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アンパンにはミルクがあう

 他の選手が試合を消化している頃、俺は大会医療センターでドンフライを治療してもらっていた。

 看護婦さんに負傷したモンスターのボックスを預けると謎の機材に設置され、独特なメロディが鳴り響くと、あら不思議ドンフライのぺちゃんこな体は元に戻っていた。

 隣に一回戦で当たった糸目のフトシが同じくモンスターの治療を行っており、復活したBモンに笑みを浮かべている。

 彼にどうやってこんなに早くモンスターを治しているのか聞いてみると、治療装置の原理は誰も知らないが、基本死なない限りどんな傷でも治るらしい。

 原理のわからない医療って怖くない? と思いつつフトシと別れて選手控室まで戻って来た。

 すると蜜男が俺の決勝の相手が決まったと駆け込んできた。

 じゃあもう決勝が始まるなと思い、控室を二人で出て相手の詳細を聞く。


「やったな梶。相手はサイキックBモンの使い手キョウコだ。催眠術にさえ気をつければお前の敵じゃないぜ」

「そうなのか?」

「ちなみにキョウコはBモンテイマーの中で一番エロイ格好をしてる。そこにも注目だ」

「どうせブサイクなんでしょ?」

「キョウコは別格だぜ? モンスターがとんでもなくブサイクだが、キョウコ自身は美人だ。ただ数年前までキョウコはあんなスケベな格好でバトルするテイマーじゃなかったんだがな」

「それテイマーが催眠術にかかってるんじゃないのか?」

「ははっ、そんなまさか」

 

 俺たちがリングへと戻ると、既に決勝までの戦闘は終わっているはずなのに、なぜかリングではBモンバトルが行われていた。

 一人は水着のような格好をした女性テイマーで、もう一人は俺にいきなりアドバイスをしてきたモヒカンにマント姿の男だ。


「女の方は決勝戦の相手キョウコだぞ」

「なんで戦ってるんだ?」


 様子がおかしいと思い、俺たちはリングに駆け寄る。


「クソっ! ストリーパー催眠術だ!」

「甘い!」


 鼻のデカいおっさんみたいなモンスターは吹き飛ばされるとリングアウトして気絶していた。

 どうやらキョウコのモンスターだったらしく、キョウコはリングに手をついて項垂れていた。

 勝利したモヒカン男は自身のBモンをボックスに戻す。

 一瞬すぎて見えなかったが、かなり小型のモンスターにやられたようだ。

 蜜男は近づいてようやくモヒカン男の正体がわかったらしく、ハッと息を飲んでいる。


「マスターだ……奴はBモンマスターだ!」

「えっ? あいつが?」

「ああ、現Bモンマスター。マスターBだ!」


 ダッセェ名前。

 俺が顔をしかめていると、リングの周りでは観客が「マ・ス・タ! マ・ス・タ!」とマスターコールにわく。

 モヒカンの男は俺に振り向くと、ニヤリと笑みを浮かべ話しかけてきた。


「梶勇咲君。君との戦いを待ちきれず、君の対戦者を倒してしまったんじゃよ」

「じゃ?」


 俺はアドバイスしてきた時とは違い、聞き覚えのある声と語尾に顔をしかめる。

 マスターBは自身を覆うマントとモヒカンズラを放り投げる。

 するとそこには白衣を着た先ほどBモン研究所で出会った、頭おかしい博士の姿があった。


「ククク、気づいたようじゃな。あるときは優しいBモン博士、またある時は新人テイマーに助言を出す謎のアドバイザー。しかしてその実態はワシこそがBモンマスター、マスターBじゃ!!」


 Bモン博士はくわっと目を見開く。


「…………そう(無関心)」


 頭痛くなってきたな。

 もうどっから突っ込んでいいかわかんない。

 俺は正論を言うことを諦めリングへと上がり、Bモン博士と対峙する。


「フフフ、今ワシの心は童心のように心躍っている。これがココロオドルというやつじゃ」

「なんで二回言ったんですか」

「なぜか教えてやろう。君に受けた傷をようやく返せることに心躍っておるんじゃよ!」


 こっちの話聞いてねぇな。


「なんにもしてませんが」

「した。君はワシのホルスタウロスへのプライドを傷つけた。この借りは何十、いや何百倍にして返す」

「恐いな……」

「君の使えるモンスターはあのイカ一体だけであろう。ワシも一体で君と勝負しよう」

「ドンフライもいますよ」

「戦いにならないモンスターには生憎興味がない」


 正論過ぎるな。


「ハンデですか?」

「Bモンマスターが3対1で初心者に勝ったところで恥ずかしいだけじゃよ」

「後でそれを言い訳にしないでくださいよ」

「誰に言っている。さぁ君のモンスターを出すんじゃよ」


 Bモン博士は、長年お世話してくれたお助け博士が実はラスボスだったみたいな体で勝負を挑んできた。

 ほんとにこれでいいのかと、俺は運営らしきスーツ姿の男を見やる。

 運営は腕で大きく丸を作る。

 できれば止めてほしかったがGOサインが出てしまった。

 Bモン博士は両手にボックスを持ち腕をクロスさせ、鋭い眼光でこちらを見据える。


「では勝負を始めよう。己の尊厳と命を賭ける自覚と覚悟はあるかね?」

「ラスボスみたいな口上で勝負しかけてくんじゃねぇ!」

「よろしい、ならば全力で我がBモンを打ち破ってみたまえ!」


[Bモンマスター、Bモン博士が勝負をしかけてきた!]


 おなじみのテロップと共に戦闘が開始される。


「行けカビアンパン!」

「行けエリザベス!」


 二体のモンスターが閃光と共にリングに出現する。

 博士の使うモンスターは研究所で見たカビの生えたアンパンに、針金みたいな手と足がついたモンスターだ。


「カビアンパン、カビスティックストリーム!!」

「しまった先手をとられた!」


 カビアンパンは口みたいに見える模様から大量のカビを噴出する。

 まずい、エリザベスにカビが生えてしまう!


「よけろエリザベス!」

「キュイー!」


 エリザベスは機敏な動きでカビストリームを回避する。


「エリザベス、アクアプレッシャー!」

「キュイ!」


 エリザベスが足を振ると、空中に水泡がいくつも浮かび、そこから鉄砲水が勢いよく噴き出す。


「甘いんじゃよ!! カビシールド!」


 カビアンパンの足元からドス黒く巨大な石板がせり上がり、エリザベスのアクアプレッシャーを全て防ぎきってしまう。


「バカな!? メタルハンバーガーですら流しきってしまう攻撃なのに!?」

「カビには物質を硬化変異させるものがあるんじゃよ。特に水属性に強い。それが何かわかるかね?」

「まさか……」

「そう……風呂カビじゃ。このカビパンたちは長い年月をかけて硬化するカビを一瞬で作り上げる性質がある。梶君、なぜBモンマスターであるワシがカビパンを使っているか理解したまえ」

「ふざけた見た目して性能はガチかよ」

「君にはBモンの知識だけでなく、徹底的にワシに勝てない部分がある」

「なんだと!?」

「やれカビアンパン! カビ分身!」

「よけろエリザベス!」


 カビアンパンは命令を聞いて、即座に自身のコピーを2体作り出し、機敏にリング内を駆けるエリザベスを捕らえた。


「カビアンパン、カビパンチだ!」


 分身2体に羽交い絞めにされているエリザベスに向かって、カビアンパンはカビの生えたパンチを繰り出す。


「やめろ! そんなことをしたらエリザベスにカビが生えて、カビザベスになってしまう!」

「フン、こうなったのは君のせいだろう梶勇咲。なぜ最初にハイドロキャノンを命令しなかったんじゃ?」

「そ、それは……」

「ワシのカビパンを殺してしまうかもしれないと思い手加減をした。……違うかね?」

「…………」

「ワシもなめられたものじゃ。君が相手にしているのはBモンテイマー最強のBモンマスターだということを忘れておらんか?」

「キュキュイイイイイ!」

「エリザベス!」


 エリザベスはカビパンチを受けて苦しそうに鳴き声を上げている。


「振り払えエリザベス!」

「キュゥゥイッ!!」


 エリザベスは足を振り回し、なんとか3体のカビアンパンを振り払う。

 吹っ飛ばされた分身のカビアンパンは起き上がらず、本物だけが起き上がった。


「相手を傷つけるのが怖くて手加減する。そんなものは優しさでもなんでもない。ただの君のエゴにすぎない! 相手を殺す覚悟もないものにワシは負けはしない! カビアンパン!」


 全くダメージのないカビアンパンは、即座に鋭い体当たりをしてエリザベスを吹き飛ばした。


「キュィィィィッ!」

「エリザベス!」


 エリザベスはリング上で二度、三度とバウンドし動かなくなってしまった。

 周囲はその凄まじい戦いに息を飲む。


「なんて凄い戦いなんだ」

「これがBモンマスターの戦いなのか」


 俺に負けたフトシや蜜男たちが額の汗をぬぐいながらリングを見やる。


「それでは君はいずれ大切なものを失うな。プライドも己が矜持も貫き通すことはできない!」

「お前になにがわかる! 見透かしたこと言ってんじゃねぇ!」

「わかるさ! ひ弱なBモンテイマーの末路がな! 貴様に足りないのはBモンテイマーとしての努力や自覚だけじゃなくBモンを倒す勝利への貪欲さが一切感じられない! 勝つためには非情になり、心をBモンと一つにすることが重要なのだ!」


 博士が叫ぶと、カビアンパンのアンパン部分に博士の顔がカビで浮かび上がり、そのカビが喋り出す。


「ワシとカビアンパンは一心同体。貴様にこのパーフェクトカビアンパンは倒せない! 見せてみろ今まで勝ち上がって来た君の強さを!」


 エリザベスはもう限界だ。このままリタイアして帰りたい。正直勝ち負けとか……心の底からどうでもいい。

 だけど……。


「エリザベス……やれるか?」

「キュイッ!!」

「なら、見せてやろうぜ。俺たちの強さを!」

「キュウウウイイイイイイッ!!」


 俺はエリザベスの額の宝石にかかっているリミッターを解除した。

 その瞬間リングの周囲にいくつもの水柱が巻き起こり、観客たちがどよめく。

 リングの中心にもエリザベスを覆い隠すように水の竜巻が起こり、水柱に浮かぶ小さなイカちゃんのシルエットが変化をおこす。


「なんだこれは!?」

「一心同体は俺たちも同じ。伊達にいつも張り付かれてるわけじゃない!」


 水柱が弾け飛ぶと、真の姿を解放し成体へと進化したエリザベスがゆっくりと瞳を開く。

 氷の女王を思わせる白く美しい女性の上半身に、海王生物の証である10本の触腕を持つ下半身。

 その手には俺たちチャリオットのモチーフとなった三叉槍トライデントが握られている。


「バカな……ギガ進化だと」

「俺たちは戦闘の中で進化していく。エリザベス、アイアンウィップ!」

「キュィ」


 硬化した彼女の触腕が、鋼鉄の鞭のようにしなりリングを叩く。

 カビアンパンは素早くかわしていくが、10本の足から繰り出される大地のドラムは徐々に敵を追い詰め鋼鉄の鞭をヒットさせる。


「そのまま空中に放り投げろ!」

「なめるな! カビアンパン自己再生だ!」


 放り投げられたカビアンパンは空中でバラバラになったが、すぐさまアンパンを繋ぎ合わせ、元通りに再生してみせる。

 だが、既にエリザベスの照準はカビアンパンの着地に合わされている。

 彼女の隣には水で作り上げられた水龍の姿があり、魔力の充填は完了している。


「エリザベス、ハイドロキャノン!」

「カビアンパン、カビシールド!」


 エリザベスのハイドロキャノンの音は遅れてやって来る。超圧縮された水の塊が音を超えたスピードで発射され、カビアンパンの作り出す硬化カビシールドを襲う。

 轟音が轟き、硬化したカビのシールドが水流を弾くが徐々にパキパキと音をたててヒビが入っていく。


「エリザベス、出力最大!」


 一層威力を増した水流がついにカビシールドを打ち砕く。


「ぐおおおおおお、これが、これが進化だというのかあああああああ!」


 カビアンパンはハイドロキャノンに押し流され、完全に洗浄された。

 リングの上に残ったのはふやけたアンパンだけだった。

 呆けていた司会が、リングの状況を確認して勝者をコールする。


「しょ、勝者、エリザベス、梶勇咲組……。新たなBモンマスターの誕生です!」


「「「うおおおおおおっ!!」」」」


 決着と同時に、周囲のブサイクたちが野太い大歓声をあげた。


「負けたんじゃな、ワシは」

「あなたは強かったですよBモンマスター」

「よしてくれ。今のワシはただのBモン博士じゃ」

「その、すみません……博士のカビアンパンを」

「いいんじゃよ。いつかワシがBモンマスターの座を降りる時、こうなることは覚悟していた」


 リングを見やるとふやけたアンパンが転がっている。エリザベスはそれをちょんちょんと触腕で突っついている。


「こら、エリザベスやめないか」

「キュィ?」


 エリザベスは何か言いたげだ。ふとふやけたあんぱんを見ると徐々にカビが広がっていく。


「博士!」

「まさか、生きていたのかカビアンパン!」


 博士は嬉しそうにべちゃべちゃのアンパンを抱いていた。

 俺には真似できないと思った。



 それから俺は主催からブサイクな優勝トロフィーと賞品を受け取り、Bモンリーグ殿堂入りを果たしたのだった。


「これが景品の美少女モンスターか」


 俺の手には美少女モンスターが入ったボックスが握られていた。

 これを手に入れる為に結構苦労したものだ。自分で使役しようかと思ったが、こんな小さい女の子を戦わせてたら周囲から何を言われるかわかったものではない。

 そこに蜜男が優勝の興奮冷めぬまま駆けて来た。


「まさか本当に優勝しちまうとはな。さすが俺の親友なだけはあるぜ。俺の火はお前の中に受け継がれて炎となったんだな」

「戦闘中、お前のことなんか全く考えなかったがな」

「それでなんだが、梶……」


 蜜男はチラチラと美少女モンスターが入ったボックスを見やる。


「いいよ、やるよ」

「すげぇなお前、気前良すぎだろ!」

「いや、別に美少女モンスターが目的じゃないし」


 そもそも目的なんてものはない。


「ありがとう、本当に持つべきものは友達だぜ!」


 蜜男は喜んでボックスから女の子モンスターを呼び出した。

 すると可愛らしい小学生くらいの美少女モンスターが飛び出してきた。


「早速Bモンをモンスター図鑑に登録だぜ!」


 蜜男はタブレットの赤外線を女の子モンスターに当てる。するとデータを読み取ってタブレットから機械音声が発せられる。


[カビッピ:群衆モンスター。一見人間のように見えるが億を越えるカビの集合体で、カビモンスターの中では最大規模を誇る。カビが超進化し、人間への擬態化が進んでいると思わる。核となるカビ菌が命令を出し、顔の表情などを作るとても珍しいモンスター。不衛生な為、触れる場合は必ずガスマスクと手袋を装着すること]


「…………」

「…………」

「カビなんだな」

「ああ……カビらしい」

「残念だったな」

「俺、もう女の子ならカビでもいいかな」


 蜜男はもはや手遅れだった。

 蜜男はカビパンがカビ美少女になってラッキーと、精一杯強がって見せていた。

 親友()が真っ白になっていると、後ろからBモン博士がやってきた。


「おーい、梶君」

「あれ、Bモン博士。どうかしたんですか?」

「君に渡したいものがあって」


 そう言ってBモン博士は紙に包まれたべちゃべちゃのアンパンを差し出した。


「君が倒したカビアンパンじゃよ。ワシの元にいるより、君の元にいる方がこの子も嬉しいじゃろうと思ってな。どうか連れて行ってほしい」

「Bモン博士……」

「そいつをワシだと思って旅を続けてくれ!」


 Bモン博士はいい笑顔を残して研究所へと帰って行った。

 俺の手に残ったのはべちゃべちゃで腐りつつあるカビアンパン。

 どうやら自己増殖を続けているらしく、アンパンがもぞもぞと蠢いている。

 俺はそっとカビアンパンをゴミ箱に捨てた(逃がしてあげた)


「よし、カビアンパン。今日から君は自由の身だ。好きに生きると良い」


 翌日、大増殖したカビのモンスターがラインハルト城を襲い大きな騒ぎになったとかなんとか……。

 しばらくしてBモン博士の研究所から逃げ出してきたステファニーが、ウチの群れに仲間入りしたらしく、今では美味しいミルクを提供してもらえるのだった。

 博士カビパンはいりませんが、この子は預かっておきますね。



 カビ落とし編      了

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