マフィアのボスは基本猫好き
「出ろ囚人番号4545。移動だ」
俺はダッサイ縞々の服を着せられ、手枷をはめられた状態で収容所の廊下を歩かされていた。
両隣につく二人の看守はどちらも長身で肩幅が広く、青いジャケットにネクタイを着用している姿は警察官のコスプレをしたゴリラのように見える。
既にここにぶちこまれて丸一日が経過していた。
俺は鉱山に金属をひそかに掘りに来た金属の密輸業者を装うことで、あそこでキャンプを張っていたチャリオットと無関係を貫き通した。
金属採掘中に警備兵とチャリオットの戦闘が始まり、それに巻き込まれたという設定である。
現場を見た神官兵たちは全員喋れる状態ではなくなっていたので、疑惑は残るものの俺とチャリオットは無関係ということになった。
初日は俺と同じ日に捕まった哀れな人たちと一緒に、病気にかかっているか検査されたり、頭から消毒液ぶっかけられたり、洗礼だと看守たちにボコボコにされたりととにかく悲惨な目にあった。
ほとんど気絶に近い状態で丸一日放置され、今現在囚人服に着替えさせられ独房エリアへと移動中というところだ。
俺が独房エリアへと一歩踏み込むと景色が一転した。
それまで壁も床も全部石とレンガ造りだったのに、急に全てが真っ白の大理石にかわったのだ。
しかも絨毯まで敷かれていて、監獄ではなくまるで豪邸へとやってきたのかと勘違いしてしまうほど綺麗だ。
しかし左右を見渡すと、鉄格子で囲まれた牢が並んでおり、制作者の意図が全く見えない。
「なんでここ、こんなに綺麗なんですか?」
「ここは高級独房だ」
「高級……独房?」
「良かったな、変な病気を持っていなくて。持っていたら処分されるか強制労働送りだったぜ。お前は運がいい」
クツクツと笑う看守。
高級独房とは一体どういうことなのか? もしかして俺捕まったのにVIP待遇なのか?
そんなまさかと思っていると、看守は既に二人の人間が入った牢屋の前で立ち止まった。
牢の中はオシャレなワンルームの如く生活に必要そうな家具が揃っていて、鉄格子がなければここが一体どこなのか忘れてしまいそうになる。
中には眼鏡をかけた理知的な青年がふかふかのソファーに腰かけながら本を読んでいた。
もう一人野性味あふれる頬に傷のある青年がベッドの上でつまらなさげに寝転がっている。
なにあれ、俺の思ってた囚人と違う。
二人の服装は俺とは違い、裸ワイシャツにスラックス姿とまるで乙女ゲーにでも出て来そうな姿だ。
「オスカー様、ハラミ様の命により専属の奴隷をおつけします」
呼ばれた眼鏡の青年はパタンと読んでいた本を閉じて、俺の方に向き直った。
「必要ない」
「お気に入りにならないのでしたら別の人間を用意します」
「奴隷自体必要ない」
眼鏡の青年が軽く断ると、野性味あふれる青年の方が大きく首を振った。
「待て待てオスカー、ちょうど退屈していたんだ彼と少し話をさせてくれ」
「…………」
「……置いていってくれ」
「はっ」
看守は野性味あふれる青年の言うことは聞いていないようだったが、眼鏡の青年の指示には従い俺を牢屋に放り込むとすぐに去って行った。
何がどうなってんだ、これは?
頭の中に疑問符がいくつも浮かぶ俺は、情報を求め彼らと話をすることにした。
「災難だったな兄ちゃん。オレはグランザム。こっちの不愛想な眼鏡はオスカーだ」
グランザムはオスカーと違ってコミュニケーション能力が高いようで、見ず知らずの俺に自己紹介するとその手を差し出してきた。
俺は硬い手を握り返して握手をした。
「あの、質問してもいいかな?」
「まぁ聞きたいことはわかるぜ」
「俺の思っている監獄と違うんだが、これはどういうことだ?」
「ここを売ったデブル伯爵の娘が、オスカーのことを贔屓にしている」
グランザムが説明すると、オスカーは不快気に眉を寄せたが否定することはなかった。
「恋人なのか?」
そう聞くと、彼の眼鏡は白く陰っていく。
「虫唾が走る。冗談でもやめてもらいたい」
「あんたらは貴族なのか?」
「違う。元ウォールナイツの隊長をしていた。俺たちを知らないということは外部の人間か」
俺はコクリと頷く。
こいつらがウォールナイツか。確かアルタイルの手紙にウォールナイツと協力しろって書いてあったが。
「グランザムさんも好かれてるのか?」
「グランザムでいい。オレはむしろ嫌われている方だ。オスカーのおかげでここにいる。いわゆるおまけだ」
「おまけ?」
「伯爵の娘がオスカー様が寂しくないように誰か一人同じ牢に入れてさしあげますわ。なんて言って来てな」
「完全にペット扱いだな……」
「オレとしては自分よりクリフにしてほしかったんだが……」
「クリフ?」
「ああ、クリスト――」
グランザムと話していると牢屋の前に、警備兵を連れた女が現れた。
見目麗しい女性はその腕に一つ目の猫を抱いており、鉄格子の前でこちらを見下すとウフフと黒い笑みを浮かべる。
なんでマフィアのボスとかって大体猫飼ってるんだろうな。
(伯爵の娘ハラミだ。実質ここのナンバー2みたいなもんで、かなり頭がおかしい)
グランザムに小声で教えてもらい、なるほどとうなずく。
紹介でいきなり頭がおかしいって言われるって相当なんだろうな。
「あぁオスカー様、今日も美しいお姿をしていますね。ハラミは貴方様のお姿を見ているだけで幸せな気持ちになれます」
ハラミは芝居がかった動きでクルリと一回転すると、鉄格子越しにクネクネと身をよじり、頬を赤らめている。
グランザムから頭がおかしいと聞いたが、確かにまともじゃなさそうだ。
ハラミの抱えていた猫が「ん゛な゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」と全然可愛くない鳴き声を上げる。
(あれの目を見るな。猫に見えてゲイザーという邪眼を持つ悪魔だ)
今度はオスカーが小声で注意してくれたので猫からさっと目を逸らした。
オスカーはハラミを相手にするつもりがないらしく、ベッドに寝転がって本を読むのを再開してしまった。
すると彼女は俺をキッと睨みつけてきた。
「あなた、オスカー様の機嫌が悪いわ。なにか失礼なことをしたんじゃないでしょうね!」
「い、いや、俺は何も……」
「何も!? あなたはオスカー様の奴隷なのよ! オスカー様の身の回りの世話をして差し上げる為にあなたを置いているのに何もしなかったら意味ないでしょ! グランザム、あなたもあなたよ! もっとオスカー様の機嫌をとりなさい!」
「機嫌をとれってお前……」
「やり方がわからないならオスカー様の足でもなめてなさいよ! ほんとに無能ね! あなたたち二人とも強制労働送りにされたいならそれでもいいわよ!」
キーキーとヒステリックに声を荒げるハラミは、そのまま脳の血管が切れたのかバタンと倒れてしまった。
「ハ、ハラミ様!? 医務室へ運べ!」
お供の警備兵が慌ててハラミを抱えて去って行った。
「な、なんだありゃ。頭のネジが吹っ飛んでるだろ……」
「奴は私に心酔しているらしく勝手に興奮して倒れる異常者だ」
オスカーは不快だと眼鏡のつるを持ち上げる。
「確かに頭おかしいとしか言いようがないな……」
「だが奴の発言力は大きい。気に入らないものはあっさりと死刑にされるから、お前も命が惜しければ大人しくしておくことだ」
「あの気持ち悪い一つ目猫は?」
「あの女のペットだ。人間を捕食する魔物を飼っていると噂に聞いたことがあったが、本当に飼ってるとは思わなかった」
「あれ人間食うのか?」
「低級でも悪魔だからな。あの邪眼を見たものを自殺に追い込み、死肉を食らう」
「全く愛せねぇ生物だな……、あの女間違って見ればいいのに」
「ハラミを主人と認めているらしく、彼女にその邪眼は通用しない」
「悪魔使いかよ……。あんたら有名なウォールナイツなんだろ? こんな牢屋くらい簡単に出られるんじゃないのか?」
そう聞くとオスカーとグランザムは首にはめられたチョーカーを指さした。
「この首輪が魔力リミッターになっていて、外さない限り初級魔法もまともに使えない」
「能力ダウンの首輪でオレもほとんど力を出せねぇ」
「えっ、そうなの? 俺そんなのつけられてないけど」
「魔力適性や優れたステータスがない人間にはつけられない」
「俺ファイアとか使えるぞ? マッチレベルだが」
オスカーは話にならないと思ったのかフンと鼻で笑った。
俺は立ち上がって牢屋にかけられた鍵を触る。オシャレな銀色の鍵で、小箱サイズの小さなものなのだが引っ張ったり叩いたりしてもビクともしない。
「やめておけ。そのカギは魔力強化を受けていて、小さくてもオーガですら壊せる代物じゃない」
「なら鉄格子ごとぶち壊すとかできないのか?」
「格子は全てミスリル製で魔法が使えたとしても打ち破ることは難しい。鍵もハラミが厳重に管理しているから盗み出すこともできん」
「頭プッツンのくせに用心深い奴だな。他のウォールナイツたちはどこにいるんだ?」
「…………知らん。別の棟へと連れて行かれた」
グランザムも首を振る。
「出来ればウォールナイツは全員助けて行きたいな。その様子じゃアーマーナイツがどこで生産されてるかとか知らないよな?」
あまりにも淡々と状況確認する俺を見て、不審に思ったのか二人は眉を寄せる。
「貴様、何を考えている?」
「脱獄だよ?」
そう言うとグランザムはハハハハと大笑いして手を打った。
「そいつは面白ぇな。だけど、そんな簡単に逃げられるならここは監獄都市なんて呼ばれてないぜ?」
「ごもっとも」
「大体貴様は何者だ?」
「ここを解放しに来た王だ」
そう言うとオスカーは目を輝かせて、こちらに食い気味に体を寄せる。
「なに!? どこの国が支援に来てくれたんだ? メキボスか? 近くならゼイドラムやドライファーも」
「トライデントだ」
「……どこだそれは?」
「しがない地方王だ。東にある。良い温泉が沸いてるぞ」
「……もしかして、実は大規模チャリオットを抱えているのか?」
「いんや。バカばっかで、規模も小さい」
「…………」
目を輝かせていたオスカーは、眉間に皺を寄せると一気に懐疑的な視線になっていた。
「まさかそれで策なしで捕まったのか?」
「ここに入る方法が見つからなかったから捕まって入って来たんだよ。それを無策というなら無策だ」
「貴様仮にも王なのだろう? トップが囮など呆れて物も言えん」
「なんだよ、せっかく助けに来たのに」
「その状態でよく助けに来たなどと言えたものだ。せめてもっと規模の大きいチャリオットが来てくれれば……」
「助けてもらうくせに助けてくれる人えり好みするんじゃないぞ」
「…………」
俺の言葉にオスカーは苦虫をかみつぶしたような顔をする。
その様子を見てグランザムは膝を打って再び大笑いしだした。
「クククハハハハ、その通りだオスカー。助けられる側が助けてもらう人間をえり好みしちゃいけねぇ。お前が正論で負けるところを初めて見たぜ」
「無力な人間にすがるほど私は軽率ではない」
「しかし、ここでいつまでも籠の鳥やってるわけにはいかねぇだろ? コイツがここに潜入してきたってことはコイツのチャリオットがどこかで待機してるってわけだ。それならあながち無策でもねぇ」
「……それはそうだが」
「オスカーが疑う気持ちもわかる。だからお前……えーっと名前なんだっけ?」
「梶勇咲だ」
「オレは泥船だとしても梶王に乗ってもいいんじゃねぇかと思う」
「私は反対だ。信用のない人間を信じて失敗すれば、それは信じたものの責任だ」
「カーッ、やっぱオメーはほんとそういう損得勘定で動くよな。たまにはフィーリングで動いたらどうなんだよ?」
「黙れ脳筋め。実力もわからない冒険者に毛の生えた程度の王に何ができる」
「わかったそこまで言うなら梶王。オレが試してやる。立ちな」
俺は立ち上がってグランザムと向き合った。
「オレがお前の実力をテストする。オレは今からお前を死ぬほどの力でぶん殴るか、寸止めのどちらかをする。なに首輪で力が制限されていると言っても、お前みたいなモヤシ軽くひねり殺せる。当たると思ったら避けろ。寸止めだと思ったら避けるな。それだけだ」
「ふむ、いいぞ」
「良い返事だ。よっしゃ、やるぜ」
グランザムはパンと拳を叩くと、俺に向かって構えた。
しかしそれをオスカーが制する。
「やめろ」
「なんでぇ、チャンスは与えるべきだと思うぜ?」
「私がやる。お前は絶対に寸止めにするからな。梶勇咲。私は本気でお前の首を突いて殺す。グランザムと違って手加減もしないし、貴様を殺すことになんら躊躇いもない」
「いいぞ、かかってこい」
あまりにもあっけらかんと受け入れた俺に、実力差すらわからない愚者めとオスカーは皮肉った。
彼は右手の指先を伸ばした手刀状態で構える。ただの掌なのだが、殺気をまとったそれはとても硬く鋭利な刃物に見える。
そういやレイランもこんな感じで功夫の型をやってる時全身が刃物のような雰囲気をだしていたが、それに似ている。
オスカーは鋭い眼光で構え、ぶっ殺してやると言わんばかりの表情だ。
「いくぞ」
狭い牢屋の中、踏み込みに使えるのは精々一歩。その程度の加速で大した力は得られないはず。にもかかわらず、オスカーの手刀は本当に消えたとしか思えなかった。
ほんの一瞬奴の体がブレたと思ったときには、手刀は俺の頬を切り裂き後ろの壁に突き刺さった。
俺はわずかに首を傾け、手刀をかわしていた。首を傾けなければ怪我をしていたのは間違いないだろう。
「お前首を貫くって言ったんだから首狙えよ。俺の顔に傷がついたら世界中の女の子が泣くぞ」
「…………」
オリオンやフレイアたちがいたら「はっ?(威圧)」と言われそうなことを言ったのだが、相手にはしてもらえない。
しかもこいつ魔法使えないとか言っておきながら、硬化の魔法だろうか? 自分の手を硬く強化する魔法を使ってやがる。
言葉通り本気で殺しにきたということだろう。
手刀をかわした俺を見てグランザムはポカンと口をあけて驚いていたが、それ以上に驚いているのはオスカーだった。
「か、回避スキルか?」
「そんなもんねぇよ。当たりそうだから避けただけだ」
「お前……普通オスカーの攻撃をそんな理由で避けられねーぞ」
かわされたオスカーは、何を思ったか俺の囚人服を掴むといきなり縦に引き裂いた。
「キャアアッ!!」
乙女のような悲鳴を上げてみたが、オスカーとグランザムは俺の上半身を見て更に顔をしかめる。
「なんだこの傷の多さは……」
俺の上半身には火傷やら、切り傷やら、挙句アレスに切り裂かれた十字のデカい傷が胸に刻まれている。
体だけなら世紀末英雄化しても問題ないのではないだろうか。
「オスカー、間違いねぇ……。こいつは歴戦の王だ。明らかに死線を潜り抜けてきてる。これはモンスターなんかじゃねぇ、もっとやばい奴とやりあった傷だ」
「…………」
「ま、待てそう判断するのは早計だ。世の中には自分の体を自分で傷つけて高ランクの冒険者を装う詐欺師がいると聞く」
どんだけ疑り深いんだ。てかそんな奴いるんだな自分の体傷つけるってマゾかよ。
二人がまじまじと俺の傷を眺めていると、またあの頭おかしい女が帰って来た。
さっきぶっ倒れたことはなかったことにして、仕切り直ししに来たようだが牢屋の中で半裸の俺とその裸体をまじまじとみつめるオスカーを見て発狂したような声をあげる。
「イヤアアアアアアアッ!! あなたオスカー様に何をしているの!?」
「えっ、いや俺は何にも」
「その格好でよく言えたものね! 私のオスカー様に襲い掛かるなんて! 獣!」
「待て、完全に服破られてるのはこっちなんだが」
そんな言葉勿論聞いてもらえるわけもなく。
「看守こいつを連れて行きなさい! こんな獣をオスカー様と同じところに入れたのがそもそもの間違い。強制労働送りよ!」
横に控えていた制服姿の看守が俺を牢から引きずり出して、強制労働場所へと連れて行く。
「ちょ、ちょっと待てくれハラミ!」
珍しくオスカーが声を上げるが、怒り心頭したハラミは言うことを聞かない。
「いかにオスカー様の言葉でも、こんな獣を野放しにはできません!」
しかしこれは俺にとって好都合だ。ここで身動きとれなくなるより、強制労働なら牢の外に出られる。
そっちの方が隙をついて目的を達することが出来るだろう。
俺が連れて行かれる時のオスカーの顔はなんとも複雑な表情をしていた。
まだ信じていいのかどうかわからないと言ったところか。彼に協力をとりつけるにはもう一押し必要だろう。