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ムハン

「あぁ……幸せだ……」


 灼熱の砂漠で水遊びとは、なんて贅沢なことをしているのだろうか。

 目の前にはほとんど裸になったウサギたちが、冷たい水をかけあって遊んでいる。

 そのキャッキャウフフしている姿を、俺はだらしない顔をしながら眺めていた。

 昨日得た水の魔法石を使い、街の近くにある干からびてしまったオアシス跡地に水を流し、贅沢にプール化することにしたのだ。

 砂漠に入ってからは体を拭くことしかできなかった為、この砂まみれの土地ではきっとストレスだったに違いない。

 水の中に入るとウサギ軍団はひからびていたのが嘘のように元気をとりもどした。

 当然、その中にオリオンやエーリカたちも混ざっており、ようやくここに来てから良いことあったという感じだ。


「この世の楽園とはここかもしれんな……」

「なにしみじみと呟いてんのよ」


 俺の隣にフレイアが座ると、パチャパチャと脚で水を弾く。


「良かったのか? あの魔法石、お前にやったんだが」

「あんたバカ? この魔法石はアタシが貰ったんだからアタシ一人の物だなんて言うわけないでしょ」

「それはまぁ、そうなんだが」

「さて、アタシも入ろ」


 そう言ってフレイアはデニムのミニスカートを脱ぎ捨てると、勢いよく水の中へとダイブする。

 あいつ水着みたいな格好だから楽でいいな。


「あぁ、無駄遣い気持ちいい」


 ストレスを大きく発散できるのであれば、それは無駄ではないのだがな。

 皆が楽しんでるならなによりだ。

 そう思っているとサクヤとカリンが潜水しながらこちらに近づくと、俺の足を掴んで有無を言わせず水の中へと引きずり込んでくる。

 水の冷たさが心地よく、乾燥してガサガサだった肌に水分がしみ込んでくる。


「ぶはっ、なんだ?」

「見てないで……遊ぼ……」

「そうよ、やらしい目で見てないで、実際に触って遊んじゃえばいいのよ」


 えっ、そんなことしてもいいんですか……。

 大丈夫ですか、現実世界だったら凄くお金とられると思いますが。

 カリンはシニヨンを三つ編みで巻いた、通称騎士王ヘアをほどくと長い髪が揺れ、金色のカーテンが俺の目の前でサラサラと流れる。

 サクヤもこちらの後ろに立つと銀の髪を揺らし、猫のような大きな目に真ん丸い碧色の瞳がこちらをロックする。

 兎なのに猫のようとはこれいかに、などと思っているとその隣に水着姿のクロエが立った。

 彼女は他の女の子と違い、こちらを見据える目が真剣だ。


「パパ……お聞きしたいのですがフレイアちゃんと何かありましたか?」


 その質問に俺とフレイアは肩をびくりと震わせる。


「まぁあったと言えばあったのですが、なかったと言えばなかったと言うか、なんと言うか……」


 浮気現場がバレた男のように言葉を濁して誤魔化すが、多分無理。

 お前もなんか誤魔化せよとフレイアの方を見やったが、あいつ水の中に潜って逃げて行った。

 その鮮やかな逃げっぷりは間男が慌てて女性の部屋から逃げ出すかのようにも見える。


「その……私も仲間に入れてもらえないでしょうか」


 クロエの潤んだ瞳がこちらを見やる。

 これバレてる! 絶対バレてる!

 「み、皆仲間だよ」と、少し引きつった笑みを浮かべると、クロエは「そういうのではなくて……」と一歩、また一歩とこちらに寄って来る。


「あたしも仲間に入れろい!」


 そんな雰囲気をぶち壊すように、オリオンのドロップキックがさく裂し、俺は盛大に水の中を転がる。

 いつもなら怒るところだが、今はナイスとしか言いようがなかった。



 昨日ほぼ丸一日水探しで潰してしまったが、今日から本格的にピラミッド攻略を開始する。

 しかし、わざわざ難易度が高いと言われているダンジョンに無策で突っ込むのはバカげているので、ピラミッド周辺にいる冒険者たちに話を聞いて、ある程度の攻略を組み立ててから中に入りたい。

 できればダンジョン攻略に失敗した人から話を聞けるのが望ましいが。

 そう思い、俺はオリオン達数人を引き連れてオベリスクのピラミッド前までやって来ていた。


「ねぇ咲……」

「なんだ」

「あれ、どう見ても二つあるよね?」


 確かに、最初街に来た時ピラミッドが二つに見えたのだが、気温による屈折か、疲労による幻覚的な何かのせいだと思っていたのだが、近づいてみてわかる。

 あのピラミッド近くに二つある。

 どちらも巨大な石造りのピラミッドなのだが、片方は普通の石のようで色が白く、もう片方は大理石のようにつるんとした石で色が黒い。

 アルタイルからは、こんな白黒ピラミッドがあるなどとは聞いてないのだが。

 白い方のピラミッドへと近づこうとすると、俺たち一行は武装した兵士のような男に行く手を遮られた。

 ターバンを被ったもじゃもじゃ髭の男の肩には、赤いマフラーがかけられている。


「これ以上ここに近づいてはいけない。ピラミッド攻略の冒険者か?」


 男に問われて俺は頷く。


「ここに財宝があるって聞いて」

「それならあっちの黒いピラミッドに行け。こちらは既に攻略が完了している」


 完了しているということは、ここにあった宝は全部運び出されたってことなのだろうか?


「こっちの白いピラミッドにあった財宝はどうなったんですか?」

「こちらのピラミッドには何もない。財宝は全てあっちの黒いピラミッドの中だ。早くあっちに行け」


 なんか不親切な説明だな。俺がなおも質問を続けようとすると、ピラミッドの影から色黒で掘りの深い、歴戦の傭兵といった感じの男が姿を現す。

 男を見ると、俺たちを遮っていた兵士のような男が敬礼をする。

 彼の肩にも赤いマフラーがかかっている為、どうやら上司か上官にあたる人物のようだ。


「いやはや、失礼。説明下手な部下が多くてね。許してやってほしい」

「あなたは?」


 色黒の男は厳つい顔に笑みを作る。


「俺の名はムハン・ダウート。この街の自警団、太陽の翼の団長をしている」


 握手を求めてきたムハンに、俺は手を差し出す。


「自警団?」

「ああ、知っての通りこの街はピラミッドダンジョンのおかげで様々な場所から冒険者が集まっている。当然人が集まればトラブルはおこる。その為、俺たちはこの街の住民を守る為に自警団を結成して、冒険者がトラブルを起こさないよう監視すると共に、円滑にダンジョンに入れるよう案内もしているのだ」

「なるほど、そりゃ親切だ」

「最近は凶悪な盗賊団も出没していて、なかなか忙しくてね。少しピリピリしている団員もいる」

「大変ですね」

「この赤い肩掛けをしているものは全て自警団だと思ってくれていい。レッドショルダーは同士の証さ」


 それが言いたかっただけじゃないのかと思ったが、あえて黙っておくことにする。


「君の質問だが、白のピラミッドに財宝がないのは事実だ。中が空になったのは我々で確認していて、残っているのは罠だけだ。どうやら中にいた魔物たちは財宝と一緒に隣の黒のピラミッドに移動したらしい」

「そうなんですか?」

「ああ、白のピラミッドと黒のピラミッドは地下で繋がっていてね。財宝を移した形跡があった」

「なぜ、そんな引っ越しを?」

「さぁね。魔物も新居の方が良い……というのは冗談で、あの白のピラミッドは見た目に反してかなり老朽化していてね。黒のピラミッドは魔物たちがいつの間にか新しく作り上げたものだ。今住んでるピラミッドが崩れる前に新しいピラミッドを建てて移住したと見える」

「人間みたいな奴らですね」

「ははっ、そうだな」

「その繋がってる地下からは入れないんですか?」

「残念ながら奴らもそこまでバカじゃない。後でちゃんと石で封鎖されていたよ」


 そう、うまくはいかないか。

 ムハンは「あれをやれ」と部下に指示すると、もじゃ髭の男が木箱の中に入った水のボトルを俺たちに数本くれる。


「水、高かっただろう。全員分はないがやるよ」

「ありがとうございます。なんであんなに水が高いんですか?」

「まぁなんだ、白のピラミッドが崩れかけている理由は冒険者たちがピラミッド内を荒らし回ったというのがそもそもの原因で、その影響で近くの魔物たちが活発になってるんだ。俺たちの心情としてはあまり冒険者を快く思っていない。一部の住民が嫌がらせで水を高くしているのだろう」

「そうなんですか」


 俺は街の前で襲い掛かって来たラミアの集団を思い出す。あれももしかしたらその影響なのかもしれない。


「しかし冒険者たちの落とすお金で我々が生活できているのも事実。あまりあこぎなことをして冒険者がいなくなってはこちらも困る。後で注意しておこう」

「ありがとうございます」

「ダンジョンに入るなら気をつけるんだな。人間を操る危険なモンスターがいるらしい。騙されないように気をつけることだ」


 ムハンは俺たちに石で造られた蛇の人形を手渡す。


「そいつは我らの神、イシス様を象ったお守りだ。きっとイシス様が守って下さるだろう」


 俺たちにお守りを渡すと「じゃあな」とムハンは厳つい顔に笑みを作って立ち去って行った。

 顔は厳ついが、なかなかいい人だったな。

 しかし、イシスって蛇なんだな……。ちょっとイメージと違う。


「自警団はいい人みたいだな」


 俺がオリオンにそう言うと、オリオンはなぜか首を傾げている。


「どうかしたのか?」

「ん~……なんでもない」


 オリオンは何か引っかかっている様子だが、俺たちは言われた通り、隣にある黒のピラミッドへと向かった。

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