捕縛×潜入
「咲、どうする?」
「少し様子を見る」
これは下手に動けないぞ。キャンプを包囲している警戒部隊の動向を伺っていると、更に数人敵の増援がやって来た。
もう一部隊応援がやって来たらしい。
まずいな。このまま行くとディーたちが連れて行かれちまう。
どこで仕掛けるか迷っていると、不意に後ろから男の声が響いた。
「立て。おかしな真似をしたら殺す」
「…………」
キャンプの方に注意が行き過ぎていた為、後ろから迫っていた敵の存在に気づかなかった。
俺たちは手をあげながら立ち上がり、ゆっくりと振り返る。
目の前に立った神官服の男は右手に魔力を込めており、いつでも発射できる状態で待機していた。
オリオンが目で[隙ついて殺していい?]と聞いてくるが、俺は流れ弾の可能性を考慮して小さく首を振った。
俺とオリオンも武器を没収され、キャンプで並ぶチャリオットたちの元へと合流させられた。
横並びになる俺たちの前を、部隊長らしき神官兵がグルグルと回っている。
先程俺とオリオンを捕まえた男で、神官兵は鉄のメイスを握りしめ鋭い視線をこちらに向ける。
「怪しい奴らめ。……貴様ら、こんなところでキャンプを張って何をしていた?」
「やだな、ただの観光ですよ。俺たち田舎から出てきた田舎もんなんで、ちょっと大都市ってのを見てみたかっただけで――」
俺的にはフランクな感じで話したつもりなのだが、部隊長はバカにされたと思ったのか、頬を思いっきりグーで殴りつけてきた。
「痛ってぇ……神官の拳じゃねぇぞこれ」
「俺は元傭兵だからな。今は敬虔な神の僕だが」
部隊長がそう言うと、周囲を囲んでいる警備兵達がドッと笑い声をあげる。
「あぁ、道理で逞しい体してると思った。神もよっぽど人手不足なんだな。面接もうちょっとまじめにやった方が良いぞ」
俺はペッと血の混じった唾を吐きだす。
恐らくここにいる奴ら全員、傭兵や冒険者崩れなのだろう。まともな人相をしている奴が一人もいない。
「随分イキが良いな。女の前で英雄になりたがるバカは早死にする……ぞ!」
部隊長は何の脈絡もなくメイスで俺の腹をぶん殴る。
内臓一個くらい潰れたんじゃないかと思う激しい痛みに膝をつき、逆流してきた胃液にえずく。
「これ以上殴られたくなかったら、その汚い口を閉じていろカスが」
乱暴な扱いを受けたが、俺はこんな傭兵崩れの男より後ろに控える仲間の方が怖かった。
小声でずっと「殺す、殺す、こいつ100万回殺す」「二回も殴った……」「顎砕いてやる……」「顎の次は玉よ……産まれてきたことを後悔させてやる」と聞こえてくるのだ。
待てお前らステイだ。ここで暴れたら大変なことになる。っていうか俺が殴られた意味が全くない。
そう思っていると、部隊長とは別のケツアゴの警備兵が下卑た笑みを浮かべてウチの女の子を見ていく。
まるで娼婦の品定めでもしているようで、ヒューっと口笛なんか吹いてやがる。
「すげぇ上玉ばかりだな。しかもレア種族が多い。隊長、こいつら異端者ですぜ。連れて行きましょう」
「当たり前だ女は連れて帰る」
「デブル将軍は女にはあんま興味ないし、俺たちで食えますね」
「人聞きの悪いことを言うな。これから行われるのはれっきとした異端審問だ」
「そうでしたね」
アッハッハッハッハと不快な笑い声をあげる警備兵たち。
「俺予約しといていいですかい? この乳のでかい女が良いな。いや、待てよ。こっちの気が強そうな小娘も悪くないな。ん? お前ら姉妹か?」
顎を掴まれ無理やり正面を向かせられたフレイアとクロエ。フレイアは悔し気に歯噛みし、クロエはカタカタと震えている。
おいやめろ。そいつ気が強そうに見えて意外とヘタレなんだぞ。
案の定フレイアは顔は怒っているのだが目じりには涙がたまっている。
「姉妹共々じっくり可愛がってやるからな」
「良かったなブスならこの場で皆殺しだったが、お前たちのような美しい女には我ら聖十字騎士団への奉仕任務が与えられる! 光栄に思え!」
我慢だ我慢。フレイアも耐えている。ここで俺が台無しにするわけにはいかない。
ここを耐えて、移動するときに機を見て脱出する。恐らくディーも同じことを考えているはずだ。
「少しつまみ食いしてから帰るか。おい女、服を脱げ!」
恫喝するケツアゴ警備兵の手がフレイアのブラを無理やり取り払おうとした時。
「あ゛あ゛あ゛無理ぃぃ!! それ俺の!!」
男の間抜けな鼻っ面を思いっきりグーでぶん殴ってしまった。
我ながら惚れ惚れするような弧を描く右フックは、遠心力を利用して男の鼻を砕いた。
KOされた男は一撃で気絶し、バタンと後ろに倒れた。まさかたった一発でやられるとは思っていなかったようで周りの警備兵達がどよめく。
「なめやがって、俺たちは元傭兵だぞ!」
傭兵だからなんだってんだ。こっちは砂の王倒してんだぞ。
「汚い手で俺のに触ってんじゃねぇ!!」
「咲って自分以外には超絶沸点低いよね」
「うるせぇ! テメーらが始めた戦争だろうが!」
やっちまったからには仕方ない。全員が一瞬で戦闘態勢に入る。
エーリカは目の前にいた警備兵二人の顔を、アイアンクローで掴んでそのまま持ち上げる。
「な、なんだこいつ凄い力だ!」
「我が王の命令は最優先です。そして我が王に手を出した償いはしてもらいます」
エーリカのヘルムがビゴォンと音をたてて光り、容赦なく掌に力が加えられる。
メキメキと嫌な音が鳴る。
万力のようなあまりにも強い力に、警備兵達は恐怖し命乞いを始めた。
「やめっ!? やめてくれ! お願いだ! 助けて」
「ゆ、許して!」
「貴方たちはそう言ってきた女性を壊してきたのでしょう。そしてこれからも壊し続けるのでしょう。人は傷つけるが自分は嫌などという道理は通りません」
「はひっ」
パキっと嫌な音が鳴るとこめかみを掴まれた男たちの力が抜ける、エーリカは動かなくなった男の体を放り投げる。
エーリカのすぐ近くでレイランは逃げ出そうとする警備兵の背後から首筋にかじりつき、首をかじり取り肉片をペッと吐き出した。
「マズくて臭い。吐き気がする」
また違う場所ではサクヤがサッカーボールでも蹴るかの如く、竜騎士の凄まじい脚力で警備兵の股間を蹴りあげていた。
「……プチってした……気持ち悪い……」
「や~んサクヤちゃん、これ楽しい!」
カリンは嬉々として警備兵の玉を蹴り上げて回っていた。
「…………サイコパス!」
ウチの連中は武器を取り上げられていても、格闘技だけで警備兵たちをノックアウトしていく。
結論ライオンは素手でも強い。それに盛って舌なめずりしてたバカな野郎たちは一瞬で制圧された。
「くそ、なんなんだコイツら化け物か!? 畜生!」
ボコボコにされながらも命からがら逃げだした警備兵が、空に向けて真っ赤な信号弾を打ち上げた。
「まずい、増援が来るぞ! キャンプは放棄して逃げる! ディー先導しろ!」
「了解! 武器を回収し、すぐさま撤退する! 総員東側から下山! 竜騎士隊は非戦闘員の撤退を支援! エーリカ、G-13はスモークを最大散布。追っ手を攪乱しろ!」
「了解スモーク散布」
[人工雲海ヲ作ッテサシアゲマショウ]
エーリカとG-13の体から凄い勢いで煙が噴き出されていく。
銀河も煙幕弾をありったけぶちまけると一瞬で霧の深い山のようになり、これならば相手の目を攪乱することができるだろう。
俺も黒鉄を回収し、皆に続いて撤退していく。
「よし、このまま逃げられそうだな」
遅れているフレイアとクロエの後ろについて、撤退を支援していく。
「よし、早く山を下りるんだ!」
「アンタも早く!」
「俺は逃げ遅れがいないか最後もう一回見回る!」
そう言うとフレイアとクロエは立ち止まってこちらに戻って来た。
「何してんだ、早く逃げろ!」
「わかったからキスだけさせて」
「何言ってんだお前は? 頭大丈夫か」
「普段頭おかしいくせに、こんなときだけまともになってんじゃないわよ」
突然意味不明なことを言い出したフレイアは、拒否する間もなく俺の頬を掴んでキスをした。
半ば強引な押し付けるようなキスだが、彼女からの好意は深く伝わって来た。
「あそこでキレてくれて嬉しかった。だからアンタって好き」
「お前クロエの前でそれは……」
言い淀んだが、今度はクロエが交代でこちらにキスをする。
「愛しています……貴方に守られていると深く感じました……」
熱っぽく潤んだ瞳をしたクロエ。
「いつまで見つめあってんのよ!」
スパンと良い音を響かせてフレイアに頭をはたかれた。
「先下りるけど、アンタも早く来なさいよ。勝手に死んだら殺すわよ」
「お、おぅ。早く行け」
フレイアとクロエは振り返りながらも鉱山を下りていく。
やばい一瞬で頭の中がお花畑になってしまった。これはもしや本当に親子ド――
そんな雰囲気を断ち切るように男の野太い声が響く。
「死ねっ!!」
「なっ!?」
いきなり襲い掛かって来たのは、ノックアウトしたはずの部隊長だ。
このスモークが起き上がった敵の姿も包み隠していたらしく、不意打ちに気づかなかった。
黒鉄で部隊長の剣を受け止めるが、鬼気迫る表情で滅多斬りをしてくるので、徐々に後ろに押されて行く。
「くっ! こんな失態バレたら殺される!」
「随分ブラックな職場で働いてるんだな」
「黙れ! お前だけは絶対殺してやる! クソガキめ! 死ね、死ね!!」
フレイアの死ねと比べると随分愛のないこと。
太刀筋も何もないただ振り回すだけの剣をいなして、俺は部隊長の胴を袈裟切りにした。
「がああああああっ!! くそがああああっ!!」
鮮血が舞い普通なら倒れているはずなのに、よっぽど執念深いらしく踏みとどまりやがった。
「お前だけは絶対にぃぃ!!」
部隊長は血反吐を吐きながらも俺に組み付くように体当たりをすると、そのまま崖へと押し込んでくる。
やばい、落とされる!
気づいた時には遅く俺の左足は空をきっており、部隊長共々真っ逆さまに崖から滑落していく。
「うぉっ!!?」
凄い勢いで崖を転がり落ち、回転が止まった時全身の痛みで動けないほどだった。
なんとか体を起こして状態を確認する。
どうやら命に別状はないらしく、特にどこかが骨折しているということもない。
痛みに耐えながらなんとか立ち上がると、すぐ近くにはピクリとも動かなくなった部隊長の姿があった。
ありゃ多分打ちどころ悪くて死んだな。
全員とはぐれてしまったので、なんとか合流を考えなければ。
そう思っていると、何かズン、ズンと地鳴りのような音が聞こえる。
なんだ? と思い辺りを見渡すと、目の前に鉄の巨人が現れたのだ。
威圧感のある機械甲冑は足元に転がる俺を発見すると同時に、集まって来た神官兵達が周囲を取り囲む。
「アーマーナイツ……ヘックス側に転がり落ちたか……」
「ついて来てもらおうか」
神官兵に手枷をはめられ、俺は監獄都市ヘックスの中へと連れて行かれることになった。
チラリと崖の上を見上げると、ディーが俺を奪還しようと戦闘態勢に入りかけているのが見えた。
俺はそれに首を振って[このまま潜入してくるわ]と目で合図した。
通じてるのかわからなかったが、ディーは迷いのある目をしながらも戦闘態勢を解いて撤退していった。
さすがディー出来る女だ。
だが警戒に引っかかってしまったことで、彼女達の支援を受けるのは難しくなるだろう。
こうして俺はヘックスへと潜入に成功(?)したのだった。
過激表現の修正を行っています。
前後の文がおかしくなっている可能性があります。