アイアンシェフXⅢ
裸兎添い寝事件から一時間後、俺がロイヤルバニーをテントに連れ込み、兎なのにニャンニャンしていたということはあっという間に広まってしまった。
今現在、テントの外にある長机で朝食を皆でとっているのだが、凄く空気が悪い。
エーリカとレイランはすげぇ機嫌悪いし、ディーまで少し不機嫌だ。
「あの、ディーさんそこの塩をとっていただいてもよろしいでしょうか」
「はっ?(威圧) 私ですか」
「いえ、自分でとります」
「王様、言ってくれればわたしがとりますよ」
ソフィーがかわりに塩をとると、パーンと良い音をたてて俺の顔面に塩の袋を投げつけた。
「塩でもなめてやがれです」
これがほんとの塩対応って奴かとくだらないことを考えるが、今そんなこと言ったらぶっ殺されるんだろうな。
「全くドスケベ王にでも改名するがいいであーる。美しい人よ、これがこやつの本性である。幻滅するであーる」
日頃の恨みかドンフライはゲラゲラと笑っているが、クロエはぽっと頬を染めたまま熱い視線をこちらに送って来る。どことなくこちらの下半身を見ているような気がしてならない。
こんなときはあのアホに頼ろう。そう思いオリオンを見やると、あの野郎昨日捕まえた子犬くらいあるでかいカブトムシに夢中で朝飯どころではない。ちなみにあの虫、見た目も名前もカブトムシというが、フンコロガシの仲間だ。
頼みの綱もどうやら使えない。こうなると戦略的撤退以外ない。
俺は朝飯をたいらげると、そそくさとキャンプを後にして本物のアホのテントへと向かうのだった。
「なぜ貴様がここにいる」
アランからジトっとした視線を向けられ、俺は肩をすくめる。
「そう言うなよギルバート、こっちにもいろいろあるんだよ」
「一文字くらい被せろ、アランだ。何勝手に朝食を一緒にとってるんだ」
「あぁ俺のウェイウヴォアー抜きで頼むな。あれ毒だから使わない方がいいぞ」
「ふん、何をバカなことを」
俺の言ったことを全く信用していなアランは、俺以外の朝食にはウェイウヴォアーをしこたま入れ、こちらには残飯みたいな飯を寄越した。
「それでも食ってろ」
「ケチな奴」
「朝食たかりに来てよく言う」
俺は犬飯みたいなリゾットをガツガツと平らげる。まぁ悪くない、油きついけど。
アラン作の残飯リゾットを食べ終えると、ウチのキャンプからふらふらとサクヤがこちらに向かってやってくる。
「王君……あそぼ……」
近づいてきたサクヤを前にして、アランがすくっと立ち上がり、すぐさま自身の髪をかきあげて紳士的な礼をする。
「こんなところにいかがしましたかなマドモアゼル。お困りのようならこの私になんなりとお申し付けください」
「?」
サクヤはよくわからんと首を傾げている。
「気にするな。コイツはそういう病気だ」
「貴様は黙ってろ。あなたからはとても高貴な、わたしと同じオーラのようなものを感じます。私はアラン、お見知りおきを」
アランはすっと手を差し出すが、サクヤは華麗にそれをスルー。
ずっと首を傾げっぱなしなので、どうしたのか聞いてやる。
「どうかしたか?」
「この人……前倒れたときと……全然違う」
「なんだお前、知り合いだったのか?」
「バカな、この私がこんな美しい女性を忘れるなどありえん」
「わたしのこと……森まで、引っ張った」
「森?」
「うん、怪我して……助けてって」
アランはふと考えてはっとする。
「ま、まさか君は……あの時倒れていた」
サクヤはコクリと頷く。どうやら面識があるらしい。
俺もピンと来た。
「ひょっとしてお前、こんなところで人が倒れてるぞって言った時じゃないか?」
「ギクッ」
自分でギクッて言う奴初めて見た。
「あの時……テントに助け求めた時、会った」
「ん? サクヤは確か森の中で倒れてたよな? 砂浜まで行ったのか?」
「うん……でも、森の中に戻され……た」
確かにあの時森には引きずられた跡があり、そのおかげで彼女を発見できたと言ってもいい。
「お前、まさか助けを求めに来たサクヤを森の中に捨てたのか?」
「ギクギクッ」
こいつほんとクズだな。
「でも……人を……呼んでくれたよ」
サクヤは無垢な瞳で可愛らしく小首をかしげる。
「あれを人を呼んだと言っていいのか」
たった一回人が倒れてるぞと言っただけである。もし気づかなければサクヤはあのまま死んでいたことだろう。善人か悪人かで考えれば天秤は悪人の方に傾くと思う。
「し、仕方ないだろう! あの時はドロドロで汚かったし、臭いもきつくて」
「女の子に臭いきついとか言うな」
「す、すまん。しかしあれではただの薄汚い奴隷としか思いようがなかった」
「薄汚い奴隷でも助けてやれよ」
「わ、私は悪くない! 雇い主が捨ててこいと言ったら、捨ててくるしかないだろ! 私は悪くないぞ!」
「そういうとこぉー。すぐ人のせいにする」
ゲス野郎ともっと言ってやりたいところだが、事実奴の最後の良心によってサクヤは助かったわけだから、あまりいじるのはやめよう。
「王と呼んでいたが、お前どうやって彼女を雇用したのだ。奴隷のチャリオット加入はいろいろ制限があっただろう」
「元の主人から引き取って、再度奴隷契約してチャリオットに加入した」
「なっ!? まさか自ら奴隷になったというのか?」
「しょうがねぇじゃん、それしかチャリオットに加入させる方法ないし」
サクヤの首にはリボンのついた平伏の首輪が巻かれている。
「ま、まさか、この高級感で奴隷……なのか?」
確かに、ハゲテルが主人だったときはお風呂もほとんど入れてもらえず、食事も貰えなくて不健康さと体の汚れが目立っていたが、今はたくさん食べ、体も綺麗に洗い、耳や尻尾のフワフワな毛の手入れもされており本来の彼女達の美しさが戻ってきている。
バニースーツによって美しい脚線美と胸元が惜しげもなく披露されており、奴隷だといって信じる方が少ないだろう。
「まぁロイヤルバニーって言ってるしな。あぁサクヤはシルバーバニーだ」
「シルバーバニーだと!?」
「ちなみに団長はゴールドバニーって言ってたっけな」
「金銀兎だと!? お前一体どんな手を使った、シルバーバニーとゴールドバニーはロイヤルバニー種の中でも特に希少で大金はたいたとしても買えるもんじゃないんだぞ!?」
「鼻息が荒い。顔が近い。息が臭い。そりゃ奴隷にしてくださいって言われたから」
「嘘をつくんじゃない! そんな夢のようなファビュラスがおきるわけないだろう!」
「ファビュラスってなんだよ……。だから、お前が人が倒れてるぞって言って、俺たちが彼女を助けたわけ。そんで、仲間も危険な目にあってたからそれも助けた。そこからいろいろあって元の主人から解放されたからチャリオットに入れてほしいって言われたけど、でも奴隷あがりじゃ無理、じゃあ奴隷にしてって流れ」
「嘘をつくんじゃない!!」
アランは血走った目で俺の胸ぐらをつかんでガクガクと振るう。
「そんなの空から3億ベスタ降ってきましたと言ってるのと同じだぞ! しかも仲間がいるだと!?」
「あと二十人くらい、同じく奴隷化してウチに入った」
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「いや、ふざけてないし。もしかしたらあそこでサクヤを助けたのが俺じゃなくて、お前だったらロイヤルバニーたちはお前のこと好きってなってたかもしれないのに」
「はぁぁぁぁぁぁっ!! ……嘘だ、うそ……」
アランは3億円の宝くじを拾ったのにゴミだと思って捨ててしまった人みたいに絶望しながら頭を振っている。
「大丈夫か?」
「わた、わたしがロイヤルバニーのある、あるじになれ……あるじに」
こらダメだな。
この絶望のしっぷりから見るに、ロイヤルバニーの市場相場は相当高いようだ。
あのハゲどうやってロイヤルバニーを奴隷化したんだろうな。
そんなことを考えている最中だった。
突如空からヒュンヒュンと何かが回転する音が聞こえ、俺は上空を見渡す。
すると、島の遠方から巨大なプロペラと、風の魔法石による推進装置をつけた巨大な帆船が空を浮かびながらこちらへと向かって来る。
「あれはグルメル侯爵の高速飛行艇か?」
グルメル侯爵は世界各国に食料を輸出する為の飛行艇を持っており、俺はあれをクール宅急便と呼んでいる。
「通常の船より大分大きいみたいだけど、何かあったのか?」
俺とサクヤは海岸線に着陸した船を見に行くと、丁度船の中からでっぷりとしすぎて自分では歩けないグルメル侯爵を兵が四人がかかりでベッドを担いで移動する姿があった。
頭の上にはバカっぽい王冠を乗せ、目の下にはクマができて不健康そうな風貌をしている。
なぜグルメル侯爵が直接この島にやってきたのか。
「あぁ……息をするのも面倒にゃも……」
「きょ、拠点の設営は既に終わっております、です、ハイ」
「終わってるなら早く朕をそこに連れて行くにゃも!」
「し、失礼しました! です、ハイ」
イライラしたグルメル侯爵に怒鳴られ、燕尾服の男性は慌てて侯爵の乗るベッドを運んでいく。
「あれは確かグルメル侯爵の執事だな」
確か名前をバートレーとか言ったか。
最初にグルメル侯爵邸に行ったときに会った中年の執事で、腰が低く、グルメル侯爵の無茶ぶりに振り回されて可哀想な目にあってた人だった。
ベッドはすぐ近くにあるキャンプに運ばれ、そこでは侯爵の私兵が慌ただしく何かを設営している。
どうやらキッチンを作っているようで、調理台を組み立て、水を引き、食材を並べていく。それも間もなく終わったようで、グルメル侯爵の私兵はトランペットを吹き鳴らす。
「集合! 集合! キャンプ参加者はただちに集合せよ!」
音と大きな声に驚いて、キャンプをしていた冒険者や貴族たちがぞくぞくと野外キッチンへと集まって来る。
「なんだ?」
「なにがあったの?」
ウチのチャリオットたちも何事かと思い、設営されたキッチンスタジアムへと集まって来る。
そこにはハゲテルの姿もあり、目と目が合って一瞬剣呑な空気が流れた。
「これでこの島にいる人間は全部にゃもか?」
「はい、登録されている冒険者、貴族全員揃っております。ハイ」
バートレーから島にいる全員を集め終わったと聞くと、グルメル侯爵はうぉっほんと咳払いを一つして音を反響させるやまびこ結晶(通称マイク)を口に当てる。
「あー、にゃもにゃも、集まった貴族、冒険者たちに告げるにゃも。朕は一か月間料理を作る猶予を与えると言ってこの島に君たちを連れてきたにゃも。しかし、どいつもこいつもゴミみたいな料理を持ってきて、朕の胃を満たすものは未だ一人としていないにゃも。朕は理解したにゃも。君らに一か月程度時間を与えようが今すぐ料理をださせようが結果は一緒にゃも。だから今日、ここにいる全員の料理を試食するにゃも」
「そんな、我々はここに来てまだ二週間も経っていませんよ」
当然のルール変更に参加者から不満が噴出する。
「うるさいにゃも! この島では朕がルールにゃも!!」
グルメル侯爵はすさまじい剣幕で怒鳴り、全員が静かになった。
「未だ準備不足を主張するものをあと数週間待ったところでどうせ大したもんはでてこんにゃも! お前たちには時間ではなく必死さが足りないにゃも 。よって、朕は新たにルールをつけたすにゃも。これから朕が試食して見込みすらないものに対しては島から強制退去、それと今まで食った食材の料金を請求するにゃも」
一同がえっ、と顔を見合わせる。
確かにこの島は資源が豊富で山ほど貴重な食材を食った気がするが、それが料金にされると一体いくらになるか見当もつかない。
「お前ら一人一人に監視用の使い魔をつけてたにゃも。その使い魔が見て使用した、または食ったとされる食材の推定金額を今からお前らに見せるにゃも」
グルメル侯爵が指をぱちんと鳴らすと、兵達が各々キャンプをしているリーダーにぺらい紙を手渡していく。
俺の手元にもバートレーから金額が書かれた領収書みたいな紙を手渡される。
「申し訳ありません、です、ハイ」
謝罪と共に渡された紙には細かな明細とともに、合計利用料金2800万ベスタと書かれていた。
「に、2800万ベスタ!?」
ちょっとした豪邸を作れるくらいの金額だ。
「……高い……ね」
「待ってくれ、あまりにも高すぎるだろ!」
バートレーに詰め寄ると彼はあぶら汗まみれの顔を必死で拭きながら「申し訳ございません」と繰り返しつつ一番高い食材の代金を指さす。
そこにはメタルドラゴン一頭2000万ベスタと書かれている。
「ちょっと待て、俺たちメタルドラゴンは食ってないぞ!?」
「食してなくてもメタルドラゴンを狩猟したのは貴殿のトライデントチャリオットであると確認しておりまして……ハイ」
「いや、それはそうなんだが……」
ちょっと待て2800万なんて払える金額を余裕で上回ってるぞ。
「これ、もし払えなかったらどうするんですか?」
もっともな疑問を他の冒険者が侯爵に問う。
「利用料金が1000万以下なら地下グルメルランド建設の為の強制労働をしてもらうにゃも。1000万以上なら奴隷として黒土街送りか、臓器を売ってもらい、文字通り体で払ってもらうにゃも」
全員の顔が一気に青くなる。
「ふざけるな、あんたがタダで研究していいって言ったんだろ!?」
「そうよそうよ!」
「うるさいにゃも!! 朕は美食家にゃも。料理に対してはちゃんと対価を支払うにゃも。朕がお前らの作った料理を採点して金額にしてやるにゃも。その差額を使った額から差し引いて払ってもらうにゃも。ようは食った分料理で返せばいいだけにゃも」
「そういうことを言ってるんじゃない。言ってることが最初と今じゃ違うってことだ!」
なおも食い下がった男性冒険者にグルメル侯爵は青筋をたてて私兵に顎で命令する。
兵は男性冒険者を無理やり取り押さえ、縄で縛っていく。
「や、やめろ! 何をする!」
「お前には料理を出すチャンスすらやらんにゃも。即強制労働にゃも。もう一度言うにゃも。ここでは朕がルール、タダでここの食材を使ってるお前らにガタガタ言う資格はないにゃも。嫌なら今すぐここで食った分の料金を支払って島を出ていくにゃも。タダより怖いものはないにゃも」
グルメル侯爵はお前らに発言権はないと不快気にこちらを見下している。
言ってることが無茶苦茶だ、タダで食材を使っていいと言っておきながら後から金銭を要求するのは完全に詐欺だ。全員が苦い顔をしているが、ハゲテルだけはニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
予想より早いが奴との決着をつけるときが来たようだ。