自分である証明
俺はサイレンの響く音を聞きながら、痛む肩をおさえ、真っ暗な街並みを歩いていた。
「もっさんめ……なにが俺の攻撃はパンチがねぇだよ。めちゃくちゃ痛ぇじゃねぇか……」
真っ暗な路地裏で壁を背にずるずると腰を下ろす。
ふと頬に冷たい感触があり、空を見上げると、黒い雲が月を覆い隠そうとしていた。
しとしとと降り出した雨は体を冷やしていく。
踏んだり蹴ったりだなと乾いた笑いが漏れる。
「くっそ、天地め絶対許さないからな」
ますます濃くなる魔力の量、最早時間的猶予はない。
駒を全員から奪い、そして門を閉じる。それが最もベストな形か……。
だが、方法がない。
駒の力で覚醒したあいつらを、俺一人でなんとかすることは不可能とわかっている。
「こういうときなんで俺はチート系じゃないんだって思うばかりだな」
そんなこと考えられる程度にはまだ余裕があるらしい。
スマホを開くと揚羽たちの写真がいくつも出てきて視界が霞んできた。
「畜生……俺の仲間返せよ……」
目じりにたまった涙をぬぐい、俺は立ち上がった。
泣いてる場合じゃねぇ、このまま手をこまねいて世界の崩壊を待つわけにはいかない。
やれることがまだあるはずだ。
「ギギギ……」
「なんだ?」
不気味な声が聞こえて、辺りを見渡すと、そこには虚ろな目をした少年少女の姿があった。
「なんだ……」
「あー……あー……」
ゆらりゆらりと揺れ視線が定まっておらず、涎をたらしているものもいて、さながら霧と暗闇も相まってホラー映画に相応しいロケーションが出来上がっている。
「ゾンビかよ……」
「がああああっ!」
不気味な少年が苦悶の声を上げながら蹲ると、まるで蝉の脱皮のように背中が割れ、中から腹だけが膨れ、四肢はやせ細った怪物が姿を現す。
昔話で見たことのある、餓鬼というものによく似ており、腹をすかせているのかうめき声をあげながらゆっくりと近づいてくる。
「こいつら病院であった川島と同じパターンか……」
コネクトを使いすぎて魔力にあてられ怪物化した人間たち。
天地が異界の門を開いたせいで、この世界に満ちる魔力量が多くなった為、怪物になりかけていた人間が次々に孵化しているのだと気づく。
「この状況で更に敵追加かよ」
餓鬼は次々に孵化し、ゆっくりと包囲を狭めてくる。
「畜生、やるしかねぇか。スターダストドライバー!」
腕を掲げ、スターダストドライバーを装備しようとするが、ブレスレットはいつも装備するときとは違い強力な光を放つ。
主人のピンチに呼応して、強力な力を放とうとしているのだった。
今はご都合主義でもなんでもいい、とにかく力がほしい!
「感じる、力を! 来いっ!」
だが、俺の叫びも虚しくブレスレットはバチバチと火花を上げ、眩い光は徐々に小さくなり消えていった。
「はっ!? 嘘だろ、こんなときに故障!?」
思えばスターダストドライバーを酷使してきたが、一度もメンテナンスの類はやってこなかった。
それが急なエネルギーの解放で、ツケが最悪のタイミングで回ってきてしまったようだ。
「最悪だ、逃げ--」
戦う手段すら失ってはもうどうにもならない。俺は無理やりにでも包囲を突き破って逃げようとする。
だが、胸に衝撃が走る。
最初は何かぶつかったのかと思うが、次に強烈な痛みが胸に広がる。
「よぉ天地ぃ、こんなとこで出会えるなんてな」
「がっ……」
自身の胸に突き刺さった腕に俺は吐き出した血をぶちまける。
一瞬で胸骨と肋骨を砕かれ、心臓まで刺し貫かれた。
痛みは爆発的に広がり、瞬時にこれが致命傷だと気づく。
目の前にいるのは二メートルを超える馬頭の怪物である。
しかしながらその特徴的で残念な前歯は失われておらず、見た目はかわっているのに俺はこいつの正体が一目でわかった。
「お前……矢代か?」
「そうだ、よくわかったなぁ」
「なぜ……」
「前々からお前のことが気に食わなかったんだよ天地ぃ。俺とお前どこが違う。なぜお前は認められて俺は認められない。お前はいつも俺や桜井のことを下に見ていた! 俺はあの目が気に入らなかったんだよ」
「知るかよ……」
その卑屈なところだろと言いかけたが、もう口が回らない。
一番納得がいかないのが、こいつが俺を天地と勘違いしているところだ。
なんで俺があいつのとばっちりで殺されなきゃならないんだ。
馬頭の怪物と化した矢代は貫いた胸から腕を引き抜く。
俺は全身の力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「お前は死んだ。これで俺は認められる。これで邪魔者をいなくなった、これで、これで、これで、ヒーーッヒッヒッヒッヒ」
怪物化した矢代の目は血走っており、こいつが既に霧の魔力によって狂っているのだと気づいた。
「あぁ、次は女だ! 俺を前歯なんて呼んだメスどもを全員殺してやる! ヒヒヒヒヒヒ!」
矢代は天高く笑い声をあげるが、徐々にその声が馬のいななきに近くなっているのを恐らく本人は気づいていないだろう。
矢代は笑い声をあげながらゆっくりと下がっていく。
だが、俺を取り囲んだ餓鬼は死肉を漁ろうとしているのか徐々にこちらに近づいてくる。
考えられる限り、最低な死に方だな。
まさかこんな雑魚戦で命を落とすなんて。
胸にぽっかりと開いた穴は地面に大きな血だまりを作り、自分の体が徐々に冷たくなっていくのがわかる。
肺に穴が開いたのか、まともに呼吸をすることができず口からはヒューヒューと酸素がもれ、酸素とともに命が抜けていくようだ。
ゲームでもよくある話だろう。イベントで唐突に仲間が離脱した上に、武器が壊れているのに気づかず雑魚戦をしたら負ける。
不幸なのがセーブロードなんて機能はなく、一発即死のガメオベラだったってことで。
あぁ死ぬときはおっぱいに埋もれながら老衰って決めてたのに。
まぁ……いいか。
皆俺のこと忘れちまったし。
俺が死んでも天地が死んだことになって、梶勇咲は生き続けるんだろう。
目を閉じて楽になっちまえばいい。
そしたらまた異世界とかに転生して、今度はチートで無双系の主人公になれるかもしれな……。
そう思うと、唐突に頭に今までのことが全てフラッシュバックする。
異世界エデン。そこで俺は王になり、オリオンという仲間を最初にガチャで引き当て、チャリオットを結成し、ゴブリンやオークに追われながら依頼をこなし、サイモンにディーやエーリカ、ロベルト、リリィ、フレイア、クロエ、レイラン、アギ、アデラ、キュベレー、セバス、真凛、カチャノフ、マキシマム。たくさんの仲間と一緒に戦ってきた記憶がよみがえる。
「そうか、俺は……王だったのか」
自身の役割を思い出したことにより、俺の持つ王の駒が黄金の輝きを放つ。
死を間近にして消えかかっていた意識が唐突に別の時空へと放り込まれる。
そこは真っ暗な空間で右も左もよくわからない。進む先は闇。後ろには光が見えるが、なぜか自然と足は闇の方へと進んでいく。
目の前に突如光の塊が現れると、その姿を小さなドラゴンへとかえる。
「やぁ、また会ったな人間」
「お前は……あのいいかげんな神ドラゴン」
「困るんだよね。君が死ぬと本格的に二つの世界が融合しちゃうじゃない」
「俺だってそうならないようにしてきた。でも……」
「存在を奪われ、仲間を奪われたと」
どうやらこのドラゴンは全てお見通しらしい。
あながち神というのも嘘ではないようだ。
「…………」
「君の仲間は奪われたから諦めてしまえるようなちっぽけな存在だったの?」
「そんなんじゃない! そんなんじゃ……ない」
「ならなぜ抗わない。君ならもっと生きぎたなく惨めに、滑稽にあがくだろう」
「言いすぎだろ。俺だってできるなら抗いたかった。でも、俺には力がない……」
ドラゴンは器用に腕を組んでう~むと考えると、ぽんと手を打つ。
「あげようか? チート能力?」
「えっ?」
「それがあればなんとかなるんでしょ? こっちとしても困ってるからね。正直君一人のステータスをいじくるくらいなんてことないんだよ」
「マジかよ! 最初からそうしてくれよ!」
「ただね、それをすると君のエデンでのデータを一旦消去しなきゃいけないんだよ」
「なっ!?」
「もう思い出したんだろ、記憶を? 君のチャリオットに関する全てのデータを削除する」
「それはどうなるんだ?」
「君が仲間にした人間は全て君に関する記憶は失い、初期位置に戻す。オリオンは元の高山村の飢餓状態で、ディーは山賊に、エーリカやロベルトはガリアに」
「あっちの世界でも俺は忘れられるってことか」
「忘れるじゃない消去だ。君は最初からいなかったんだよ」
「それをすれば力を?」
「そうだ。選びたまえ、力か仲間か。君の追っている天地眞一というのは君が思っているより単純な存在ではない。こちらが与える力なしで勝つことは不可能に近いだろう」
「教えてくれ、奴を倒せば揚羽たちの記憶は戻るのか?」
「なりかわっている天地眞一を倒し、異世界の門を閉じれば戻るだろう。だが、その時君はこの世界にはいない。門を閉じる代償として、もう一度エデンへと送り込まれているだろう。そして白銀源三の言っていた通り、エデンに入ると、この世界の住人は君の存在を再び忘れる。結局記憶を取り返してもあんまり意味がないとも言えるね」
「…………」
「なに案ずることはない。一からと言ってもこちらが渡した力を取り上げることはない。最強の王として再スタートを切るといい。君も言っていただろうチート系主人公がいいと」
ドラゴンは不満はないだろうとこちらを見据える。
俺の目の前に選択肢がポップアップする。
→力を得る ※エデンでのデータは削除され、エデンに行く場合最初からになります。
力を断る ※今死にます
嫌な選択肢出て来たな。っていうか選択肢かこれ?
「…………」
「力を与えよう」
「…………ぃやだ」
「なんだって?」
「嫌だ。俺はもう誰かに忘れられるなんてごめんだ。俺は自分の力で仲間を取り戻す! そして異世界の門を閉じる」
「…………」
ドラゴンは無表情のままこちらを見据えると、その爬虫類のように縦に割れた瞳に炎を灯す。
「粋がるなクソガキ」
小さなドラゴンが突如巨大化し、リアル系ファンタジー映画に出てきそうな巨大な竜の顔が目の前に現れ。牙だらけの口を開く。
そのプレッシャーは今まで生きてきた中で一番とも言え、足がガクガクと震える。
低く響く声は音だけで地を割り、金月の如く輝く瞳は睨まれるだけで心臓発作を引き起こしそうなほどおぞましい。
土下座して許しを乞うか、全てをかなぐり捨てて一目散に逃げだしたくなるほどだ。
ドラゴンの口から炎が漏れ、火傷しそうな熱気が頬を撫でる。
これがこの神の真の姿なのかと涙目になる。
「力を得ろ! さもなければ今すぐ貴様を喰い殺す」
「嫌だ! 絶対に嫌だ! 俺は俺でいたい! 強くてNEW GAMEできるからいいなんておかしいだろ! 俺という存在は俺だけが作ってるわけじゃない。他者から見た俺も俺なんだ! 全ての記憶を消した時、誰が俺を俺と認めてくれるんだ!」
「貴様のそのちっぽけな自尊心でこの世界が滅ぶぞ!」
「滅ばない! 俺があいつを倒して仲間を、友を助けて見せる! そして俺を待ってくれている仲間の元に帰るんだ!」
「貴様にそのような力はない!」
「なくてもやるんだ! できなくてもやるんだ! 俺はそうやって何もわからない異世界で生き抜いてきたんだ。そしてそんな俺を助けてくれたのが仲間なんだ! その仲間を自分の力欲しさに簡単にリセットしていいもんじゃないんだ!」
「…………」
ドラゴンは今にも喰らいついてきそうな目で俺を睨む。
「何も出来なくても、誰もが諦めても俺だけは諦めちゃいけないんだ。俺ができる役割はそれしかないんだから」
ドラゴンは低く唸り声をあげ、押し潰すような魔力を漲らせる。
畜生怖くて泣けてきたじゃねーか。
でも、俺の記憶を母ちゃんがゲーム機に掃除機ぶつけたみたいに簡単に飛ばしてたまるか。
ドラゴンはしばらく唸ったまま俺を見定めるように眺めると、その大きな口を開く。
「…………いいだろう」
「なに、が?」
「貴様に新たな力を与える」
「どういう……」
「我は観測者、元より世界のバランスを崩壊させる力など与えられぬ。だが、貴様をこの世界の最後の希望とし、抗う力ぐらいは与えてやる」
「なんで……認められたんだ?」
「全てを捨て己の力のみを求めるものなど不要! 同じく抗う意思のないものも不要! 勇気、誇り、知識、創造、慈愛、絆、王に必要な資格を持っているものが必要だ。剣をとれ!!」
突如目の前に六本の剣が俺の周囲を取り囲むように地面に突き刺さる。
「こちらが与えられる最大の力だ。一つ持っていくがいい」