王のお仕事
「税収書にオンディーヌ各地でのモンスター、盗賊出没による被害届、バート商会、各商会よる、衣類、武具を含めた納品書に請求書。食料品の自給率及び、他国からの供給量とそれによる収支、新規領民の登録証、チャリオットへの加入申請書、領民達の意見陳情書に近隣貴族からによる招致要請書、エトセトラエトセトラです」
「…………あとよろしく!」
俺は脱兎のごとくに逃げ出そうとしたが、そこはディーさん、そう簡単に逃がしてはくれない。
彼女の長い脚が、開いていたたった一つの出口である扉を蹴り閉じる。
「フフフフ、王がいない間私がどれだけ苦労してきたかじっくり話し合いながら作業をこなしていきましょう」
「ひぃっ、ディーが怒ってる」
「これだけ留守にされて怒らないと思ってたんですか?」
「すんません」
「まったく、帰って来たからいいものの、これで帰って来なかったら我々は空中分解もいいところだったのですよ」
「その時はオリオンにでも王やらせてりゃいいよ」
「ダメです。あの子はあなたの命令以外聞きません。あの子だけじゃありません、レイランやエーリカのようなEXはあなた抜きでは動きません」
「おい、さりげなくソフィーさんを仲間外れにするのはやめてさしあげろ」
あれでも一応最高レアである。
「とにかくしばらくは執務を行ってもらいます。それが終わればバート商会や各貴族への挨拶回りに行きます。オンディーヌ領を手に入れてから、未だ貴族に挨拶をしていないなんて生意気だと思われてもしかたありません」
「めんどくせぇ、ディーさん行って来て」
「行きました、もう何度も。その度に本人はいつ来るんだと聞かれて答えられない私の身にもなっていただきたい」
「すんません」
「それと貴族招致が来ていますので、貴族議会に出席しなければなりません」
「なにそれ?」
「ナルシスを倒したことによりオンディーヌ領の貴族が空白になっています。当然その枠に入るのは王です」
「ってことは貴族になったってこと?」
「まだわかりませんが、可能性は高いです」
「へーってか、今まで王のくせに貴族以下だったんだな」
「王もぴんきりですから、土地を持たない冒険者と大差ないものも、領土戦争に参加していれば王と呼びます」
「雑魚王から多少格上げしたわけか」
「貴族の前でそのような言葉遣いをしてはいけません、彼らは非常にプライドが高く利権にうるさいです。彼らはよその資源を安くで仕入れ、自領の資源を高値で買わせようとしてくるので気をつけて下さい。王の一言で貿易価格がかわりますから」
「貴族議会ってそういう貿易価格とか税収を決めるようなことばっかりしてるの?」
「他には各地で起こった凶悪なモンスター、疫病などの周知と対策ですね。それ以外はほとんど中身がないと言ってもいいでしょう」
「つまり偉い人が、あー忙しいわー、多忙だわーとか言いながら実際中身のない会議をしてるのが貴族会議?」
「中身がないとは言いませんが、貴族は暇な人間が多いですからね。後王は王なので貴族から警戒されます」
「どういうこと?」
「貴族と王は別物です。王は領土をかけて戦いますが、貴族は自衛以外の武力は基本的に持ちません。ただし経済的武力は持ちますので、怒らせると資源を止められたりします」
「でも今ウチって基本自給自足でしょ?」
「だからです。貴族たちとどこにも繋がりのない王なのでどこに攻めてもおかしくないと思われているのです」
「狂犬か俺は」
「貴族とは仲良くしておいてください。笑いながら一緒にお酒か紅茶でも飲んでれば大体仲良くなれます」
「貴族一番バカにしてんの実はディーじゃない?」
「王よ、我が領地の特産物が何かわかりますか?」
「えーっと、オンディーヌ領でワインと羊、小麦……ライノスで海産物……くらい?」
「オンディーヌ領で羊は出荷できるほどの量がありませんのでワインと小麦だけです。他にミディールで真珠の養殖、ホルスタウロスのミルクがあります」
「ホルスタウロスのミルクは市場に出せるほど量ある?」
「本来ホルスタウロスのミルクは希釈して飲むものです。どこのミルク農家もここでとれる量には遠く及びません」
「えっ、そうなんだ」
「王よ、これで我々の弱いものが何かわかりましたか?」
「肉かな」
「違います」
「ん~衣料品とか? 糸とか」
「加工品ではありません。正解はエネルギーです」
「今までの流れ関係ねぇ」
「火を起こす木や、四元素の魔法結晶はこれからどんどん必要になります。ましてここは非常に交易の便が悪く、運送料だけでかなりの値段がとられてしまいますのでエネルギーくらいは自領でまかないたいのが本音です」
「ほー」
「それともう一つ」
「まだあるのか」
「聖十字騎士団はご存知ですね?」
「ナルシス倒した時に闇で加勢してきたやつらだろ?」
「そうです、彼らの動き活発化しており、西側はほぼ聖十字騎士団一強にまでのし上がってます」
「西は椿がいたんじゃなかったっけ?」
「あそこは既に聖十字騎士団と同盟……いえ、属国や植民地と言った方がいいでしょう」
「落ちたのか」
「元から椿は体力がありませんでしたから。どこであろうと大きな国に攻められれば無条件降伏するとは思っていました」
「でも聖十字騎士団領って北の赤月と隣接してなかったっけ? あんまり調子に乗ってると赤月が動くんじゃないの?」
「王にはまだ話していませんでしたね。赤月は今ほとんど機能していません。元から赤月は北西部の領土に魔軍を有していました」
「なにそれ? モンスターの軍隊?」
「そうです、それも非常に強力な個体が多いです。しかし王がいなくなって数カ月で魔軍が赤月に進行を開始、更に国内でアンデッドが発生、軍の力が弱まったところで反乱軍アルヴィオレと称する民間人たちが革命活動を起こし赤月は自国のことで他には手が回らなくなっています」
「酷いことになってんな。ってことはその隙に乗じて聖十字騎士団が規模を拡大していると」
「聖十字騎士団国王もそこまで領土欲の強い人間ではなかったのですが、教会の大教皇が死去して新たな大教皇についたレッドラムという男が神の名のもとに好き放題していると」
「クソ野郎じゃねぇか」
「偵察の話によると騎士団と教会が反発しあっているようですが、どうやら騎士団側が劣勢なようです」
「てことは騎士団が負けりゃ攻めてくることもあるってことか」
「はい、聖十字騎士団はデウスエクスマキナと呼ばれる機械天使を召喚するそうです。私も実際にこの目で見ましたが、とにかく巨大で小さな城くらいの大きさがあります。それが10数体一気に並ぶ姿には世界の終わりさえ感じました」
「……そんなに?」
やばない?
ガンニョムやウルトラマハーンが敵で10体並んでたら、終わったなって確かに思うだろう。
「それでもまぁ剣と魔法の世界だからな、魔法やらなんやらで」
「機械天使には魔法が一切通じません」
「ダメだー! 万策尽きたー!」
「策なさすぎでしょう」
「軍備も考えなきゃダメだな。自国のことだけでも手一杯だっていうのに」
「そうですね、地道なところからこなしていきましょう」
そう言ってディーはどんっと書類の束を追加して、俺は白目をむいた。
数日後
「死ぬ、つまらなさすぎて死ぬ……」
予想外だぞ、王の執務がこんなにつまらないものだとは。
一日中書類読んで、ハンコ押したり、バッテンつけたりするのを繰り返すだけでは心が死んでいく。
「あーーーーーっ!! おもんねーーーーーー!!」
頭を抱えて叫んだところで机の上の書類は消えない。
現代世界でいい加減に書類を通してしまう役所仕事が今なら少しだけ理解できる。
執務机でぐだーっとしていると、ひょこりと窓からオリオンが顔を出した。
「よっ」
「おっ、何やってんだよ。ここ四階だぞ」
四階の窓にぶらさがっているオリオンの姿は外から見ると、かなりシュールなものだろう。
「遊び行こうよ。下にフレイアもいるよ」
「王様執務中で超忙しいの」
「おもんねーーー!」
「俺の真似をするな!」
「咲が折れることは知ってんだから早く行こうよ」
「…………しょうがない、執務中で超忙しいが、兵と親睦を深めるのも重要な役目。遺憾ながらここを放棄する」
俺は黒鉄を手に取り、窓から外へと飛び降りると、フレイアにシロクロのホルスタウロスコンビの姿があった。
「おっ、火の結晶石を持ってるわりには存在感の薄いフレイアさん」
「あんたの留守期間を考えれば誰だってキャラ薄くなるわよ」
「ほんとすみません」
炎の魔術師ことフレイアだが、相変わらずのヘソ出し露出キャスタースタイルで防御力激甘スタイルだ。
魔法使いってのは爺にローブ、樫の木の杖がデフォルトスタイルだと思っていたが、それを根本からぶっ壊してくれた奴だ。
彼女の肩にはヴァイオリンケースが背負われており、そういやこいつ元吟遊詩人だったなと今更思い出した。
「ヴァイオリンの音が悪いの、チューニングしにラインハルトに行こうと思ったら捕まったってわけ」
「なるほどな。そっちのシロクロは?」
「ギルドの依頼するなら戦力として役に立つと思ってつれてきた」
「そうか、確かに戦力として俺たち三人じゃ心もとないしな」
「なんでアタシの方見んのよ。帰ってきて早々胸揉まれたこと覚えてるからね」
「さっ行こうぜ。早くしないと怖いディーが来るかもしれないしな」
俺は話を打ち切ってオリオンたちと共に久しぶりのラインハルト城下町へと足をのばすのだった。
俺が執務室から消えて数分後、ディーが葡萄ジュースを片手に様子を見にやってくる。
「王よ、一息入れましょう。領地で手に入った良い葡萄を絞った飲み物が……」
しかし執務室には誰もいない。
トイレにでも行ったのか? と思ったが、机の上に[ちょっと世界を救いにオリオンと出かけてくる。探さないでね。 王より]と書かれた紙を見つけ、ディーの腕はプルプルと振るえる。
「世界より先に国を救えーーーー!!」
彼女の叫びは警備のアマゾネスたちにしか聞こえなかった。