残された者 後編
夕方帰還したセバスと共に、領地で唯一の酒場フェアリーエンジェルでロベルトたちはまた酒を飲んでいた。
質素ながらも可愛い給仕の少女たちが酒の酌をしてくれるので、人気のある店だった。
「セバス、飲んでるか!」
ロベルトは木製のジョッキに入ったビールを飲み干すと、とても上機嫌で今にも踊り出しそうなほどだ。
「あなたは本当に飲んでるか、くだまいているかですね」
「人を迷惑老人みたいに言うんじゃねぇ!」
「セバスさんお魚が焼けましたよ!」
コボルト族のサイモンが店主リカールから受け取った焼き魚を持ってやってくる。
しかしロベルトがそれをひょいと盗むと、そのまま口の中に放り込む。
「おっ、すまねぇな。いただくぜ」
「あっ、それはセバスさんのですよ! 怒りますよ! 殺しますよ! ワンワン!」
「ハハハハ、尻尾たってやがるぜ」
「あら可愛い尻尾ね!」
リカールがさわさわとサイモンの尻尾を撫であげる。
「尻尾さわらないでください! 怒りますよ! ワンワン!」
「ほんとサイモンちゃんよく働いてくれるわ!」
「サイモン、お前はチャリオットの兵士として召喚されたんだろうが、場末の酒場で給仕係させられて悔しくないのか?」
「ボクは別に王様の為ならなんでもやりますよ!」
「忠義だけは厚い奴だぜ」
ケラケラと笑い声の響く酒場だったが、ふとその笑い声がやむ。
全員が不意に嫌な空気を感じ取ったのだ。
サイモンも先ほどまで怒っていたが、今はピンと耳をたて夜のとばりが降りた窓の外を睨んでいる。
「ウゥゥゥゥゥ、ワンワン!」
「あら、みんな怖い顔しちゃってどうしたのかしらん?」
リカールがキョロキョロと全員の顔を見渡す。
ロベルトは酒を置いて立ち上がると、右腕を義手からアームマシンガンへと交換する。
「この隠しもしねぇ殺気は素人だな」
セバスは窓際に立つと、真っ白な手袋をはめる。
「……数は40から50と言ったところでしょうか? 身なりからして山賊でしょうかね。大分数が多いようですが何か心当たりはございますか?」
「そういや昨日ディーの姉ちゃんが山賊上がりの傭兵団がしつこく雇えってつきまとってきてるって言ってたな」
「ふむ……ディー様が不在なのを見られていたのかもしれませんな。……それに装備が旧オンディーヌで使用していたものと同じに見えます。もしかしたら裏に何かいるやもしれませんな」
「バカな野郎たちだ。山賊如きに後れをとるワシらじゃねぇといっちょ教えてやる」
「……焦げ臭いです! 火の臭いがします! ワンワン!」
サイモンが吠えると、セバスたちは即座に外へと出る。
見ると、空を焦がす流星の如く大量の火矢が舞っていたのだ。
「野郎、いきなり燃やしに来るとはいい度胸だ!」
ロベルトのマシンガンが火矢を撃ち落とすが、あまりにも数が多すぎる。
「糸を張ります、しばし持ちこたえてください」
セバスが手袋の指先から鉄を編み込んだ糸を引っ張り出し、蜘蛛の巣の如く糸を結び、火矢が飛んでくる方角に張り巡らせる。
火矢が糸へと絡まり、矢の侵入を防ぐ。だが火矢はいたるところから放たれ、糸だけで防ぎきれるものではなかった。
哨戒のアマゾネス達が火矢に気づき、警鐘を鳴らす。
「敵襲! 敵襲!」
「警備の者は火を消せ! このままだと丸焦げにされるぞ!」
ロベルトが叫び声を上げると、その直後頭上を燃え盛る隕石のような火球が飛ぶ。
「まずい城の方へ飛んだぞ!」
「ファイアーボール!? 敵の中に上位のキャスターがいますぞ!」
巨大な火球が城へと命中し、城壁がガラガラと崩れていく。
「畜生めが、奴らありんこみたいにバラバラに別れて火をつけてやがる! セバスワシは西へ行く!」
「いけません、それでは数が足りず各個撃破している最中に城へと駆けこまれます!」
「だが、このまま焼け野原にされるのを黙って見てるわけにはいかねぇだろう!」
「旦那、火ですぜ!」
城で休んでいたカチャノフがバトルアックスを担いで慌てて駆け込んでくる。
「丁度いいカチャノフ、おめーは南に向かえ! セバスは東」
「了解でやす!」
「致し方ありません、すぐに片付けて戻りましょう!」
「ボクも行きますよ! ワンワン!」
「わんころオメーは火を消せ!」
「わかりました!」
全員が一斉に散開するが、セバスの予想通り散り散りになった警備たちの間を縫って、山賊の本隊が城へと強襲をかけていた。
「燃やせ燃やせ! この俺様の厚意を受けられん不逞な輩は皆焼いてしまうのである! おっと女は残せ、男は皆殺しであーる!」
禿頭の山賊頭は焼け落ちる民家を見て愉快気に笑う。
手下が次々に松明を放り投げ、辺り一面が炎の海へと化す。
「フハハハハ、こんなゴミみたいな城、全部ぶち壊してやるのである! なに解体費は無料だ、俺様のサービスに感謝すがよいである!」
「ヒーハー! ブレイク! ブレイクゥゥ!! あなたの城もブレイクゥゥ!!」
「女がいるぞ! ブレイクさせてやるぅ!」
「頭、城の前に女がいますぜ!」
「女は生かして捕らえろ、奴隷商に高くで売りつけてやるのである!」
「多少傷物になってもかまいやしやせんでしょう」
城の前に立つオリオンはチューブに繋がれた結晶剣を振りにくそうに二度三度と素振りする。
その横に二頭のホルスタウロス、シロとクロが眼光を赤く輝かせ駆け上がって来る山賊たちを見やる。
「待てだよ。あたしが先だから」
シロとクロはフシュルルルと闘牛のように白い息を吐き、脚で地面をひっかく。
「あたしは留守を任されてるんだ。咲が帰って来た時に城が黒焦げになったてたら、あたしが怒られるだろ」
オリオンは結晶剣を天高く振りかざすと、刀身の結晶にヒビが入り封じ込められていたエネルギーが粒子となってあふれ出す。
それはまるで光の剣であり、真っ暗な天を断ち、闇を振り払う明けの明星である。
「女、そんなはったり俺たちには通用しねぇぞ!」
山賊たちがオリオンの元へと殺到する。
少女はその身勝手な侵入者たちを決して許しはしない。
「ここから出てけ! 断、空、剣!!」
「はひ?」
「まずいである!」
山賊たちの頭上に天高くそびえたった光の剣が降り注ぎ、その神々しい光に一瞬呆気にとられる。
空が落ちて来たのではないかと錯覚するほどの圧倒的な光の奔流。
落ちてきたと思った時には既に遅い。
光に飲み込まれ、跡形もなく消されている。
廃城から伸びた夜を切り裂く光の刃は、一本のまっすぐな道を作り、燃え盛っていた炎をたった一振りでかき消したのだ。
「す、すげぇ……」
「これがオリオン様の」
「綺麗だワンワン!」
ロベルト達仲間ですら呆気にとられる強力な光に、山賊なんぞがなすすべがあるはずもなかった。
吹きすさぶ風と共に、オリオンは再び結晶化した剣を肩に担ぐ。
チューブからバチバチと火花が上がると、結晶剣と繋がっていたエネルギータンクから煙が上がる。
「あーあ壊しちゃった」
「モォーー」
「ごめんシロクロ、あんま残ってないと思うけど、後はやっちゃっていいよ」
二頭のホルスタウロスはオリオンからの”よし”が出たと同時に巨大な斧を振りかざしながら突撃していく。
山賊たちには、二頭の牛鬼が突進してきているように見えるだろう。
「ぐぬぬぬ、ひどい目にあったである。咄嗟に部下を盾にしなければ俺様が光にされるところであったである。こうなれば手段は選んでられぬ。オンディーヌ残党をかき集めた伏兵で一気に押し潰すである!」
山賊頭は閃光弾を天高く打ち上げると、隠れている残りの山賊たちに合図を送る。
だが、いくら待とうと伏兵は誰もやってこないのであった。
「ちょっと留守にしただけでこのザマネ」
暗い闇の中、光沢のある民族衣装を着た少女は、両手に持った大男の首をメキっと音をたててへし折る。
まるでゴミでも捨てるように大男の体を放り投げ、自身を取り囲む山賊たちを鋭い視線で見やる。
「ヒーハー、女だぜ!」
「仲間のお礼をその身にたっぷりしてやるぜ!」
レイランは不快気に眉を寄せ、低く吐き捨てる。
「毒虫が」
「なんだとオラァァァ!!」
棍棒を持った大男が殴りかかるが、突如轟音と閃光が轟いたと思った瞬間大男は蜂の巣にされていた。
カラカラカラとガドリング砲が空転すると、闇の中淡く発光する鎧を纏った融機人の少女が姿を現す。
「仲間だと思って助けたのですが、アンデッドあなたでしたか」
「下品な銃ですぐわかったネ、この鉄女」
エーリカは手に持っていた巨大なガドリング砲を手品のように消すと、レイランを無視して城へと向かう。
「あなただとわかれば助けなかったのですが」
「全く大きなお世話ネ。頭のセンサーに故障中って張り紙でもしとくよろし」
「魔法使いを呼べ!!」
山賊の大きな声に二人は足を止める。
二人が尋常な存在じゃないと気づき、ローブを被ったキャス―たちが横一列に列を成す。
「オンディーヌ魔法部隊だ! お前らみたいなクソガキども塵一つ残さず消し去ってやる!」
キャスターたちは一斉に詠唱を開始し、持っていた杖に炎の力を宿す。
「ファイアーボール!」
詠唱が完了し次々に放たれた炎の塊は二人の少女に命中すると、周囲に爆炎を上げる。
「やったか!?」
山賊が死亡フラグを口にすると、燃え盛っていた炎は突如渦を巻き、上空に巻き上げられ消え去った。
そこには全く無傷のレイランとエーリカが何かしたのか? と言いたげに立っている。
「雑魚虫が」
「待ちなさいアンデッド、彼らを残した方がいいでしょう。今の我々チャリオットには圧倒的にキャスターと魔法知識が足りていません。上位キャスターであれば引き入れて少しでも魔法の研究材料にするべきでしょう」
「そんなこと知るかネ」
引き留めるエーリカを無視してレイランは前に出る。
「主義も主張も持たず、ただ人から奪うことしか考えない害虫なぞ駆除されて同然ネ」
「あなたの正義は偏っています」
「結構、ハトはそのまま撃ち殺されて全て奪われるよろし。ワタシはハトにはならない。そして誰であれ、あの城を攻撃した者は生かして返さないネ」
エーリカは何を言っても無駄だと悟り、それならさっさと終わらせようと拳銃を抜く。
「梶チャリオットが一人レイラン、参るネ」
「同じくエーリカ、防衛戦を開始します」
「なーぜ誰もこんであーるかーーー!!」
山賊頭が叫び声を上げるが、それに反応するものは誰もいない。
そこにセバス、ロベルト、カチャノフが到着する。
「テメーで最後でやす」
「いきなり放火しに来るとはいい度胸だ」
「あなたの背後に誰がいるか吐いてもらいましょうか」
「…………逃げるであーる!!」
山賊頭は慌てて逃げ去ろうとするが、その前にオリオンが立ちはだかる。
「げげんちょ、お前はさっきの空割り女である! そこをどくである!」
山賊は持っていた鉈を振り回すが、オリオンはそれを冷静に全てかわし、懐に潜り込むと強烈なアッパーを顎に叩き込む。
「む、むぐぅ……」
たった一撃で山賊頭はノックアウトされる。
「お前が壊したもん、全部直せよ」
「ちがいねぇ、やったことの後始末はさせねぇとな」
全員がふぅっと息をつく。
遅れてレイランたちが戻ってくるが、事態は既に収束した後だった。
「あれ、レイランとエーリカ帰って来てたの?」
「虫の知らせというやつです」
「お前虫好きだったのか? このインセクト鉄女」
「虫好きはあなたでしょう」
レイランとエーリカはすぐにお互いの髪を掴み合っていがみあう。
「そういや伏兵がいなかったか? そこでのびてる野郎が仲間を呼んだみたいだが、誰も来なかった」
「知らないネ」
「わかりません」
二人は血の付いた青龍刀と、サーベルをそっと隠した。
後日生き残った山賊たちは城の修理をさせられ、背後にいた旧オンディーヌ勢力も根こそぎ一掃されたのだった。
また、武器を捨て、まっとうに建築や力仕事に生きることを条件に山賊から足を洗うものは受け入れられたのだった。
城の屋根からオリオンは今日も街並みを眺める。
山賊が襲ってきたときよりも、一回り街並みが綺麗になっており、オリオンが断空剣で作った巨大な剣撃の跡も今は舗装され、城へと続く大通りとなっている。
少女の頬を風が撫でる。
彼がいなくてもこの世界は回っている。オリオンにとってそのことが自立できている喜びでもあり、彼がいなくてもやっていけてしまうという悲しみでもある。
「サーーキーーーー!」
眼下にはロベルトやセバス、レイランを含めた仲間の顔ぶれがあった。
彼の元に集まった仲間がいるから寂しくはない。
いや、嘘だ。
だから彼女は何度だって大声を張り上げる。
「サーーキーーーー!!」
「いい加減うっさいネ!」
ビリビリと響く声に、気のせいか空も振るえている気がする。
そう思った。だが、それは気のせいではなかった。
「なにこれ」
ほんの一瞬だけだったが、空が割れ、見たこともない空間が隙間から見えたのだ。
見たことのない服装を来た人々が歩き、馬車ではない四輪の鉄の塊が道を走っている。
こことは全く違う異なった世界が見えたのだ。
「異世界……だ」
空間の割れ目はすぐに閉じてしまい、その後何度呼びかけても異世界が見えることはなかった。
だが、オリオンにとってはそれで十分であった。
「想いは世界を繋げるんだ。絶対もう一度咲に会える」
これは彼女にとって確信であった。