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アイアンシェフXⅤ

「ハゲテルよ、約束通り、そちのこの島で使った料金は全て免除とする。更に報酬として500万ベスタと、朕専属の料理人となる権利をやるにゃも」


 食べたものに対して対価を支払うと言うのは本当だったようで、執事のバートレーが500万ベスタもの金貨が入った布袋をハゲテルに手渡す。

 グルメル侯爵専属の料理人になるということは、料理界が認めたと言っても過言ではなく、そのまま侯爵の下で料理人を続ければハゲテルの料理界復帰は確約されたようなものだろう。


「さて、食った食った……うっぷ、おえっ……食べ過ぎたか、胃が気持ち悪くなってきたにゃも」


 グルメル侯爵は吐きそうと、自身の口元に手を当てており、あれだけ美味い料理を食べたあとなのに顔色は青くなっていて、酷い脂汗をかいていた。


「大丈夫でしょうか、グルメル様、ハイ」

「触るなにゃも!」


 心配してくれたバートレーをはじき飛ばすと、とうとう侯爵は耐えられなくなり吐き戻したのだった。


「オエェッ、オエエエエッ、あぁ朕が認めた料……オエェェェェッ」


 苦し気な侯爵を見て、バートレーは審査が続行不能と判断し首を振った。


「申し訳ありませんが、今日はこれ以上の審査は不可能と思われますので、また後日に改めましょう。ハイ」

「気持ち悪いにゃも……もう、終わりにするにゃも。後日もやらない」

「しかしグルメル様、まだ一組残っておりますです、ハイ」

「もうハゲテル以上の料理はでてこんにゃも。終わり終わり、順番待ちで残ってるものは金払って島から出ていくにゃも。朕はもう帰るにゃも」


 侯爵は手を振り、自身が乗っているベッドを動かせと指示すると、兵はベッドを移動させようとする。

 マズイ、このままでは帰ってしまう。ここで帰られてはこの島でやってきたことが全てが無駄になる。それだけは絶対に避けなければならない。

 俺は行く手を遮るように前に出た。


「ちょっと待ってくれ!」

「なんにゃもか。朕は具合悪いにゃも。さっさとどくにゃも」

「侯爵、そんなあなたに食べてほしい料理があるんです」

「なんにゃも……朕はもう気持ち悪くて何も入らないにゃも」

「食べてくれれば全てわかるはずです! お願いします絶対後悔させません」


 俺は深く頭を下げて、帰らないように頼み込む。


「梶様、いくらグルメル様でも今日は限界ですので、どうかそのようなことを言って困らせないで下さい、ハイ」


 バートレーが俺を下がらせようとするが、逆にその言葉が侯爵に火をつけることになってしまう。


「食べることで朕に限界なんてないにゃも! そこまで言うならお前の料理を持って来い! ただし生半可なものを持ってきたら利用料金の倍額を請求するにゃも」


 2800万の倍額を請求されたらウチが確実に破産してしまう。

 それなら勝負などせず2800万支払った方がマシなのか? そう思ったが、俺のズボンをクイクイと何かが引く。

 それはキノコを提供してくれたマイコニドで、その顔は俺に任せろと言っているようにも思える。

 いや、顔ないから全然気のせいかもしれないが。

 マイコニドはフニャフニャの親指(?)をたてる。どうやら俺の予想は当たっていたらしい。なら覚悟を決めよう。


「はい、それでいいので食ってください。絶対美味いものを用意します」

「なら食してやるにゃも」


 侯爵はベッドを下げるように命令すると、横になってこちらの調理を待ってくれるようだ。

 よし、勝負できるならこっちのものだ。


「始めよう! 調理を開始する」


 俺は全員に指示を出すと、エプロン姿のクロエと銀河、お手伝いのロイヤルバニーが並び、一斉に調理を開始していく。

 オリオンとソフィーが「うぉーあたし達に任せろ」と味覚の破壊者たちが突撃していったが、俺がお願いだからやめて! と首根っこを掴んで、オリオンを焚火当番、ソフィーを味見係に任命する。

 どのグループも火力のコントロールがしやすい火の魔法石で調理していたが、俺たちの作る鍋は焚火の火を使って作られており、オリオンがフーフーと火に息を吹き込んでいる。

 そこにクロエと銀河が様々なキノコや豆腐、ネギなどの食材を流し込み、木の鍋蓋で蓋をして熱を通す。

 美しい女性たちが料理を作り上げる姿は、男なら誰しも羨ましいと感じるだろうが、グルメル侯爵はダメだこりゃと言いたげな表情になっていた。


「焚火の火なんか使ったら、熱が均一に通らないにゃも。それに調理は一人で行うもの。味の微量なコントロールをするのに他者は余計。まぁ素人にそんなこと言っても無駄にゃもか」

「ウチは家庭的なのが売りなので」

「はぁっ……よくそんなので朕に後悔させないとか言えたもんにゃも」


 それからしばらくして俺たちの料理は出来上がった。

 たくさんの美女が作るという華々しさはあったが、ハゲテルのような爆発や竜巻も起こらず大きな派手さはない。

 俺が逆立ちして包丁を使おうとしたらディーに食べ物で遊ぶなと蹴り飛ばされてしまった。

 オリオンは熱せられた鉄鍋を持ってテーブルへとどんと置く。


「開けますね」


 クロエが鍋蓋を持ち上げると、辺り一面に味噌の香りが漂う。

 コトコトと焚かれた鍋の中には沢山のキノコと豆腐、ジャングルネギが浮かび、俺にとっては懐かしくなじみのある料理がお椀によそわれて侯爵の前にだされる。

 侯爵は厳しい顔つきのまま、お椀を持つと、スンスンと匂いをかぐ。


「これは椿国で使われる、味噌……にゃもか?」

「さすがグルメル侯爵、これはキノコの味噌汁です」

「見たまんまにゃも。味噌汁は椿では一般食で、確か原価が500ベスタ以下で作れると聞いたにゃも。そんな安いもので朕の舌を満足させられるわけないにゃも」

「味は値段じゃないですよ」

「それは食してから朕がいう言葉にゃも」


 侯爵はスプーンを逆手に持って、味噌汁とキノコをすくう。

 大きなため息をついてから味噌汁を口の中へと含む。

 その瞬間だった。

 侯爵の視界が眩むと突如として、若かりし子供の姿へと変化したのだった。


 彼が目を開くと、そこは古き日のグルメル邸の庭であり、目の前には同い年くらいの小さな少女の姿がある。

 これは少年時代思いを寄せていた、貴族の少女に告白したシーンだと即座に気づいた。


「す、好きにゃも! 朕とつき合うにゃも!」

「……ごめんなさい。私国を離れなければならないの。グルメル君とはもう会えない……」


 思いを寄せていた少女は走り去り、その後ろ姿を茫然と見つめる。

 いつしか空は曇り、ポツポツと降り出した冷たい雨に少年時代のグルメルは打たれるのだった。

 それからどれくらいの時間が経っただろうか、ようやく振られたという現実を受け入れてグルメルはとぼとぼと自身の屋敷に戻った。

 すると、母であるセロリ夫人はずぶ濡れになったグルメルを見て驚いた。


「まぁグルメル、そんなに濡れてどうしたの!?」

「なんでも……ないにゃも」

「なんでもないことないでしょ?」

「うるさいにゃも!!」

「グルメル!」


 グルメルは心配する母を振り切って自分の部屋に閉じこもり、ベッドで布団を被って枕を噛みしめながら泣いた。

 その日、ほんの少しだけ彼が大人になった日であり、その涙が彼を大きくした。

 どれくらい泣いたかわからなくなる頃、コンコンと控えめなノックが鳴る。


「グルメル、ママお夜食作ったから、それを食べて元気だしてね……」


 そうして部屋の前から足音は遠ざかって行った。

 グルメルは部屋の外に出ると、小さなお椀から湯気が上る味噌汁と、お鍋にまだありますと書かれた紙を見つける。

 グルメルはその場でぐっと味噌汁を飲むと、母の優しさがじわりと染みる。それでいてほんの少しだけしょっぱい味がしたのだった。

 これが優しさの味というのだろうなと理解した15の夜であった。

 それから間もなくして母は体調を崩し、すぐに亡くなってしまった。

 あの味噌汁が二度と飲めないと気づいたとき、彼は再び涙を流した。



「はっ!? 今のはなんにゃも!?」


 一口でトリップしていたグルメルは辺りを見渡す。

 そこにはキノコの味噌汁が湯気をあげている。

 自身がこの味噌汁という料理で遠い記憶が呼び起こされたことに気づく。

 味噌汁からは懐かしい、良い匂いが香る。

 グルメルは天を仰いだ。そして、自身の両目から熱いものが零れ落ちるのを感じた。


「これが……母……なんと……深い」


 そうこぼして、グルメルは涙を拭う。そしてもう一口、味噌汁を口に含んだ。

 グルメルの視界は再び移りかわり、今度は大人になった自分と、美しい女性が目の前にいる。

 女性は楽し気にこちらを見て、常に笑顔を絶やさない。彼女はこちらの上着を丁寧に脱がすと、衣装かけに上着をかける。


「あなた、お仕事お疲れ様」

「あー、領主の仕事も楽じゃないにゃも」

「フフフっ、お父様から領地を引き継がれて、まだ間もありませんもんね」

「もう皆、何言ってるかわかんなくて朕の頭は破裂寸前にゃも」

「そんなあなたを癒す為に、今日は特別にいつも作ってもらってるコックさんではなく、私がお料理を作りました!」

「ほんとにゃもか!?」

「ええ、いつも凄いコックさんのお料理を食べてらっしゃるので、私のなんて美味しくないかもしれませんが」

「そんなことないにゃも! とっても食べたいにゃも!」


 グルメルはテーブルへと案内されると、そこには小さなお椀に暖かな湯気がのぼる味噌汁が用意されていた。

 グルメルは女性の手料理に喜び、すぐに味噌汁を飲んだ。

 しかしその味噌汁は、彼が雇用している一流の料理人の足元にも及ばず、こんなものを料理人が出せば、まずいと怒鳴って解雇を言い渡すかもしれない酷いデキのものだ。

 だが、目の前に座る女性は嬉しそうに自分が味噌汁を飲むところを見ている。

 自身の為だけに向けられた笑顔、そして自分のことだけを想って作られた味噌汁は、グルメルの胃だけではなく、心までもをポカポカと温かくするのだった。

 それは例えどんな味であろうと美味いものなのだった。


 二口目で再びトリップしていたグルメルは辺りを見渡す。

 やはり自身の手元にはキノコの味噌汁が湯気をあげている。

 グルメルは天を仰いだ。そして、自身の両目から熱いものが零れ落ちるのを感じた。


「これが……妻……なんと……愛おしい……」


 様子がおかしいことに気づいたバートレーは、グルメルの肩を揺する。


「グルメル様! グルメル様、お気を確かに!」

「バートレー、この味噌汁は母であり、妻でもあるにゃも」

「グルメル様! お気を確かに! かなり危険な状態ですぞ!」

「よせ、妻がこぼれるにゃも」

「グルメル様、あなたはまだ独身です、ハイ!」

「…………独身? それでは亡き母になんと報告を」

「セロリ様は健在で、今日もゲートボール大会で優勝してきたと言っていたではありませんか!」

「ば、バカな!?」


 グルメルは狼狽すると、自身が手に持っている味噌汁を見る。


「な、なんだこれは!? 朕は今まで味噌汁なんて飲んだことないにゃも! なぜそれが当たり前のように記憶の中に出てくるにゃも!? まさかこのキノコは幻覚を見せているのでは!?」

「グルメル様、この料理は危険です。食べてはいけません、ハイ」


 俺は一歩前へと出た。


「グルメル侯爵、我々が作る料理は家庭的なのがウリなのです。味にまとまりがなくとも、深い優しさと愛でできています。例えまずく拙い料理であろうと、それはいずれ母の味となるのです」

「は、母の……いや、ちょっと待つにゃも! いくら家庭的でも幻想世界にトリップする食事はまともじゃないにゃも!」


 言ってることがまともすぎてぐぅの音も出ない。

 ディーが俺のかわりに前へと出る。


「侯爵、我々が調べた結果、あなたやアイアンシェフ領の領民が日常的に食されている万能調味料ウェイウヴォアーが毒であることを確認しています」

「な、なんだとにゃも!?」

「この味噌汁に使われているベニ焼肉ダケには体内の毒素を浄化する作用があり、幻覚が見えるのは体内毒素が取り除かれている時に起こるものと推測されます」

「確かに……言われてみれば、胃の不快感が消えてきたような……」

「先程の強い吐き気は毒による――」


 ディーが言いかけたのを俺が遮る。


「侯爵ウェイウヴォアーが毒とか、このキノコに解毒作用があるとかどうでもいいです。大事なのはウチの料理が美味かったかまずかったかだけです。あなたがはっきりさせることができるのはそこでしょう?」

「…………」


 グルメル侯爵は味噌汁に視線を落とす。未だ暖かな湯気をたてる味噌汁。たった二口食べただけだが、答えはわかっている。

 こんな素人丸出し連中の料理にその言葉を口にするのはプライドが邪魔をするが、それでもグルメルは食の選定者として正しく味を伝える義務がある。

 グルメルは目を見開いて答えを出した。


「………美味、ナリ!」


 自身の心に偽らざる感想を述べると、グルメル侯爵はガツガツと味噌汁をかっ食らっていく。

 俺たち全員がぐっとガッツポーズをとる。


「米を持ってくるにゃも!」

「はいはい」


 クロエたちに用意してもらった米と漬物を一緒に並べると、侯爵は味噌汁と漬物だけでガツガツと米を食べ、先程満腹だったというのは何だったのかと思うほどの勢いで大きな鉄鍋全ての味噌汁と、大量の米を平らげた。

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