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俺でもわかる話をしろ

「ほんとに大丈夫かオスカー? お前ちょっとおかしいぞ」

「私は正気だ」

「おかしくなった人ほど自分を正常だと主張するよね……」

「オレは酔ってない理論だな……」


 クリスたちがオスカーとちょっともめていたが、なんとか落ち着きを取り戻したようだ。

 正気(自称)のオスカーは眼鏡のつるを持ち上げて作戦の説明を始める。


「まず作戦を立てる上で、最優先目標は収監されているヘックス領民の脱出でいいな?」

「ああ、それとデブルの暗殺と新型の強奪だ。最悪デブルは放置でもいい。ここで見た感じ、あいつにそこまでの権力はなさそうだからな」


 ヘックスを監獄に変えた落とし前はつけさせたいところではあるが、今は脱出が最優先だ。

 新型強奪と聞いてグランザムはマジかよと口元を歪める。


「すげぇこと考えんな……」

「クリスの意見だが、破壊するより奪った方がメリット大きいだろ?」

「そりゃそうだがよ。脱獄だけでも無茶なのに新型強奪となると難易度ははねあがるぜ?」

「それをなんとかしてくれ」


 The無策でオスカーに頼むと、彼は眼鏡をキラリと輝かせた。


「期待にはできる限り応えよう。まず新型についてだが、未知数なところはあるものの、入手した資料のおかげで詳細が掴めてきた」

「ほんとか?」

「ああ、現状一番の問題となるのは私たちでも動かせるか? という点だ」

「確かに。何か特殊な能力が必要なら、そもそも強奪計画は成立しないしな」

「結論から言えば動かすだけならば可能だ」

「どういうことだ?」

「新型には聖霊融合機関スピリットコアと呼ばれる、本来の天使兵器にはないコアが搭載されている。このコアと搭乗者がマッチングすることによって思考制御ニューロリンクコントロールと呼ばれる機能が働き、訓練なしでも動かすことが可能だ」

「おぉ、そりゃ楽でいいな。強奪してくれと言わんばかりだ」

「慌てるな。それはあくまでマッチングした時の話だ。資料によると、コアと初見でマッチする可能性は極めて低い」

「それってマッチしなかったらどうなるの?」

「通常のアーマーナイツと同じ操縦方法になり、武装、能力、共に大きな制限がつくようだ」

「コアとマッチしない限り本当の力は使えないってことか……」

「そういうことだ。新型はコアの力を使ってこそ真価を発揮できる」

「しかもそのニューロなんとかコントロールがないと、操縦経験のない僕たちじゃまともに動かすのも難しいよね」

「そうなった場合、動かせる人間を人質にとって操縦させるしかない」


 オスカーの言葉に、俺は一瞬ルナリアのことが浮かび頭を振る。


「気は進まないが綺麗ごと言ってられる状況じゃないしな」

「じゃあ強奪はできなくはないってことだね」

「ああ、一応コアについても説明しておくが……」


 新型の資料を読み進めてオスカーは顔をしかめる。


「どうしたんだ?」

「いや、グランザム六大元素とはなにかわかるか?」

「バカにしてんのかよ? 魔術の基礎にもなってる火、水、土、風、光、闇の属性だろ」

「そうだ。その六元素には下級精霊(エレメント)が存在する。火のサラマンダーや水のウンディーネなどがそれに当たる。では下級精霊たちが集まることで召喚される高位の精霊とはなんだ?」

「確か起源聖霊オリジンってやつだろ? 火聖アグニや地聖ガイアみたいな。その辺は宗教とかにも出てくるよな」

「その通りだ。昔は起源精霊の召喚メカニズムがわかっておらず、召喚された時に大きな災害を巻き起こすことから神の怒りや、祟りなどと呼ばれることも多かった」

「昔火山で火精霊の力が強まり過ぎて、アグニが現れたって話を騎士学校の教科書で読んだことがあるな。アグニが消える七日間、国と街を焼いて灰にして回ったって書かれてたぜ」


 グランザムの話にオスカーとクリスは目を丸くして驚いていた。


「まさかお前が騎士学校時代の授業内容を覚えていたとは……」

「僕も意外……」

「驚くとこそこかよ! そんでその起源聖霊と新型、一体何の関係があるんだよ?」

「少しは脳を使え、ハエでももう理解できるレベルだぞ。君ならもうわかるだろう?」


 そう言ってオスカーは俺の方を見やった。


「いや全然わからん」

「説明が足りなさ過ぎたようだ。わからなくて当然だろう」

「オイ! オレとの扱いの差が酷すぎるぞ!」


 怒るグランザムを無視して眼鏡を輝かせるオスカーは話を続ける。


「聖霊融合機関という名の通り、この新型のコアには起源聖霊の核が使われている」

「えっ、ちょっと待って起源精霊って捕まえてこれるものなの? あれって下級エレメントたちが生み出した魔力エーテルの塊だよね?」


 クリスはそんなバカなと困惑するが、俺からすると何に驚いてるのかすらわからない。


「そうだエーテル体でありながら意思を持つ存在。それが起源精霊。私もあれを捕獲できるなんて話は聞いたことがない」

「エーテルケージを使ってキャプチャーできなくないかもしれないけど、それだと肝心なインテンションが抜け落ちちゃうでしょ?」

「そこは○■▲※#で×◇〇機関が働くだろう」(あまりにも意味不明すぎて聞き取れなかった)

「でもそれだとプラズマエナジーがグレートサンダーでマクリウスの法則が乱れるよ。そこまで行くと次元干渉だ」

「そこはプロジション効果の力で、法則が乱れる前に境界線を再ポインティングしている」


 オスカーとクリスは訳の分からんレベルの高い会話を始め、あまりにも意味が分からなさ過ぎて段々イラついてきた。

 俺は隣でなるほどなと相槌を打つグランザムに解説を求めて話しかけた。


「マクドナルドの法則ってなんだ」

「わからん。多分食えるものじゃないと思う」


 ダメだバカだった。

 俺は話に夢中になるクリスのスカートに後ろから手を差し入れ、パンツの上部を掴んで引っ張り上げた。


「そぉぉいっ!」

「うああああっ!!?」

「誰がグレードブースターで戦闘のプロなんだよ! いつロボットアニメの話になったんだお前らは!」

「言ってない言ってない!」

「わからない奴にわかるように説明しないと解説の意味がないんだよ!」

「ごめんって! つまり起源精霊ってのは平たく言うと魔法と同じカテゴリーなんだよ。ある特定の条件の時だけに発生する大魔法。それを捕まえるなんて普通無理でしょ?」

「無理でもやってるならそれが現実だろ」


 俺の意見にオスカーは大きく頷いた。


「その通りだ。にわかには信じがたいが聖十字騎士団はエーテル体である起源精霊の核を抽出し、コア化する技術を持っているようだ」

「ってことは、この新型ってのは見た目ロボットだけど、中身はそのアグニだとかガイアだとかってことか?」

「その通り、さすが聡明だ。学者でも理解するのに数年はかかることを、この僅か短時間で理解するとは」

「おい、ハエでも理解できるんじゃなかったのか……」


 グランザムは贔屓の酷さに呆れ顔をしている。


「新型は起源聖霊に手綱をつけて戦えと命令しているものだと思えばいい」

「「それ……やばない?」」


 俺とグランザムが同時に言葉を漏らす。

 完全にバカの感想であるが、それ以外に言葉が見つからない。

 火の七日間を作り出した巨神兵的なものを自由自在に操れるわけだろ?

「焼き払え」と命令するのはロマンがあるが、それをイカレた宗教カルト集団が使うと考えたら恐怖でしかない。


「やっぱり新型はなんとかしないとダメだ。そんな力を持てば侵略行為がエスカレートするのは目に見えてる」

「うん、聖十字騎士団が絶対に持っちゃいけない力だと思う」


 じゃあそれをどうやって奪うんだって手段の話だな。


「私に策がある……が、それを実行するには圧倒的に駒が足りなさすぎる。この四人だけではどうにもならない」


 そりゃそうだな。将棋で言えば飛車、角、金、銀落ちどころか歩すらない状態。

 羽生さんも藤井さんもやってられるかと盤をひっくり返して、チェスやるわって言いだすレベルだろう。


「先に作戦を話しておく。これから私が言うことを実行してもらいたい。まず――」


 オスカーは羽ペンと周辺の地図を持ちだして、ヘックス内の見取り図を書き記す。


「収容棟は全部で3棟。君たちのいる1号棟と少し離れて2号棟、両棟ともに数千人規模の人間が収容されている。そしてそこから120メイル離れた位置に私たちが収容されているこの高級独房棟。ここにいる全員を壁の外に逃がすのは生半可なことでは無理だ」

「改めて言われると無謀なことをやろうとしてるな」

「現在三国同盟は先遣隊を潰され、面子を守る為にこのヘックス周囲をぐるりと取り囲んで再攻撃の機会を伺っているはずだ」


 オスカーはペンで六角形のヘックス領地周囲に凸型の三国同盟本隊を記入していく。


「これが攻めて来てくれれば脱出できる?」


 クリスの質問にオスカーは首を振る。


「いや、こいつらは先遣隊をやられて完全に士気をくじかれている。何か決定的なチャンスがない限り攻めてはこない」

「例えば?」

「ヘックス内部で大規模な火事や暴動が起きたり、あとは単純に城壁が破壊された時だ」

「けどよ、ヘックス自慢のミスリル城壁を簡単に壊せるわけないぜ?」


 グランザムの言葉にオスカーは首を振る。


「そうでもない。実は南側城壁の一角が他と比べ格段に薄くなっている。聖十字騎士団がヘックスを占領するとき、ここを破壊して侵入してきたからだ。急遽補修工事が行われたが、ほとんど一時しのぎのままだ」

「そこをぶっ壊せばいいわけか。でも言うのは簡単だが、蹴ったら崩れるわけじゃないんだから難しいぞ」

「それにも手順がある。まず前準備として南側城壁に燃料ガスを用意する。恐らく戦車にも使用されているから廃棄用のガスタンクがあるはずだ。それを南側城壁に集めて垂れ流す」

「おっ、もしかしてそれでダイナマイトロックを呼び寄せるのか?」


 俺はルナリアがとった誘引ガス作戦の事を思い出していた。


「惜しいが違う。私が呼びたいのはダイナマイトロックではなく、アシッドスライムの方だ」

「鉱山で見た毒ガスを出す奴だな。あいつもガスに惹かれてくるのか?」

「ああ、その通りだ。南側城壁でガスを流したところでダイナマイトロックが生息する鉱山まで臭いは届かない。しかしアシッドスライムは地下道を通ってどこにでも現れる。すぐに臭いをかぎつけるだろう。その上奴らは仲間を呼び寄せる習性がある」

「一匹がガスに気づいたら後は勝手に集まってくるわけか」

「奴らは金属を腐食させる特性がある。しかも地下からジワジワと侵食し、見えない内側から城壁を腐らせていくだろう」

「確か以前アシッドスライムが大量発生して城壁に被害が出たことがあったよね?」


 クリスが昔のことを思い出してぽんと手を打つとオスカーは頷く。


「奴らが集まった時の腐食スピードは尋常じゃなく早い。これを前準備で行っておく」


 その後オスカーの策を聞いて、こいつ凄いこと考えるなと驚き半分呆れ半分だった。

 彼の策は大前提で、既に南側城壁が腐食していること。それを確認出来たら作戦を開始する。

 まず作戦は囚人たちが作業中に暴動を起こす。看守たちが暴動鎮圧のために人をとられている隙に、収容棟に火を放ち火事を起こす。

 火事がおきれば地下にある工場が燃えてしまうので、当然デブルは大慌てで新型を外へと移動させる。

 強襲チームはその時を狙って新型を強奪し、収容棟の一画を破壊。

 囚人たちを解放、騒ぎを更に大きくする。

 その間に別働隊が腐食している南側城壁を破壊し、周囲を取り囲んでいるはずの三国同盟を誘導。

 火事は起きてるわ、囚人は逃げ出してるわ、城壁は壊れてるわでチャンス以外何物でもないヘックスに三国同盟は攻撃を仕掛けてくるはずなので、後は三国同盟とデブル達が戦っているところを逃げ出すという算段。

 デブル暗殺はこの時可能であれば実施する。


「これだけの規模の囚人を逃がすにはそれしかない」

「皆一列に並んで逃げましょうなんてできないもんな。俺たちにできるのは騒ぎを大きくしてパニックを作り出し、城壁()を破壊するってことくらいだな」

「お年寄りや子供たちが逃げ切れるか心配だけどね……」

「あぁ、どっかに都合よく外へと繋がってる地下穴でもあればいいんだけどな」


 そう都合よくはいかないだろう。

 恐らく騒ぎが大きくなれば俺のチャリオットもきっと異変に気付いて助けに来るはずだ。それをアテにすることにしよう。


「君たちは壁が腐食するまでに暴動を起こす協力者を集めるんだ」

「わかった」


 なんとか方針は定まったが、提案者であるオスカーは浮かない顔をしている。


「まだなにかあるのか?」

「いや、この作戦には新規で現れた魔軍のことが想定に入っていない……。正直奴らがどう動くか読めない上に、レイ・ストームが現れた時対抗手段となるのが奪った新型に頼るしかない」


 ルナリア達がどう動くかってところか。

 彼女達はここにいる看守より常識的な判断基準を持っているが、それでも自身の立ち位置ははっきりさせている。

 恐らくだが、暴動がおきれば彼女達は必ず鎮圧するために動く。

 俺はルナリアと剣を交える姿を想像しようとしたが、彼女のおパンティ―以外頭に浮かばなかった。


「その時は俺たちが全力で食い止めるんだよ。民の為に戦うのはウォールナイツの役目だろ?」


 グランザムがそう言うとオスカーは「あぁそうだな」と頷いた。


「よし、俺たちはアシッドスライムを呼び寄せて壁の腐食を始める」

「ハラミたちに作戦が察知されるのはまずい。ここに来るのは出来る限り控えるんだ。私たちも作戦が開始された時自分達で逃げ出せるようにはしておく」

「高級独房棟のことはオレとオスカーに任せとけ」

「わかった」


 作戦がまとまり俺たちは今度こそ外に出るぞと決意を新たにする。

 あれだけ濁った瞳をしていたオスカーも、今や熱い視線を俺に向けていた。

 意外と熱い男なのかもしれないな。


「よし、全員でここを出るぞ」


 全員が大きく頷き、俺とクリスは高級独房棟を後にした。




 勇咲たちが元の収容棟に戻ってから、グランザムとオスカーは珍しく清々しい表情をしながら眠りについていた。


「グランザム……起きてるか?」

「……ぐごごごご」

「寝たか」

「なんだよ。オレはお前の話を寝過ごして聞いてないなんて一度もないぜ?」


 不意に返事を返したグランザムに「どの口が」とオスカーは笑う。


「ハラミに監禁されて鬱屈とした気が溜まっていたが、気が晴れた」

「裏切ったっていう後ろめたさが消えたからだろう。梶王に感謝しとけよ」

「ああ、彼のことを考えると胸が熱くなる。この感情が一体何なのかわからない」

「そのままわからずにいてくれ」

「えっ?」

「いや、なんでもない。多分具合でも悪いんだよ」

「本当にそうだろうか……。彼の話を聞いて稲妻に打たれたような気分だ。人は……心が死んだら幸せになれないか。確かにそう思う。あの言葉が私の中の眠れる何かを呼び覚ましたのだと思う」

「そのままずっと寝ててくれればよかったのにな」

「えっ?」


 グランザムはオスカーの滅多に見ない嬉しそうな表情を見て迷う。

 ここは止めるべきなのか。それともそっとしておくべきなのか。


「梶勇咲……いつか彼の事を名前で呼べる日がくればいいな」

「お、おう。良い意味でな」

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