アイアンシェフⅩ
銀河の水遁で沼の泥を落としたロイヤルバニーたちは、順次ソフィーの回復によって麻痺と体の傷を治療されていった。
「ありがとう。あなたがいなければ私たちは全員死んでいたわ」
洗浄されて綺麗になったカリンは座ったまま俺に手を伸ばす。
俺はその手をとった。
「いや、礼を言うならサクヤさんに。彼女が助けを求めなかったら俺達は気づきすらしませんでしたから」
「いえ、気づいたとしても奴隷を助けにきてくれる王なんていないと思うわ」
彼女はにこりとほほ笑むが、俺の視線はどうしても彼女の足に向かう。
救出されたロイヤルバニーの中で満足に立つことができる者は一人もおらず、皆座り込んでいるか誰かの手を借りてなんとか動けるという状態だ。
フルリザレクションをかけて治療してやるというのも手なのだが、フルリザレクションは既にサクヤに使っており20数人分全員にフルリザレクションをかけようと思うと、気が遠くなるくらい魂を得なければならないし、その為に無差別に魂を集めていいのかと言われれば俺は疑問視してしまう。
珍しく難しいことを考えていると、ディーがメタルドラゴンの前で俺を呼んでいる。
「王よ、こちらへ。見せたいものがあります」
言われて俺はメタルドラゴンの死骸の前へと立つ。
「これを」
そう言って見せられたのは、メタルドラゴンの羽の付け根にあたる筋肉だった。
そこにはG-13が細い電極から電流を流して、何かデータをとっている。
「これがどうかしたのか?」
「エーリカ、G-13と先ほど協議したところ、このメタルドラゴンの筋肉繊維は自由に伸縮し人間の電気信号を通すということがわかりました」
「つまりどういうことだってばよ?」
「人間の脳は、筋肉に対して電気信号で命令を送ります。筋組織はその電気信号を受けて体が動かすことができるのです。G-13の実験の結果、このメタルドラゴンの筋肉繊維は人間のものに非常に近く、代用がきくという結果が出たのです」
「ん……それって」
「はい、失われた彼女達の足に、このメタルドラゴンの筋肉繊維を移植することで、切断されたアキレス腱が繋がる可能性があります。それどころか更に強靭な脚力を発揮できるようになる可能性が高いです」
「なにそれ、渡りに船じゃん。移植とかできるの?」
「エーリカとG-13 がいれば可能です」
「すげぇなあいつら、なんでもできんな」
「ガリアでは既に難病対策に人工筋肉を使用するという、私にも少し理解が及びませんが、失った筋肉を別の物で代用する技術があるそうです」
「ガリアすげぇな」
バカっぽい感想しかでなかった。
「ただし、王よ。私から苦言を呈させていただければ彼女達は奴隷です。その奴隷にここまでの大手術をしてあげる理由は我々にはありません。ここまでくると人助けの域をこえています」
「ハゲテルの奴隷必死こいて治してあげてどうすんだって話だな。その点に関しては俺に考えがある」
「王よ、恐らくあなたは簡単に彼女達をひき入れればいいと思っているかもしれませんが、奴隷をチャリオットに引き入れるには条件が――」
ディーと話している最中、アマゾネスに捕らえられたハゲテルが後ろ手に腕を掴まれて連れてこられた。
「やっぱり近くにいたか」
「ハエの卵を拾っているところ捕らえました」
「離せ、この無礼者どもめが!」
「黙れ人畜生が」
俺はハゲテルの胸ぐらを掴み上げる。
「お前のような人の命を踏みにじってでも己の目的を優先する輩がいるから」
「や、やめろ。ワシはこれでも貴族章を持っているのだぞ! ワシを殺して糾弾されるのは貴様らじゃ!」
「なにをぬけぬけと。犯罪者の分際で」
俺は胸ぐらを掴んだまま腐敗沼へと老人の体を運ぶ。
「よせ、やめろ! ワシがこの島から帰らなければすぐにバレるぞ」
「事故ですね。元宮廷料理人、食材を取りに行って足を滑らせ沼へと転落」
ディーが俺にかわって状況だけを見た説明をすると、ハゲテルは顔を青ざめさせる。
「やめ……やめろっ、ワシが死んだら兎共が死ぬぞ!」
「…………っ」
サクヤたちに取り付けられいてる平伏の首輪は、ハゲテルが死ねば毒針が突き刺さるようになっている。
俺はハゲテルの体を沼から引き上げると、そのまま放り投げた。
「おいハゲ爺、俺たちの討伐したメタルドラゴンの好きな部位を持って行っていい。そのかわりロイヤルバニーたちの首輪を全て外して、奴隷権を放棄しろ」
「なに……」
「元々お前はメタルドラゴンの肉が欲しかったんだろ。でも手に入らないから、このハエで妥協した。ロイヤルバニー全てを失ってもハエを優先したわけだ。なら本来の目的であるメタルドラゴンの肉が手に入るなら問題ないわけだろ」
「お断りじゃ、奴らは動けなくなったとしても見た目だけは一級品じゃ。黒土街でこいつらを売りに出して、新しい奴隷を仕入れ――」
俺はハゲテルの真横に黒鉄を突き刺した。
奴の頬から血が一滴流れ落ちる。
「おいハゲ、あんま調子乗んなよ。これは取引じゃなくて要求だ。お前に飲む以外に選択肢はねぇんだよ」
飲まなければ奴隷契約書を奪ってから沼に沈めるだけだと視線で語ると、ハゲテルは大人しくなった。
「うぐ……貴様、何を考えている」
「お前と料理勝負がしたい」
「ワシと料理のじゃと……」
「あぁそうだ。お前は彼女達から戦士としての誇りを奪った。だから俺はお前の料理人としてのプライドを奪う」
「……ふん、あんな歩けもしない兎どもを欲しがるのは変態貴族くらいのものだと思っていたが、酔狂な男め」
そう言ってハゲテルは二十数枚の奴隷契約書を懐からだすと、俺に向かって放り投げた。
俺は即座に契約書を回収する。
お互いの要求は成立し、ハゲテルはメタルドラゴンの肉の採取に移る。
「爺、羽の筋肉のところは持っていくなよ」
「そんな硬い肉などいらんわ」
ハゲテルは麻袋にメタルドラゴンの肉を入れて、紐で口を縛ると、にやりと笑みを浮かべる。
「料理勝負などとバカなことを。この食材さえあれば、ワシが負けることは万に一つもない」
「そりゃ結構。なら近いうちにグルメル侯爵のところで料理バトルといこう。言っとくがこっちも勝算なしであんたに挑んでるわけじゃない」
「ほぅ……」
「ちなみにあんたと違って俺達の料理は家庭的なのを売りにしている」
「ふん、素人が。貴様に負ければワシは料理界を堂々と引退してやる」
「そりゃ楽しみだ」
ハゲテルは身の程知らずが、と捨て台詞をはいて、沼地を後にしていく。
「王よ、よろしかったのですか? メタルドラゴンの肉までさしだして。我々に切り札であるキノコがあると言いましても、グルメル侯爵が解毒作用に気づかなければ我々の負けですよ」
「ああ、わかってる。でも、あいつは力でねじ伏せてもダメだと思うんだ。奴の土俵で負かしてやらないと」
ハゲテルが去った後、俺はロイヤルバニーたちに向き直って、彼女達の足が再生するかもしれないという旨を伝える。
その話に対してバニーたちは誰一人として反対せず、エーリカの施術を受けることを了承した。
「私たちの足が治るのだったら、なんでもするわ」
「それは結構、うちには最新医療の申し子であるドクターがいる」
俺がエーリカを促すと、彼女は既に血まみれのエプロンとマスクを身に着け、両手にドリルを持っていた。
その隣には同じく血の付いたドリルとノコギリを持ったG-13が並ぶ。
「彼女が名医であるホワイトジャックと呼ばれる闇医者だ」
「よろしくお願いします。こちらは助手のG-13です」
[ダイジョブデス、全テヲマカセテクダサイ。ダイジョーブ]
エーリカとG-13が礼をすると、二人の持ったドリルがキュイーンと回る。
ロイヤルバニーたちの目はすこぶる不安げだ。
「私が施術を行うからには、あなたたちを完全な改造人――完全な体に戻すことを約束しましょう」
「あいつ今改造人間言ったネ」
「多分手術台から起きたらハエと合体させられてるわよ」
「ザッフライニャ」
「というかホワイトな闇医者ってなんですか」
ひそひそと我がチャリオットからドクターにエールが送られている。
「貴方たちが目覚めた時には握力はゴーレム級に、キックは一撃で岩盤を砕くオーガ級に、一回のジャンプで成層圏を超えられるほどの超人にして差し上げます。本機はこれをアイアンウーマンプロジェクトと」
「ドクター、そろそろ施術の方を」
「わかりました」
ロイヤルバニーたちはすこぶる不安そうにしながら簡易診療台に体を拘束され、キャンプの近くで夜通し足の手術が行われたのだった。
その夜はひたすらドリル音やレーザー音が絶えず、とてもまもともに寝られたものではなかった。
翌日
さすが驚きのホワイトジャック先生。
二十人以上の施術をたった一晩で終え、ロイヤルバニーたちは既に歩けるまでに回復している。
サクヤとカリンだけは異常な回復力を持っており、既にジャンプが使用できるほどになっていた。
「さて、体も無事動けるようになったようだし、話をしないとな」
俺はロイヤルバニーを砂浜に集めると、まず全員から感謝の言葉があった。
「ありがとう。あなたは私たちの命と、戦士としての命、二つの命を取り返してくれたわ」
「まぁ礼はホワイトジャック先生と、手術を許可したディーに言ってやってくれ」
「そんな、あなたがいなければ私たちは深い絶望の中で死んでいったと思う。本当にありがとう」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「感謝してあげてもいいです」
「あり……がとう」
まっとうに感謝されて俺は頬をかく。こういうのは何回あっても慣れないものだ。
「それでなんだけど、君らの奴隷としての権利をハゲテルから貰って来た」
俺はハゲテルから穏便にいただいた奴隷契約書を見せる。
そしてそれをその場で全て破り捨てた。
それと同時に彼女達の首輪が軽い音をたててはずれる。
「これで君たちはもう自由だ」
ひゅっと風が吹いて、破った契約書は海の彼方へと飛んでいく。
バニーたちは首輪があった辺りをさすりながら、自分たちを拘束していた首輪を見やる。
そしてこちらに振り返ると、深く頭を下げた。
「もう、ここまでしてもらうと何で恩を返していけばいいかわからないわ」
「命……しか……ない」
「ええ、本当にそれくらいしか思いつかないわ」
冗談で命をかけるとか言ったりするが、今の彼女達は本気でそれしかないように思っているようで、その目は真摯的だ。
「それでなんだが、まぁその……なんだ」
俺が言葉をつまらせていると、バニーたちは小さく笑みを浮かべる。
もうこちらが何を言うかわかっていると言いたげな表情だし、それに対する答えも決まっていると言いたげだ。
「これをあげよう」
俺は彼女達の予想を裏切り金貨の入った布袋と、この島を往来している定期船のチケットを手渡す。
「えっ? これは……」
「少ないが、お金と、この島からアイアンシェフ領に戻る船のチケットだ」
こちらの言っている意味がわかっていないのか、全バニーの頭の上に疑問符が浮かんでいる。
どうやら想像した内容と俺の言っている内容が違うようだ。
「君らは解放されたんだ。第二の生活を楽しむといい」
「……? チャリオットに……入れるんじゃ」
「まぁ、また俺の領地の近くにでも来たら遊びに来てくれ」
「ちょ、ちょっと待って。お姉さんたち、てっきりあなたのチャリオットに誘われると思っていたんだけど、ケガ人は受け入れてないってことなのかしら?」
「いんにゃ、ウチは基本来るもの拒まずだ。俺もできることなら君らを勧誘したかった。けど、昨日ディーに言われて初めて知ったんだが、元奴隷階級って元の主が雇用権を放棄しても軍属、つまり貴族が雇用する兵や、領土戦争を行っている王のチャリオットには何年か加入できないんだ」
この法ってのが一体なんでできたのか詳しく聞いたら、奴隷上がりの人間がチャリオットや貴族の兵になると見せかけて王たちを殺害するリベンジ殺人があとを絶たないくらいおきたらしい。
元奴隷はやはり奴隷痕と呼ばれる黒い縦縞の焼き印ですぐに身分がバレてしまい、奴隷から脱却できたのに生活がうまくいかない人が多かったみたいだ。
そんな元奴隷たちを受け入れたのが、戦争や、危険なモンスターと戦う貴族の兵で、元奴隷たちは安い金で戦争や貴族の盾として扱われた。
しかし元奴隷もタダで死んでやるかって思いで権力者に牙を剥いた。奴隷の時の恨みを首輪がとれてから果たす人間が多いみたいで、ある意味虐げ続けた奴隷からの反逆は当然とも言える話だ。
そう、この法律は奴隷上がりの人間を危険な戦争に駆り出されないようにする優しい法律ではなく、奴隷からの復讐を防ぐための法であった。
「じゃ、じゃあ……私たちは」
「奴隷じゃなくなった君たちはウチには入れない。ただ、そう悲観することもない。君らくらいの技術があれば十分どこでもやっていける」
「それじゃ……何も……恩返し……できない」
サクヤの意見にロイヤルバニーたち全員が頷く。
「まぁ気にすんな。下心がなかったかって言われれば嘘だが。命を救ったからウチで働けなんて取引を持ち掛けるつもりもなかったからな」
残念ながら彼女達とはここまでなのだ。
「待って……」
サクヤが引き留めようとするが、俺は構わずキャンプの方に戻る。
そろそろ朝飯の時間だからな。
「怪我をしているのに気の毒なんだが、君たちはハゲテルとの奴隷関係が切れて、この島での滞在権がないんだ。だから今晩定期船が来る……それでアイアンシェフ領に戻ることになるだろう。朝、昼、夜とたっぷり飯を用意するから食ってくれ。それから――」
お別れだ。