アイアンシェフⅢ
シロとクロはふしゅるると白い息を吐きながら眼光を赤く光らせており、完全に戦闘モードだ。これほど怒り狂っているのも珍しい。
こいつが悲鳴をあげた男だろうか?
歳は俺と同じか少し上くらい。冒険者にしては珍しく鎧を全く装備しておらず、ブルーのシャツにジーンズ姿で拳銃を二丁携帯している。
華奢な体で大人しそうな顔立ちをしており、戦士というより俺たちの世界にいた普通の高校生に近い。
この時点で俺は首を傾げる。あまりにも格好がカジュアルすぎるというか、この世界に相応しくない。銃も見たことのない形をしており、拳銃にしては砲身が長く、その下にナイフが取り付けられていて、疑問は強くなる。
青年はやってきた俺たちを見て顔をしかめる。
「よしてくれ、僕は戦いたくないんだ」
「なら銃を下ろせ。そっちが戦闘態勢をとかないと、この子らは戦闘態勢を解かない」
「僕は戦いたくないんだ!」
「それはわかったから銃を下ろせって」
「僕は……戦いたくないんだ!」
「オウムかお前は! とりあえず、お前の名前は?」
「トウヤ・タカミ……僕は……」
「わかったトウヤ、一旦落ち着いてくれ。銃を下ろすんだ」
「僕は……戦いたくない」
オウムでももうちょっとバリエーションあるぞと思いながら、人の話を聞かない青年を見据える。
シロとクロはなぜかぶっ殺してやるって感じで戦闘態勢をとかないし、トウヤも銃を下ろさない。嫌な空気がただよっている中、突如木陰からキノコ型のモンスターが姿を現す。
子供くらいの大きさの、まさしくキノコに手と足が生えただけのモンスターは、驚いているようで大慌てで走り去ろうとする。
その後ろ姿にトウヤは突然拳銃を連射した。キノコのモンスターは背中を撃たれ、その場に倒れてしまう。
「やめろ! 撃つな! あいつが何したって言うんだ!」
こちらの制止を完全に無視して、トウヤは倒れたキノコモンスターに追い打ちの弾丸を見舞っていく。
「オリオン、銀河、あのバカ止めろ! シロ、クロ殴って良し!」
俺が叫ぶと四人が一気に駆ける。だが、トウヤはシロとクロのタックルをかわし、オリオンの斬撃と銀河のクナイを紙一重でかわすと反撃にシロとクロの腹を殴り、銀河に拳銃を発砲する。銀河はギリギリで避けたが、その照準は頭と胸に定められており、完全に急所を狙っていた。
「この野郎、こっちは手加減してるってのに!」
「そんなのは君たちの都合だろ? 僕は戦いたくないって何度も言ってるのに」
「殺す気で来て寝言ほざいてんじゃねぇよ!」
俺は黒鉄を抜いて、トウヤの銃剣とつばぜり合いを行う。
「モンスターをかばうなんて、君はそれでも人間なの?」
「テメーモンスター差別主義者か!?」
「質問を質問で返さないでくれ」
「育ちが悪いんでね!」
トウヤは目を細めると、ふっと受ける力を抜いて、こちらの力を全て受け流す。
俺は自身の勢いを殺せず、そのまま前のめりに倒れそうになる。足を踏ん張り、こけはしなかったが、背後をとったトウヤが俺の後頭部にカチャリと銃口が突きつけた。
「本当はこんなことしたくないんだ」
「お前、今まで見た人間の中で一番嫌いかもしんねぇ」
「ごめん」
トウヤはトリガーに指をかける。
「咲ぃ!!」
オリオンが叫びをあげた瞬間だった。
空から巨大な黒影が舞い降りる。
バッサバッサと響く羽音と共に、頭上から吹きつける突風に俺は立っていられず、屈んで空を見上げた。
そこには昨日の飛竜なんて比にならないほどの巨大なドラゴンが滞空しているのだ。
鋼のような銀色の鱗が隙間なく全身を覆い、深紅の竜眼がこちらを見下ろす。
剣を何千本と集めて重ね合わせたような翼は、シャンシャンと金属がこすれるような音が鳴り、まるで無数の鈴を鳴らしていようにも思える。
「鋼竜、メタルドラゴン……」
ギルドの危険モンスターリストの中でも上位に食い込むモンスターで、非常に獰猛かつ、滑らかな銀色の体から最も美しいドラゴンの一体とも呼ばれている。また、その防御力の高さから別名アーマードラゴンとも呼ばれている。
まさかこんな奴も生息しているとは。
「咲、あれあかん奴!」
「わかってる!」
オリオンも直感的に理解しているようで、あれは下手に手を出していい類のモンスターではない。
あのオリオンですらNOサインを出す化け物だ。戦力が整ってない状態で喧嘩を売っていいわけがない。
しかしトウヤはこっちの気も知らず、メタルドラゴンに向かって発砲する。だが硬い鱗に弾丸は全て弾かれてしまう。
当然だろう。メタルドラゴンの鱗を貫通するには、エーリカ曰く弾丸の硬度を上げた徹甲弾とそれを撃ちだす巨大なライフルが必要だと言っていた。あんな拳銃では怯みすらしない。
しかしメタルドラゴンの注意は引き付けたようで、白銀の竜は鋭い鳥のような口を開く。
「咆哮だ! 耳塞げ! 鼓膜破られるぞ!」
俺が叫んだ瞬間全員が耳を押さえる。
音が鳴ったなんてそんな軽いものじゃない。轟音、島全体が振動したような聞くものを恐怖で動けなくする咆哮が俺たちを襲う。
「まずいぞこれは……」
レベル30くらいでレベル50のモンスターが出てくるマップに来ちゃった感のある場違いさ。
メタルドラゴンはトウヤに狙いをつけ上空から急降下してくる。
「なにぼさっとしてんだ。しゃがめ!」
俺はトウヤの体を無理やり引き倒した。
直後頭上をドラゴンの爪が通過する。ほんのわずかでも頭を上げていたら、俺たちの首はその辺に転がっていたことだろう。
しかし引き倒したトウヤはお礼どころか、銃剣でこちらを斬りつけてきたのだった。
「離してくれ!」
「口より先に剣振ってんじゃねぇよ!」
もうあいつは知らん。俺は頭にきて、そのまま匍匐前進で離脱をはかる。
するとあのサイコパスは不用意に立ち上がって銃口をこちらに向けたのだ。
「状況わかってんのかお前は!? 今俺たちでやりあってる場合じゃねぇんだよ!」
「僕は……」
「戦いたくないだろ! わかってんだよ、情緒不安定かよ!」
その時、風がゴォッと渦を巻き、体が引っ張られるような感覚に襲われる。
まずい、これはドラゴンが空中を旋回してきたことを意味している。顔を上げると上空にいるメタルドラゴンは口を開き、光が反射してキラキラと光る喉から巨大な火球を吐き出した。
隕石のような燃え盛る火球が天から降り注ぐ。
ズドンと凄まじい爆音と共に火球はトウヤの真下に命中し、地面が爆発したのと同時に奴はそのまま吹っ飛ばされていった。
「ざまーみろ、二度と顔出すなよ!」
「咲、イキってる場合じゃないよ!」
確かに。上空のメタルドラゴンは未だ健在であり、何も解決していない。
「援護します!」
銀河が雷遁の印を結ぶと、メタルドラゴンの頭上に雷が降り注ぐ。奴の巨体が一瞬ぐらついた。さすが金属、雷に弱いって黄色い電気ネズミから教わった通りだ。
俺は匍匐から立ち上がり、全力ダッシュで一気に木の裏へとハリウッドダイブを決める。
真後ろで二発目の火球が爆発し、俺の体は爆風に乗ってス〇パーマンの低空飛行みたいな動きで吹き飛ぶと一回転して背中を打った。
「凄い咲、空飛んでるみたいだった!」
「かっこつけながら吹っ飛ばされただけだ! 銀河、キノコは!」
「こっちで回収してます!」
対面の木の裏でオリオン、銀河、シロ、クロと傷ついたキノコモンスターの姿が見える。少しだけ安堵するが、この騒ぎにウチのチャリオットが気づいてくれるか?
ディーいるし、後五分もすればかけつけてくれるだろ。そう思ったがメタルドラゴンが上空から羽を強く羽ばたかせると、突風が吹き、俺の周囲にあった木が全て鋭利な刃物で真っ二つにされたように倒れていく。
「うっそだろオイ。こんなの五分ももたねぇよ」
「ソニックブームです! お館様気をつけて下さい!」
「音速超える攻撃なんか注意したってどうにもなんねぇよ!」
その時だった、森の中から人影が見える。
もしかしてディーさんもう到着したの? 有能すぎない? と思っていると、木陰から飛び出したのは槍を持った女性だった。
正確には頭にウサミミを生やした兎の獣人ロイヤルバニーだ。
リリィの猫族と同じく、頭に生えた耳と、臀部の綿みたいな尻尾以外はほとんど人間とかわらず、そのかわり凄まじい跳躍力を誇る種族で、その空中戦闘能力の高さから竜族を狩るのに適していると言われており、現状竜騎士と呼ばれる竜狩りの騎士のほぼ全てがロイヤルバニー種と言われている。
「はっ!」
羽付きの甲冑を身にまとったロイヤルバニーの女性は、すさまじい跳躍力で跳びあがると、軽々とメタルドラゴンの頭上を越える。
そして日の光を背後に受け、メタルドラゴンに急降下すると、その深紅の竜眼に鋭い槍を深々と突き刺したのだ。
一番槍のロイヤルバニーが攻撃をしかけると木陰から次々とロイヤルバニーたちが姿を現し、同じ様にすさまじい跳躍力で空を跳び、メタルドラゴンに向けて槍を突き刺していく。
「す、すげぇ」
メタルドラゴンが咆哮を上げるが、彼女達は全く怯まず攻撃を仕掛ける。
ロイヤルバニーの戦闘方法は一撃離脱。
メタルドラゴンに槍を突き刺してはジャンプで離れる。数秒後、刺さった槍についた爆弾が爆発してメタルドラゴンの硬い鱗をふきとばしていく。
そして地上に降りると地面に突き立てられた槍を持ち、再び隙を見て跳びあがって攻撃を加えていく。
凄い攻撃方法だが、致命的な弱点があり、メタルドラゴンは空中を自由に動き回れるがロイヤルバニーは一旦飛ぶとほぼ軌道修正ができない。それに気づいたメタルドラゴンは相手の動きを読み、丁度目の前にやってきたバニーを火球で薙ぎ払ったのだ。
バニーは火だるまにされ、そのまま上空から落下してくる。
「うぉぉぉやばい!」
俺は落下地点に全力ダッシュして火だるまのバニーを受け止める。
「あっつぅぅぅぅい!」
「お館様!」
「銀河水遁!」
「は、はい!」
銀河は水遁の印を結び、バニーに水を浴びせる。なんとか火は消えたが銀色の髪をした少女の皮膚は焦げ、足はどす黒く炭化して、酷い有様だ。
その間にメタルドラゴンは首に刺された槍が大きなダメージになったようで、唸り声をあげながら上空へと逃げていくのだった。
「ダメだ、高すぎる」
バニーたちが首を振ると、空を跳んでいた全員がそのまま地上へと降りてくる。
そして火だるまになった仲間の元へと戻ってきた。
集まってきたロイヤルバニーたちは全員同じ格好をしており、レオタードのような服の上に装甲が薄く小さな鉄の羽が背中と腕から伸びた鎧を上半身だけ纏っており、下半身は鉄のブーツだけで、できるだけ自身の体重を軽くし空中制御をしやすい装備をしているようだ。
防御力なんてものはないに等しい格好で、こんな状況でなければ目のやり場に困ってしまう。
部隊長らしき女性バニーが俺の前でしゃがみこむ。
ヘルムを外すと金の髪がふわっと流れ、赤目で少しだけ目じりの下がったお姉さんタイプの顔が露わになる。
火傷の酷いロイヤルバニーはそれに気づいて、ほんの少しだけ顔を上げる。
「ごめ……しくじ……った……」
傷の具合をさっした部隊長は頷くと、立ち上り槍を構えた。
「おい、何する気だよ! まだ助かるかもしれないだろ!」
「その子は使命に殉じて脚を失ったわ。気休めなんて必要ない。その火傷では苦しんで死ぬだけ。戦士のまま死なせてあげるのが団長の責務でもあるのよ」
「待て待て」
ほんとはキノコモンスターに使ってやるつもりだったんだが。
俺は王の駒を取り出し、フルリザレクションをかけてやる。
生きてさえいれば元に戻せるという、かなり反則的な回復技なので王の駒に魂を貯める必要があるのと、この世界の法則を無視するほどの能力なので、あまり人前で使いたくないというのがあるのだが、そうも言っていられない。
淡い緑の光が体を包むと、炭化した脚は元通り綺麗に戻り、酷い火傷もまるで動画の逆再生を見ているように元の肌へと戻っていく。
「なっ……」
やがて王の駒が光を失うと、ロイヤルバニーの少女は完全に元の姿を取り戻したのだった。
奇跡のような光景を目の当たりにして、他のバニーたちは言葉を失っているようだ。