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アイアンシェフⅦ

 勇咲達トライデントチャリオットがメニューに光明を見出し、キノコの創作料理について案を出し合っているその頃。


 薄暗い森の中、ハゲテル・クッカーは目の前に並ぶロイヤルバニーたちに怒鳴り声をあげていた。


「お前ら揃いも揃って、手負いのメタルドラゴンも倒せんのか!」


 そう、以前出会ったメタルドラゴンが食料を求めて上空から降りて来たのだが、こちらの気配を気取られてまた逃がしてしまったのだった。

 カリンは釈明する為に前にでた。


「ハゲテルさん、今回逃がしたのは奇襲の合図が明らかに早かったからですよ。合図をされたのは貴方です」

「知るかそんなもの! 貴様がいつまでも引き付けようとするからじゃろう! 相打ちしてでも奴を仕留めろ!」


 ハゲテルがカリンの頬を強く平手で打つ。


「なんだその目は? 反抗的な態度ばかりとりおって」

「いえ、何もありません」

「いつまでたっても前の王以外受け入れようとせん。くだらんプライドにしがみつきおって娼婦風情が!」


 ハゲテルがメタルドラゴンにこだわり続けて、早四週間近くが経つ。

 この島にいられる滞在期限は一か月迄であり、それまでに成果が出せなければ強制的にグルメル領へと送還され、そこで生半可な料理でもだそうものならアイアンシェフ領特別特権において投獄、最悪処刑される可能性すらあるのだった。

 しかしそんなことよりもハゲテル自身、妥協した料理をだすなんてプライドが許さない。

 誰も認めなかったグルメル侯爵が、自分だけは認めたという実績を持って汚名をすすぎ、追放された料理界に返り咲くチャンスでもあるのだ。


「メタルドラゴンがどうしても手に入らないと言うのなら……あの食材を使うか」


 この島に存在するかどうかはわからない。だが、あのモンスターはこういった食物が豊富な場所には必ず存在する。

 奴ならば確実に捕まえることができるだろう。ただし奴を捕獲するには贄が必要だ。

 贄ならばある。ここに二十体の極上の肉が……。

 手離すにはいささかおしい気もするが、何度も失態を繰り返す無能であり、挙句その責任を自分に押し付ける。

 もういいだろう。こいつらには奴を呼ぶ生贄となってもらい、最高の料理に協力してもらう。

 ハゲテルは不気味な笑みを浮かべ命令する。


「ゴミ捨て場を探せ。モンスターが食い漁った死体が放置されている場所だ」


☆★☆


 時間は正午を回った頃、ゼノは三機のアーマーナイツを率いて、グルメル侯爵の荷物であるコンテナを運んでいた。

 先頭を進むゼノ、その後ろにタイヤ付きのコンテナを鎖で引っ張るアーマーナイツと、その隣に護衛の機体がつく。

 鬱蒼と生い茂る針葉樹をかき分け、轍と足跡を地面につけながらジャングルのような島を進む。

 道とも言えぬ道を無理やり進んでいく。当然この島はアーマーナイツのような巨体が堂々と通れるように整備されているわけではない。

 ようやく指定地点につきかけた頃にはどんよりとした雲が出始め、ゴロゴロと嫌な音が鳴り始めている。

 そして機体の頭部にポツポツと雨粒が落ちはじめていたのだった。


「雨……もう最低ですわね」


 ゼノが毒づいたのが気に入らなかったのか、雨の勢いは徐々に増していく。

 アーマーナイツが歩くと、ぬかるんだ地面に足裏が滑っている。このまま運搬を続けるのは難しいかと思っていると、仲間の機体から通信が入る。


「ゼノ様。コンテナにとりつけたホイールがぬかるんだ地面にはまっているであります。少々お待ちください」


 その報告にゼノは小さく息を吐き、このまま無理やり進むか雨が止むのを待つか考える。

 しかし雨は更に勢いを増し、ズダダダダと強い雨が木の葉を叩き、身の危険を感じるほどの勢いで降り注ぐ。

 地面の土が溶け、茶色い濁流が凄い勢いで流れ、アーマーナイツの足首くらいまで水かさが増している。

 黒い雲は雷鳴を轟かせ、轟音と共に落雷を近くの木に落とす。

 土砂崩れがおこるとまずい。しかし目的地はもうすぐであり、幸いこの雨量であればコンテナは地面を滑っていけるだろう。

 むしろ今となっては戻る方が危険か。

 そう判断したゼノは強行することを決める。


「引き渡し地点はもうすぐそこですわ。押して行きなさい」

「はっ」


 護衛のアーマーナイツはコンテナを無理やり押して先へと進めていく。

 ようやっとの思いで貨物の引き渡し場所につくと、ゼノは呆気にとられた。

 そこには何もないのだ。

 見渡す限り冠水し、まっ茶色の濁流が流れる地面が広がるだけで、建物らしきものは何もない。

 森の中にぽっかりと不自然に開けたスペースの先には、食品加工センターらしき工場が見えている。

 なぜこんなにも引き渡しポイントが手前に指定されているのかがわからない。


「どういうことですの? なぜなにも」


 グルメル侯爵から手渡された、貨物の下ろし位置が指定された島の地図を確認するが間違ってはいない。

 それどころか地図には注釈として、島中央の建物には近づかないようにと書かれているのだ。

 恐らく平時であれば、ここに荷物を置いて後から食品センターの人間が取りに来るのだろうが、この雨でコンテナを放置して帰れば流されてしまうことは確実だろう。

 ゼノは舌打ちを一つすると、仕方がない、どうせ食品センターは目の前なのでそこまで運べば文句はないだろう。

 そう判断し更に進むことを決断する。

 しかし、指定地点を通り過ぎようとしたときだ。

 突如機体の脚が何かにはまり動けなくなる。


「なんですの、これは……」


 無理やり機体を前に進めようとする。だが、一歩前に進むごとに機体がズブズブと沈降していくのだ。

 ゼノがようやくこれが何かに気づいた時には、三機ともその場所に足を踏み入れてしまっていた。


「まずい! ここは沼ですわ! 全機下がりなさい!」


 一見まっ茶色の地面に見える為、普通に地面があるのかと思ったがそうではない。

 このぽっかりと開いていたスペースというのは、冠水した沼があった場所なのだ。


「ダメです、戻れません!」


 他のアーマーナイツも足をとられ、なすすべなく沼の中へと沈んでいく。

 しかもタチが悪いことに、この沼は底なし沼のようで、際限なく沈んでいく。機体は自重であっというまに沈むと、そこにはまるで何もなかったかのように三体のアーマーナイツ姿はなくなっていたのだった。


☆★☆


 嵐は一時間もしないうちに過ぎ去り、空は元の青さを取り戻し、雲の合間から陽の光が差し込む。

 ロイヤルバニーたちはハゲテルの命令により、ゴミ捨て場と思われる沼地を囲っていた。

 冠水した水が引き、周囲は汚泥にまみれており、その沼の汚さは際立っていた。

 大雨によって沼の水があふれ出し、周囲にモンスターの死骸や骨、腐肉が散乱していて、そこら中で虫が飛んでいる。

 本来死んだモンスターが勝手に一カ所に集まって来るなんてことはありえない。

 しかしモンスターの死体や死肉を一カ所に集める死体集めが趣味なモンスターがいるのだ。

 大体死体の集め方で何のモンスターか想像がつくのだが、嵐のせいで特定ができないでいた。


「ふむ、悪くない。嵐で荒れているが、その方が”奴ら”を呼び寄せやすいじゃろう」


 ハゲテルは腐敗沼の様子を見てニヤリと笑う。

 恐らくここは自分の想像しているモンスターがいるに違いないだろうと。


 ロイヤルバニーたちは一体何をする気なのだと、ハゲテルを見やるが意外なことに老人は彼女達をねぎらったのだ。


「よくやった、食料を渡す。奴らが現れるまでそれを食って休憩していろ」


 あまりにも意外な言葉に怪しんだが、ハゲテルが麻袋から取り出したのは粗末な形の悪い野菜で、それを一人一人に手渡していく。

 昨日の朝に食事をご馳走になったとは言え、それから今まで食事を抜かれていた。今度はいつ食事にありつけるかわからない現状では、食べないという選択肢はないのだった。

 ロイヤルバニーたちは各々受け取った野菜をかじっていく。

 まずい、昨日食べた暖かい食事を後悔するバニーが多かった。あんなに美味しい料理を食べてしまったら、本来の食事のまずさが際立ってしょうがない。


「まずい……」

「仕方ないわよ。昨日のお食事が美味しすぎたから」

「うん……」


 カリンとサクヤが野菜を半分ほど食べると、体に違和感を感じる。

 指先、足のつま先がピリピリと痺れる、そんな違和感。

 カリンははっとして、サクヤの持っていた野菜をはたき落とす。


「全員食べちゃダメよ! これは麻痺毒よ!」


 カリンの叫びに全員がすぐさま持っていた野菜を放り投げるが、時すでに遅くバニーたちは次々に倒れ伏していく。

 最後まで立っていたカリンがようやく倒れると、ハゲテルはニヤリと笑みを浮かべながら近づく。


「貴様らを手放すにはちと惜しいが、これもワシの最高の料理の為じゃ」

「何を……する……気」

「貴様らには、とあるモンスターを呼び寄せるエサになってもらう」

「私たちがいなければ……モンスターを捕まえることは……できない」

「捕まえる必要はないんじゃよ。勝手に落としていってくれるからな」


 カリンは訳がわからず混乱する。だが、元から狂人のやることを理解しようとすること自体が間違いなのだ。


「お前たちに逃げられると厄介じゃからな。悪く思うなよ」


 ハゲテルはナイフを取り出すと、その刃先をカリンの足首の後ろに当てる。


「ちょ、ちょっと……何を――くっ!!?」


 カリンが声を上げる暇もなくハゲテルは彼女の片足のアキレス腱を切ったのだ。

 ロイヤルバニーの命とも言える脚を、この男はいとも簡単に奪った。

 あまりに予想しえなかったことに彼女の瞳には涙が浮かぶ。

 ハゲテルはカリンの足を奪うと、次はサクヤの右足首にナイフの刃を押し当てる。


「やめ……て。私だけで……十分……でしょ」


 麻痺でろれつが回らないが、カリンは必死に声を上げる。

 だがハゲテルは悪魔じみた笑みを浮かべながら、同じ様にサクヤの足を奪った。


「がっ……あっ……」


 サクヤの瞳から涙がこぼれる。あまりの痛み、しかしそのとよりもこんな男に誇り高き竜騎士としての戦士生命を絶たれたという悔しさ。メタルドラゴンに足を奪われ、仲間の手によって介錯されるのはいい。

 自分が弱かったせいだと納得できる。しかしこんな罠にはまって、もう二度と空を舞えない体になってしまったことが何よりも悔しい。


 ハゲテルはまるでニワトリを絞めるかのごとく、手際よく全てのバニーのアキレス腱を切っていく。

 そこにはもう動けなくなった、ただの兎族の少女達が絶望的な表情を浮かべながら倒れている。


「これでよかろう。数匹残しても良かったが、逆上して刺されてはかなわんのでな」


 兎の下ごしらえが終わると、空の上にブブブブっと不快な音をたてる飛行体の姿が現れる。


「来たな……」


 ハゲテルが空を見上げると、そこには巨大なハエが空を舞っているのだ。

 その大きさは人間の子供くらいあり、深紅の複眼がついた頭をクリクリと動かし、しきりに前足をこすっている。胴体部は金属のように虹色の光沢があり、ぽっこりと膨らんだ下腹部は短い毛が覆っていて、通常のハエの100倍以上ある巨体は、虫が嫌いな人間なら見ただけで失神してもおかしくないほどだ。

 ブブブ、ジジジと嫌な羽音をたて空を旋回する巨大バエ、ジャイアントミドリショウジョウベルゼバエは散乱した死肉に群がり腐肉を漁ると、食べたゴミを沼の中に放り込んでいくのだ。

 彼女達がここは奴らの巣だと気づいたのは今更である。


「まさか……あんなものを……」


 食べるつもりなのかと。

 ハゲテルは愉快気に笑みを浮かべる。


「ゲテモノと差別してはいかん。昔はエビやタコとてゲテモノであったが、今や普通に食卓に並んでおるじゃろう。安心せい、食うのはベルゼバエの体ではない。見ろ奴らの腹を」


 ベルゼバエの下腹部は赤くなって大きくなっており、中にはパンパンで破裂しそうなものもいて飛行するのが辛そうだ。


「あの腹の中にはたっぷりと奴らの卵が入っとるんじゃ。それがまた格別な味でのぅ。しかし食いすぎると中毒を起こす非常な危険なものでな、ワシは以前客にこれを振舞って捕まった」

「……当り前よ……」

「しかし、グルメル侯爵に馳走するのであれば、これくらいパンチのきいたものでないといかんじゃろう。ベルゼバエはな、産卵が近づくと生きている人間やモンスターに取りつき、子宮や直腸の中に卵を産み落とす。ほんのわずか数時間で卵が蛆へと孵ってしまうから迅速な調理が必要な食材じゃ」


 ロイヤルバニーたちの表情が絶望から徐々に恐怖へとかわる。まさか


「そうじゃ、貴様らにはあのハエの母体になってもらう。さぞかし美味い卵が食えることじゃろう」

「……嫌……嫌だ」

「ふん、だだをこねるでない。これがお前らの最後の仕事じゃからな。光栄に思うとええ。世界最高の料理食材になれることをな」

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