奴隷か料理か
聖十字騎士団第三シュヴァリエ団長ゼノ・シュツルムファウゼンは自身の領地であるゼスティンの屋敷にて、届いた手紙に目を通していた。
暗号化された文章は一部の人間にしか読み取ることはできず、長々しく書かれた手紙の実際の内容はほんの二行程度のものだった。
[アンネローゼ姫様、救出作戦は最終準備段階に入った。反旗の刃を掲げるのは間近。忌まわしき大教皇を打ち倒す準備を怠らないようにせよ]
「……クーデターまであと僅か」
とらわれたアンネローゼ姫を救出する為、一部の騎士団が大教皇レッドラムへと反旗を翻し、今の狂った聖十字騎士団を元に戻す。
その作戦は水面下で着々と進められていた。当然作戦に参加するゼノはクーデター発生時に一番槍を担当する突撃部隊長でもあった。
教団側から騎士団側へと工作員が多く入ってきている。このままではアンネローゼ姫を救出しても立場がひっくり返らない可能性もでてきている。事は迅速に進めなければならない。
万が一失敗すれば騎士団の立場は完全に地に落ち、教会側は騎士団側を糾弾、犯罪者として投獄し団の解体も十分に考えられる。
絶対にそんなことあってはならない。必ずこのクーデターは成功させると、胸に強い決意を秘めるのだった。
コンコンと控えめなノックがゼノの私室に響くと彼女は素早くその手紙を魔法で燃やしてしまう。
「入りなさい」
私室に入ってきたのはゼノの召使いであった。
「ゼノ様、グルメル侯爵の使者が謁見を求めてやってきています」
「グルメル侯爵?」
召使いから来客の報せを受けるが、今日謁見の心当たりはない。
グルメル侯爵とは現在ゼスティン領の食料の約60%を担う大規模な食糧輸出国家アイアンシェフの領主でもある。
アポイントがなかったからと言って無下に追い返せる相手でもなかった。
「いいですわ、来客室に通しなさい」
「かしこまりました」
ゼノは少し遅れて来客室に入ると、グルメル侯爵の使者は会釈すらせずソファーの上でふんぞりかえっていた。
食糧国家ということで食料が潤沢にあるせいか、使者の体はでっぷりと太っている。これで有事の際に国を守れるのかとゼノには疑問であった。
「お待たせいたしましたわ。それで突然の来訪、何のご用件ですの?」
「まずい茶ですな」
使者は開口一番に出された紅茶に文句をつけると、ゼノの額にカチンと怒筋が浮かぶ。
彼女はしゃべり方こそ丁寧さを心掛けてはいるが、沸点の低さは騎士団一であった。
「それは失礼。粗茶ですので、お口にあわなければ飲まなくても結構ですわ」
「粗茶に本当に粗末な茶を持ってくるとは、まぁいいでしょう」
そう言いながらも使者は紅茶にたっぷりと砂糖を入れて残らず飲み干した。
ゼノは胸やけのしそうな光景に顔をしかめる。
「こう見えて自分は甘いものが苦手でしてね」
ゼノの顔が[はっ? マジで?]と曇る。
「では次来られた時は激甘特濃のホルスタウロスのミルクでも用意しておきますわ」
ゼノが皮肉で応じると、使者は鼻を鳴らす。
使者がこれほど不遜な態度をとるには理由があり、ゼスティンは領地での食料生産力が低く、足りない分を全てグルメル領からの輸入で賄っており、重要な食料ラインなのであった。
かわりにグルメル領にはゼスティンで採掘された宝石を輸出しており、立場は同じはずであったが、生きるために必須な食料と生活を豊かにする宝石とでは価値が違う。
近年まではそれでも対等な取引きをしていたが、ここ最近グルメル侯爵の体調悪化と共に態度に変化が出てきたのだ。
グルメル侯爵は宝石などの貴金属に興味が薄く、別に宝石なんかいらんが聖十字騎士団の後ろ盾があるから仕方なくゼスティンに輸出してやっているという、本来隠すはずの本音の部分を包み隠さなくなってきたのだった。
「本題に入らせていただく。今日ここに参ったのはグルメル侯爵からの通達を直接お知らせに参った」
「通達?」
まさか輸入品の値上げにきたか? と思ったが、ゼノの予測は当たる。
「現在アイアンシェフ領からゼスティン領への食料品の輸出を停止いたいとグルメル様はおっしゃっている」
「なっ!? いきなり停止とはどういうことなのです?」
「それが嫌なのであれば、全ての食料品に対してこれまでの五倍の値段を支払っていただきたい」
「なっ!? 五倍ですって!? 突然やって来て冗談もたいがいにしてくださる。いきなり五倍に値上げなんていくらなんでも飲める話じゃありませんわ」
「ならば輸出を全て停止する用意がこちらにはある」
「無茶苦茶ですわ! わたくし個人ではなく聖十字騎士団としてグルメル侯爵に正式に抗議を――」
「大教皇レッドラム様には既に話を通しており、承諾を得ている。我が国も不作などによって食料品価格が高騰しており、これまで通りにするのが難しいのだよ」
「なっ!?」
不作なんてそんな話聞いたことがない。確実に嘘だがそれよりも重要なのはレッドラムの方だ。
あの狸め、まさかクーデターに気づかれたのか? いや、単純に目障りな騎士団に嫌がらせをしていると見える。
グルメル侯爵は既に聖十字騎士団のトップがレッドラムだと思って行動しているらしく、今からレッドラムに尻尾を振ってご機嫌取りをしているようにも思える。
つまりこれでは聖十字騎士団の名前を使って脅しをかけることもできない。
食料供給ルートはグルメル領以外にもなくはないが、ゼスティンは山が多く交通の便が悪い。その為よそからでは輸送料金が桁違いに高い上に、移動時間の長さから生鮮食品のほとんどが痛んでしまう。
グルメル領なら位置が近く、なにより彼らは食料輸送用の飛行艇を独自に持っている。その為質の良い食料が早く安く送られてくる。これを今切られるのはあまりにも痛手だ。
「しかし、グルメル侯爵も鬼ではない。価格の引き上げを従来通りにしてほしければ条件がある」
「な、なんですの? ま、まさかわたくしの体が目当てで……そんな辱めを受けるくらいなら、くっ殺ーー」
「グルメル様はロリコンではない」
「なんですってオラアアアアアアッ!!」
ゼノは使者に飛びつくとそのままヘッドバッドを連打した。
「し、失礼した。まさかそんなに気にされているとは思わなかったもので」
窓ガラスに映るゼノの身長は約130~140程度。側頭部に立派なツノが伸びておりそれを含めればもっと高くなるが、彼女の体は小学生程度の大きさしかない。
これはクルト族特有の体型であり、大人になっても身長が150を超えるものは稀である。
そのかわり胸はどんっと飛び出ており、クルト族の別名はチビ巨乳族やロ〇巨乳族などとも言われている。
そしてクルト族はプライドが高いことでも有名で、チビとデブが禁句というのはあまりにも有名であり、今ロリという言葉も禁句だと新たな禁句リストが追加されるのだった。
「危うく殺してしまうところでしたわ」
石頭のゼノに頭突きを連打され、使者はふらついた頭を振る。
「は、話を戻すが、食料価格を従来通りに輸出する条件は奴隷を毎月100人差し出すことだ。そうすればこれまで通りの取引をしてもいいとおっしゃられている」
「奴隷100人ですって? それを毎月だなんて」
「できなくはないでしょう。騎士団が裏でブラックマーケットをいくつも牛耳っているのは周知の事実ですからな」
「そんな大量の奴隷を何に使うつもりですの?」
「答える義務はない」
ゼノは小さく舌打ちする。ここで屈してしまえば要求が更にエスカレートする可能性がある。
だがクーデター間近で食料ラインがストップするのは非常にまずい。
本来なら騎士団と協議して対応策を考える案件であるが、今問題を持ち出してクーデターに支障をきたすのはまずい。
しかし放っておけば、仮にクーデターが成功しても、しばらくは自領の内政を見れない可能性が高く、最悪騎士団のゴタゴタの足元を見られて更に無茶な条件をふっかけてくる可能性もある。
「それが嫌ならもう一つ条件がある」
「なんですって! 今度こそわたくしの体を……そんな辱めを受けるくらいなら、くっ殺――」
「グルメル様は食事以外に興味はない。貴殿のような無駄に大きい胸を差し出すよりスイカの一つでも差し出された方が喜ばれるであろう」
「わたくしの胸がスイカ以下ですって!?」
悲劇は繰り返される。
ヘッドバッドを受けた使者は鼻をおさえながらもなんとか話を続ける。
「ふ、二つ目の条件は世界一美味い料理を作ってグルメル様を満足させることだ」
「なぜわたくしが給仕のようなことを」
「輸入価格を上げるか、奴隷を献上するか、世界一美味い料理を作るか、どれでも好きなものを選ぶと良い」
使者は美食家であるグルメル様の舌を満足させることができるならなと嘲る笑みを残して屋敷を去って行った。
使者の後ろ姿を忌々しい表情で見送ったゼノは自身の爪を噛みしめた。
「ちぃっ……グルメル領に行く必要がありますわね。明日黒土街から奴隷を100人調達しますわ」