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残された者 前編

 異世界 エデン


「サーーーキーーーー!!」


 今日も廃城の上でオリオンの叫びが木霊する。

 ナルシスとの決戦以降、王が不在のまま時間だけが流れており、梶チャリオットは地盤固めと情報収集に徹していた。

 否、王を失い開戦も迎撃戦も出来ない今、それしかできることがなかったのだ。


「そうだ、旧オンディーヌ領での税収はそのようにして、未だ非協力的な貴族に関しては悪質なモノは土地の接収勧告を出せ。ここはもうボインスキーやナルシスの土地ではない」

「未だにナルシス軍として抵抗している勢力がありますが、いかがいたしましょう」

「武力を持つものに関しては容赦はしない。アデラとキュベレーを向かわせろ」

「先日の傭兵団、破壊ラブがまた俺たちを雇用しろと言って来ていますが」

「山賊が名前をかえただけの護衛なんぞいらん。恩を売られて居座られる方が厄介だ。追い返せ」

「流行病の注意勧告がラインハルト城よりきています」

「狂人病か……注意してどうなるというものでもないが、領民たちには様子のおかしい人間がいたら即時知らせるように通告しろ」

「了解しました!」


 ディーが次々に舞い込んでくる報せに指示を送りながらも、彼女の焦りは消えない。


「ほんとディーの姉さんがいるから今の状態が維持できてると言っていいでやすね」

「全くだ」


 城の庭先でカーンカーンと音を響かせながら、赤熱する鉄を打つドワーフのカチャノフはディーの働きに感心する。

 その横でウィスキー片手に持ったロベルトが軽く瓶をあおる。


「ダンナ飲み過ぎたら怒られやすぜ」

「わかってるんだが、最近体の動きが悪くてな。腕を回すとメキメキいいやがる」

「あっしにわかることならいいんですが融機人は専門外でやしてね。……できやしたぜ旦那」


 カチャノフは新しくなったロベルトのアームマシンガンを手渡す。

 ロベルトはウイスキーのボトルを置いて右腕の義手を外し、マシンガンをはめなおす。


「よくまぁ作った事のねぇ銃のメンテナンスなんかできるもんだ」

「銃は一度師匠の工房で見たことあるんでね。それに見たことないもん作れって言うんじゃなくて、現物の手入れくらいどんなヘボドワーフでもできやすぜ」

「さすがだな、お前はいい技師だ」

「ほめても何にもでやせんぜ」

「そっちの剣はなんだ?」


 ロベルトが指さす先にはオリオンの結晶剣があった。


「あぁ、こっちはエネルギー解放時に結晶剣の柄が耐えらずボロボロになってやしたので、あっしが修理補強しやした」

「そっちの鉄樽みたいなのはなんでぇ?」

「簡易的な魔力圧縮でやす。姉さんの話を聞くからに、結晶剣のエネルギー解放には兄貴が放出するエナジー、これをXエネルギーと仮称し、そのXエネルギーが持つ魔力エネルギーと、あっしらが本来持つマナエネルギー、これをYエネルギーと仮称し、XエネルギーとYエネルギーが融合したとき、結晶剣のエネルギー解放トリガーとなるZトリガーを疑似的に誘発できねぇかと思い」

「わかんねーよ! わかるように頼む」

「つまり結晶剣のエネルギー解放には兄貴の力が必要でしたが、それを兄貴なしでもできないかと考えたエネルギータンクみたいなもんでやす」

「最初からそう言え、XだのYだの勿体ぶりやがって」

「旦那ガリア人でしょう、なんでこの手の話弱いんでやすか」

「ワシはガリアにいた時から戦闘しか興味がなかったんだよ」

「エーリカの姉御を見習ってくだせぇ。しかし……」


 カチャノフは結晶剣の脇に並べられたボロイ鉄剣と、ガタガタにひしゃげた甲冑の山を見やる。


「兄貴ら、よくこんなボロボロな装備でやってこれやしたね」

「今まで石や棒っきれで戦ってきたもんだからな」

「投石の有用性は認めやすが、棒きれは完全に苦し紛れ以外なんでもないですぜ。逆にナイフすら持ってませんって言ってるようなもんだ」

「その通りだが、ウチの小僧はこの裏山以外何にもねぇところからスタートしたからな」

「それでよくこんだけ人が集められたもんだと思いますぜ」


 ロベルトとカチャノフは廃城を行き来する兵と、城の近くに点々と作られたマーケットにオカマ店主リカールが経営する酒場、簡素ながらも宿泊できる民家を見やる。


「城下町レベル1ってところだな」

「というかウチ女の人多いっすね……警備なんかほぼ全員女でやすよ。こんな城見たことない」

「アマゾネスにディーの旧友なんかが集まってきてるらしいからな。一度ギルドに兵の募集をだしたら女しかこなかったそうだ」

「男としては若干肩身が狭いでやす」

「なに肝のちいせぇこと言ってやがるんだ」

「それよりあっしが一番驚いてるのは王っていう頭がいないのに全く統制が崩れないとこでやす。普通どこも王がいないってわかりゃ治安は乱れやすぜ」

「小僧は王というよりマスコットに近かったからな。領民もあいつが治世してるんじゃないってわかってやがる。だから、よそには伏せてるが本当は王がいないってことは誰もが気づいてる」

「そこがすげーですね」

「王が全く権力をふりかざさねぇなんて普通ありえねーからな」

「こう言っちゃなんですが、王が強権振りかざす国はほとんどうまくいってやせんからね。大体恐怖政治をして、その果てに家臣や領民に暗殺されるなんてザラでやす」

「王ってのは権力を持たない方が案外うまくいくのかもしれんな」


 二人が話していると、ズンっと大きな音が響く。

 更に二度三度と地鳴りのような鈍い音が響く。

 カチャノフたちはこの音に対して別段驚きもしない。ただ、日に日にこの音が大きくなっていることには不安を感じる。


「モォーーーー!!」


 先ほどから大きな音を立てているのはホルスタウロスたちで、たまっている鬱憤を晴らすように木製のダミーをカチャノフ製巨大バトルアックスで斬りつけている。

 その様子は明らかに不機嫌で、どのホルスタウロスも眉間にシワを寄せているのがわかる。


「話が通じたり空気を察したりできる連中なら我慢できるが、話のできないモンスターにとって今は不安でしょうがないってことだな。城の地下プールにプカプカ浮いてるクラーケンたちの機嫌もあまりよくない。特に金色の奴は日に日にフラストレーションがたまってるのがわかるな、近づいただけでスミ吐いてきやがったぜ」

「モンスターはなんで兄貴がいつまでも帰って来ないのかわからないでやすからね」

「それは人間も同じだがな。お前のクラー剣で別世界に飛ばされたってのが一番有力な話ではあるが、小僧がそこから帰れない、もしくはたまたまとんだ異世界が故郷だったりしたらもう二度と帰ってこねーだろうからな」

「どのみち危うい状況っすね」

「特にホルスタウロスは小僧をリーダーだと思ってるからな。リーダー不在は相当ストレスになってるし、もしかしたら群れの中で新しいリーダーを作っちまうかもしれん」

「見えない不安ってやつっすな。モンスターたちが反乱おこしたら止めようがありやせんぜ」

「まだ野盗の方が可愛げがあるな」


「サーーーーキーーーー!」


 カチャノフは城の屋根の上で、勇咲の名前を叫び続ける少女を見やる。


「姉さん昼は屋根の上でずっと叫んでるし、夜になったら毛布にくるまって召喚の間から動きやせんな」

「叫んでると時たま小僧の声が聞こえるときがあるらしい」

「……それは大分やばい状態じゃないすか? 一度医者に」


「ディーにゃー!!」


 二人が話していると、城の前に馬を走らせた猫族のリリィの姿が見える。


「どうした何かあったのか?」

「聖十字騎士団が動いたにゃ!」

「なに! こちらに来るのか?」

「いんにゃ全然違う方角に別れたにゃ。リリたちはその一つを追いかけて行ったんだにゃ。そしたらあいつら羽の生えたでっかい機械いっぱいで精霊たちを殺しまくってるにゃ」

「精霊を?」

「リリが追っかけた砂漠で火精霊を殺しまくってたにゃ。他の場所でも水精霊や風精霊をひき殺して回ってるにゃ」

「そんなことをすれば上位精霊、いや炎神や水神のような神聖霊を呼び起こすことになる」

「あいつらめちゃくちゃ強かったにゃ。多分神聖霊ですら殺せると思うにゃ」

「それほどまでにか……その巨大な機械というのが気になる。聖十字騎士団の使う天使兵装というやつなのか」

「そりゃ恐らくアークエンジェルやデウスエクスマキナっていう機械兵器だ。昔ガリアで見たことがある」


 ロベルトが二人の会話に口を挟む。


「それはそんなに強力なものなのか?」

「ガリアの封印指定兵器だ」

「なっ!? ガリアは封印兵器を絶対に地上におろさないと言っていたんじゃないのか?」

「身内の恥をさらすようで心苦しいが、ガリア人ってのはワシやエーリカみたいに好きで降りて来た奴もいれば、犯罪を犯し落ちのびてきたものもいる。恐らくそう言った奴らが目先の金ほしさに技術を渡した可能性もある……が、アークエンジェルってのは作り方を教えたから、そんな簡単に作れるもんでもねぇ」

「聖十字騎士団のバックにガリア人がついている可能性があると?」

「ガリア人だけじゃねぇだろうな。もっと技術に精通したものが何十、いや何百といるはずだ」

「そんな人材を一体どこで確保して……」

「それにアークエンジェルってのはフレームは作れても、コアとなる魔導炉には実際の天使を捕まえてぶちこんである」

「なっ!?」

「それが封印指定となった理由だ。だからおいそれと天使なんか捕まえてこれるもんでもねぇし、弱い天使をぶち込んでも魔導炉の魔力圧縮に耐え切れずすぐにコアが死ぬ」

「リリィ、そのアークエンジェルたちは何体いて、どれくらいの時間稼働していた?」

「わかんにゃいけど、数はそこまで多くないし、見つかったからすぐ逃げちゃったにゃ。ただ、嫌な感じがする強そうな奴が後ろに控えてたにゃ」

「奴らどこからそんな天使を捕まえてきたんだ……。天使とはもともと魔人のような、世界の均衡を崩す存在を滅することだけを目的とした存在」

「絶対に人間なんかに手を貸したりはしねぇからな。ワシからしたら世界を呪って魔人になった存在の方がまだ理解できるぜ。天使は脳みそまで機械化した融機人……いや、もうただの機械みたいな奴らだ」

「しかし、そんな巨大兵器なんかたくさん作ったら、すぐに資材が枯渇しやすぜ」


 カチャノフのもっともな疑問に全員がうなる。


「そこも謎だな。奴らアークエンジェルを作る資材は一体どこから……いや、そもそも隠し持っていた可能性もあるのか。私も直に見てみないと判断のしようがないな」

「ディーにゃんリリたちが隠れて監視してるところに来るかにゃ?」

「しかし私は城を離れられない」

「かまわねぇ、今んとこなんにもねぇんだ。一週間程度ならワシやアマゾネスだけでなんとでもなるし、明日にはセバスも帰ってくるんだろ」

「……すまない、少しだけ頼めるか? 聖十字騎士団だけでなく赤月方面への情報屋も雇っておきたい。バート商会も顔を出せとうるさいしな」

「ああ、任せな」

「ソフィーやエーリカを含む高レアたちは出払っているから、城の防備には気をつけてくれ」

「なに、城を単独で襲ってくる奴なんかいやしねぇよ」


 翌日の早朝ディーは数人の警備を引き連れてリリィと共に聖十字騎士団領へと発った。




 その日の晩。

 オリオンはうっすらと魔法陣の輝くガチャの間で、布団にくるまりながらその淡い光をじっと眺めていた。


「咲のバカアホマヌケ、あたしがいないとなんもできないくせに……」


 彼女がどれだけ恨み言を吐こうが召喚陣は沈黙したままだ。


「どっか行くときは連れてけっていってるのに……」


 このままもう会えないのではないかという不安が頭によぎるが、そのことをできるだけ考えないようにし、いつ召喚陣からあの男が帰ってきていいように見張る。


「モォー」

「モー」

「なんだお前たちまた抜け出してきたのか?」


 ガチャの間の入り口を見ると二頭のホルスタウロスが鳴き声をあげながら近づいてくる。

 二頭はオリオンの前に座ると、彼女を包むようにして横になる。


「お前とお前は牛舎から抜け出す常習犯だな」


 オリオンはふと二頭のホルスタウロスを見て、ソフィーに懐いている(?) クラーケンのエリザベスのように名前をつけてやろうと思う。


「お前はあんま黒い斑点がないからシロ。お前は日焼けしたみたいに黒いからクロにしよう」


 安直ながらオリオンらしい名を付けられたホルスタウロスは、一度だけ大きく鳴き声をあげると、オリオンにその巨大な胸を押し付ける。


「気に入ったか?」

「「モー」」

「今度あたしが人間の言葉を教えてやるから。お前たち教えたら話せるようになるんだろ?」

「モォ?」

「咲が帰って来た時、お帰りって言えるくらいになりたいな」


 オリオンは自分の着ていた毛布を二頭にかけてやり、自分はその真ん中で横になる。

 二頭の暖かい体温に温められていると徐々に睡魔が眠りへといざなってくる。


「早く帰って来ないと……あたしがミルク全部飲んじゃう……ぞ」

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