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王の帰還Ⅰ

「急げ! もう時間がないぞ!」


 薄暗い闇の中、松明を手にした兵達が領民の避難を進める。

 兵達には焦りの色が強く、誰一人としてその顔に笑みはない。ただ足を進め、荷物や子供を抱いた民たちの城への収容を急いでいた。

 小さな領地で、守るものなど大してないがそれでも着実に規模を拡大してきた。

 領地の中央にある城は、もう全部ぶっ壊して最初から造りなおした方が早かったんじゃないかと言われてしまうほど修復に修復を重ねて、見た目だけはそれなりの姿を取り戻し、今は再び城として民を守るために機能をしている。


「なんなんだこいつらは……」


 ディーの指示により偵察兵たちは、領地の一番外周に設置された防衛壁上で蠢く者たちを見やる。

 片手にトーチ、もう一方の手に血の付いたツルハシやメイスを引きずりながら無言で城へと向かってくる。

 頼りないトーチの光が幾重にも連なり、川流れのように近づいてくる。

 見た目は全て同じ、黒いローブを被った聖職者風の人間だ。

 ローブの端から血色の悪い顔が見えた為、モンスターでないことは確かだったが、こちらからの呼びかけは完全に無視。

 夜になって現れたこの集団は、警備兵を惨殺するとその死体を十字架にくくりつけ誇示するように掲げながら迫って来たのだ。

 外に出ていた領民が何人か犠牲になると、その死体をまた一つ、また一つ十字架にくくりつけ、まるで聖書に書かれた聖者のように掲げあげる。

 だが、そんなものは未開の蛮族が侵入者に対する威嚇として死体をトーテムがわりに使う行動と同じだ。

 死者の遺体をこのようなことに使う事を許している宗教は存在しない。

 状況判断だったが、ディーは冷静にローブの人間たちの正体を割り出す。


「総員隊列を組んで、”邪教徒”の侵入を一歩たりとも許すな!」


 ディーは領地中央に設置した簡易作戦本部でチャリオットの指揮をとりながら、入って来た情報を的確にさばいていく。


「アギやアデラのアマゾネス隊を偵察に出した矢先これか……」

「偵察より伝令、邪教徒の顔や手に魔法陣、その中に瞳の入れ墨が入った聖紋スティグマを確認しました!」

「やはり邪教徒だったか、瞳の入れ墨はどこの悪魔だ。ゾロ教、ソロモン教、ハデスやアモン教も目玉だった気がするが……」

「ディーにゃ、邪教徒の奴ら死体を城門前でグチャグチャに引き裂いて、門にぶつけてくるにゃ。マジグロイ、吐きそうにゃ」

「頭のイカれたカニバリズム者をまともな思考で相手にするな、こちらの精神が汚染されるぞ」

「邪教徒、城門の破壊を開始しました!」

「チッ、やはり生者が目的か。構わん全軍に迎撃命令。信号弾を上げろ! あわよくば周辺の貴族や王が援軍に来てくれる」


 ディーの号令と共に雲の出始めた漆黒の夜空に赤い灯火が撃ち上がる。


「あの塔が出来てから異常事態が起きすぎだ」


 ディーは忌々し気に遠くにそびえたつ漆黒の塔を睨む。




 正門前で信号弾を確認したロベルトがマシンガンを撃ち鳴らし、カチャノフはドワーフの小さい体躯ながらも跳びあがって邪教徒の頭をハンマーで叩き割る。


「いくら群れようが所詮雑魚だ。ただまっすぐ向かってくる奴らなんざ敵じゃねぇ!」

「こいつら格好が完全に神父やシスターですから殴り殺すのは抵抗ありやすぜ」

「邪教徒ってのは、信じてる神が転がって悪魔崇拝になった奴らだ。見た目に騙されんじゃねぇ!」

「あっし、死んだら天国に行きたいんで地獄に連れて行かれるのは勘弁してほしいでやす」

「射線をあけて下さい。EXMエクセム3転送、制圧射撃を行います」


 正門前で浮かび上がったエーリカは両手におおよそ少女が持てる重量ではない武骨で巨大なガドリング砲を転送させる。

 レーザーサイトが邪教徒たちに伸びると、そのままトリガーを引く。

 轟音が轟き、薄暗闇の中激しいマズルフラッシュが輝き、排出された薬莢が甲高い音を立てながら地面を転がっていく。

 火の雨が降って来たような射撃は、邪教徒達を細切れの肉塊へと還す。


「さすがエーリカだぜ」

「あーあ、姉さん容赦ねぇや」


 カチャノフがこんだけ殺生して天国行けっかな? と不安になっていると、体がズタズタになった邪教徒たちがむくりと起き上がる。


「な、なんだ、なんでそんな状態で動けるんだ!?」


 起き上がった邪教徒たちは手や足がないもの、頭蓋が半分欠けている者など、生命機能が停止していなければおかしい者たちばかりだった。

 生気を失った虚ろな眼差しは生者へと向けられ、青白い手はツルハシを握りしめて襲い掛かって来る。


「カチャノフ、ボサっとすんな!」


 ロベルトがマシンガンを放つと、カチャノフは慌てて迫って来た神父らしき男の顔面をハンマーで吹き飛ばす。


「う、あぁぁ…………許さ……ない。悪魔……め」


 転がった神父の頭が恨めし気にカチャノフを見上げ、何かを呟いている。

 切り離された体も、まだビクビクと動いており、その光景に狂気を感じる。


「旦那、こいつら普通じゃありやせんぜ!」

「見りゃわかる!」

「アンデッドかしら?」


 遅れて到着したフレイアがツインテールをなびかせ、とても戦闘向けではない丈の短いスカートをはためかせながら、不気味な邪教徒たちに向けて炎を放射する。

 しかし邪教徒たちは燃え盛りながらも歩みを止めず、炎の抱擁を求めてくるのだ。


「うっそでしょ……」

「嬢ちゃん火はダメだ! 敵が強化する!」

「あたし火以外はからっきしなんだけど」

「あぁクソの役にもたたねぇでやす……」

「あぁん!?」


 カチャノフはフレイアのドスの効いた声に怯える。


「嬢ちゃん下がってろ! 捕まったらハラワタ引きずり出されるぞ!」

「そんなこと言ってられないでしょ!」


 フレイアは右手に魔力を込め、青い流星のような魔弾を発射しながら邪教徒の侵入を防ぐ。

 だが、威力が乏しく、倒しても倒しても、むくりと立ち上がってくる。


「チッ、あたしの攻撃じゃ全然ダメージを与えられない」


 隣でエーリカがガドリング砲を撃ち鳴らし、敵を復活できないほどの細切れにしていく。

 フレイアはその火力を羨ましく思った。


「あたしも今度融機人に改造してもらおうかしら」


 苦い顔をしていると、突如何者かがフレイアの足首を掴む。

 それは下半身のないアンデッドと見まがうほど青白い顔をした女だった。


「アモン様……万歳。悪魔たちに死を……」


 女は懐から光り輝くクリスタルを手にすると、何の脈絡もなく大爆発を起こした。


「嬢ちゃん!」

「姉さん!」


 人一人軽く吹っ飛ばしてもおかしくない大爆発に、誰もがフレイアの安否を心配する。

 だが、夜の闇に煌めくカラスの如く、誰かがフレイアの体を抱きかかえながら空を跳んでいた。


「雑魚は身の程わきまえて行動するよろし」

「レイラン!」


 黒く光沢のある民族衣装、深いスリットからはアンデッドとは思えないほど肉付きがよく色気のある太ももが覗き、目元と唇に塗られた紅は艶やかで妖艶な雰囲気を醸し出す。

 その昔国を傾けたと言われる傾国の美女と呼ばれるような美しさを持つ戦士は、このチャリオットの切り札の一つでもある。


「うっさいわね。あたしだって黙って襲われるのを見てらんないわよ」

「その気概は結構、でも雑魚がチョロチョロして捕まるとこっちの仕事が増えるネ」

「はいはい、EXさんの仕事増やしてすみませんでした。でも見捨ててくれたっていいのよ、それくらいの覚悟あたしにだってあるわ」

「足ガクガク震わせて強がったって無駄ネ」

「なっ!?」


 フレイアはお姫様抱っこされてる自分の足が震えていることを指摘されて顔を赤くする。


「あの男帰って来るまで、お前たち弱者守るのはワタシの仕事ネ」

「とことんプライド傷つけてくれるわね。てか、あんたあいつのこと好きすぎでしょ」

「ふん、冗談じゃないネ。恨みつらみ山ほどたまってるだけネ」


 フレイアを下ろすと、レイランは赤い房付きの紐がついた青龍刀を両手に持つと、夜闇を飛翔する。

 人体の跳躍力を完全に無視したジャンプはひらりと防壁まで跳びあがり、エーリカの隣に立つ。


「お前いて人間の進行も止められないか?」

「黙りなさいアンデッド。奴らは普通ではありません」

「そんな当たり前のことなんか聞きたくないネ。それを止めるのが我々ネ。山賊女が伝令聞きながら頭抱えてる。あんまり自由にしてるとあの女あの歳でハゲるよろし」

「それが彼女の役割でしょう。むしろ彼女が率先して前に出ていたら我々のチャリオットはおしまいです。それよりソフィーはどうしました?」

「あのバカ女なら多分もうじき来るネ」

「奴らは悪魔の血を使って半アンデッド化している可能性があります。物理で圧倒するよりも神聖の属性の力で浄化する方がいいでしょう」

「!?」

「なに驚いてるんですか?」

「いや、あのバカ女が神官だって完全に忘れてただけネ。でも大丈夫か、あの女まともに掛け算もできないのに、浄化とか高尚なことできるのか?」

「…………」

「オイ、なんか喋るネ」

「敵が来ます、迎撃します」

「オイ、無視するなよろし」


 二人が城門で話していると、チャリオット最後の切り札であるソフィーが登場する。

 神官帽に巨大なハルバート、両手足は鎧なのに体はビキニ姿と戦場なめてんのかお前はと言いたくなる装備でやって来た少女。これでも最高レア(EX)の人物である。


「ホーッホッホッホッホ! 皆さん、このわたしが助けに来たからにはもう安心です! ノアの箱舟に乗った気分でいて下さい!」

「良かったな泥船来たネ」

「できれば最後まで秘密でいてほしかったリーサルウェポンが来ましたね」


 言いたい放題言われてムッとするソフィーだったが、彼女の能力が強力であることは間違いない。

 ソフィーは自身の背後に白銀の甲冑騎士、ヘヴンズソードを具現化させると目の前を塞ぐ邪教徒を巨大な盾で叩き潰す。


「ふん、融機人さんやアンデッドさんと違ってわたしはやればできる子なんです!」


 ドヤっと胸をそらすが、邪教徒たちは一番危険と判断したソフィーに群がっていく。


「ふわっ!? ちょ、ちょっと待ってください! 神は言ってます、そんな一斉に来るのは卑怯だって!」

「あれはまずいですよ!」

「泥船に亡者が群がってるネ」


 エーリカが銃撃を放つが、邪教徒たちの勢いは止まらない。

 レイランはソフィーの前へと跳ぶと、邪教徒が振り上げたツルハシを躱し青龍刀をかちあげて首を吹き飛ばす。


「おいバカ女、何してるネ、後ろの鎧を動かしてコイツら吹っ飛ばすネ!」

「え、えっと、えーっと!?」

「早くするネ!」


 レイランはたった一人で全周囲から群がる邪教徒たちを斬り伏せていくが、人間一人で防ぎきれる数ではない。

 ソフィーのヘヴンズソードが動けば、この状況を打開できるが、白銀の甲冑兵はダラリと両腕を下ろしたまま沈黙している。


「早くするネ!」

「そんなに焦らせないで下さい! わたしだって必死にやってるんです!」


 ソフィーの頭は次々に迫る邪教徒に飛び散る血飛沫や生首に完全にパニックを起こしていた。

 そして白銀の甲冑兵がスッと透けるように消えていく。


「誰が消せ言ったネ!」

「け、消したくて消したんじゃないんです! ヘヴンズソード! ヘヴンズソード!!」


 ソフィーは何度も叫ぶが、もう一度白銀の甲冑兵が現れてくることはなかった。


「さすがチャンスをピンチにかえる女の異名もつだけはあるネ」

「そんな異名ありません! 変な二つ名つけないで下さい!」


 ソフィーが叫んだ瞬間、鉈を持った邪教徒が彼女の顔面に振りかぶる。


「いやあっ!」

「チィッ!」


 レイランが腕を伸ばし、無理やりソフィーの態勢を崩させると、鉈はソフィーの鼻先をかすめた。

 ソフィーには命中しなかったが、鉈はレイランの白い腕を斬り飛ばす。


「レイランさん!?」

「ガタガタ騒ぐなよろし! 腕ぐらい吹っ飛んでもワタシなら元に戻せるネ!」

「でも!?」

「お前はお前のすべきことをするネ!」


 吹っ飛んだ腕を押さえるレイランを見て、ソフィーは強く自身の唇をかみしめる。


「ヘヴンズソード!!」


 ソフィーの叫びに呼応して、白銀の甲冑兵はもう一度具現化する。

 ヘヴンズソードは銀の剣を盾から引き抜くと独楽のように体を回転させ、近くに迫った邪教徒を引き裂いていく。

 その力は圧倒的で、荒れ狂う暴風のように次から次へと叩き潰していく。


「こりゃすげぇ……さすがEXレアは段違いの性能でやすぜ」


 カチャノフが感嘆の声を上げるのも無理はない。オーガやサイクロプスような巨大なモンスターでもこれほどまでの破壊力を持ってはいない。近づくもの全て白刃の錆びにしていく、動くミキサーのような力をもっていた。

 その絶大な力によって、ほとんどの邪教徒は駆逐され、動くものは残っていなかった。


「終わりましたか?」

「そうみたいネ」


 レイランは吹き飛ばされた腕を傷口にくっつけると、苦悶の表情を少しだけ浮かべると腕は元通りくっついたのだった。

 ソフィーはぺたりとお尻を地面につけると、白銀の甲冑騎士は消え去っていく。


「疲れました。もうすっからかんですよ」

「ご苦労、自分でピンチを作って自分で解決したネ」

「わたしはノアの箱舟ですから」

「泥船寄りの箱舟ネ」


 全員が安堵の息を吐き、ディーにも邪教徒を撃滅した報告が入る。



「そうか……良かった」

「はい、ですがソフィー様は魔力を使い果たしてしまったようです」

「よく頑張ってくれた。休ませてやってくれ」

「はっ」

「待機させていたオリオンを使うまでもなかったか」


 報告を終えた兵のすぐ後にリリィが走り込んでくる。


「ディーにゃ、なんか武装した人がいっぱい来たにゃ! 城壁のすぐ近くまで迫って来てるにゃ」

「あぁ、恐らく周辺の王や貴族が信号弾を見て駆けつけてくれたのだろう。来てもらって悪いが、もう事は終わってしまったがな」

「それなら良かったにゃ。リリはこのこと皆に伝えてくるにゃ」

「頼む」

 

 リリィが報告に戻った時には既に防壁を解放して、援軍に駆けつけてくれた貴族たちを迎え入れているところだった。

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