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摘み取られる希望 後編

 ――それから一時間ほどして、オスカーたちは戦車ケーニッヒフォートレスに牽引される客車の中にいた。

 客車は二人掛けの座席が縦に複数列並んでおり、胸の高さには大きな窓も用意されていて、流れゆく見晴らしは良い。

 ハラミは当然のようにオスカーの隣に座り、その後ろにグランザムたちが座る。ペヌペヌとイングリッドは先頭の戦車に乗っているらしく姿が見えない。

 戦車はあっさりとヘックス城壁の外へと出ると、四両の貨物コンテナ車両と一両の客車を後ろに連結させているとは思えないほどのスピードで力強く進んでいく。

 乗り心地は揺れを除けば概ね快適と言えた。


「オスカー様、外の景色が綺麗ですね。知っていますか? 赤月帝国にはこのような自動車両の路線が整備されているらしいですよ」

「鉄道……と呼ぶらしいな」

「さすがオスカー様。博識ですね」

「国土が広く気温の低い赤月帝国には必須の交通手段だとか」

「ヘックスもたくさん線路を引いて、たくさん人が行き来する街にしたいですね」

「……君はそれを本気で言っているのか?」


 あの監獄都市を見て、どうしてそんな暢気なことを言えるのか、オスカーにはさっぱり彼女の心理が理解できなかった。

 しかしハラミはクスリと笑みを浮かべると


「当然じゃないですか。ヘックスには民がいて、私の父は王、私は王女、私の婚約者となるあなたは次期王なのですよ?」

「隷属させた者を民とは言わない」

「隷属? 違いますよ。支配と服従です。私の喜びはヘックスの喜び、私の悲しみはヘックスの悲しみ。今は看守なんてものをつけて労働していただいていますが、いずれ皆自ら私たちに従って働いてくれるはずなんです。いわば国民になる前の矯正のようなものですね」

「領民は君のペットではない」

「フフッ今はわからなくても構いません。オスカー様ならきっと理解してくださると信じてますから。あぁそうだ、ヘックスという名前もいずれ変えねばなりませんね。旧王の名前を掲げる国なんてありませんから」


 後ろに座るグランザムが、ケッと毒づきながら背もたれにどかっと体重を預ける。


「そん時は父親と娘の名前でハラデブ帝国にでもしやが――、あああああああぎゃああああ」


 電流のスイッチを握ったハラミが笑顔でボタンを押しており、言うことを聞かないペットを見るような目でグランザムを見ていた。


「駄犬は黙ってなさい。フフフ」


 ”躾け”が終わった頃、戦車は小高い丘の上で停車する。

 見晴らしの良い丘の上は天気にも恵まれ、乗っているものが戦車じゃなければピクニック日和と言いたいところだ。

 近くには小さな泉と森が見え、野生の鹿が子供を連れて顔を出している。


[あーあー車掌のペヌペヌで~す。乗り物酔いに苦しんでいる人はいませんか? 今から面白い見世物が見れますので、皆さんランチでもとりながらそのまま左手をごらんになってお待ちください]


 ペヌペヌのふざけたアナウンスに顔をしかめながら一体何が始まるのかと窓の外を見やる。

 直後ボンッと轟音を轟かせ、戦車の火砲が発射される。砲弾は隕石のように赤く燃え盛りながら木々が生い茂る森へと命中する。

 着弾と同時に木々が燃え上り、鳥たちが激しく空へと舞い、動物たちが一斉に逃げ出す。

 爆撃を受けて、飛び出してきたのは動物だけではなかった。蜂の巣を突いたかの如く、森の中から武装した兵がわらわらと逃げ出してくる。

 中には火だるまになっているものもいて、いきなりの攻撃にパニックになっている様子が見てとれる。


[あちら三国同盟と呼ばれる聖十字騎士団への反乱を企てるテロリストたちでございます。愚かにもヘックス内へと攻め入ろうとしていたようですね~。まさかこちらが出張してきて攻撃してくるとは夢にも思っていなかったのでしょう。そんなお馬鹿さんたちに目覚めの一発ナパームをお見舞いしてあげましょう]


 オスカーは三国同盟と聞き、背筋がぞわりとする。直後火砲が再度轟き、地面が爆炎と共に穿たれ同盟軍の兵達が紙切れのように吹っ飛んでいく。

 それと同時に後部貨物コンテナが開き、搭載されていたアーマーナイツが露わになる。

 巨大な機械甲冑たちがうなりを上げて起動すると、混乱する同盟軍を目掛け一気に丘を滑り降り、駆逐と蹂躙を開始する。


「聖十字騎士団の奴らアーマーナイツを運んできやがった!」

「怯むな! いくらアーマーナイツといえど、この数を――」


 そう叫んだ三国同盟軍の兵は胴と下半身を真っ二つに切り裂かれ、鮮血を地面と周囲の木々にぶちまけた。

 その光景はあちこちで起こっており、アーマーナイツの装甲が銀色から真っ赤にかわるまでそう時間はかからなかった。

 オスカーは救援を期待していた三国同盟の殺戮ショーを間近で見せられ、その手は小さく震えていた。


「くっ……」

「オスカー様、綺麗だと思いません? 人の命が次々に散っていきます。どのようなものでも最後の光というのは美しいですね」

「…………この光景を美しいと言えるなんて……君はおかしい」

「そうでしょうか?」


 次々に爆撃粉砕されていく三国同盟だったが、彼らも無力ではない。

 態勢を整え、重装兵が盾となり砲撃を遮り、魔法兵キャスター部隊が詠唱を開始して反撃を行う。

 複数人の魔力を集め、一つの魔法にする複合魔法ユニオンスペルにより、森の中に巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 魔法陣からバチバチと稲光が漏れるのと同時に、魔法兵たちの頭上に巨大な雷の槍が浮かび上がる。


雷撃槍トールランス放て!!」


 三国同盟軍指揮官の号令と共に、詠唱が完了した雷の槍が放たれ、アーマーナイツの一機に突き刺さると雷撃槍は機体を貫通し爆発四散する。

 完全にオーバーキルであったが、今の同盟軍に余力を残して戦う余裕なんてものはなかった。


「第二射照準! 丘上、陸戦指揮車両! 詠唱開始!」


 三国同盟は指揮をしているのが丘上に陣取る戦車だと気づき、二発目の雷撃槍の照準をオスカーたちの乗る車両へと向けた。


「第二射放て!!」


 再度号令とともに雷の槍が発射される。稲光を轟かせる白き槍は戦車の外装に突き刺さった。

 ――かのように見えたが、雷撃槍は戦車の装甲に負け、逆にパリパリと小さな電気を残して霧散してしまったのだ。

 無傷の戦車はお返しだと言わんばかりに火砲を魔法兵部隊へと見舞った。

 魔法兵部隊は重装兵ごと紙切れのように上空へと吹き飛ばされ、三国同盟軍の統率は更にズタズタになっていく。


 そんな中、爆発四散したはずのアーマーナイツの残骸の中から2メートルを超える巨躯を持つ女が姿を現す。

 頭の正面には二本ヅノ、無理矢理着せられていた搭乗者服インナースーツは焼け焦げ、ボロボロと崩れ落ち、虎柄の下着と筋肉質な肢体が丸見えとなっていた。

 しかしそれに対して大女は意に介した様子もなく、金属の残骸の中から自分の得物である巨大な野太刀を担ぎ上げ、焼け残った牛皮の帽子を頭に被る。


「フン、窮屈な上に軟弱な乗り物だぜ。しかし……イングリッド様に怒られちまうな。給料から天引きだって言われたらどうしようか」


 木端微塵になったアーマーナイツを見て、困ったなと頬をかく大女は「まぁいいか」と笑い飛ばした。

 すると大女の周りを三国同盟軍が取り囲む。


「な、なんだこいつ。どうやって生き残ったんだ……」

「あっ? なんだテメーら?」

オーガだ! 赤ツノ……レッドオーガだ!」


 兵の一人が、角だけが深紅に染まる女性を指さしてわなないた。


「おぉ、俺様は産まれも育ちも椿国鬼ヶ島。赤鬼のクレナイとは俺様のことよ! 残念だったな。俺様はこんな玩具から降りた方が強い!」

「黙れ女、戯言を! 赤肌でない上に、女の時点で貴様が純正のオーガでないことはわかっている。鬼に孕まされた忌み子よ!」


 いきなり生まれを罵倒された紅は、鋭い牙をむき出しにして青筋をたてる。


「あぁ、テメー死んだぞ?」


 地面を蹴り一瞬で自分を罵倒してくれた兵の前に立つと、果物でももぎ取るかのように頭を千切り取った。

 胴体だけになった兵はブシュッと血をまき散らしながら力なく倒れた。紅はもぎとった頭を軽く放り捨てると残虐な笑みを浮かべる。


「全員ぶち殺してやる」


 完全にキレてしまった紅は、担いだ野太刀を振りかざし同盟軍を次々に切り払っていくのだった。



「ンフフフフフ。その程度の複合魔法で、このクロムメタルの装甲が抜けるわけがありません。残念無念、また来世ですね!」


 戦車ケーニッヒフォートレスの中で魔法を無駄撃ちする同盟軍を眺めていたペヌペヌは愉快気に笑う。

 戦車は複数の人間で操縦することになっており、操縦室は前方に三席、中央に一席と補助席が存在している。

 前方三席には火砲を発射する火器管制官、敵の接近、障害物を検知する索敵レーダー担当官、車両の移動を担当する操縦技師の三人が座り、それら全員を指揮する指揮官が中央の一段上がった席に座っている。

 当然指揮を行っているのはイングリッドで、その隣の補助席にペヌペヌが座る。


「敵騎馬部隊、数40、7時方向、南から西へ大きく迂回し丘上へと移動中」


 レーダー担当官の報告を聞き、イングリッドはつまらなさげに足を組んで、頬杖をつきながら命令を下す。


「垂直発射管一番二番誘導爆撃弾(ピッチフォーク)装填」

「垂直発射管誘導爆撃弾装填……完了」

発射ファイヤ

「ピッチフォークファイヤ」


 ケーニッヒフォートレスの後部ミサイルハッチから二発のミサイルが炎を吐きながら上空へと舞い上がっていく。

 ターゲットとなる騎馬隊に向けてミサイルは軌道を反転させ、凄まじい速度で頭上から落ちる。

 レーダー担当官はヘッドホンから聞こえる爆発音を拾い、騎馬隊の音が聞こえなくなったことを確認する。


「ピッチフォーク着弾。目標沈黙」

「…………」

「イエッス! 素晴らスィイーー! やはりワタシの科学力は世界をかえる!! アイキャンチェンジザワールド!!」


 ペヌペヌは嬉しそうにはしゃいでいるが、隣のイングリッドはつまらなさげに足を組み替える。


「一発500万ベスタの武器では世界を変える前に破産するぞ」

「低コスト化はこれからやっていきます。今は素直に誘導装置が正常に働いたことを喜びましょう」

「くだらん。これが戦とは」

「スイッチ一つで戦いが終わる、実にクリーンな戦いだと思いますが?」

「ガリアがなぜ技術を下界におろしたがらないか理由がよくわかる。ドラゴンや魔人が一撃で木端微塵にされては生物のバランスが崩れる」

「お気に召しませんか?」

「気に入らんな。だが仕事ならやるさ」

「気に入らないことでもやる、あなたのそういうビジネスライクな姿勢は好きですよ」

「貴様に気に入られたところで何も嬉しくはない」

「これは手厳しい。さてさて最後のテストですが――」


 ペヌペヌが言い切る前にイングリッドは立ち上がる。


「最後は私がやる」

「それは願ったりかなったりですが、よろしいのですか?」

「戦いの風を感じたい」


 イングリッドはそう言って官帽を被りなおすと操縦室を出て行った。


「ふ~んむ、悪魔の闘争本能という奴でしょうか? じかに血を見ないと気がすまないのでしょうね。理解はしませんが野蛮とも言いません。それが彼女なりの哲学ポリシーなのでしょう。見せてもらいますよ氷神将イングリッド・ラングレーさん」


 ペヌペヌはシリアスな顔をしながらも、おやつに持ってきたプディングにスプーンを突き刺すのだった。



 客車で外の様子を伺っていたオスカーは目の前の光景に言葉を失った。

 それまで一方的な展開が続いていたとはいえ、三国同盟は数の利を生かしまだ戦いは繰り広げられていた。

 しかし先ほど最後のアーマーナイツが出て来てから、事態は完全に収束する。

 窓の外に見えるのは見たこともない青銀のアーマーナイツ。シャープなボディに背中からは氷の結晶が幾重にも重なって作られた翼が見える。

 両腕はなぜか拘束されており、その見た目は機械の罪人が歩いているように見えなくもない。

 腕の代わりに伸びた氷の羽がはためくたびにキラキラと光の粒子が舞い、近づくものを氷の塊へとかえていく。

 魔法兵から放たれた炎の矢は機体の装甲に触れることなく、空中で凍り付いてそのまま地面へと落ちた。青銀の機体が歩くたびに地面が凍り付き、森を、泉を、全てを凍てつかせていく。


「絶対零度の氷の大天使アークエンジェルレイ・ストーム。ペヌペヌ博士が開発した第二世代型アーマーナイツだそうですよ」


 外の光景を見てハラミが答える。


「本気なのか?」

「なにがですか?」

「この先遣隊を壊滅させれば三国同盟は本気を出してヘックスを攻略しに来る。戦争が起きるんだぞ」

「戦争? ……いいじゃないですか。綺麗な光がいっぱい見れます……。でもオスカー様、本当に戦争になるのでしょうか?」

「何?」

「わたしたちはわざわざ城壁の外に出て、自らの優位性を捨ててここにいるのです。にも拘わらず、見て下さい」


 ハラミが外を指さすと、勝負は既に決まっていた。

 先ほどまで戦っていた三国同盟の兵たちは、皆氷の彫刻にされて固まっていたのだ。

 動くのはアーマーナイツとレイストームだけ。

 そして無慈悲な火砲が凍った兵達を粉々に粉砕する。


「フフフ、ウチにはあの機体と同じものが二機あるそうですよ」

「なっ……んだと?」

「力の差をわかっていただけますか? 虫と人間が戦っても戦争とは呼びません。オスカー様を奪おうとする三国同盟なんて滅んで当然なんですよ」


 ハラミは不気味な笑みを浮かべながら、持っていたバスケットに手を入れる。

 今更サンドイッチでもとり出す気だろうかと思ったが、ハラミがとり出したのは千切れた人間の手だった。


「オスカー様、見覚えあります? この手」


 ハラミが千切れた手を振ると、その掌には燃え盛る髑髏のタトゥーが刻まれていた。


「ゼロゼロワンダフォーでしたっけ? 面白い名前。でもダメ、オスカー様をたぶらかそうとする奴は例え男であろうと拷問して拷問して拷問して……殺しますわ。オスカー様に愛されるのはわたし一人でいいんです。友達や仲間なんていらない……あなたさえいればハラミは幸せですから」


 狂気じみた笑みと共にハラミは0014の千切れた手を放り捨てた。

 この時オスカーは自分が捕らわれているのが鳥かごでははなく、蜘蛛の糸だと気づかされたのだった。


「逃がしませんよ……フフッ」

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