ぴよぴよ饅頭
「クーデターに失敗した騎士団はどうなったんですか? その……殺されたんですか?」
俺の脳裏にゼノの姿が思い浮かぶ。横柄な奴で、敵を作るタイプの人間だが、根っからの悪人というわけではない。彼女も殺されてしまったのだろうか。
その問いにアルタイルが答える。
「その件についてたが、私から梶卿に頼みたいことがある」
「俺? ですか」
「ああ、騎士団はおおやけには投獄され裁判待ちと公表されているが、その実既に半数ほど奴隷商人に流されている。君にはそれを回収してもらいたい。クーデターは失敗に終わったが、やはりカギとなるのはアンネローゼ姫と騎士団だ」
「姫も処刑されるんじゃないですか? 騎士団の旗みたいな人なんでしょう?」
「いや、レッドラムは姫を殺さない。奴は姫を手に入れることに固執していた。私の予想だが、あの男は姫と婚約し、いまだ抵抗を続ける騎士団ごと聖十字騎士団を飲み込む気だ」
「つまり喧嘩したけど仲悪かった二人が結婚したから、皆仲良しになろうね的な」
「政略結婚と呼ばれるものでもあるが、自国に対してもそれは有効だ。異なる宗教同士のトップが結婚することで民意をおさえ、地盤を固める。奴のことだ、それは副産物で、ただアンネローゼ姫を手に入れたいだけかもしれないが」
アルタイルは苦々しい表情を浮かべる。
自分の姉がレッドラムの欲望を満たす道具に扱われたら誰だっていい気はしないだろう。
「任せてくれ結婚をぶち壊すのは得意だ」
「結婚を潰してもらいたいわけではないよ」
アルタイルは困ったように微笑する。
「ちょっと待て、何を二人で勝手に進めているんだ!?」
すると唐突に怒り出したのは、いつぞやの鷲鼻のロドリゲスだった。
「教会の敵である騎士団を助ける? バカも休み休み言え! そんなことをして教会が我々を異端扱いしたらどうするつもりだ!?」
「そうよそうよ。ここは大人しく入信したふりをすべきですよ!」
「お前たちの勝手に巻き込まれるのはごめんだ。こちらを巻き込むな!」
貴族たちが教会への恐れから、次々に怒声をあげる。
「皆さん、ミネア教に入信するというのは教会に服従し、命を預けるということですよ? 特に娘のいる貴族方は教会の噂を知っているでしょう? あれは噂ではなく事実です」
「きょ、教会が奴隷を慰み者にしているという話だろう……それは知っているが、あくまで奴隷の話だろう? 我々には関係――」
「なぜないと言い切れるのです!」
アルタイルはダンっと音をたてて円卓を叩いた。
「権力を持った人間の行動がエスカレートしないわけがないのです! 奴隷だけに限定されましたが、私の調べでは信者もその中に入っています。あなたは教会が娘を差し出せと言ったら従うのですか!?」
「ぐ……ぐぅ……若僧が偉そうに……と、とにかくバカな真似はするな! 大人しくしていれば命の危険はないんだ! ロメロ侯爵、あなたからも何か言ってください」
ロメロは鋭い視線でこちらを一瞥すると、まるで裁判官が判決を言い渡すように重々しく口を開く。
「アルタイル卿、梶卿、この件に関して君たちは何もするな」
「奴らに服従したところで命を握られている状況はかわらないのですよ! 放逐された騎士団を味方につけ、戦うべきです!」
「これは東側貴族会議の決定だ!」
ロメロがアルタイルの言葉を遮り、反論は許さないと視線で語る。
「くっ……私はその決定には従えません」
「そうか……ならば貴族章を置きたまえ。現時刻を持ってアルタイル卿と梶卿の貴族権を剥奪する。君たちの行動は東側諸国全体を危険に晒す」
「……わかりました」
アルタイルは襟につけた三つの貴族章を机に置く。
せっかく男爵になったのに、またただの王落ちか。
まぁいい、こんなお飾りの貴族章なんかいるか。
ちょっと街で割引してもらえたり、いやらしいお店にタダで入れたり、酒場に入るとゴロツキが席譲ってくれたり、一杯タダでドリンクとつまみが出て来て、馬車で城まで送ってくれるくらいだからな。
俺は貴族章を引きちぎろうとして手が止まる。
「………………」
返したくねーーーーーーっ! 街のエロいお姉ちゃんたちがこれつけてるだけで、タダでいいからイイコトしない? といやらしく誘惑してきてくれたりするし、それでいてゴリラみたいな男は避けてくれる最高のアイテムだぞ! 返したくない!
アルタイルはそんな葛藤を知ってか知らずか、俺の襟章をブチっと引きちぎってロメロ侯爵に返却してしまう。
「ああっ……」
さよなら俺のチヤホヤされる生活……。まぁよその女の子にチヤホヤされてたらウチの女性陣すんげーむすっとするしな……これで良かったんだ。よか……。
未練たらたらの俺を遮るように、アルタイルは他の貴族たちに向かって不機嫌気に礼をする。
逆にロドリゲスたち貴族はホッとしている様子だ。
確かにロメロ侯爵の判断は正しい。俺たちのやろうとしていることは革命に近く、できるかもわからないことに他の貴族を危険にさらすことはできないだろう。
「君たち二人は自領で謹慎していたまえ。教会についての返答は私が東側諸国を代表して答えよう」
「それでは我々は謹慎に入ります」
「うむ。出口で土産を受け取って帰りたまえ。椿国産のぴよぴよ饅頭が手に入った。あれは美味だ」
アルタイルはロメロ侯爵に何も返さず、俺を連れて会議室を出るときつく扉を閉めた。
「皆怖気づいてんな」
「仕方あるまい。誰しも眠っている間に死にたくはないだろう」
ロメロ邸を出口に向かって歩くが、思いのほかアルタイルは冷静だ。もっと怒っているかと思ったのだが。
出口でにこやかな顔をしたメイドからお土産のぴよぴよ饅頭を受け取ると、屋敷の外へと出た。
「何がぴよぴよ饅頭だよ。この重大な決断を迫られてる時に」
「そうだな。しかし、このぴよぴよ饅頭、なかなか悪くない」
えっ、もしかしてもう食ってんの? と思ってアルタイルを見やると、奴はぴよぴよ饅頭の箱の中から貴族章を取り出し、自身の襟に再びつけたのだった。
「えっ? どういうこと?」
「悪いな、茶番に付き合わせて。君の中にも入っている」
俺も箱の中を確認すると、饅頭の他に自分の貴族章が二つ入っていたのだった。
「これは……」
「ロメロ侯爵からの支援だ」
「わけわかんねぇよ」
「表向き東側諸国は教会側と対立行動をとらない姿勢でいく。しかし我々はその水面下で動く」
「でも、俺たち動くなって釘刺されたばっかりじゃ」
「我々は貴族会議で貴族章を返納した。しかし、誰かがロメロ侯爵邸から返納した貴族章を盗んで悪さをしているらしい」
「あぁ、そういう……」
つまりロメロ侯爵傘下の貴族側の意思としては、教会に逆らいませんと言いつつも、俺たちは好き勝手に動くわけだ。
すると教会はお前のところの貴族が好き放題暴れてんだけど、どうなってんの? と怒る。
しかしロメロ侯爵は、さぁ? ウチに逆らう貴族はいませんよ? 逆らいそうな貴族からは貴族章をとりあげたし。あっ、でも、この前貴族章が盗まれたから、もしかしたらその盗んだ奴らが悪いことしてるかも(すっとぼけ)と言い訳ができるわけだ。
そして俺たちは俺たちで貴族の権利を利用して動けると。
敵を欺くにはまず味方からという奴か。自作自演とも言うが。
「俺は最初からロメロ侯爵のこと信じてたけどな」
熱い手のひら返しである。
「ああ、だが彼にできる支援はここまでだ。これから先は他の貴族たちの力を借りることはできない」
「安心しろ。あそこで雁首並べてる貴族より俺の方が100倍頼りになる」
正確には俺のチャリオットが、である。
「頼もしい限りだよ」
アルタイルは甘い顔に笑みをつくり、馬車へと乗り込んだ。
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ありんす