと出た。


 それから彼女に連れられてやって来たのはアーマーナイツと戦車の格納庫である。

 並んでいるのは通常配備されている甲冑型の現行機とイングリッドが乗っていた巨大戦車の小さい版が何両か、それに飛行艇も何隻か見受けられる。しかし当然新型の姿はない。

 ここの管轄が悪魔軍団の為か、格納庫にいるほとんどがセクシーな女性悪魔ばかりでこちらを見てクスリと妖艶な笑みを浮かべるものもいる。


「こう見るとルナリアさんってあんまり悪魔っぽくないですよね」

「よく言われます。人間って悪魔と聞くと、羊頭や彼女達みたいな夢魔を想像しますよね。ちなみにあなたから見て私はどういう印象に見えますか?」

「そうですね……。お堅い科学者と言うんでしょうか? 天才だけど若すぎるせいで上からは目の上のたんこぶ扱いにされて、いつも厄介事を押し付けられる損な役回りの理系女子ですかね」

「シチュエーションが随分具体的ですね……」

「頭の良い真面目系という感じがします」

「そうですか……。実は私、舌とおへそにピアス開けてて太ももの内側にタトゥー入れてるって言ったらどうしますか?」

「えっ?」


 なにその真面目系女子、実は裏で超遊んでます設定。

 凄く興奮します。


「冗談ですよ。本気にしないでください」


 そう言って彼女は綺麗な舌をぺろりと出して見せた。


「さて整備でも手伝ってもらいましょうか……」


 そう言った直後、格納庫内がズンっと一瞬揺れる。

 何かと思って奥を見やると、アーマーナイツの一機が動き出しているのだ。

 肩を真っ赤に塗装され、頭には二本のツノが伸びた機体で、どうやら指揮官機のようだ。


「あれ、紅さん出撃? 私聞いてませんけど」


 紅というと確かあの鬼族の女の人か。

 ルナリアは動き出したアーマーナイツの足元に向かって走った。


「紅さん出撃ですかー?」

[おう、この近くでハイドドラゴンの抜け殻が見つかったらしい。問題が起きる前に始末してこいって命令がでた!]

「そうですか……」

[ちょっと行ってくるぜ。なにすぐ帰る]


 紅は死亡フラグみたいなことを言い残し、格納庫の外へと出て行った。


「ハイドドラゴン……」

「強いんですか?」

「いえ、戦闘能力はそんなに高くありません。ただ周囲に透過する特殊な皮膜を持ったドラゴンで、ステルス性が高く見つけるのが難しいです。紅さんなら大丈夫だとは思いますが。少し胸騒ぎがしますね」

「あぁ……胸はないけど、胸が騒ぐ――」


 ルナリアはパンと手を合わせると掌から電気を放電し始めた。彼女の赤茶けた髪が金色にかわりパチパチと電流が迸っている。


「私胸の事をいじられると、怒りで真の力が解放されるんです」

「そんな第二形態みたいな設定、こんなしょうもないボケで見せていいんですか!?」

「灰は灰にアッシュトゥアッシュ」


 中二感溢れる自爆コードみたいな必殺名と共に、稲光を纏う掌が俺の腕にそっと触れた。その瞬間俺の体に凄まじい電流が駆け巡る。


「ピカチュルゥアアアアッ!!」


 電撃と共に自分のガイコツが一瞬見えた。


「……そんなに気になるなら一緒に行けばいいじゃないですか」


 シュウシュウと口から黒い煙を吐きながら言うと、彼女はポンと手を打った。

 それと同時に金の髪が元の毛色へと戻る。


「あなた珍しく良いこと言いましたね。そうですね、ハイドドラゴンを呼び寄せるのを手伝いましょう」


 俺はじゃあ頑張ってくださいねと別れようとすると、彼女はにこやかな笑みと共に俺の体をロープでグルグル巻きにして拘束した。


「あの、これは一体?」

「呼び寄せるにはエサが必要ですから」

「ほぉ? 肉の一つでも持って行けば喜ぶんじゃないですか?」

「ええ、ご協力感謝します。フレッシュミート」

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