面接
「ねぇ、なんでアタシたち面接受けてんの……」
「クロエのおかげだよ。やっぱりエロは世界を救うんだ」
「自分の母親が性的な目で見られることによって助かるって、かなり複雑な気分だわ」
オリオン達は地下穴を掘り進めヘックス領地内へと侵入したのはいいが、空腹に耐えきれず資材庫に忍び込んで食料を盗み食いしているところを捕まったのだった。
危うく牢屋行きになるところを、銀河がこの監獄内で働き手を募集していたことを思い出し、働いて返しますと言って切り抜けたのだ。
普通で考えればバカ言ってんじゃないよと言われてお終いだが、追剥にあったみたいに着衣の乱れたクロエの頼みによって、スケベ心溢れる監獄職員は面接だけはしてやると応じてくれたのだ。
五人は自分たちが座る椅子と、面接官用の長机しかない簡素な部屋に場所を移されしばらく待たされることになっていた。
ガチャリと音がして扉が開くと下アゴのたるんだ中年の男が入って来た。男は面接官用の席にどかっと座ると、オリオン達が書いた簡易的な履歴書に目を通す。
「ふむふむなるほどね。難民で……随分遠いとこから……」
大きく頷いているが、履歴書に書かれていることはほぼ嘘であり、出身地や年齢もてんで適当である。
しかしながら面接官がそれに気づく様子はない。なぜなら彼の視線は既に履歴書から離れクロエの胸元に注がれているからだ。
「これはなかなか……」
(何がなかなかよ、このエロオヤジ)
(どうどう、ここで監獄の中に入れればぐっとチャンスが広がるんだから)
(そうですよ。職員なら自由が利きますし、お館様を探しやすくなりますよ)
クロエは面接官のいやらしい視線に耐えられず、頬を紅潮させながら胸元を隠そうとするが、その仕草が逆に扇情的であった。
フレイアがぐっとこらえていると面接官はクロエの胸元からようやく視線を外す。
「募集を見てくれたならわかると思うけど、ウチ高齢の人しか採用してなくてさ。君たち若すぎるからちょっと厳しいかな。オジサンは嬉しいんだけどね」
ここでオリオン達は打ち合わせしていた通り、泣き落としに入る。
「えーっと、ここを追い出されたらあたしたち行く場所がー(棒)」
「そうなんです。アタシたち行き場がないんですー(棒)」
「ど、どうかここで働かせていただけませんか(棒)」
オリオン、フレイア、銀河が続けて言うが見事なまでに棒読みである。
「そう言われても規則だからねぇ……」
「食べた分弁償しますから。その分だけでも働かせてください!」
「まぁ、あれは資材庫に鍵かけ忘れた奴が悪いってことになったし、被害もそんなに大きくなかったから別に……」
本当の問題は彼女達が盗み食いしていたことではなく、彼女達がどうやってここに忍び込んだかの方が重要なのだが、いいかげんな面接官はそのことに関して言及してくることはなかった。
「お、お願いします……どうかお慈悲を」
クロエが瞳を潤ませて懇願すると、面接官の鼻の下がデレッと伸びたのがわかった。
「そっ、そう言われてもウチ一応収容所だから、若い子は警備の関係上受け入れられないんだよね。君ら料理とか家事出来るの?」
家事出来ない筆頭のオリオンとフレイアが真っ先に「出来ます」と言い切った。
「まぁそれなら考慮しないでもないんだけど……。ちなみに君たち彼氏とかいるのかな?」
急に全く関係ない話題を振られフレイアたちは露骨に顔をしかめる。
だが、彼女達も潜入任務ということがわかっている。ここは面接官が言ってほしい言葉がどのようなことか理解していた。
(フレイア、いないって言っとくんだよ)
「います」
即答したフレイアにオリオンは椅子と共にビターンと後ろにひっくり返った。
「へぇ、そうなんだ……彼女がこんなに困ってるのに彼氏助けてくれないんだねぇ」
「いや、アタシが彼氏助ける側なんで」
オリオンはまた後ろにビターンと倒れた。
「ちょっと君うるさいよ」
「あたし本来この役じゃないのに……」
「あのフレイアさんって、彼氏いたんですか?」
アホの銀河は違うところで驚いていた。
(ウチにいる男なんてあいつくらいしかいないでしょうが)
(えっ? ドンフライさんですか!?)
(次ボケたらあんたの目玉えぐるわよ)
(はうっ、じゃあお館様と付き合ってらしたのですか?)
(付き合ってはないけど……)
(それではどういう意味なのでしょうか? お付き合いしていないのにお付き合いしているというのは?)
(あれだよセ○レって奴だよ)
(あぁ情婦というやつですか? 納得しました)
オリオンの言葉に銀河がポンと手を打つと、フレイアは二人の頭をアイアンクローでギリギリと締め上げる。
(なんで納得すんのよ)
((痛い痛い痛い))
(つまり……さっきのは……そういう関係になれたらいいなってことよ)
フレイアは顔を赤らめてそっぽを向く。
((セ○レに?))
「彼氏によ!!」
つい大声を張り上げてしまったフレイアは、面接官が見ていることに気づいて顔を赤くしながら黙り込んだ。
「君が彼氏好きなことはよくわかったよ……」
面接官はごちそうさまと苦笑いしながらクロエにも同じことを聞く。
「あなたはどうかな?」
「え、えぇ、まぁパパがいますので」
「既婚者ですか?」
「内縁の妻です」
今度はフレイアがビターンと後ろ向きに倒れた。
オリオンがなにそれ? と銀河に聞く。
「ねぇ、内縁の妻って何?」
「もうほとんど結婚してるけど、まだ婚約届を出していない夫婦のことですね。主に家庭内の事情や、経済的理由、他にも男性側の意気地がないことや、女性側の圧力が足りないことによってそういった関係性になったりします」
「へー」
「クロエさんそのような関係の人がいたんですね……」
銀河のバカ炸裂は放っておいて、面接官は銀河にも触れる。
「君はどうかな?」
「じ、自分ですか? 自分はもう命を賭けてお仕えする男性がいらっしゃいますので、そのような男女間の付き合いというのはございません」
「い、命を賭けて……」
「この子、少し古風な育ちをしてるので」
フレイアがフォローを入れるが、あまり効果はなさそうだ。
「それで、そっちの負のオーラ出してる子は?」
面接官はようやく椅子の上で膝を抱えているゼノに触れた。
「あれは置物です。ちょっと心に闇を抱えてまして」
「生物は皆死ぬのよ」
「怖すぎるよね? ホラーかな?」
「死は全てにとって平等ですわ」
「はい、ゼノンちゃんちょっと黙りましょうか」
ゼノンとはここに入る上で、ゼノにつけた偽名である。ちなみに側頭部の片側から伸びたツノは、かわったアクセのようにして誤魔化していた。
フレイアと銀河は放っておくと呪詛スキルでも紡ぎだしそうなゼノの口を押える。
そんな怪しい少女達を見渡して、面接官は大きく唸った。
「ん~、君たち顔は良いんだけどね。やっぱり求めてるのは給仕だから、今回は縁がなかったということで――」
そう断られかけたところに別の看守らしき男が部屋に入って来た。
「おい、あのオーガ族の女、飯がマズイと怒鳴ってるぞ。それに高級独房棟の清掃もできてないってハラミ様もお怒りだ。面接なんかどうでもいいからさっさと働かせてくれ!」
「しかし、高齢でないとダメだと規則が」
「ジジババがこんなところに面接受けに来るかよ」
ド正論である。
面接官は舌打ちすると、五人に向かってエプロンを放り投げた。
「悪いけどすぐ働いて」
オリオン達は内心ガッツポーズをとって、エプロンを着用しすぐに収容棟へと入ったのだった。
監獄勤務を始めてはや数日――
職員用休憩室に入ったオリオンとフレイアはぐったりとしていた。
物置き兼休憩室には、監獄で使用する雑貨類が並び、部屋の中央にはテーブルが一つだけ設置されていた。彼女達以外にここを使用するものはおらず、唯一気を抜ける場所でもあった。
「咲、いないね」
「多分探してる場所が違うのよ。アタシ達ずっとこの高級独房棟? っていうキレイな建物ばかり掃除させられてるじゃない。あいつがいる場所とか絶対肥溜めくらい汚いところよ」
「それあるー。咲って大体きったないところにぶちこまれるけど、高確率で隣に美人がいるんだよね」
「ほんと許せないわね。想像しただけでムカついてきたわ」
二人が理不尽なことに怒りを燃やしていると、銀河が機嫌よく戻って来た。
「アンタ掃除するのがそんなに楽しいの?」
「えっ? お掃除などの家事は楽しいですよ。できることなら愛するお方の為に働くのが一番ですが」
「何女子力アピールしてんのよ」
「そうだぞ、あたしなんか大事そうな銅像の首折ったら看守から君は違う場所やろうかって気を使われたんだぞ。女子力なんてクソくらえだ」
「それは女子力以前の問題よ。大体女子力問うならこっちは男子力問うわよ」
「そうだそうだ。咲の甲斐性なし」
「女たらし」
「でもそういう放っておけないところがまた……」
頬を染めて身をよじる銀河。
「ダメね、マゾは無敵じゃない」
「とある高名な格闘家が一番苦戦したのがマゾだったらしいよ。いくら攻撃しても興奮するだけなんだって」
「それ無敵じゃない」
「でも無視したらすぐ降参したらしいよ」
「かまってちゃんだったのね。それよりクロエは? あのいやらしい目をした面接官にどっか連れ込まれてるんじゃないでしょうね?」
三人で話し合っていると、休憩室にメイド服のクロエが帰って来た。
「ただいまぁ」
「あっ、帰って来た」
「あれ、クロエ何その服?」
「囚人さんの食事を用意してる時に看守さんがくれたの。これを着て給仕をしてほしいって」
「アタシにはそんなのなかったけど」
クロエは少し恥ずかし気にスカートの裾を翻してみせた。
白いガーターベルトと太ももが覗き、オリオン達は顔をしかめた。
「これは悪いご主人様に夜伽を命令される奴だよ」
「アタシもそれ思った。マジで母親に男とられるとかシャレになってないわよ」
「本当に年齢が読めません……」
それからすぐに、負のオーラを纏ったゼノが帰って来た。
「お帰り。ちゃんと掃除してきた?」
「ええ……公平に看守にも囚人にも、たっぷりわたくしの地獄を振りまいて来ましたわ」
「なんて陰湿な奴……」
フレイアが顔をしかめていると、コンコンとノックの音が響く。
看守でも来たのだろうかと思い、休憩室のドアを開くとそこには長身の青年が立っていた。
「失礼。ここに掃除用具はあるかな?」
「あっ、凄いイケメン」
女性なら誰しも目を奪われてしまうその人物は、眼鏡をかけたインテリ系イケメンオスカーだった。
「掃除用具でしたら、こちらに」
クロエがオスカーに掃除用具を手渡すと、彼の手に手枷がはめられていることに気づいた。
「囚人さんかしら?」
「ここの高級独房棟最上階にいるオスカーと言う。私は制限付きだがこの高級独房棟内では自由が許されているので、掃除くらいは自分でと」
「凄い……咲より100倍イケメンで性格もしっかりしてる」
「でもアタシ隙のない男ってあんましなのよね」
「フレイア咲のこと好きすぎ問題」
「悪い?」
二人が話しているのを見て、オスカーは珍しそうに彼女達を見やる。
もしかして怪しまれたのだろうかと身構えたオリオン達だったが、そうではなかった。
「あの……すまない。唐突なことで申し訳ないのだが、君たち好きな人がいるのだろうか?」
オスカーの問いに全員が「ま、まぁ」と曖昧な返事を返す。
「私にも、その……好きな人がいるかもしれないんだ」
「あら素敵、もしかして片思いかしら?」
クロエはあらあらまぁまぁと楽し気な声をあげる。
「その……今までこんなことなかったのだが、あの人のことを考えると胸が締め付けられて……。親友からは具合が悪いだけだと言われたのだが、どうにもそうは思えなくて……」
「同じ囚人なの?」
「ああ、とても勇気のある人で……私にとって希望なんだ」
「恋ね。間違いないわ」
「はわわ、イケメンさんの監獄での恋。まるでお芝居のようです」
「別に悩むことないんじゃない? そんだけカッコ良ければどんな女だってイチコロだよ?」
オリオンの言葉にオスカーは口をつぐむ。
「その人とは……異性ではなく同性なんです」
女性陣全員が顔を見合わせ目を泳がせた。
「そ、そうなんだぁ↑」
「フレイア語尾上がってるよ」
動揺を隠しきれていなかった。
「こんなこと初めてなんだ。今までどんな女性を見ても何も思わなかったのに、彼の横顔を見ているだけで、心が温かくなっていくんだ」
その場にいた全員がオスカーの想いを悟る。
「そ、そんな同性なんて気にすることじゃないと思います!」
「大事なのは自分の気持ちよ」
「諦めちゃダメよ。障害が大きいならガンガンアタックするべきよ!」
「うんうん、大丈夫だよきっと。よくわかんないけどアイがあれば」
オスカーは彼女達に励まされ勇気を貰う。
「ありがとう。自分の気持ちにゆっくりと向き合ってみる。相手の迷惑にならないよう気をつけて。あぁ、なんだか清々しい気分だ!」
彼は掃除用具を受け取って、鼻歌でも歌いだしそうなくらい上機嫌で休憩室を去って行った。
「あたしたち良いことしたね」
「ええ、もし今のイケメンが思い人と結ばれたら盛大に祝福してあげましょう」