貴族会議Ⅱ
親し気にマルコ、アリスと話すこちらを見て貴族たちの動揺は大きくなり、実は知りあいだったのか? と推測が会議室内を飛び交っている。
「ど、どういうことです?」
「ま、まさかご子息に取り入って貴族になろうと」
「いやらしい、田舎者が考えそうな姑息な手ですわ」
しばらくしてどよめく会議室に、立派な白髭をたくわえた紳士服姿の老年男性がメイドに付き添われてやってきた。
男はオールバックの髪に背筋はピンとそっており、背も高く弱々しい雰囲気は全くなく、軍人のような眼光の鋭さをもっている。
すると座っていた貴族が全員立ち上がり男に礼をする。
その雰囲気だけで、この人物が貴族界の重鎮ロメロ侯爵なのだとわかる。
ロメロは礼に答えることもなく一番奥の席に座ると、全員が遅れて着席する。
「遅くなったが始める。ドロテアと赤月、聖十字は使者すら寄越さなくなったのか」
ロメロは空席を見て、予想通りだと言わんばかりに話を進める。
「始める前に、皆気づいているとは思うが梶王が怪我から復帰された」
俺はいない間はずっと怪我をしていたということになっていた為、世間にはナルシスチャリオットと戦争の後足を踏み外して骨折し、持病の糖尿が悪化したことになっているらしい。
もうちょっとマシな病名思い浮かなばなかったのか。むしろ骨折だけでいいだろと思う。
「梶王の活躍は目覚ましく、本来は貴族議会にて協議をする予定であったが、その必要もないだろうと私が判断し、貴族称を与えることにした」
「なんと……」
「田舎ザルめ」
どの貴族も不服そうではあったが、主催者の言うことには逆らえないようだった。
誰も反論できない雰囲気の中、一人の若い貴族が手をあげる。
「ロメロ侯爵よろしいでしょうか?」
「なんだアルタイル卿」
手をあげた若い貴族は部屋の中だというのに帽子を被ったままだが、それを誰かが咎める様子はない。
帽子が気になるものの、顔自体は切れ長の瞳に掘りの深い顔立ちでブロンドの髪が覗いている。まるで映画俳優のような美形で眉目秀麗という言葉がふさわしく、体も鍛えているのか一目見ただけで服の下が筋肉質だとわかり、他の貴族とは少し違った力強い印象を受ける。
「言いたくはないのですが、少しばかりご意見――」
「では、黙っとれ」
「…………」
「それでは続けるぞ」
「…………」
えっ、続けるの!? あのイケメンすげぇなんか言いたそうだったじゃん。てかお前も圧力に屈するなよ!
「ロメロ侯爵」
「なんだアルタイル卿」
「若輩の私が口を挟むのもはばかられるのですが」
「では、黙っとれ」
「…………」
「それでは続けるぞ」
「いや、もういいよ! 話進まないから言わせてあげてよ!!」
つい叫んでしまった。
「なんだ」
「はい、この場にいる方々も疑問視されていることだと思うのですが、梶王を貴族に昇格させるのはいささか早計なのではないでしょうか? 我々は彼の力を知りませんし、本来貴族昇格は貴族議会で賛成を過半数以上とれたときのみに認められます。ロメロ侯爵の判断を疑うわけではありませんが、やはり何かしらの力を示していただかなければ納得できない方も多いでしょう」
そう言うと他の貴族たちが大きく頷く。
するとロメロは手を組み、鋭い視線をアルタイルに向ける。
「そうか……君は私の判断を疑うのか」
この爺さんボケてんのかな? それとも全く人の話を聞いていないのかな。
「い、いえ、そうではありません。判断を疑うわけではあり――」
「ならば少しだけこの場で梶王の力を見せよう」
ロメロがアルタイルの言葉を遮ってそう言うと、メイドが透明な水晶を円卓の上にセットする。
水晶から映像が浮かび上がり、ナルシス城を攻めていた時の俺たちチャリオットが映しだされる。
「ほんと王同士の戦争は野蛮ですわ」
「なんでも力で解決すればいいと思っている。怖い怖い」
「しっ、聞こえますわよロドリゲス卿」
「いいんだよ、あのブサイクに聞かせてるんだから」
お前の顔は完全に覚えたからな、そこの鷲鼻ロドリゲス。
映像が切りかわっていくと、徐々に貴族たちの口数は少なくなっていく。
そして極めつけは大量のホルスタウロスの投入と、クラーケンのハイドロキャノン一斉掃射によるオンディーヌ艦隊の撃滅、潰走シーンである。
その光景をまるで派手な爆発シーンが売りの映画を見つめるように、誰もが言葉を失い黙り込んだ。
そしてオリオンの断空剣が輝き戦闘が決着する。
「……………」
「このように梶チャリオット、いや今はトライデントと名乗っていたか。彼ら下級クラスの王にしては破格の武力を誇り、目下邁進中で成長性も高い。その為私が独断で判断した。異議があるものは?」
「…………」
「…………」
ロメロは貴族たちが完全に黙り込んだのを見て、話を進めていく。
それから俺は略式で貴族へと昇格し、ロメロ侯爵から金の襟章を頂いた。どうやらこれが貴族の証らしい。
とても大事なもので、再発行がきかない為、なくさないようにと念を押される。
その後本来の会議が始まり、東側諸国の動きや飢餓状態、治安の悪化、貿易品の関税についてなど、新入りの俺にはあまり関係のない話が続く。
一時間程の話が終わり、これで終わりかと思われたが、一旦休憩にしてまだ続けるようだった。
ロメロが退室すると、全員がふぅっと息をつく。
「あの爺さんは威圧感が凄いな……」
そう漏らすと、会議中は我慢していたのかマンマルコがもしゃもしゃと菓子を食べながら目を輝かせて話しかけてくる。
「凄いよ! あんな凄い戦い始めて見た! 僕もあのイカみたいなの欲しいですよ!」
「ま、まぁライノスに行けば、まだいるんじゃないかな」
「ンー、でも一匹で凄く強そうだったからなぁ」
「あれはクラ―ケンの幼体が大きくなったものだから、成体が怖いなら幼体から育てればいい」
「なるほど~、じゃあいっぱいお菓子をあげて育てればいいンだね」
俺の頭にブクブクに太ったエリザベスの姿が浮かぶ。
「ま、まぁほどほどにな」
マルコと話していると、先ほどまで散々なことを言ってくれた貴族たちが近づいてくる。
「いやーっはっはっはっは、さすが梶王は違いますな」
「ホホホホ、わたくし梶王は必ず上に上がってくる人物だと思っていました」
「私はケヴィン、君の領土と近いんだ。まぁ人類皆仲間、仲良くやろうじゃないか」
お、おぉ……なんという掌返し。
「ちなみに参考までにEXレアの将校は戦力としてお持ちなのかな?」
「あの巨大な光る剣をもった女性はEXのように見えたね」
確かディーが戦力がバレるからEXの数はばらすなって言ってたな……。
「ええ、現在複数のEXクラスの仲間がいます」
「複数……だと」
貴族たちがゴクリと生唾を飲み込む。
「複数というのは二人かな?」
「すみません、これ以上は言えないです」
「そ、そうですね。軍事機密になりますしね」
貴族たちがどんどん汗だくになっていく。見ていてちょっと面白い。
「EX複数持ちなんて聞いてないぞ」
「あれだけモンスターを大量に従えて、EX持ちなど手の付けようがない」
「怒らせたら一瞬で消し炭にされてしまうぞ……」
貴族たち同士でなにかごにょごにょと話している。
「ホホホホ、ま、また後日城へとご挨拶へと向かいますわ」
「ぼ、僕もそうしようかな」
「と、ところで梶王、何か欲しい輸入品なんてあるかな? ウチは良い葡萄がとれるからね、ワインにはうってつけだ」
「ワインなんかより、ウチは美味い豚があるんだ。どうだい格安で輸出してあげるけど?」
「豚なんかより梶様のように強いチャリオットでしたら鉱石が必要でしょう? ウチの鉱山の一部採掘権を譲って差し上げても構いませんわ」
なんだこれ、貴族が次から次にこれやる、あれやると品物を渡そうとしてくる。
俺が困っていると隣からマルコが小声で意図を話す。
「皆咲さンのチャリオットに攻められるのが怖いから、今から恩を売ってパイプを作っておきたいンだよ」
「でも、ウチ返せる特産品なんか知れてるぞ」
「咲さンは別に何も返さなくていいンだよ。強いチャリオットっていうのはいるだけで用心棒になるンだ。咲さンの強さが広まるほどその効果は大きくなって、貴族たちは咲さンの名前を利用して商売をするンだ」
「どういうこと?」
「ウチは天下のトライデントと繋がりがあるンだ。ウチを攻撃したらトライデントが黙ってないぜって」
「ヤクザかよ……」
そうなると安易に物を受け取るわけにはいかないな。
「と、とりあえずウチの大臣と検討しますので、名刺のようなものを頂ければ」
そう言うと貴族たちはトランプのようなオシャレなカードに、自身の名前と住所を記入して順次手渡してくる。
「それじゃあよろしく頼むよ」
全員が先ほどとはうってかわりニコニコ顔でカードを渡す。
その中で何人か金貨を一緒に手渡すものがいて困った。
「いきなりワイロかよ」
「そンなの日常茶飯事だから、返す方が失礼だよ」
「貴族からしたら金貨はお菓子がわりみたいなもんか……ギルドで依頼こなしてるのがバカみてぇだな」
すると俺を散々ブサイクと罵ってくれたロドリゲスが前に立つ。
なんだ、まさかここで宣戦布告とかしてくるんじゃないだろうなと高圧的な雰囲気に身構える。
「梶王、さすがあなたのように力のある王は顔立ちが違いますな。控えめに言って容姿端麗です」
はっ倒してやろうかこの野郎。
「さすがこれからを担う若い世代ですな。我々とは空気感が違う」
「…………」
ロドリゲスは俺の手をとり握手するとぶんぶんと手を振る。
プライドというものはないのか。
貴族ほぼ全員から名刺を受け取りカードを確認していると、俺は金貨の他に金色のカードが数枚渡されていることに気づく。
「これなんだ?」
「それは奴隷引き換え券だね。この近くに黒土街っていう奴隷売買で有名な場所があるんだけど、そこで好きな奴隷と交換できるカードだよ」
「はぁ……奴隷ねぇ」
「お金のかわりに好きな女をやるってことだよ」
「あぁ、そういう……」
カードの裏表を確認していると丸眼鏡をかけた、でぶっちょで頭頂部が禿げあがった人の好さそうなおっさんが近づいてくる。
この人も名刺をわたしてくるのかな? と思ったが、どうやら違うらしい。
「いやー、梶王凄い力だった感動したよ」
「ポートフ先生!」
「やぁマルコ君……とアリス君。元気にしてたかい?」
「はい、先生こそ」
俺は視線でどなた? と尋ねる。
「咲さン、この人はポートフ・バルバトス先生で、僕たちが通っていた冒険者養成学校の校長先生だよ」
「あぁ……」
「いや、あなたのような強い王が貴族へ昇格されるのを嬉しく思うよ」
ポートフは大きく笑いながらハグしてくる。でぶっちょに見えて意外とがっちりしておりクマのような人物だ。
「マルコ君と……アリス君はともに優秀な成績で卒業した生徒でね。どうなったか様子を見たかったんだ」
「初めての依頼は散々でしたけど、咲さンに助けてもらいました」
「そうか、それは重ねてお礼をしよう」
ポートフは息子くらいの歳の俺に頭を下げる。
「いえ、ギルドからの依頼でしたから」
「それでも命を救ってもらったことは事実だからね。そうだ梶王、今度授業をしていただけないだろうか?」
「授業?」
「ああ、私が校長を務めている冒険者養成学校があるんだが、そこで授業を行ってほしいんだ。勿論報酬は出す。実際王として活躍している人から授業を受けられるなんて生徒にも非常にいい経験になると思うんだが」
「はぁ……ですが、俺たちはその日を必死に生きて来ただけなので、何も教えられることなんてないんですが」
「それでいいんだよ。生徒のほとんどが冒険者を夢見る貴族たちなんだ、その日暮らしの生活なんてしたこともないし、恵まれた環境で生きて来た温室育ちなんだよ」
「俺としては温室にいられるならずっと温室にいとけばいいんじゃないかなって思うんですが。何も無茶して死ぬ危険性のある冒険者なんかにならなくても」
「梶王、君は英雄と呼ばれる人物を知っているかい? セシル・オーデインやアベル・フリオニール、ジャンヌ・アルストロメリアこの辺りが有名だね」
「まぁギルドに所属していますので、名前だけは知ってはいますが、その辺はもうどこかの国に仕官していて国災クラスの依頼でもないと出てこないって話ですが」
一説によると、この人たちガチャから出てくるとか聞いたが真偽は不明である。
「しかし、彼らの武勇伝は聞いたことがあるだろう?」
「一人で竜王を倒しただの、ドルマゲスタや、エクスデウスとかいう世界崩壊規模のモンスターを倒したとか」
「誰しも若いうちは英雄に憧れる。特に貴族のようなモンスターを産まれてから一度も見たことがないような子供たちはね。そういった子供たちに冒険者稼業のことを伝え、少しでも死のリスクを減らしてあげられるならそれは素晴らしいことだと思わないかい?」
「はぁ……」
なんか、話が少しズレてるな。
俺が言いたいのはそもそもそんな坊ちゃんお嬢ちゃんを冒険者にするなということなのだが。
正直そんな学校があるせいで冒険者になろうと思って命を落とす学生がいるわけだし。
言い方は悪いが、善意の悪意でしかないと思う。良かれと思って学校を作ったのかもしれないが、それで死人が増えてるなら良いことではないだろう。
気が進まないなと思っていると、ポートフから耳打ちされる。
「梶王にはぜひ女子教室を受け持ってもらいたいんだよ。君と同年代の女の子ばかりでね、女子たちも喜ぶだろう。前も現役の冒険者さんを呼んだことがあるんだけど、その先生は本当にモテモテになってね」
「やりましょう。僕も困っている生徒を見過ごせません」
俺は顔を世紀末英雄伝風の二枚目顔にして即答した。
「そうかい? ありがたいよ」
ポートフは既にこちらの人となりを理解しているようで、俺はあっさりと落ちた。
「あ、あのポートフ先生、自分も咲さんの授業受けたいです」
「ぼくもぼくも!」
「構わないよ。卒業生として来るといい」
「やった!」
アリスとマルコは手を打って喜んだが、やばいな、俺教えられることなんてほんと何もねぇぞ。
「何日かにわけて講義を行っていただきたいのですが、まとまった時間はとれますかな?」
「多分大丈夫です。俺いてもいなくてもあんまかわんないので」
「それは良かった、では後日連絡させてもらうよ」
ポートフは笑いながら俺の背中を叩いて満足げに頷くと、他の貴族のあいさつ回りに戻っていった。
「なぁマンマルコ、あの校長先生アリスを見る目がおかしくなかったか? ちょっと線を引いてるっていうか怯えてるっていうか」
「あぁ姉ちゃンヤンキーだから」
「えっ!? なにそれ怖い」
というかこの世界にヤンキーって言葉があることに驚いた。
「これ以上言ったらぼくの命が危ういからね」
貴族がどうとか講義がどうとか全て吹っ飛んでしまった。
アリスに視線を向けると、彼女は恥ずかし気に笑みをこちらに返した。
「嘘だろ……見た目完全に深窓のお嬢様なのに」
「咲さン、館に行ったとき見てない? 姉ちゃンの武器ってひの木の棒に釘刺したものだから」
「それって釘バッ……」
俺はこの時、あっやばいアリス仲間に入りそうと、変な奴呼び寄せセンサーのアラートが響いたのだった。