ブラック企業
辺り一面骨に埋め尽くされた地面が脈打っており、下に何か巨大な生物がいることがわかる。
これがブリトニオご自慢のむーたんとか言う奴なのだろう。
ボンっと無数の人骨が宙に打ち上がると、人骨の海を潜っていた巨大な怪物が姿を現す。
「サンドウォーム……飼いならされているものは初めて見たな」
アルタイルが興味深いと唸るが、ようは二階建ての家よりデカい超巨大ミミズの怪物である。
手足のない浅黒い極太ホースのような体は、うねる度に周囲の人骨を踏み砕き、先端についた洞窟のような巨大な口からは、ぬめり気をおびた酸性の唾液がダラダラと零れ落ち、真下にある人骨を溶かしていく。
凄まじい吸引力でなんでも吸いこむ為、俺の中のこいつのあだ名は掃除機である。
奴は巨体に似合わず、機敏な動きで骨の中へと潜ると俺たちの周囲を旋回している。
普通のサンドウォームは土の中に潜るのだが、どうやらこいつは人骨の海を泳ぐらしい。
「飲み込まれたら終わりだ」
戦う準備をと思って、腰に手を伸ばすが黒鉄がない。
「しまった、俺たち全員丸腰だぞ」
いや、でも丸腰なんか関係ないほど強い奴がいる。アルタイルの護衛である魔人のグリフォンだ。奴ならこの程度のモンスターなら一撃で葬れるんじゃないか? そう思ったが、奴は腕組みしたまま動く様子はない。
アルタイルはサンドウォームに全く怯まないまま、こちらに向かって笑みを浮かべる。
「荒事は君の担当だろう?」
「ヘイヘイわかってますよ」
こんな奴くらい武器なしでもなんとかしろってことだろ。
俺はちょうどいいと手を打つ。
「銀河、お前新しいスキルを覚えただろ? それをこいつで試してみようぜ」
「わかりました。やってみます!」
彼女が覚えた超忍招来というスキル。それは一体どんなものなのか? 絆の力によって得られた新スキルが弱いわけがない。
このサンドウォームには気の毒だが、新スキルの実験体となってもらう。
しかし、まず先に奴を骨の海からおびき出す必要がある。
「オリオン、俺たちから離れてジャンプしろ」
「なんで?」
「奴を引き寄せる」
オリオンは首を傾げながらも、俺たちから離れてぴょんぴょんとその場でジャンプする。
その瞬間ボコンと轟音をたて、サンドウォームがオリオンの真下から口をあけて飛び上がって来る。
「ぎょわあああああああっ!!」
「よし、かかった! 奴は目が見えないが触角で相手の位置を把握できるんだ!」
「あたしをエサにしたなああああああ!!」
食われかけたオリオンをサクヤが大ジャンプで救出する。
「銀河、奴が地中に戻る前に!」
「はい、行きます!」
銀河は両手を組み、凄まじい速度で手印を結んでいく。
彼女の足元に梵字が刻まれた召喚陣が浮かび、周囲の魔力が集まっていることがわかる。
そのあまりにも強大な力は、この地下処刑場を揺るがすほどで、バチバチと音をたてて紫電の光が銀河の周囲を舞う。
「我が呼び声に答え、異界、霊界、神界に存在する超忍さん、現れ出でて下さい」
どうやら超忍招来とは、別世界にいる忍者をこの世界に呼び寄せることらしい。
思ったよりすごい能力だ。
「来ました!」
銀河の目がカッと見開かれる
「その身に九尾の力を宿す、伝説の火影」
ん……。何か聞いたことがある気がする。
「待て銀河、お前やばい人を呼ぼうとしてないか?」
「超忍招来!!」
銀河が陣に手をつくと、ボンっと音をたてて何者かがこの世界に召喚されてくる。
白い煙が邪魔をしてよく見えないが、それは金色の髪に、木の葉隠れの忍びであることを示す鉢金。顔には猫髭のような線が左右に引かれており、オレンジ色のジャージを身にまとった伝説の忍び。
人懐っこそうな笑みを浮かべた少年は、ニッと笑みを浮かべ。
「俺の名はうずまきナリオだってばよ」
良かったパチモンだ!! デブい!
俺はすぐさま銀河の書いた召喚陣を消す。
するとオレンジジャージのデブっちょい少年はすっと姿を消していった。
「どこの世界から超忍呼んでんだよお前は!?」
「わ、わかりませんが、伝説の火影らしいのですが……」
「伝説も伝説だよ。本物だったら全世界合わせて二億部も売れてる忍者界の神様みたいなお方だよ!」
「では、その方の息子さんを」
「やめろ! そっちの方は現役なんだよ!!」
「では、別の忍者、忍者トットリさんが来てくれそうでしたので、そちらを」
「なんだ、そのご当地ヒーローみたいなのは」
「身長が低く、ニンニンと言いながらトラブルを解決してくださいます」
「待って、それも本物のお方がいらっしゃったらまずいことになるから、お願いだからちゃんと活躍できる人呼んで!」
俺が思っている以上に超忍招来は危険な技だった。
だが、サンドウォームは銀河の召喚を待つわけもなく、その巨体をうねらせながら体当たりをしてくる。
恐ろしい速度で巨大なトレーラーが突っ込んでくるようなプレッシャー。
足場は人骨だらけで回避がとりにくい。案の定銀河は骨に足を引っかけて転倒してしまう。
「銀河っ!!」
「はうっ」
俺は彼女を救うために走った。
その瞬間呼び出してもいないのに、俺の剣影が姿を現す。
そして目の前には炎と盾とカエルの駒が浮かんでいる。
俺は無意識に盾のピースをつかみ取ると、スマホに思いっきり突き刺した。
その瞬間剣影の姿が、白銀の甲冑兵となり巨大な盾を使用してサンドウォームの体当たりを防ぎきる。
「これは……まさか、ソフィーのヘヴンズソード」
[スキル:チェンジを使用]
まさかチェンジというのは、彼女達の技が使えるようになったってことなのか?
それってもしかして最強なのでは?
そう思ったが、ヘヴンズソードの姿は一撃弾いた後うっすらと消え、元のドクロ人形へと戻る。
「そんな長持ちはしないわけか」
サンドウォームは自身の体当たりが防がれたことを驚いたのか、人骨の海へと潜る。
「咲、潜られたらどこから来るかわかんないよ!」
「なら、これでどうた! ジライヤッ!!」
俺は今度はカエルのピースを突き刺す。すると剣影は銀河の使う大ガマのジライヤへと姿をかえる。
「全員何かに掴まれ! ブラックホールの術!!」
ジライヤの必殺能力ブラックホールの術は全てを吸いこむ。辺り一面の人骨を全て変身した剣影に吸わせ、サンドウォームの姿を丸裸にさせる。
「銀河、今度アウトな忍者を召喚したらお仕置きだからな!」
「ア、アウトの基準が自分にはわかりません」
銀河は半泣きになりながらも超忍招来を使用する。
すると今度は狐面を被った和装のクノイチが召喚される。
一瞬銀河は自分で呼び出しておいて呆気にとられた顔をしていたが、呼び出した狐面のクノイチがサンドウォームに攻撃を仕掛け、彼女も慌てて攻撃に加わる。
狐面のクノイチは符術を使うらしく、護符を放り投げると護符から鎖が伸び、サンドウォームの巨体を拘束する。
「頭領!」
狐面のクノイチは自身の刀を銀河に放り投げると、銀河は空中でキャッチしてサンドウォームの体を縦一文字に切り裂いたのだった。
ズンと音をたててモンスターの巨体は真っ二つに割れ、不気味な体液を周囲にまき散らす。
「やったか……?」
どうやらサンドウォームは完全に死んだようで、引き裂かれた死体はピクリとも動かない。
銀河は刀を狐面のクノイチに返すと、彼女は紅の引かれた口をほんの少しだけ柔らかく曲げる。
役目を終えたクノイチは薄くなって消えていったのだった。
「……銀河、今のは」
「超忍ブルー……霧隠れの超忍さんです」
「もしかして、お前の世界から呼び出せたのか?」
「わかりません。彼女に実体はありませんでしたから……もしかしたら霊体を呼び出した可能性もあります」
「そうか……」
会えて純粋に良かったというわけではなく、もしかしたら死んだ仲間の魂をこの世界に呼び寄せたのかもしれないようだ。
かつての仲間に会えて、ほんの少しだけ寂し気な銀河の肩を叩く。
「また会えるさ」
「はい、ありがとうございます」
サンドウォームを倒した俺たちは地下処刑場を駆け上がり、ブリトニオ伯爵の前へと再びやって来ていた。
「なっ!? 貴様らなぜここに。我輩の可愛いむーたんはどうしたのだ!?」
「お前のむーたんなら真っ二つになって死んだよ。こんな風にな!」
俺は回収した黒鉄を勢いよく振り下ろし、ブリトニオの目の前で止める。
ブリトニオは驚いて腰を抜かし、奴の額にほんの少しだけ残った頭髪がサラリと切れ落ちる。
「うひっ!? や、やめろ我輩に何かあったら、教会が黙って、いいい、いないぞ」
ん? と俺は顔をしかめる。奴の脅し文句はおかしい。なぜこいつを殺したら教会が出てくるんだ。
アルタイルもそのことに気づき、前へと出る。
「ブリトニオ伯爵。なぜそこで教会がでてくるのですか?」
「…………」
アルタイルに問いただされ、汗だくになるブリトニオ。
「少し気になっていたのですよ。なぜあなたはゼノを手に入れられたのかを。強欲な教会が騎士団を奴隷送りにしたのか、その理由がずっと引っかかっていました」
アルタイルはしゃがみこんでブリトニオを見据える。
「あなた教会と繋がってますね?」
つまりここは教会の資金集め場所の一つってことか。
ほんとこの世界の教会は、お祈りから地下奴隷闘技場まで幅広く仕事してんな。
こりゃ誰が教会と繋がってんのか、わかんなくなってきたぞ。
「し、知らん」
「ブリトニオ伯爵、我々と取引しましょう。我々にゼノを譲渡して教会の情報をこちらに流していただきたい。そうすれば、この場は何もなかったことにしましょう」
「我輩を脅す気か? 若僧が、地獄に落ち――」
ブリトニオが言いかけた瞬間、奴の頭がパンと破裂する。
後ろを振り返ると、腕を突き出し魔弾を放ったグリフォンの姿があった。
「地獄に落ちたのは貴様のようだな」
グリフォンは魔王のように顔を歪め、牙だらけの口に笑みを浮かべる。
「気の短い奴だ」
「こいつが生きている方が面倒だろうアルタイル」
「奴隷を食い物にしていた男の末路としてはいささか物足りないが、役者としてはこの程度のものだろう」
アルタイルはブリトニオの遺体から奴隷部屋の鍵を回収し、俺に放り投げた。
「ゼノを出してきてくれたまえ。私はここを賊が襲撃してきたように見せかける。賊の襲撃にあい、監禁していた奴隷たちは逃亡したという筋書きだ」
「わかった、ゼノ以外にも適当に奴隷部屋開けてくる」
俺はゼノを迎えに彼女の奴隷部屋を探す。
奴隷部屋はすぐに見つかり、監獄のような武骨な扉を開錠して彼女の部屋へと入る。
「お前の飼い主は不慮の事故で魔人を怒らせて死んだ。だから俺と――」
扉を開けた瞬間、再びゼノの裸体が視界の中に飛び込んできた。
どうやら今度は普通に着替え中だったらしい。
「…………あなた」
「話せばわかる」
「言ってみなさい」
「おっぱい綺麗だね」
斧がその場になかったゼノは、凄まじい平手打ちを俺に見舞った。
真っ赤な紅葉型の跡を頬につけられた俺は経緯を説明し、彼女を外へと解放したのだった。
「ふん」
不機嫌なゼノを連れ、馬車に乗って俺たちは足早に黒土街を後にするが、アルタイルはずっと俺の顔を見て笑いを隠せなくなっていた。
「随分と好かれたものだな」
「散々だ。今度あいつに話があるときはお前がしてくれ」
「梶卿、彼女の処遇だが、しばらくは君が面倒を見てくれ」
「なんで俺があんな奴の」
「君のチャリオットは女性ばかりだろう? 木を隠すには森の中だ」
「そりゃそうだが」
「奴隷のマスター権限はブリトニオから君に移しておいた。最悪逃げ出した場合は殺すんだ」
「今のあいつにそんな力も体力もないだろ」
後ろのゼノを見やると不機嫌そうだが、彼女からは全く力を感じない。
傷も多いし、回復するまでは逃げ出したりしないだろう。
「まず一人目なわけだな」
「ああ、これから彼女を足掛かりにして残りの騎士団集めと、ツノの修復を試みる」
「できるのか? ゼノはできないって言ってたけど」
「普通はできない。恐らく君の持っているユニーク能力でも修復は不可能だろう」
「ならどうやって?」
「君は砂漠は好きか?」
「どういう意味だよ」
「ここから南西にある砂漠地帯に、旧世紀の王族墓地がある。そこにラーの鏡というアイテムが存在する」
「あっ、なんかそれ聞いたことあるぞ。確かファラオだかなんだかの伝説級アイテムで、冒険者がそのダンジョンに挑んでは帰って来ないって噂の」
「そうオベリスクのピラミッドと呼ばれる場所だ。そこでそのアイテムをとってきてもらいたい」
「嘘だろ。そんな存在するかどうかもわからないアイテムを取りに行くのか?」
「鏡自体は確認されている。ただ、ダンジョン最奥にいるモンスターが常軌を逸する強さらしくてね」
「……その鏡があればツノは直るのか?」
「その鏡は別名死と再生の鏡と言い、自身の年齢を戻す、または永遠にとどめておくことができるアイテムだ。それを使えばツノの修復も不可能ではないだろう」
「そりゃ伝説って言われるわ。不老不死かよ」
「ただし神性の低いものが使えば、一瞬で灰になる」
「なにそれ、こわっ……」
「一般人には使えないものだ。間違っても自分に使わないでほしい」
「とれるかどうかもわかんねぇのに」
「私はその間に他の騎士団の情報を集める。ゼノのことに関しては逃げる最中に死んだと嘘の情報を流しておこう」
実働組と情報担当でしっかりと役割がわかれており、情報で攪乱とかいう絡め手は俺にはできないのでその辺りは助かるところだった。
実働組は頭使わなくていいしなと、脳筋みたいなことを考えているとアルタイルは馬車の後方をチラリと伺う。
「彼女たちの力は必ず必要になる。君に期待しているよ」
「あいかわらず働かせるのが上手だな」
いいブラック企業の社長になると思う。
今度は砂漠か……暑いんだろうな。