貴族会議Ⅲ
休憩時間の貴族の挨拶が終わると、ロメロが戻り会議の後半戦が始まる。
「さて、次の議題だが」
ロメロが目配せをすると、メイドが資料となる羊皮紙数枚を貴族たちに配る。
俺はそれを見て背筋がゾクリとする。
そこには以前館で戦った、魔人の似顔絵と全身図が描かれていたからだ。
「ストックホルンの地方で新たな魔人が発生したことは城の報せによって聞いていると思う。梶王が一番最初に遭遇し、城へと届けてくれた。東の中立城であるラインハルト、西のグスタフと協議し、この魔人に名称がつけられた。この魔人の名称をクイーンオブハートとする」
「クイーンオブハート……」
ハートの女王か、すげぇ強そうだな。
「現在確認されている魔人はこれで五体となった。西のマッドハッター、南のジャバウォック、そして東のハートオブクイーン、三年前から消息を完全にくらましたグリフォン。赤月帝国によって討伐されたハンプティダンプティも休眠に入っただけで完全には殺し切れてはいない」
「ジャバウォックはドロテア軍が軍事利用しようとしていると噂がありますが……」
貴族が顔をしかめながら話すと、ロメロも険しい表情だ。
「よその地域のことを心配しても仕方ないでしょう。今は新たに発生したクイーンオブハートのことを考えなくては」
「もっともだ」
アルタイルの言う通り、他の地域で現れた魔人をどうこう言っても仕方ないのでクイーンオブハートの話になったが、結局のところ奴はこの世界に誕生して日が浅く、力が全然でない状態だということくらいしかわかっていない。
貴族たちが議論を重ねるが結局どいつもこいつもウチの領地に連れてくるな、なぜ私が頭のおかしい魔人と戦わなければならないのだと、醜いなすりつけあいが繰り広げられているだけだ。
正直聞いている方が段々疲れて来た。不毛だ、不毛すぎる。
一時間近く答えのない議論を重ねた後、結局次に出現するまで様子見に落ち着いた。
話の先延ばしは一番の愚策だとは思うが、新参の俺にとやかく言う権利はない。
その後いくつかの議題が続いた後、最後にと再びメイドが羊皮紙を全員に配布する。
「さて最後の案件だが、これも梶王絡みではあるな」
俺は羊皮紙に書かれた聖痕を見て、顔をしかめた。
丸い円の中に不気味な目玉のマーク。この聖痕を見たのはつい先日だ。
「昨今たびたび各地で事件を巻き起こしている、邪教アモンの目についてだ。前回の貴族会議でも少し話したが、その勢力がとどまりを見せない。特にストローベリの街では約1500人の住民が一夜にして消えたと報告が上がっている」
「なんと……1500人も」
「人一人いなくなった街のいたる場所に、この邪印が描かれていたことから邪教徒の犯行と断定した。住民の捜索は続いているが、安否は未だ不明。宗教的な儀式に連れ去られたとみている」
「……凄い数だ」
「ストローベリは確か聖十字騎士団領ですね」
「そうだ。聖十字騎士団もこの事態に動き始めている。できればこの件騎士団より先に片付けたい」
俺はロメロの言葉に首を傾げる。
聖十字騎士団が邪教討伐に乗り出したなら、後はほうっておいても勝手に解決してくれるのでは? そう思ったからだ。
俺が質問しようかと迷っていると、隣のアリスが様子を見て耳打ちしてくれる。
「聖十字騎士団は、目的の為には手段を選ばないんです。恐らく今回の件なら近くの街や村で邪教徒狩りを行うでしょうが、ほぼ確実に無関係な人間も殺して回ります」
「疑わしきは滅せよってやつか、でも自国の領民なんだろ?」
「彼らにとって悪を根絶やしにするためには些細な犠牲なんです。価値観がそもそも違います」
「なんだそれ中世かよ……悪を倒す為に味方も殺して回ってたら共倒れじゃねぇか。そんなの手を組んでる教会が怒るんじゃないのか?」
「教会はもっとダメです。教会はお金と信者を増やすことにしか興味がありませんので」
「クソばっかりじゃねぇか」
「詳細は省くが、アモンの目について調査を行っていた機関から奴らのアジトと思しき場所の一つを発見している」
「おぉ、それは凄い」
「さすがロメロ様です」
「ついてはこのアジトの殲滅を誰かに担ってもらいたい」
ロメロのことを褒めたたえていた貴族たちが一気に静まり返り、全員が明後日の方角を見やる。
ほんとわかりやすいなコイツら。
まぁここは新参の俺が名乗りをあげるところか? でもあいつ新入りのくせに生意気だとか思われたら、いや待て邪教倒せるってことは、お前の方が邪教より危険じゃねぇかって逆に警戒されるんじゃ。
一人でうんうんうなっていると、ロメロの視線がアルタイルに向く。
「アルタイル卿、手段は問わんアジトを調べ可能であれば殲滅したまえ」
アルタイルは拝命いたしますと頭を下げた。
どうやらあのアルタイルとかいうやつがやってくれるらしい。
「それでは今回の貴族会議はここまでとする」
ロメロが場をしめると、彼が退室した後、他の貴族たちも立ち上がり順次ロメロの屋敷をはけていく。
こちらもおいとまさせてもらうかと思い、屋敷の外へと出る。
外は既に日が落ちかけ、夕闇が迫ってきていた。帰ったらもう真っ暗だなと思いつつ巨大な玄関門を出ようとした時、誰かとぶつかり合う。
それはオシャレ帽子を被ったイケメン貴族、アルタイルだった。
「おっと、すまない」
「こちらこそ」
アルタイルとすれ違い、俺は帰りの馬車へと乗り込もうとする。
するとアリスとマルコが見送りにやって来た。
「咲さン、学園の方絶対来てくださいね!」
「私も楽しみにしています」
「まぁ、そのうちな」
ここまで期待されると行かざるをえない。後でディーと一緒に日程を考えないとな。
そう思っているとマルコが眉をよせて俺を下から覗き込んできた。
「どうした?」
「あの、咲さン、襟章どうしたンですか? さっきまでつけてましたよね?」
「えっ? 今もつけて……」
自身の襟首を触ってみるが確かに襟章がない。
「あれっ!?」
「もしかして落としたンですか? 大変ですよ、あれはとても大切なもので再発行してくれませンよ!」
「会議室の中かも、私見てきます!」
「ぼくも屋敷の中探してきますよ!」
二人は慌てて屋敷へと戻っていくが、俺はついさっきのことを思い出す。
アルタイルと肩がぶつかったときだ、確かにあの時あの男は一瞬笑みを浮かべたのだ。
「あの野郎、やっぱ敵だと思ってたよ。大体イケメンは俺の敵になる法則だからな」
俺は舌打ちを一つして、消えたアルタイルの行方を捜す。
屋敷の衛兵に奴を見たか聞くと、あの男は近くにある川の方に行ったと情報を得ることができた。
屋敷から少し走った場所にリンド川と書かれたプレートの立つ、小さな川にたどり着くと、奴は川にかかった小さな橋の下で隠れもせず、まるで俺を待っていたかのような薄い笑みを浮かべていた。
「あの野郎、確信犯だな」
俺は肩を怒らせながらアルタイルに近づいていく。
「おい、あんた俺の襟章を返してくれ。さっきぶつかったとき盗んだだろ」
「これのことかい?」
アルタイルはポケットの中から金色に輝く襟章を見せつける。
襟章は真新しく、俺が貰ったもので間違いなさそうだった。
「返してくれ、なんでとったりしたんだ」
俺が近づくと、アルタイルは川に向かって襟章を放り投げた。
ぽちゃんと軽い音をたて、川の丁度真ん中くらいに着水する。
川の流れはそこそこ早く、襟章のような小さなものすぐに流されてしまうだろう。
「さぁ取りに行きたまえ。私は君のことが気に入らないんだ、理由はそれで十分だろ?」
「ふざけるな、お前投げる時に襟章と石をすり替えて投げただろ」
「!」
こいつ投げるギリギリになって石とすり替えやがった。俺が川の中に入って、襟章を探し回る姿を見物したかったのだろうが、そうはいくか。
アルタイルはこちらをバカにしていたのか一瞬だけ驚いた表情を見せる。
「いや、失礼した。この暗くなった中一瞬のすりかえに気づくとは、みくびっていたよ」
そう言ってやっぱり投げていなかった襟章をこちらに見せる。
「この襟章は貴族にとって命の次に大事にしなければならないものだ。これを返してほしければ話を聞いてもらおうか」
最初からそれが目的か。だが、黙ってやられっぱなしになるのは癪だ。
「おいアルタイルだかアロンアルファだか知らんが、あんまりこっちをなめるなよ。お前みたいな貴族のボンボンから取り返すくらい」
「簡単かね?」
その声が響いたのは俺の背後からだった。
奴は一瞬のうちに俺の背後に移動したのだ。
「バカな、目で追いきれないだと!? ボンボンのくせに!?」
振り返った瞬間腹に拳がめりこみ、下がった顔に奴の膝が突き刺さる。
この野郎格闘術の心得がある。ただのボンボンじゃない。
しかし俺が一番気に食わないのはこっちが倒れないように手加減していることだ。
「なめるなよ!」
俺は黒鉄に手をかけようとすると、目の前にもう一人アルタイルとは別の男が立っていた。
その男は二メートルを軽く超える巨躯で似合わない燕尾服を着ている。なんで俺はこんなデカい男の存在に気付かなかった。
年頃は壮年くらいか、掘りの深い顔にはいった皺と傷跡はこいつの年齢を高く見せる。
それなりにこちらもレベルを上げたからわかる。このヘラクレス像がそのまま動き出したみたいな執事はアルタイルより遙かにやばい。
ゾクリと悪寒がする無機質な瞳がこちらを見下ろしていた。
一目見ただけで嫌な汗が全身から噴き出し、心臓を鷲掴みにされるような強い不快感が襲う。
無理だ手加減なんかできない。威圧感だけで殺される。
「剣神解放!」
俺は王の駒を抜き剣神解放し、剣影を即座に具現化させると弾かれた猫の如く一瞬で五、六メートルほど後方に跳ぶ。
あいつはダメだ、ダメな奴だ。前に見た魔人を超えるプレッシャーを感じる。
「ほぉ、それが真の力か、戦闘力を上げた瞬間即座に回避に出たのは評価してやる。こちらの力量を見抜く程度にはやるようだな」
魔王みたいな地の底から響くような声だけで、俺の膝が砕けようとしている。
何者なんだこの男は。
「あまりいじめてやるな」
「ククク、どうしたハトが食った豆に毒薬でもしこまれていたかのような顔をしているぞ」
「それ死んでるじゃねぇか」
強がりながらも俺は黒鉄に手をかけるが、その手は小刻みに震える。
こいつはやばい奴だ。瞳の奥に見える闇に底が見えない。
一体何百、いや何千人殺したらこんな悪魔みたいな目になるんだ。
「他の貴族には内緒にしていることだが、君には特別に教えよう。彼は――」
「なっ!?」
奴の言った言葉が理解できず、一瞬止まってしまった。
「彼は魔人なんだよ。今日の議題でも上がっただろう。姿をくらませたグリフォンと呼ばれた魔人だ。しかしそれはただの通名でね、本当の名は……」
「オールドキングザドキエル」
ザドキエルは歯をむき出しにして笑みを作って見せる。