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雪山怪談 中編

「キャアアアアアッ!!」


 俺たちが荒れ果てた部屋を見て言葉を失っていると、隣にいたソフィーが不意に悲鳴を上げた。

 そこまで驚くことじゃないだろうと思ったが、彼女の指さす窓の外を見ると、そこにはマスクをつけた血まみれの女が、ハサミを持ってこちらに笑みを浮かべていたのだ。

 その顔はまるで長年追い求めた童貞(獲物)に会えたように嬉し気だ。

 エーリカは有無を言わさず発砲すると、オイテケ女は一瞬でその姿を消す。


「き、消えた……」

「オイテケ女は幽霊みたいなもんなんだよ! だからいくら撃とうが斬ろうが死なないんだ!」

「マジかよ」

「あんにゃろう、皆をびびらせやがって。あたしが追いかけてとっちめてやる! ソフィー行くよ!」

「えっ、ちょっと待ってください。わたしそういう死亡フラグ的なの嫌なんですけど! 皆で集まって自衛しようって言ってるところに、フン、何がオイテケ女だ。私は部屋で休ませてもらうとか言って部屋に引きこもるんです!」


 そっちの方が死亡フラグやぞ。

 孤立する奴が一番最初に死ぬのはどこの世界でも常識である。


「いいから行くよ!」

「行くなら一人で行ってくださいやああああああ!!」


 オリオンは聞く耳を持たず、悲鳴を上げるソフィーの首根っこを掴んで駆けて行ってしまった。


「本機も周囲の警戒に当たりましょう。あのような変態は野放しにできません」


 エーリカも拳銃のマガジンを交換するとロッジの外へと出て行ってしまった。

 残ったシンシアが俺にすがりついた。


「お願いします梶様、ギャリソンを! 執事のギャリソンを見てきていただけませんか!?」

「そうだ忘れていた。確かに帰りが遅い」


 外の倉庫に脚立を取りに行ったギャリソンは、もう大分時間が経っているのに未だに帰ってきていない。


「私も行きましょう」

「トマス、君は彼女を守ってくれ」

「あ、あぁ」


 俺とディーはギャリソンを確認する為、外の倉庫へと向かった。



 吹雪のせいで視界が悪く雪に足をとられ、まともに前に進むことが出来ず、すぐ近くの倉庫にたどり着くだけで随分と時間がかかってしまった。

 俺とディーは横開きの扉を開き、中を確認する。

 倉庫の中は真っ暗で何も見えない。俺は指先にファイアの魔法を灯すと、中の様子が淡い光に照らしだされ像をはっきりとさせる。

 見えたものは埃を被った除雪道具や積み重ねられた木箱だけで、人影は見えない。


「もしかしてギャリソンさんは倉庫にたどり着いてないのか?」


 奥を探してみようとすると、不意に何かにひっかかって転倒してしまった。


「いってて。なんだこれ?」


 何につまずいたのかと床を照らしてみると、俺の口から小さな悲鳴が漏れた。

 床に血まみれで横たわっていたのは、つい先ほど出て行ったはずの老年の執事ギャリソンだったからだ。


「ギャ、ギャリソンさん!」


 体を揺すってみるが、全く反応がない。

 それどころか俺の手にはべったりと赤い血が付着していた。


「う、うわあああっ!」

「どうしました?」


 ディーがギャリソンの死体を見て息を飲む。


「こ、これは……」


 彼女は冷静に首筋の脈を確認すると首を振った。


「死んでいます……」

「ま、まさか……オイテケ女に」

「わかりません。魔物が襲って来たにしては知性がありすぎます。トマス氏の言うことを信じるならオイテケ女はゴースト、もしくはアンデッド系モンスター。しかしゴーストやアンデッドは著しく知性が低いものが多いです」

「例外もいるんじゃないのか?」

「それにしてはおかしいです。我々は倉庫に入って来る時、扉を開けました。わざわざモンスターが人を殺し、扉を閉めていくでしょうか? 知性があったとしても違和感のある行動です」

「ゴーストみたいな幽体系モンスターなら壁をすり抜けられるんじゃないか?」

「それならロッジで出会った時に既にしているはずです。シンシア氏を襲った時、わざわざハサミを窓の外から放り投げた。殺すことが目的ならあまりにも手がこんでいる」

「つまり?」

「モンスターの仕業に見せかけた……人間の可能性もあります」


 俺とディーに嫌な汗が流れる。

 まさかギャリソンを殺し、今もこの周囲を徘徊している殺人鬼がいるというのだろうか。


「それともう一つ、モンスターのせいではないという証拠に、脚立が破壊されています」


 ディーの視線の先にはハンマーで足場を全て叩き折られた脚立があった。


「周到だな……。確かにモンスターが脚立を破壊する理由はないな」


 とにかくこのことを伝える為ロッジに戻り、トマスとシンシアに事情を説明した。

 二人は血の気が引いており青い顔をしていた。


「そんな、嘘よ! ギャリソンは数々の武勲を持つ歴戦の兵なのよ! それが、それが……」

「ギャリソンの死体は?」

「倉庫の中だ。あの人デカくてさすがに持ち運びできない」

「あの女が……あの女がオイテケ女だったのよ」


 あの女というのはサタコのことだろう。確かにマスクを被っていたこと、2メートル近い身長、荒らされた部屋。

 どれをとってもオイテケ女の特徴に合致するし、窓の外に現れたあれは紛れもなくサタコだったのだろう。

 しかし彼女は人間にしか見えず、モンスターとは思えなかった。


「まさかオイテケ女ってのは実は呼称だけで、何代も入れ替わってるんじゃないだろうな」

「襲名制ですか? 面白い推理ですね。ですが、それなら納得が行きます」

「とにかく別のロッジに行って、俺の仲間と合流しよう」


 その場にいた全員が頷くのと同時に、雪で体を濡らしたエーリカが戻って来た。


「残念ながらそれはできません」

「どういうことだ?」

「別のロッジへと向かう道を倒木と落雪が塞いでいます」

「マジかよ」

「本機ならば粉砕できなくもありませんが、武装使用時に雪崩を誘発する危険性がある為推奨できません」

「閉じ込められたってわけか」

「もう少し抜け道がないか探ってきます」

「エーリカなら大丈夫だと思うが気をつけて。後バカ二人を回収してくれ」

「了解しました」


 エーリカは状況報告だけすると、すぐに外へと戻っていった。


「とにかく皆離れないようにしよう。暖炉の前で全員集まって――」

「あぁ、ギャリソン、ギャリソン……」

「あっ、おい」


 シンシアはこっちの話など何も聞いておらず、ふらふらとした足取りで部屋の方に向かっていく。


「すまない、ギャリソンは彼女の育ての親のようなもので、幼いころからずっと一緒だったんだ。俺がついておくから、しばらくそっとしておいてくれ」

「しかしだな……」

「いいでしょう。ロッジ内ならすぐに駆け付けることができます」


 そう言ってディーは自分の剣をトマスに手渡した。


「守ってあげてください」

「すまない。ありがとう」


 トマスは剣を受け取って、シンシアの後を追う。

 孤立はしてないから大丈夫だとは思うが……。


 それからしばらく俺とディーは、暖炉の前で肩を並べて座っていた。

 まさかこんなところに来て怪談にでくわすとはな。


「オリオン達、まだ帰ってこないな」

「彼女達のことです、途中で雪ウナギでも見つけたのでしょう」


 そんなバカなと言いたいところではあるが、容易にその光景が浮かんでしまった。

 ちなみに雪ウナギとは雪の中を泳ぐウナギである。

 あい変わらず外は豪雪吹雪。殺人鬼が徘徊してるかもしれないと思うと口数は自然と少なくなっていく。

 俺はこの雰囲気を少しでも和らげるために、何か話題を探す。


「なぁ、ディーってお化け恐かったりするのか?」

「そんな女に見えますか?」

「いや、全然」

「でしょう。鉄の女と呼ばれたこともありますので」


 確かにキリッとして表情がほとんどかわらないし、腰まである長い髪に切れ長の瞳は少し冷たい印象を受けなくもない。

 と言っても、それは彼女を知らない人から見た感想であり、実際は面倒見の良い苦労人のお姉さんである。

 それに今は雪山用の白いセーターにロングスカート姿な為、どこぞのお嬢様のような雰囲気があり、俺とディーどっちが貴族でしょうと問いかければ誰もがディーと答えるだろう。それくらい彼女には気品がある。

 ほんとなんでコイツ、ウチで宰相的なポジションやってんだろうなと雇用主である俺が首を傾げることは多い。


「まぁ、ディーが恐怖で腰抜かすところなんて想像できないしな。というかウチの面子で霊を怖がる奴いるのか?」

「フレイアとソフィーは大の苦手でしょう」

「待って、ソフィーさん本業神官ですよね?」


 霊が怖い神官って血が怖い医者と同じなのでは? フレイアはまぁ……知ってたって感じだが、あいつの天敵はゴブリンである。


「彼女曰く、祈りとは生者が自身の心の平穏の為に捧げるもので、別に霊の為にやってるわけではないらしいですよ」

「信仰全否定かよ」

「エクソシスト業は神官が行うような風潮がありますが、神官の業務にそんなものはないそうです」

「あいつを見てると神官という概念が崩れていく」

「しかし、彼女のヘヴンズソードは深い信仰がなければ発現できません。神聖魔法も私が見た中で一番です」

「才能あるバカってのは恐ろしいな。真面目に祈りを捧げてる神官に申し訳なくなってくる」

「彼女は他の神官からしたら異端でしょうね。ただ、そのような人間がウチには多く集まっていますので」

「まとめる奴は大変だな」

「フフッ、そうですね」


 軽いボケを突っ込んでもらえないまま、ディーはほほ笑んでいる。

 なんとかこの余裕の笑顔を慌てさせることはできないものか。

 本物の霊でもやってこねぇかなと思っていると、俺の頭に蜜男のバカな過去話が思い出された。

 その内容は、蜜男がガチャで引いたチャリオットの女の子にどうしてもやらしいことをしたいと思い、ダンジョンの中で一芝居うったらしい。「うっ、苦しいゴーストに取り憑かれた。このままでは死んでしまう。このゴーストはギャルのパンティーを渡さなければ俺を殺すと言っている。どうか俺にパンティーをくれ」と小学生ですら失笑してしまうようなことをすると、顔面を蹴られて「そのまま死ね」と言われたそうだ。

 果たしてディーはそんなバカなことをしたらどういう反応をするだろうか?

 殺人鬼が徘徊してる上に、人が一人死んでるのに何やってんだと言われるかもしれないが、気になってしまったものは仕方がない。

 一応、俺の予想としては「はいはい帰ったら頭の病院に行きましょうね」と言われるか、素の反応で「頭……大丈夫ですか?」と本気で心配されるかのどちらかだと思う。

 いいぞ、ディーの冷ややかな視線が俺を熱くさせる。

 よし、試してみようと俺はディーの隣で三文芝居を行う。


「うっ、苦しい!」


 胸をかきむしるように苦しみだした俺にディーは本気で慌て始めた。


「どうしました!?」

「ぐっ……あっ……こっ、これは悪い、悪霊だ」

「なんですか、その頭痛が痛いみたいなのは……」

「がああああっ! この悪霊は言っている、ディーのパンティーを渡さなければ俺を殺すと!」


 大げさにのたうち回ってみたが、既に嘘と看過したディーは大きなため息をついている。


「なんですか、死ぬんですか?」

「うん、死ぬ。だから早く」

「随分元気そうですね」

「ぐあああああああっ(棒)」


 思い出したかのように苦しみだした俺を見て、ディーはゆっくりと立ち上がった。

 あっ、やばい。殴ってくることはないだろうと思ったけど、もしかしたら思いっきり踏まれるかもしれない。


 それはそれでありか。


 しかし予想とはことなり、ヤレヤレと息をついたディーはロングスカートの下に手を入れてスルリと何かを抜き取った。


「これでよろしいですか?」


 呆れ声と共に、ファサっと俺の頭の上に何か軽い布が乗る。

 それをピラッと広げてみると、純白レースのやらしいパンツが目の前に広がっていた。

 これがEXパンツか……。職人のこだわりを感じる素晴らしい造りをしている。


「うっぐぐぐ……上も……」

「随分欲深な悪霊ですね」

「ブラも……欲しい……ううう苦しい……」


 はぁ、とこれ見よがしのため息をつくと、ディーはセーターの下に手を入れて器用にブラジャーだけを抜いてきた。

 支えを失った大きな胸がたゆんと服の下で揺れる。

 下とおそろいの真っ白いブラが頭の上に乗り、俺の中にいた悪霊()は消え去った。


「これでよろしいですか?」

「ディーって、俺が言うのもなんだけど土下座したらなんでもさせてくれそうだよね」


 ディーのフットスタンプが俺の顔にさく裂する。

 ありがとうございます。


「あまり調子に乗らないで下さい」

「お前はいてないんだから、あんまり足上げない方がいいぞ」


 ディーは珍しく顔をカッと赤くさせるとロングスカートを押さえた。

 彼女が前傾になれば今度は胸の谷間が見える。

 こいつほんとダメ男に弱いタイプだな。

 その後ディーははいてないまま、俺を膝枕してくれていた。

 俺は大きな胸越しに見える彼女の顔を見やるが、怒っていることはなさそうだ。


「ディーは悪い男に捕まったら一生こき使われそうだな」

「もう捕まっている気がしますが」

「それは可哀想だな。俺がなんとかしてやろう」


 そう言うとディーはクスリと笑みを浮かべる。

 結論、ディーは頼めば呆れながらもパンツくれる。

 どこまでいけるか試してみたい気もするが、ディーさん怒ったらどうなるかわかんないからこの辺でやめておこう。

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