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黒のピラミッドⅥ(試練7-2)

 それから数年、猫は神化し人と同じくらいの目線へと変化していた。

 からっとした日差しが照りつける中、ピラミッドの外で掃き掃除をしていた猫の前に、青年が気さくな笑みを浮かべてやってきた。


「おや、隊長様ではありませんか」

「やぁ、ナハル。ファラオはいるかな?」


 彼の顔にはたくさんの傷があり、既に青年と呼ぶには貫禄のありすぎる顔立ちとなっていた。

 見る度に傷の増える男で、駆け抜けた戦場の数はもはや数えきれない。

 部族同士の戦だけではなく、この地に現れた巨大な岩竜や、山を越えるような大蟹の幻獣、およそ神話のような戦いでも一歩も引けを取らず民の為に勝利をもたらした。傷と共に伝説を増やしていくと、街人には砂漠の英雄だと賞賛されていた。

 貫禄、実力共に、この街の象徴とも呼べる男に成長していたのだった。


「はい、中にいるでありますよ。それはなんでありますか?」


 猫は青年が持っていたものを目ざとく見つける。


「こいつは大花火ってものでね。ドワーフ族の職人が遊び半分で作った面白いもんなんだ。今晩夜空に凄いものが打ちあがるからきっと驚くよ」

「それは楽しみであります」


 青年を見送った後、猫はピラミッドのすぐ近くに見える街並みを見て満足げに頷いた。


「小さい街だったのに、たった一代でここまで大きくするとは凄い男であります」


 彼とファラオが親しいおかげで、ピラミッドは街人にとって身近な存在になったと言っても過言ではないだろう。

 青年が中に入った後、近くを訪れた話し好きの中年女性が果物を手渡してきた。


「近くでとれた桃なのよ。ファラオ様によろしく伝えてちょうだい」

「ありがとうございます」

「ナハル様、ファラオ様と英雄様は一体いつ婚約されるのかしら?」

「英雄様? あっ、隊長様のことでありますね。さぁ、婚約に必要な九の試練は既にクリアされましたので、後はファラオと隊長様のお気持ち次第でありましょう」

「そうなの? じゃあアタシから英雄様に女を待たせるもんじゃないよって言っておくわ」

「わたしめもファラオに覚悟を決めるように言っておきましょう」

「神様との結婚だなんて、アタシが生きているうちに見れると思ってなかったわ。その時は街をあげてお祝いするから、楽しみにしてて」

「感謝するであります。墓守も喜ぶでありましょう」


 女性は「あらやだ、お買い物の時間だわ」と残してピラミッドを去っていく。

 次々に楽しみなことが増え、人とはなんと愛しきものなのだろうかと猫神は手にした桃を見て笑顔になるのだった。


 青年がピラミッドに入ってからしばらくして、中からけたたましい音が聞こえてきた。どうやら何か言い争う……というより一方的にファラオが何かを言っている声が聞こえる。


「さっさと鏡を置いて出て行かぬか、この戯けが!!」


 怒鳴り声と共にピラミッドの入り口から財宝や、土偶、御神像がポイポイと放り投げられ、それと同時に、頭をおさえた青年が逃げるようにして飛び出してきた。


「おや、お早いお帰りでありますね」

「ナハル、君が皮肉を言えるとは驚いたよ」

「また何か言ったのでありますか?」

「う~ん、ファラオにラーの鏡を返そうと思ったんだけどね。怒られちゃった」

「それはまたどうしてでありますか?」

「民たちから砂王の剣(サンドロック)という剣を貰ってね」


 青年は二本の曲刀を見せる。それは見事な造りの剣で、非常に強い魔力を帯びていた。


「これは見事な剣でありますね……。ファラオの財宝でもこのような剣は見たことがありませぬ」


 猫が剣に触れようとすると、剣から強い魔力が放たれる。


「これは……」

「この剣は持ち主を選ぶ、意思のある剣と言われてるんだ」

「なるほど、インテリジェンスソードの類でありますね……」

「実は結構前から使ってたんだけどね。でも二刀流で使うのが本来の使い方で、剣がちゃんと二本使えって怒ってるんだよ」

「なるほど、二刀流では鏡の盾は持てないでありますね」

「以前みたいに背中にくっつけてもいいんだけどね。でも、俺ももう結構立場あるから、サンシャインマンって呼ばれると他の人が怒っちゃうんだよ」

「隊長様も大変でありますね」

「ははっ、まぁね……それに、このラーの鏡には俺じゃなくてファラオを守ってもらいたいって気持ちもあるんだ」

「ファラオは鏡なんてなくても大丈夫でありますよ。この地下に先代より受け継がれるガーディアンが眠っておりますので」

「えっ、そうなの?」

「はい、焼き払え巨神兵的なものが」

「そ、そっかぁ……」

「でもお気持ちはありがたく受け取り、わたしめからそのことは伝えておきましょう」

「は、恥ずかしいから言わなくていいよ!」

「ダメであります。九の試練を乗り越えたのですから、隊長様もいい加減覚悟を決めファラオと婚約するであります。あなたほどの英雄であれば神化することも難しくはないでしょう」

「はは……参ったな」


 貫禄のある顔に反して頼りなさげな笑みを浮かべる青年。


「少し意地悪をしたことをお許しください。次はいつ来られますか?」

「そうだね、次はまた来月になっちゃうかな」

「お忙しい身でありますね」

「今度は少し大きなとこと戦になりそうでね」

「そうでありますか。ご武運をお祈りいたします」

「ありがとう」


 そう言って、青年は頬をかくと自分の手に大花火が残っていることに気づく。


「あっ、今日あげるつもりだったけど機嫌悪そうだし、また来月にしようかな」

「それがいいであります。桃の一つでも一緒に持ってくればファラオの機嫌はすぐなおるでありましょう」

「そうだね。そうするよ」


 それから一月の時が流れた。

 外はもう暗いというのに、街には光があふれ、大人だけでなく子友達もが外を出歩いて楽し気な声を上げている。

 その様子をナハルたちは高い場所から眺めていた。

 普段はピラミッドの中に引きこもっている墓守たちであったが、この日ばかりはピラミッドの上に登って賑やかな街並みを見下ろしている。

 それもそのはず、敵の軍団長を打ち破り大勝をあげて帰って来た青年たちを祝う、凱旋祭りなのだ。


「ほー、あれがお祭りでありますか」

「ふん、年端も行かぬ女子が夜に出歩くなど本来あってはならぬことだ」

「…………」


 いつもうるさいファラオであったが、今日だけは声を落としキョロキョロと辺りを見回している。


「あ奴はいつ来る?」

「全く、ファラオをこれほどお待たせするなど不敬千万。来た瞬間オイルをかけてやろうか」

「貴重な燃料をそんなことに使わないでほしいであります。セト、隊長様とファラオが仲直りする日でありますから、あまり変なことをしないでほしいであります」

「我が迷惑な野良犬のように言うな」

「オイルかけてこない分、野良犬の方がマシであります」

「なんだと、この神化したての雌猫が」

オリーブ犬が」

「…………来た」


 ファラオの声に全員が振り返ると、貫禄のある傷だらけ顔に、頼りない笑みを浮かべた青年がゆっくりとピラミッドを登って来る。

 あんな顔でも人は英雄と呼ぶ。民やファラオたちにとってはとても凛々しく見える砂王なのだ。


「ふぅ、登るの大変だね」

「軟弱な貴様が悪い」

「大事な第一声をお前がとるなであります!」


 猫はエルボーでセトの鼻面を打った。

 ファラオと青年はほんの少しだけ見つめ合うと、ピラミッドの頂点に二人で腰を下ろした。

 お互い無言であったが、墓守たちにはもはやこの二人に言葉は無用なのだろうと悟っていた。


「鏡の事ごめんね」

「……良い。妾もそなたのことを考えなかった」

「こっちこそ」

「大勝したそうじゃな」

「俺だけの力じゃないよ。皆が強くなってきてるのを感じる」

「そうか……順調に民の数、増えておるな。全てそなたの強さと人徳に惹かれて集ったのであろう」

「そんな大それたことしてないよ。必死に剣を振り回していたらこうなった。ただそれだけだよ」


 二人は眼下に見える街並みを見下ろす。

 明るい光に照らされて、誰もかれもが楽しそうに見えた。


「そなたは本当に不思議な男じゃ。虫も殺さぬような顔をしているくせに戦場では軍神の如き勇ましさと強さを見せる。どちらが本当のそなたなのか、段々妾にもつかめなくなってきおった」

「ここにいるのが本当の自分だと思うよ」

「そうか……」

「血なまぐさい戦場でも、本当の自分を見失わずにいられた。それはきっと君たちにずっと支えられて生きてきたからだと思うんだ」


 青年はファラオに向き直り、彼女の手を握る。

 美しい星空の下、高まる雰囲気。

 彼の真剣な表情に、見ている墓守たちの方がドキドキとする。


「ねぇファラオ、帰ってきたら言おうと思っていたんだ。俺神化するよ。そして君と一緒の時を過ごしたい」

「バカモノ、そなたのようなものが軽々しく神化などできようはずも……」

「う~ん、やっぱ無理かぁ」

「ま、待て諦めるでない! 九の試練をクリアしたなら十分見込みはある!」

「そう?」

「ああ、妾が責任を持ってそなたを神化させてやろう! ……実は妾もあの時言おうと思っていたのだ。……早く神化せよと」

「うん……」

「ようやく答えをだしたのだな」

「ごめんね……待たせて」


 そうして二人が抱き合ったのと同時に、夜空に大輪の花が咲く。

 ドーンと打ち上げられた美しい火花は二人の心に深く刻まれることになった。

 ナハルはキャンキャンと喜び、セトは渋々ながらも致し方なしと二人のことを認める。

 それから神化した青年は、ピラミッドの一員として、また街のリーダーとして末永く幸せな日々を生き続けたのだった。



 ―――――違う


 頭の中に通り過ぎた違和感。

 停止したセピア色の空間で、ナハルは幸せそうな二人とそれを喜ぶセトを俯瞰の視点で見つめていた。


「違う、そうじゃない……」


 何が違うと言うのか? 見ているものにはそれが理解できない。


「違う、違う!」


 そうじゃないと彼女は叫ぶ。


「―――様は! ――既に――くなられている!」


 彼女の叫びと共に、セピア色の空間は消え去ると、時が巻き戻りピラミッドで花火を見ていた時間へと戻った。


「どうかしたのかいナハル?」


 全員が突如頭を抱え、蹲ったナハルを見やる。


「あなたは……もう、この世にはいないのであります……」


 ナハルの泣き声が聞こえ、余計皆は不安になっていた。


「ナハル、何を?」

「”アレス様”……あなたは帰ってこなかったのであります! ファラオと別れて遠征に行かれた後、あなたはお戻りにならなかった! あなたの遺体だけがこの街に戻った!」


 ナハルが中空を引っ掻くと、何もない空間にパキッと音をたててヒビが入る。

 何度も何度も引っ掻き、殴り続けると、偽りの空間が破られ、あの時おきたことが鮮明に蘇る。


 雨の降る夜、遠征に出ていた大隊が帰還した。

 いつも勝利をもたらしてくれた英雄は冷たい棺へと入れられており、兵達はその亡骸の前に無言だった。

 街人は皆棺を前にして膝から崩れ落ちた。「嘘だ……」「何かの冗談だ」と嘆く声が聞こえる。

 だが、誰もそれに答えることはなく、棺の中で冷たくなったアレスの死体だけが現実だと突きつける。

 民は英雄の死に大いに悲しみ、絶望に打ちひしがれた。

 死因は呪術を背に受けたことによる呪死だった。全身血にまみれながらも仲間の為に一人戦い続けた。

 英雄の最期は最後まで英雄であり続けたと言って、見届けた兵は頭を垂れた。


 その報せを持ってきた話し好きの中年女性は、ファラオやナハルたちに泣きながら「すまない」と繰り返す。

 ファラオは一言「報せをありがとう。あ奴の魂は我々で送ろう」と言ってピラミッドから出て来なくなってしまった。


 彼の死後数日、遺体はピラミッドへと安置され、街は静寂に包まれた。

 誰も何も喋ることができない。遠征には勝利したというのに、喜ぶものは誰一人としていない。

 実質的な王とも呼べる人物の死は、街人を無気力にさせるには十分すぎた。

 今夜も悲しみにくれることがわかっている街人は憂鬱だった。

 

 しかし日が落ちてから、突如パーンと大きな音が響くと夜空に大きな花火が打ちあがる。

 それと同時に人へと化けたモンスター達がピラミッドから行進してくるのだ。皆その手に楽器を持ち、軽快な音楽を奏でている。

 街人は英雄が死んだ後にふざけるなと憤った。だが、その中心で楽し気に舞いを舞っているファラオが笑顔のままで泣いているのを見て、皆塞ぎこむのをやめにした。

 そして悲しみを笑いとばすように、皆泣いて笑った。貴重な酒をぶちまけ、美味い肉を持ち寄り全員が飲み、食らい、笑い、叫び、泣いた。

 そしてピラミッドから一つの魂が花火に紛れて空へと打ちあがった。

 英雄の魂はファラオや民に見送られて冥界へと旅立ったのだ。


 真実が明らかになると、その場で傍観していたアレスが笑みを浮かべ、虚像は消え去った。


「これが真実なのであります……申し訳ありません。申し訳ありません」


 ナハルは跪いてファラオに頭を垂れる。

 その謝罪の意味は、ファラオやセト、ナハル自身が願った結末を自分で壊したことである。

 彼女の前に見えているファラオは勿論幻だが、その唇が「よくやった」と優しく呟く。それと同時に世界全体にヒビが入って、彼女は元の世界へと戻された。


[試練7、願いの夢クリア]


 スフィンクスが告げると、フラフラになったメンバーが立ち上がった。

 目の前は試練部屋であり、頭痛のする頭をおさえながら全員が黒猫の少女を見やる。


「ナハル……」

「この試練は心地よい夢を見せられ、虚像を見破れないと二度と現実世界に戻ってこれないのであります」

「すまん。お前の記憶、ちょっと見ちまった……」

「気にすることはありません……。遠い過去のお話であり、我ら墓守は死者を冥界に送ることが使命であります」


 ナハルが吹っ切るように言うと、オリオンやフレイアたちが泣きだした。


「な、なぜ皆さまが泣くのでありますか?」

「ナハルが泣かないからかわりに泣いてんのよ! 文句ある!?」

「これで泣かないとか血通ってんのか!」


 涙の連鎖反応は止まらず、その場で全員が泣き出してしまった。

 ナハルは驚いていたようだが「ありがとうございます」と言って柔らかくほほ笑んだ。

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