変装(修)
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メタルスライムの鍵を手に入れた翌日。
班長がいなくなっても強制労働は今まで通りに続く。
別段班長がいなくなって特に困ることもなく、班長の役職自体はベテラン風おばちゃんが引き継いだ。
「ねっ……君、溶鉱炉の調子が悪いんだ手伝って」
本日三度目である。
クリフの奴、一時間置きくらいの頻度で炉の調子が悪いと言っては溶鉱炉裏に俺を誘い出していた。
俺はその度に手を止めて溶鉱炉の調子を見るのだが、確かに金属を抽出する機械の中に何か挟まっているようで上手く金型の中に金属が流れていかない。
「なんか詰まってるんだろうけど、今は機械止められないし、一応動いてはいるから大丈夫だと思うが」
クリフは俺が真剣に溶鉱炉を見ているにも関わらず、隣でパタパタと手で自身の顔を扇いでいる。
「ここ暑いよね」
「そりゃそうだ。溶鉱炉の真後ろだからな」
金属ですらドロリと溶けるほどの熱を放つ溶鉱炉は、近くに立っているだけでじっとりと汗がにじんでくる。
だが、ここはあまりにも暑い為、看守たちが唯一見回りに来ないある意味秘密の避難所でもあった。
というかこのやりとりも三度目である。こいつ直らないとわかっていて俺を呼び出しているのだ。
俺がジト目を”クリス”の方に向けると、クリフは既に女性の姿に切り替わっていた。
「もうちょっと調べた方がいいんじゃない?」
そう言って前かがみになるクリス。
彼女は作業着の上着を腰に巻いて腕部を結んでおり、上は薄いタンクトップ姿なのだが、その格好で女性体になると非情に目のやり場に困る姿になる。
ノーブラのデカ乳がゆさっと揺れ、肌を流れ落ちる汗が胸の隆起にそって大きくカーブしていく。
「…………お前、わかっててやってるだろ?」
「何が?」
「いや、何がじゃなくて……」
「町工場の無防備なお姉さんをやってみた」
そう言って背中をそって胸を強調して見せるクリス。
「罪なキャラクターだな」
「それより作戦会議しようよ」
「作戦会議って、今晩牢を抜け出すことか? 言っとくがお前は連れていかないぞ?」
「あのね、僕いいこと思いついたんだ。結局さ、巡回時間がわかってるのって独房エリアだけで、収容棟を出ちゃったら後は警備に出会わないよう運頼みでしょ?」
「それは、まぁ……そうだな。外の警備時間なんて調べようがないからな」
彼女の言う通り、俺たちが確認できる看守の巡回時間は収容棟エリアくらいで、外に出たら警備と出会わないように祈りながらコソコソ行くしかない。
「それ、堂々と歩き回れたらいいと思わない?」
「そりゃそうだ。だけど、それが出来ないから――」
「じゃん、これ見て」
クリスが手にしているのは青のジャケットとネクタイ、それとスラックスだ。
「それ看守が着てたやつじゃないのか?」
確かここに来る前ゴリラみたいな看守が着ていた、警察官に見える制服だ。
「うん、看守のっていうか、そもそもこの制服ってウォールナイツのなんだよ。あいつら気に入ったのか勝手に着てるんだ」
「道理で似合わねぇ奴ばっかりだったのか……それ、どこで手に入れたんだ?」
「ゴミ捨て場。しかもこれ僕のだよ。隊長用の肩章入ってるし」
「なんで捨てられてたんだ?」
「多分サイズが合わないんだよ。僕細いし脚長いから」
「なるほど。嫌味に聞こえる」
「えっ?」
「いや、なんでもない。よくやった。その作戦は素晴らしい」
隠れて進んでいくうちに、どうしても見張りに見つかることもあるだろう。
その時制服姿で、看守に変装していればやりすごせる可能性は十分にある。
よくやったとクリスの頭を撫でる。
「偉いぞクリス。して俺の分は?」
「えっ、ないよ? これ一着だけ」
俺はナデナデしていたクリフの頭を離した。
「なーんで離すのさぁ!」
「俺のがなかったら意味ないだろう」
「だから僕が一緒に行けばいいじゃない? 看守が来たら僕がやりすごしてさ」
「お前……ここでは有名人じゃなかったっけ?」
はっ!? と自身の完璧な策にでかい穴を見つけたのに、作戦始まってもう止められない孔明みたいな顔をするクリス。
「看守が気づかなくても囚人が気づいたら最悪だぞ。クリストファーが外歩き回ってたって告げ口されたらタダじゃすまん」
「だ、大丈夫だよ僕なんて……雑木林の木の一本くらい無個性だよ」
「バカ言うな。虹色に輝くイルミネーションツリーくらい目立つわ」
「じゃあ、どうしたらいいんだろ……」
「どうするって……男だからバレるわけだから、女で制服着りゃいいんじゃないのか?」
「えっ……えーーっ!?」
「皆お前のことは男だと思ってるから、クリスの格好で制服着てたら絶対バレない。一応ここにも女の看守いただろ? いつも朝顔洗う時にいるボストロルみたいな奴とか」
「た、確かにいたけど」
「これだけ規模が大きけりゃ、どうせ看守一人一人の顔なんて絶対覚えてないだろ。一回女性の体でそれ着てみろよ」
俺はクリスの持っている制服を指さす。
「わ、わかったけど、入んないじゃないかな……」
クリスはワイシャツを着てボタンをしめていくが、当然男性用で採寸されているシャツは胸の部分がしまらない。
「くっ……しまら……しまら……しまった!」
「大丈夫かピチピチだぞ」
無理やりとめられたボタンは左右に大きく引っ張られており、もう限界だと言わんばかりだ。
そして予想通りパーンと音をたてて胸のボタンがはじけ飛んだ。
豪速で飛来したボタンが俺の額に直撃して、しばらくもんどりうった。
「…………女の体なんて嫌いだ」
「うん、まぁいいんじゃないか? 胸元開いてる方がマッドポリスみたいな感じするし」
「な、なにそれ恥ずかしいんだけど……」
「よし、それと後はスカートだな」
「えっ? スラックスじゃダメなの?」
「ダメだ。女看守はスカートだったからな。このスラックスの脚と股の部分を切って、と」
俺は鉄くずの中で、カッターのかわりになりそうなものを見つけ、脚の部分に刃を入れる。
「ちょっと待って! そんなことしたらめちゃくちゃ短くなっちゃうよね!?」
「これはしょうがないことなんだ。我慢してくれ」
「顔笑ってるよ!」
俺はスラックスをカットして、ミニスカートを作成した。
「よし、できたぞ。はいてみろ。気持ち短くなったがクールビズみたいなもんだろう」
「気持ちじゃないよねこれ!? これじゃ僕ただの変態だよね!?」
「うん、いるいる。こんなキャラ」
「キャラってなんだよ!? 僕で遊んでないかい君!?」
「嫌なら俺一人で行くが。元からそのつもりだったし」
「も、もしかして君……僕を一緒に連れて行かない為に制服を切ったの? 僕を危険な目にあわせないため――」
「いや、それは深読みだ。基本俺は女の子に恥ずかしい格好をさせて喜ぶクズだ」
「……そ、そこまで開き直られると逆に何も言えなくなるよ」
「本当にいいぞ。制服切った俺が言うのもなんだが、その格好をするのは相当の度胸を要するのはわかる」
「い、行くよ! そのかわり離れないでよ! 絶対だよ!」
半ばヤケになっているクリス。
これでメタルスライムの鍵と、マッドポリスの制服を使って今晩一回目の脱獄計画が実行されることとなった。
その日の夜
独房の明かりが完全に消え、囚人たちが寝静まった約二時間後。
時刻は深夜二時ぐらいだろう。
一回目の巡回が終わり、看守が立ち去ったのを見て俺とクリスは起き上がった。
「行った……ね」
「ああ」
「多分次が来るんだけど、次の看守いい加減で二時間後か三時間後に来ると思う」
「詳しいな」
「班長に、その、一晩中……あの……あれされて……」
「悪かった悪かった。嫌なこと聞いたな」
泣きそうなクリスをぐっと抱きしめて頭を撫でる。
女の子が一晩中、あんなキモイおっさんに体触られるとかトラウマもんだろう。
「あ、あの……ぼ、僕本当に最後の一線と唇は守ったから……それだけは信じて」
「ああ、偉いぞ。もしこのことで変なこと言うやつがいたら、俺がちゃんと証明してやる。班長はノーカンだから遠慮せずにいい人探せよ」
「…………はぁ……行くのやめようかな」
「なぜそんな露骨に不機嫌に」
「人の好意に気づかない男は馬に蹴られて死んだ方がいいよ」
「言いすぎだろ」
「じゃあ俺が確かめてやる、くらいのこと言えばいいのに」
「えっ、なんだって?」
「馬に蹴られて死ねって!」
クリスが制服に着替えると、案の定メタルスライムはドロドロに溶けたので、俺は遠慮なく鍵穴にメタルスライムをぶち込んだ。
カチャンと音をたてて鍵が開くと、眠っている囚人を起こさないようにゆっくりと扉を開いて外へと出る。
俺たちは独房エリアを抜け、いつも作業場へと向かう廊下をコソコソと歩いていく。
「クリス……。看守の格好したお前が俺の背中に隠れてたらおかしいだろう」
「くっ、これなら裸で歩けって言われた方がマシかもしれない」
へっぴり腰のクリスは悔し気に唇を噛み、恨みがましい目で俺を見ながら隣に並ぶ。
「大丈夫だ。まさか天下のウォールナイツ、クリストファー・カーマインがそんな格好で歩いてるとは誰も思わん」
「口に出して言わないでよ! 死にたくなるから!」
プンスカ怒っているクリスと共に廊下を歩いていると、いつも朝井戸の前で立っているボストロルみたいな女看守が前から歩いてきた。
「やばい、隠れろ!」
「隠れるってどこに!?」
見渡す限り格子のはまった小窓以外何もない。当たり前である、ただの廊下なのだから。
今から引き返すのもかえって怪しいので、やぶれかぶれで二人廊下の端に寄って女看守が通り過ぎるのを待つ。
(こ、これ絶対ダメでしょ)
(静かに。奴の目がモグラくらい悪いことに賭けるしかない)
(絶対無理!)
(自分は壁だと念じろ)
歩くだけでフーフーとウシガエルみたいな息が漏れる女看守は、俺たちの前で当然のように立ち止まった。
「ちょっとあなたたちぃ……」
「え、え~っと……」
女看守は最初こそ怪しむような表情をしていたが、クリスの格好を見て二度、三度頷く。
「あぁ……わかるわよ。あなたも囚人をつまみ食いしてるんでしょう?」
「えっ? つまみ……食い?」
「あたしも毎日いい男捕まえなきゃ、気が済まなくなっちゃって」
お、恐ろしすぎる。このボストロル、男を別の意味で喰ってたのか。
ホホホと、顔をテカテカさせて笑っている。
「役得よね。男の看守もやってるんだから、女がやっちゃいけない理由はないわよ。……それにしてもあなた……趣味がマニアックね」
女看守は俺の顔を見て鼻で笑う。
「B専ってやつかしらん?」
「B専?」
「ブサイク専門ってことよ。とぼけちゃって。でも良かったわ、あたしと趣味被ってなくて」
まさかボストロルにブサイクと言われる日が来るとは。
「あなたあたしと同じ美人系統だから、あんまり張り合われると困るじゃなぁい?」
「え、えっと、そ、そうね」
「でもその趣味じゃ、周囲の目が気になるでしょ? ほら、これあげるわぁ」
ボストロルはクリスに手錠を差し出した。
「これは?」
「それで自分と繋いでおけば、他の看守はきっと懲罰房に連れて行くんだって思ってくれるわよ。あなたもバレたくないからコソコソしてたんでしょうん?」
「えっと、ま、まぁ」
俺は見えないところでクリスの尻をきゅっとつねった。
(ぼ、僕に怒らないでよ!)と抗議の視線を返してくる。
「二時間で牢に返さないと、つまみ食いバレちゃうから気をつけなさいよ」
「は、はい」
「じゃあね~」
ボストロルみたいな女看守は立ち去ろうとして、ふとクリスの尋常じゃないほど丈が短いスカートを見て止まる。
さすがにバレたか? いやバレるよな。もうほとんど見えてるもんな。これで気づかなかったらバカどころではないだろう。
「……良い丈のスカートね。あたしもそれくらいにしようかしらぁん」
「あ、あははは」
「あと、下着はちゃんと変えた方が良いわよ。領民から没収したものがあるから適当に選びなさい」
「没収?」
「ええ、お古が気になるなら服屋から没収した新品もあるから大丈夫よぉ」
「え、えっと、どこにあるんでしたっけ?」
「高級独房棟の一階よ。あなたここに配属されて日が浅いのかしらん?」
「え、ええ」
「その割には結構攻めた格好してるわねん」
「ハ、ハハ……」
「まぁ女はセクシーダイナマイトじゃなきゃね。あっ、時間なくなっちゃうわん」
親切なのか失礼なのかよくわからないボストロル看守は、ご機嫌な様子で去って行った。
奴に選ばれてしまった囚人が不憫でならない。この悲しみの連鎖は断ち切らねば。
「ふぅ……助かった。意外と優しい人だったね」
「俺はあいつを絶対許さんけどな。何がセクシーダイナマイトだ樽爆弾みたいな体しやがって」
「B専って言われたの気にしてる……だ、大丈夫だよ! ブサイクってほどじゃないよ! っていうかむしろ僕としてはあんまりカッコよくない方が他の女の子にとられなくてす――」
「慰めになっとらんわ!」
俺はクリスのただでさえ短いスカートをまくりあげた。
ギャース! と悲鳴を上げたので無理やり彼女の口を押えた。
お互い無駄に疲労しつつ、クリスはボストロルから貰った手錠を差し出した。
「それよりこれつけよ」
クリスは俺の腕にカチャンと音をたてて手錠をはめると、その反対を自分の腕にはめる。
「これいるか?」
「いるよ! さっきみたいに絡まれたら大変だし。それにこの格好で歩かされてるんだから、君には責任もって僕の面倒見てもらうからね」
「俺、責任って言葉嫌いなんだよな……」
「クズ男みたいなこと言わないで」
クリスは手錠をはめた上に、なぜか手まで繋いで歩き出した。
囚人と手を繋いで歩いてる看守なんかいないだろと思うのだが、離してくれる様子がないのでそのままにすることにした。
過激表現の修正を行っています。