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亡命

 クリスが班長から解放され、勇咲と同衾しているその夜――

 オスカーは汚い収容棟とは違い、真っ白で清潔感のある天井を眺めながら、数日前奴隷として送られて来た王のことを思い出していた。

 大した力もないくせに、助けにきたなどと大口を叩く。

 オスカーはそんな身の程をわきまえない人間が大嫌いだった。

 しかし、実際彼は自分の攻撃をかわしてみせ、体には歴戦を物語る無数の傷を負っていた。

 あの時はあれが本当の傷か、故意に自分でつけたものなのか判断はつかないと言ったが、あれほどの傷を自分の手で付けることなど不可能とわかっている。

 だが、なぜかあの男を認められなかった。

 そのことが喉に小骨でも引っかかり常に痛みを発するかの如く、気になって眠れない日が続く。


「んごぉぉぉおぉぉお、がーー」


 隣のソファーでグランザムが大きないきびきをかきながら眠っている。

 ほんの数分前まで「仲間の皆が気になって、今日も眠れないぜ……」と呟いていたところである。

 それから数分もしないうちにこの調子である。

 ちなみにグランザムが眠れない夜を過ごした日は今のところ一日としてない。

 オスカーはため息をつき、体を起こして格子窓から見える夜空を見やる。


「美しい星だな……」


 星の中で一際大きく輝くものを見つけ、ぼんやりと眺めているとその星がなぜかあの王の顔に見えたのだ。


「チッ……どうしたというのだ私は」


 ここに監禁されているストレスだろうか。

 あの王のことを考えるだけで、胸がざわつき不快な思いをする。それでいて頭から離れない。

 こんな感覚は初めてだとオスカーは眼鏡を外し、目頭を押さえた。

 その時カツンと足音が響き、不意に人の気配を感じ取った。


「誰だ?」


 牢の外に囚人服の男が立っている。男は夜闇に隠れるようにしている為、人相まではわからない。

 この高級独房に通常の囚人は入れない為、鍵を破って侵入してきたものだとわかる。


「ウォールナイツ、オスカー・リーヴだな。俺はメキボス、ゼイドラム、ドライファーの三国同盟より送り込まれた工作員だ」

「なにっ?」


 男はオスカーが待ち望んだ、周辺国で力のある国の同盟軍だと言う。

 囚人服の男は証拠を見せるように自身の掌を見せた。

 そこには燃え盛る髑髏のタトゥーが刻まれていた。


「キリングライセンス……。一般人を殺したとしても罪に問われない、暗部諜報員のみに許された殺人許可証か」

「その通りだ。俺のコードネームは0014、ゼロゼロワンダフォーと呼べ」

「…………わかったゼロゼロイチヨン」

「時間がない用件だけを話す。現在三国同盟は、このヘックスに対して大規模爆撃を計画している」

「……救出作戦ではないのだな」

「ああ、ここにあるアーマーナイツと正面からやりあうのは三国同盟でも不可能と見なされた。飛空艇を使った上空からの爆撃と、地上軍の魔導士たちによる曲射爆撃が予定されている」

「魔弾を上空に打ち上げ、城壁を飛び越えさせ無差別に爆撃するわけか」

「その通りだ。その大規模作戦の為、三国は同盟を組んだ」


 確かにこれ以上聖十字騎士団の戦力が増強されていくのは周辺国として避けたい。

 元々メキボス、ゼイドラム、ドライファーは仲の良い国ではなかったが、このまま我関せずを貫き通せなくなり、渋々手をとったというところだろうとオスカーは察した。


「俺はオスカー・リーブ、貴公の脱獄を手助けし、ここから離脱せよと密命を受けている」

「……私だけか?」

「ああ、貴公だけだ。例外は認められない。三国同盟は貴公に対してそれなりの待遇を持って受け入れる準備がある」


 オスカーとしては当然他の仲間も救出してほしいと思うところだが、こういった政治が絡んでいる作戦は妥協がなく、任務外の救出は絶対に行わないとわかっていた。

 オスカーは無駄な交渉はせず、できる限り情報を聞き出す方向に切り替える。


「爆撃はいつだ?」

「作戦機密に関することだ。ただし今日明日ではない」


 この言い方だと、恐らくまだ戦力は集まっていないと推測する。元より仲の悪い国が連携を組むのだ。そう簡単に作戦が進むとは思えなかった。

 早くて一週間、もしかしたらそれ以上かかる可能性は十分ある。


「ここで無駄に命を散らすか、我ら三国同盟に亡命し仲間たちの仇を打つか、選択せよ」

「…………」


 この工作員の中では、ここにいるヘックスの領民やウォールナイツたちは既に死んだことになっているようだ。

 民や仲間を裏切り、一人だけ生き残るのか。それとも爆撃に巻き込まれる、ないし聖十字騎士団の玩具にされて命を落とすか……。

 ヘックス王が既に崩御している今、合理的なオスカーからすれば答えは決まっているようなものだった。


「…………」


 しかし、彼は答えが出せなかった。

 どうすればいいかはわかっているのに、なぜだか言葉が喉から出てこない。

「亡命する」という言葉を必死に何かが押さえつけているのだ。

 その様子を見て、工作員は小さく息をついた。


「貴公は聡明な人間だと聞いていたがな。もう一度だけ隙を見てここに来る。次が最後のチャンスだ。それまでに心を決めておけ」


 男の気配は闇に溶けるようにして消えていった。

 オスカーはなぜ逃げ出すと言えなかったのか、自分でもわからずベッドに腰をついた。


「迷ってんなオスカー。投資に失敗して全財産溶かした貴族みたいなツラしてんぜ」


 眠っていたと思っていたグランザムが口を開いて、オスカーは驚いた。


「盗み聞きとは趣味が悪いな」

「オレはお前が三国同盟とやらと一緒に脱獄するもんだと思ってたぜ」

「…………」

「お前はオレたちが可哀想とか、領民を見捨てられないとか、そんな甘いこと抜かす奴じゃないだろ? 冷静に状況を分析し、出来ることと出来ないことを見極める」

「…………」

「誰も助からないか一人だけ助かるなら、一人助かる方がいいに決まってる。0か1かなら1の方が強ぇ。そんなもんオレにだってわかる」

「私が逃げ出したら、お前は確実にハラミに殺されるぞ」

「違いねぇ。だが、あのヒス女に殺されるのも爆撃で死ぬのも結果はかわんねぇよ。それに……お前が生き残る為に死ぬならオレの死は無駄にはならねぇ」

「よくそんな暑苦しいセリフを言えるものだ。…………自分でもよくわからない。なぜ答えられなかったのか」


 あの工作員を信用できなかった? それとも全てを裏切って自分だけが助かることに耐えられなかった? どちらもしっくりとはこない。

 悩む彼の心を見透かすようにグランザムが答えを述べる。


「そりゃなオスカー。お前の心にほんの少しでも希望があるからだよ」

「どういう意味だ?」

「梶王、あいつが裏で動いてくれてる。そんな気がしてんだろ?」

「くだらん。何度も言わせるな。私は希望的観測にすがったりはしない」

「一人だけを確実に助けてくれる三国同盟と、助かる保証はねぇが皆を助けるために動く一人の王。お前はどっちに賭けるんだ?」

「…………」

「……断っておくが、オレやクリフはもしお前が三国同盟とやらと一緒に逃げ出したとしても恨んだりしねぇ。むしろお前が生き残ってくれるならきっとオレたちの無念を晴らしてくれるって信じてる」

「死人視点での話をするな」


 グランザムの方を見やると、彼はずっとテーブルの上に置かれた眼鏡に向かって話しかけていた。


「だからオスカー、お前は生きろ」

「おい、眼鏡を本体扱いするのはやめろ」

「い、いたのかオスカー? じゃあこっちのオスカーは一体なにスカーなんだ……」


 振り返って大げさに驚くグランザム。


「眼鏡だ」

「捻りも情緒もない答えだな。昔からだが」


 そう言ってクククと笑うグランザム。


「つまんねー男だよ」

「お前はバカな男だ」


 くだらぬバカ話。

 いつからそんなものが心地よいなどと思うようになったのか。

 心の底から認め合った数少ない友。

 グランザムやクリフを失えば、恐らく生涯友と呼べるものは現れないだろうとオスカーは感じる。

 言うだけ言って満足したグランザムは、また狸寝入りか本当に寝ているかわからないいびきをかきはじめた。

 オスカーは格子窓の外に見える大きな星を眺め、自分が本当に仲間を見捨てて亡命していいものか今一度考えさせられるのだった。



 その翌日、ヘックス侵入作戦の為G-13は地下穴を掘り進めている最中だった。


[ウィィィィンウィィィィン! 絶好調~、ドリルガ唸ルゼギュンギュギュン! 全テ壊スゼ、ブ・レ・イ・ク・ダ! イェアーーッ!!]


 ギュィィィンとドリルの駆動音を響かせながら、硬い岩盤もなんのそので突き進んでいくG-13 。

 その後ろにつるはしを持ったフレイアとオリオンが土をかきだしながらついていく。


「ねぇ、なんでこのロボット穴掘り始めたらテンション上がってんの?」

「さぁ、こうなんか乗り物とか乗るとキャラ変わっちゃう人とかいるじゃん。それと同じ感じじゃない?」

「ロボットにそんな個性いる?」

[URYYYYYYY、マワルマワル大・回・転!! ジャンジャンイキマスジャンジャンイキマス! 本日サービス大サーURYYYYYY!!]

「エーリカに頼んで頭見てもらった方が良いんじゃない? 明らかにおかしいわよ」

「熱ぼうそーって奴してるかもね」

[ウリィィィ、ウリ、ウリ、ウリ? ウリ?]


 絶好調で掘り進めていたG-13の動きが急に止まった。


「どうしたの?」

[岩ヲ掘リ砕イタラ、ドリルガ欠ケテシマイマシタ]

「無茶するからよ」

[スペアガ宿ニアリマス、トッテキマス]

「いいよ、あたしたち土持って帰るついでにとって来る」

[ソレハアリガタイ。今ノ間ニ上ガッタバッテリー温度ヲ下ゲテオキマス]


 土にまみれた二人がG-13 の掘った穴を戻り、ボヌボヌ村の宿屋裏へと戻って来た。

 すると、銀河が慌てて彼女達を呼びに来た。


「あっ、あのオリオンさんまたゼノさんが」

「またなの?」

「はい、今度はバニーさんたちに喧嘩を売ったみたいで」

「ところかまわず噛みつく狂犬みたいな奴ね」


 ここ最近ゼノが誰彼構わず喧嘩を売るのだ。

 そう言うフレイアも既にゼノに噛みつかれた後である。

 この前の撤退作戦のことを見られており、頭ピンク色の親子と言われてカッと来てしまったのだ。


「好きな男にパンツ見せて何が悪いのよ、あぁ今考えても腹立ってきた」

「どうどう」

「今度から頭だけじゃなくてパンツもピンク色にしてやるわよ」

「そいつは皮肉がきいてるね」

「アタシあいつのこと好きだからー! どうもすみませんねぇー! 親子揃って頭ピンク色でーー!!」


 王様はロバの耳と叫ぶように、フレイアは地下穴に向かって告白する。


「咲がいる時に言ってあげればいいのに」

「あの、早く来てください!」


 銀河に促されて二人は宿屋のロビーに入ると、一戦終わった後なのか、睨み合うカリン、サクヤたちバニーズとゼノの姿が見えた。


「仲良しこよし。ウンザリしますわね。そんな甘い環境ではミスを誘発しやすく、それでいて罰がない。無能集団の典型ですわ。統率するはずの王は女の前ではデレデレと鼻を伸ばし腑抜け状態。女は王ちゃま抱いて抱いてと尻を振るばかり。みっともない以前に恥という概念はないのかしら?」


 既に一触即発の状態で、ゼノは更にバニーズを挑発してみせる。


「あのさ、お姉さんのことバカにするのは別に構わないんだけどさ。あんまり王君のことバカにするとお姉さんキレるわよ?」


 カリンが手に持った槍をヒュンと風切り音を鳴らしてゼノに突きつける。しかし彼女は更に鼻で笑う。


「王ちゃまをバカにするなって奴? 滑稽ですわね」


 アハハハと高笑いするゼノにバニーズが怒りを抑えきれなくなったとき、オリオンが間に割って入った。


「あんたさ」

「なんですの? 王様の1番のワンちゃん」

「下品だよ」


 オリオンの一刀両断の切れ味を持つ一言で、カッと顔を赤くするゼノ。

 今までそんなこと言われたことなかったのだろう。しかも品などに一番無縁そうなオリオンに言われ、ゼノの頭に血が上る。


「なんですって!?」

「もういいから、そういうのいいから。忙しいから仕事して」


 オリオンはゼノの金髪縦ロールを引っ張って、G-13 の掘った穴へと連れて行く。


「ちょっとあなた、どこを引っ張てるんですの! っていうかあなた泥まみれ!」

「土木なめんな。G-13からかえのドリル持ってきてって言われてるんだよ」

「ちょっと待ってわたくしの髪をどうするつもりですの! いや、いやああああああああっ!!」


 オリオンは有無を言わさず穴の中へと引きずり込んでいく。

 さながら蟻地獄に引っぱり込まれるかのようである。


「あいつに勝てる奴はいないわね」


 フレイアや怒っていたバニーズも肩をすくめる。


「でも、ディーさんがオリオンさんがああしてくれるから彼女が孤立しなくてすんでるって言ってました」

「そうよディーはどこ行ったのよ? 保母さんが園児から目を離しちゃダメでしょ」

「あっちで怖そうな兵隊さんと話してましたよ」


 フレイアと銀河がディーのもとへと向かうと、彼女は白髪の老兵から書面を受け取っているところだった。

 老兵は書面だけ渡すと兵を連れて引き上げていく。


「なんだったの?」

「フレイアか。この近くが戦場になる可能性が高いから立退きせよとの勧告を受けた」

「なにそれ、近くで戦争起きるの?」

「いや、ヘックスのことだ。彼らは三国同盟と呼ばれるこの周辺で力のある国々の兵だ」

「えっ、もしかしてヘックスと戦ってくれるの?」

「名目はな」

「良かったじゃない。三国がかりならヘックスも落とせるんじゃないの?」


 フレイアは喜んだが、ディーは険しい表情のままだ。


「安心するのは早い。彼らにこちらの内情を伝え、作戦を手伝いたいと伝えたが拒否された。どうにも作戦がきな臭い」

「それはつまり?」

「捕らわれたヘックス領民を解放する気があるのか疑わしいということだ」


 その時外に出ていたソフィーが、大きな音をたてて宿屋へと駆け込んできた。


「ディーさん凄い! 外いっぱいの兵隊さんですよ!」


 チャリオット全員が宿屋の外に出ると、そこには大量の兵隊が行軍している最中だった。


「ほえー凄い数の兵隊さんですね」

「三国分の兵が集まりつつあるということか……」

「これだけ人数がいれば、きっとヘックスも落とせますよ!」


 ピョンピョンと飛び跳ねるソフィーだったが、冷静に戦力分析するカリンやディーたちの表情は厳しい。


「これじゃ多分足りないわよ」

「ああ……それにミスリルで武装している敵に対して魔法使いが多すぎる」

「攻城戦するなら……道具が……いる」


 ディーが引っかかったのはそこである。

 城壁に優れる都市を攻略するというのに攻城兵器の類が一切見られず、杭打機はおろか梯子の一本すら見られないのはおかしかったのだ。

 ディーは徐々にこの同盟軍の意図に気づいてきた。

 それと共に、レイランがシュタッと音をたてて目の前に現れる。怪しいと思ったディーは彼女に探りを入れさせていたのだ。


「どうだった?」

「どうやらこの部隊が三国同盟であることは間違いないネ。我々と同じように内偵者をヘックス内に送り込んでいるようで、それの結果待ちしてるよろし」

「そうか、やはりその為の部隊か」

「あの、ディーさんわかりやすく説明してもらえません。密偵の報告待ちでなんでこんな兵隊がいっぱいいるんですか?」


 フレイアとソフィーが難しい顔をしながら頭に疑問符を浮かべている。


「同盟軍は恐らく密偵の報告次第で、ヘックス内に無差別爆撃をしかけるつもりだ」

「…………はっ? 中の王様たちはどうなるんですか?」

「言っただろう。無差別だ。彼らはヘックスごと、聖十字騎士団の拠点を消すつもりなんだよ」

「バカじゃないんですか!?」

「まずいな……。G-13に急いでもらうか……地下ルートが完成する前に開戦しなければいいが」

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