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トルネード

「あいつまたイジめられんのかな……可哀想だな」


 班長に連れて行かれたクリフを心配していると、目の前のベルトコンベア裏から「な゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」と可愛くない鳴き声が聞こえてきた。

 なんだ? と思いベルトコンベアの下を見やると、そこには一つ目の猫の姿があった。


「こいつ確かハラミのペットだな」


 猫に見えてゲイザーという邪眼持ちの悪魔だとか。

 例え悪魔と言えど、こんなところにいたらベルトコンベアに巻き込まれてミンチになってしまう。

 そうなった時ハラミがどれほど発狂するか想像もつかない。


「こっち来い」


 俺は邪眼を見ないようにしながら手を伸ばすが、警戒しているらしく機敏な動きで逃げられてしまった。


「素早いな。逃げられた」

「貴様何をしている!」


 遊んでいると思ったのか看守が俺の元へと走って来たので、ここにハラミのペットがいることを伝える。


「こんなところにいたら機械に挟まって死んでしまう」

「そ、それはマズイ。お前は早く探せ! 俺はハラミ様をお呼びする」


 看守は他の仲間にも事態を報告すると、すぐに全てのベルトコンベアが止められることになった。

 俺たち作業に当たっている囚人も、全員であの可愛くないペットを探す。


「どこだー」

「出ておいで~」


 おばちゃんたちも一緒に探して回るが見つからない。

 一体どこに行ったんだが。


「そういや班長も見つからないな」

「あらやだ。クリフちゃんもいないわよ。こんなときに何してるのかしらねぇ?」

「嫌な予感がするな……」


 俺は猫を探しながらクリフたちも探すことにした。



―――その頃、監視の死角となる溶鉱炉の裏で、班長はワイヤーで両手の自由を奪われたクリスの体に背中から組み付いていた。


「あぁ、イライラする。あのクソ豚野郎。オデの頭を灰皿扱いしやがって。見ろ、こんなデカい火傷が出来た。畜生許せねぇ」

「やめ……」

「やめてじゃねぇんだよ! オメもオメで入って来たばっかの新人にケツ振りやがって。惚れたか? あんな奴に惚れたのか? あっ?」

「違っ、そんなんじゃない!」


 珍しく声を荒げたクリスに班長は更に苛立つ。

 その反応があまりにも”本物”っぽかったからだ。


「何が違うんだ言ってみろ!?」


 班長はクリスの前髪を掴んで無理矢理上を向かせると、頬を力加減なしにビンタする。


 すると、クリスの作業着からポトリと何かが落ちた。

 革のホルダーのようで、落ちた拍子に中が開かれると星型をしたバッジが見えた。

 金色のバッジにはウォールナイツと刻印がされている。


「なんだべこれは?」

「やめっ!? 返せ!」

「騎士証だべか? よくこんなもの隠し持ってただな」


 班長がホルダーを探ると、バッジの裏に小さな青薔薇で作られた押し花を見つける。

 それを取り出すと、不思議なことに青薔薇はフワリとボリュームを取り戻し、元の生花へとその姿を戻す。


「プリンス様に青薔薇とは、似合いすぎて恐れ入るべ。ファンからのプレゼントだべか?」

「返せ! それはお母様が僕にくれた唯一のプレゼントなんだ!」

「ほぉ、さすが育ちの良いプリンスにはこじゃれたプレゼントが送られるべ。魔法で一生枯れないようになってるだな」


 クリスの落とした星型のバッジはウォールナイツ専用の騎士証であり、そこに母から貰ったプレゼントを大切に隠していたのだ。

 産まれてからたった一度だけ貰った誕生日プレゼント。

 唯一母の愛情を感じることができるアイテムを、彼女が自身の肌身から離せるはずがなかったのだ。


「それだけはダメだ。もしそれを一ひらでも散らしてみろ。僕は本気でお前を殺す」

「今更すごんだところで無駄だべ」


 青薔薇は魔法で枯れない処理はとられているものの、乱暴に扱えば散ってしまうデリケートなものだ。

 班長は青薔薇をそっと握りつぶそうする。


「やめろ!!」

「やめろじゃねぇだろうが! 誰に口きいてんだって言ってんだよ! 踏みつぶすぞ!」


 班長は小さな青薔薇を床に叩きつけ、足で踏みつけようとする。

 クリスはぐっとこらえ、唇を噛みしめながら、小さな声で「やめて……下さい」と呟いた。


「それでいいんだべ。フヒ、フヒヒヒヒヒヒ!!」


 悪魔のような笑い声がクリスの耳に響き、なにも出来ない自分に涙がとめどなく溢れていく。

 興奮した班長は背後に立った少年の姿に気づいていなかった。



「……………あのー班長。ハラミの猫がこの作業場を逃げ回ってるんですけど、どうしたらいいですか?」

「あんなクソ猫ほっとけ。それより今忙しい話かけんじゃ……ん?」


 バカ面の班長は、ようやく俺の存在に気づいてくれたらしい。

 何やってんだと思ったら溶鉱炉の裏でお楽しみ中ですよ。

 まぁ楽しんでるのは班長だけのようだが。


「…………オメ、なにしてんだ?」

「いや、なにしてんだじゃないでしょ。ってか、誰? その女の人? めっちゃ泣いてますが」

「オメには関係ねぇって言いてぇとこだが、オメみてぇな悪い虫にははっきり言っといてやる。こいつはクリストファー。男じゃなくて女だったんだよ」

「まぁ、顔見てそうなんじゃないかと思ってましたけど。それでこんなとこで何しようとしてるんですか? うるせーオメには関係ねぇんだよ! オメこのことチクるんじゃねぇぞ。ここではオメよりオデの方が信頼されてる。オデが頼めばお前なんかいつでもエサ係だ」

「はぁ……さいでっか」

「わかったらとっとと失せろ!」

「俺は猫探しに来ただけなんで、いないなら帰ります」


 エサ係にされるのは嫌なので俺は踵を返した。


「フヘヘヘ、見たか? あいつも他の人間と同じだべ。結局皆自分が可愛いんだ。オメなんか誰も助けねぇ」

「…………う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

「泣くな泣くな。オメの味方はオデだけだべ。オデの言うことさえ聞いておけば優しくしてやんべ」


 さて猫でも探すかと、俺は廃棄予定のハイパーディスチャージャーの籠を持って再び班長のところへと戻って来た。

 美女と野獣、いや美女に張り付くイグアナくらい酷い絵面だ。


「それはイグアナに失礼か。ゴブリンくらいが妥当かな」


 俺はハイパーディスチャージャーという名のネジの中で、一番大きくて先端が尖っているものを選んで掌に握り込んだ。


「ピッチャー振りかぶって第一球投げます。おっと梶選手、伝家の宝刀トルネード投法ですね。凄まじい回転のかかったハイパーディスチャージャーが班長のケツに命中することでしょう」


 一人で選手と実況と解説を兼ねて、ハイパーディスチャージャーを弾丸のようなスピードで投げつけた。

 空を切り裂きドリルのように高速回転をしたネジは、上手く班長のケツ穴に突き刺さった。


「おごあああああああああああーーーーーーーっ!!」


 班長は獣のような絶叫を上げ、四つん這いになった。恐らくケツ穴に入ったネジが見事に閉まったのだろう。


「これでメジャーから声がかからないのが不思議でしょうがないな」

「オメェなにすんだこら!!」

「ちょっと自分の肩を試してみたくて」

「ふざけんじゃねぇべ! ぶっ殺してやる」


 班長は完全に怒りが限界を振り切ったらしく、鉄パイプを握りしめて殴りかかって来た。


「やめてください班長。お尻に触りますよ」

「ふざけんじゃねぇ、ぶっ殺してやる!」


 所詮おっさんが鉄パイプを振り回しているだけなので、全く当たる気はしない。

 俺は班長の作業着のポケットから青い薔薇が覗いていることに気づいた。


「班長、あなたに薔薇なんか似合いませんよ」

「これはオデのじゃねぇ。あいつのもんだ。取り上げたら返して~返して~って半べそかいてやがる」

「そうか、とても大切なものなんだろう」

「ふざけんじゃねぇ、コイツにオデ以上に大切なものなんかねぇ――」


 意味不明なことを言い切る前に、俺の拳が班長の顎を打ち抜き、奴はカクンと膝をついた。

 脳震盪を起こしている班長から青薔薇を奪い返し、俺はボロボロにされているクリストファーに薔薇を返した。


「あっ……ありがとう」

「よく耐えたな。後は俺がなんとかしてやる」


 クラクラになっていた班長が、態勢を立て直して俺に殴りかかって来る。


「ホァッター!!」


 顔面を潰すつもりで放ったカウンターナックルは、班長の醜い面を的確に捉えた。


「ひでぶっ」


 久々に胸に十字の傷を持つ男、南十字星サザンクロスの梶勇咲が出る時が来たようだな。

 俺の眉が徐々に太くなり、顔が劇画風になっていく。

 鼻と口を押さえうずくまる班長に、指をバキバキと鳴らしながら仁王立ちする。


「イケメン泣かせても俺は別になんとも思わんが、美女泣かせたら俺はキレるぞ」


 どうやったらあんなぐったりするほど泣かされるんだ。

 俺は班長の胸ぐらを掴み上げ、顔面に拳を見舞っていく。


「ひぐ、ふぐっ!!」


 拳に合わせ右に左に汚い顔が揺れる。

 そのニヤけたツラで、散々クリストファーちゃんをいじめてくれやがって。

 絶対許さんぞ。


「なんなんだ! オメには関係ねぇだろ! なんでそこまでする!?」

「女泣かしながらニヤニヤしてる男がいたらぶん殴るだろ。俺はクリフをイジめるお前が心の底から気に食わねぇ、だからぶん殴る。理由なんかそれで十分だ」

「待て、オデが叫べばオメはエサ係行きなんだぞ!?」

「だからなんだよ。お前がボコボコにされることにかわりねぇよ」


 力加減なしのボディブローが班長の腹に突き刺さり、くの字に体が折れ曲がる。

 下がった顔に渾身のアッパーを見舞うと、班長は後ろに吹っ飛んだ。


「ひっ……ひぃぃぃッ!! 誰か助けてくれ!」


 作業場へと逃げ出した班長を見て、囚人のおばちゃんたちは悲鳴を上げる。

 猫を探していた看守たちも班長の異常な様子を見て止めにかかった。


「貴様、何をしている!」

「うるせー離せ! 離せ!」


 頭に血が上った班長は看守たちを鉄パイプで殴り倒し、凄い勢いで逃げていく。

 それと同時に呼ばれて戻って来たハラミが到着して、荒れた場にヒステリックな声を上げる。


「あなたたち何をしているの!? 私の可愛い猫ちゃんはどこなの!?」


 目の前をズボンをはいていない班長が通り過ぎ、ハラミは絶叫した。


「イャアアアアアッ! 何よあの男、早く捕まえなさい!」

「はっ!」


 看守たちも班長を捕まえようとするが、班長大暴れで次々に看守をなぎ倒す班長無双と化している。

 逃げた班長は、金属や鉱石を溶鉱炉に放り込む為のベルトコンベアをよじ上っていく。俺もそれに続きベルトコンベアを上る。


「フヒヒ、バカ正直に追っかけてきやがって。オメをそこに落としてやる。覚悟しろ」


 班長の真後ろには赤々と光る溶鉱炉があり、追い詰められているのにこちらを睨みつけてきた。


「こういうのって軽くかわされて逆に自分が落ちるパターンだぞ」

「最悪お前を道連れにしてでも殺してやる」


 班長が鉄パイプを振りかぶって襲い掛かってきたのと同時に、頭上から何かが降って来た。

「な゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」と鳴き声を上げて一つ目の猫が天井に張り巡らされたダクトから飛び降りてきたのだ。

 ハラミのペット、こんなところにいやがったのかと思ったが、今はタイミングが悪い。


「死んね、このジャガイモ野郎が!」

「やばい!」


 俺はなんとか猫を捕まえようとしたが、そんなの関係ねぇと鉄パイプを振り回す班長に驚き、猫はピョンとジャンプした。

 ……溶鉱炉の上に。

 悪魔のくせに飛べないのか、猫はそのまま赤熱する溶けた金属の上に落ちると、ジュワっと嫌な音がした後煙になった。


「「…………」」


 これ、やばいのでは?

 興奮した班長も、これには素にかえったらしく「あっ……」と小さく口を開いている。

 俺と班長がハラミの方に振り返ると、暗黒のオーラを放ちながら肩を震わせる彼女の姿があった。

 班長は急に今まで大暴れしていた熱が冷めたのか、鉄パイプを放り投げガタガタと肩を震わせる。


「ダメだぶっ殺される……。嫌だ死にたくねぇだ!」


 しかし時すでに遅し。

 怒髪天を衝くハラミは持っていた笛を鳴らすと、甲高い音と共に現れた100を超える看守たちが溶鉱炉を取り囲み、班長を無理やり引きずり下ろして強制連行していく。


「嫌だ! オデは死にたくない! 死にたくない!」


 班長はブサイクな顔を歪めて泣き叫ぶが、両脇を看守に抱えられ無理やり引きずられていく。

 あれは極刑を免れないだろう。

 俺も事情聴取ということで、連行されることになった。

過激表現の修正を行っています。


前後の文がおかしくなっている可能性があります。

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