愛してるぞ!Ⅳ
「はっ、俺は一体何を」
辺りを見渡すと、そこは商店街にあるカラオケボックスの一室だった。
同じように間抜けな顔をした茂木の姿があり、俺と同じようにキョロキョロと辺りを見渡している。
「あれ、なんでこんなとこにいるんだ?」
「さぁ……」
テーブルの上にはグラスやお菓子が多く並んでいるので、どうやら俺と茂木の二人でカラオケボックスに入って、同時に記憶喪失になったというわけではなさそうだった。
それはそれでやばい気がするが。
茂木はふと自身の唇に触れると何かに気づく。
「どうした?」
「いや、なんか初恋の味がする」
「何を言ってるんだお前は」
頭に虫でも入って脳を食い漁られてるんじゃないか。
「なんていうか、ファーストキスが終わったような。甘酸っぱい味」
「多分そのレモネードだと思うけどな」
「いや、俺にはわかる。何か俺は大切なものを失い、大人になった気がする」
ガタっと力強く茂木は立ち上がり、よくわからん高笑いを上げながら部屋を出ていく。
「あいつ謎の力に目覚めて頭おかしくなったんじゃ……」
と思ったが、奴がなぜ足早に消えていったかわかった。
会計用のレシートがテーブルの上に置かれていたからだ。
「……逃げたな」
明日学校で請求しようと思いレシートを開くと、そこには学生六名と記入されている。
「六人……誰と来たんだ?」
そう思っていると真凛と黒乃、揚羽の謎の力に目覚めた三人衆が疲れた顔をして戻って来た。
「あっ、梶君も直ってるね、もう大丈夫?」
「えっ? あぁ、うん。なんか何時間かの記憶がないんだが、何か知ってる?」
「ちゃんと……戻ってる」
「良かったぁ。これでまた香苗を愛すとか言ってたら殺すしかなかったし」
極論すぎない? もうちょっと助ける努力してよ。
「一応さっき店の前で茂木君にも会ったから話はしたんやけど」
真凛からザマス姉さんがコネクトを使い、その願望で意識が操られていたことを聞く。
「えぇ、あのザマス姉さんが」
「本人も反省してたから許してあげて。多分今度学校があれば謝ってきはると思うし」
「でも、間一髪……だった」
「どゆこと?」
俺はあやうく王様ゲームでザマス姉さんとキスするところだったと聞いて、身の毛がよだつ思いだった。
「そんな引かなくてもいいじゃん。小田ちゃんかわいそう」
「お前な、気づいたら知りあいくらいの女子とディープキスしてたとかトラウマもんだぞ」
「そんなん言うたら茂木君なんかもう小田切さんとキスしちゃって……あっ」
真凛はしまったと自分の口を押さえる。
「…………えっ、あいつザマス姉さんとキスしたの?」
「「「…………」」」
「おい、お前らこっち見ろ」
「救え……なかった」
「外で茂木君に説明したときもね……結局言えへんかったのよね。なんか喜んではったし」
「そうか、じゃあしょうがないな。あいつもなんか自分で大人になったとかわけわからんこと言ってたけど、あながち間違いでもなかったみたいだし」
とりあえずこのことは茂木にはふせておこう。心が死んで人間に戻れなくなるかもしれん。
「そういや揚羽はなんでここにいるんだ? 確か見合い中じゃなかったのか?」
「パパの会社が霧でトラブってて現在延期中。そのうち連絡きて連れ戻されると思うけど」
「大変だな」
俺は散らばっている数字の書かれた割り箸を見つけ、ほんとに王様ゲームしてたんだなと悟る。
しかしどういう命令があったら黒乃はヒョウ柄の下着みたいな服を着ることになるのか……。
「なんで……拝んでるの?」
「いや、ありがたいなと」
カッと頬を染め胸元を隠すが、余計寄せてあげられて胸が大変なことに。
「いっだ!!」
真凛の奴、ヒールブーツで思いっきり足の小指踏み抜きやがった。
「梶君ちょっといろんな人に鼻の下延ばし過ぎちゃう? 昨今はハーレム系はもう飽きたって人いっぱいいるんやで?」
「いや、一周回ってもう一回そういうのもありなんじゃないかと……」
「その周期ちょっと早いんとちゃうかな~」
そこに揚羽が口を挟む。
「でもさー真凛ちゃん、純愛ものだと一人以外全員アウトだよ?」
「ぐっ……でもいつか決められるんやったら早い方が……」
「揚羽ああいうラブコメ見てて毎回思うんだけど、最後に一人メインヒロインが選ばれるのが筋だけど、選ばれた後のサブヒロインって諦めつく理解のある子もいると思うけどさ、そこまで競り合ってたなら絶対浮気相手になってると思うんだよね」
「少年ジャ○プをヤングジャ○プに引き上げるのはやめ」
「そんで浮気されたメインヒロインは激怒して男を振って、浮気相手のサブヒロイン大勝利みたいな。だとしたらこの牽制しあってるのは平和な方だと思うな」
「ぐぐぐ、無駄に正論を……でも共同所有なんて許されへんで。すぐ倫理警察がやってくるし」
「……複数交際は……不謹慎」
「そうそれ。不謹慎いうか不誠実言われる」
「どうかなぁ、それなら競争倍率高い男いくより低くて妥協できるレベルの男にいくのが一番賢くて幸せになれるじゃん。揚羽は絶対嫌だけど」
「だから競争をして、一番になるのが……」
「だってさ、揚羽たちって全員タイプ違うわけじゃん。そのタイプの中でさ、ダーリンの好みって黒乃ってわかってるわけじゃん」
「そうやね梶君黒乃さん◎のステータスついてるもんね」
「ゲームでもそうだけどさ、全員レベルカンストして敵に挑んでも最後に勝つのって有利属性だよね?」
「…………揚羽さんの言わんとすることはわかるよ。どんなに好感度上げようと、同じだけ相手に頑張られたら負けるってことやろ」
「そっ、だから長期戦持ち込まないと圧倒的にこっちが不利ってわかってんのかなって」
「…………」
「長期戦って多分もし仮に誰かとダーリンがつき合ったとしても続くって意味だよ。だからつき合ってもこの話終わりじゃないから」
「いつとられるかわからないのにおびえるより、宙ぶらりんにしてちょっかいかけてるだけにする方がいいと」
「揚羽はその方が賢いと思うなー。真凛ちゃんが妥協点見つけてるなら別だけど。もっちゃんなんていいんじゃないの? 多分彼の方が幸せになれるんじゃない」
「操られた状態で小田切さんとキスして、一つ大人になったって言ってる、ちょっと残念な子はごめんなさいかな……」
もっさん今完全に論破不能な理由でフられたぞ。
「長期戦にして有利属性をひっくり返すくらい好感度つまんとあかんなんて……まさか歴代のラブコメヒロインはそのことを理解してたんか」
「高度な……情報戦」
真凛の奴、普通に考えたらそんなわけないだろでバッサリいけるのを無駄に真剣に考えてるな……。
そう思っていると、揚羽は何を思ったか先ほど王様ゲームで使用していた割り箸を俺に差し出す。
「なにこれ?」
「延長戦、泣きのワンチャン。全部あり。拒否権はなしのサドンデス」
おい、全部ありってその全部は一体どこまで全部なんですか。
かなり日本語が怪しくなってきた。
「あの揚羽さん、それはちょっと」
「はい、真凛ちゃんリタイア。じゃあ揚羽と黒乃の頂上決戦」
「ちょ、ちょっと待ってウチもやる! 何勝手に頂上決戦はじめてるん!」
「ちなみに今回に限って王様も命令の範囲内ね」
ってことは王様になってもがっかりする必要がなく、彼女らにとっては自分が王様になった方が得というルールだ。
これはまずいぞと冷や汗をかく。というか過激な命令になったとき女子同士で自爆したらどうするつもりなんだ。
「はい行くよー」
揚羽のテンポに引きずられ、全員割り箸を引いてしまう。
「「王様だーれだ」」
そっと指で隠していた割り箸を見やる。するとそこには赤い線が一つ入っている。
これは確か王の印。
「お、俺だ……」
「ダーリンもちのろんで空気読むっしょ」
三人の視線が一斉にこちらを向く。
王様も命令の範疇ってなんてやりにくいんだ。
このまま数字を指定して女子二人を自爆させることはできるが、それでは彼女達のおさまりがつかないだろう。なんならもう一回戦とか言ってきそうである。
「……1から3番が王様とポッキーゲーム」
「「「えっ?」」」
俺はテーブルの上に用意されていたポッキーの端をくわえる。
「ちなみに俺からは動かないし避けもしない。君ら三人がどこまでこようと構わない。ポッキーは一人一本ずつ交換する」
「な、なにそれ、キスしほうだいってことじゃん」
「くっ……これは梶君からの挑戦状やで……ウチらの本気度を確かめる気やね」
「試される……女子力」
女子力ではない。
「さぁ来い」
「なんなんあの勝ち誇った顔は……まるでウチらには絶対できひんってわかってるような」
「じゃあ順番通り1番の割りばし持ってるの誰?」
黒乃がおずおずと手を上げ、ポッキーを手にする。
お互い両端を咥えあう。
うわ、顔凄い近い。これでまだ接近するとか死ぬのではないかと思う。
「さぁ来い」
黒乃はおずおずと兎のようにカリカリ音を鳴らしながらゆっくりと近づく。
あぁ可愛いほんと可愛い。なにこのチマチマと進んでくる感じ。こんな可愛い生き物地球に存在していいの?
「う、うわ……ほんまに……」
「きのせいかダーリンから近づいている気がする」
が、半分いったところで黒乃はあまりの顔の近さに噴き出してしまった。
「はい、黒乃負けー。半分でしたー」
「うっ……ずるい、梶君ずっと目開いてる」
「目を閉じなければならないというルールはない」
黒乃はしゅんとしてしまうが、この恥じらいが彼女の良いところだろう。
もう何やっても可愛いな。
「つ、次ウチ!」
今度は真凛がポッキーを持つ。
やたらに気合いが入っていて、こっちにその気迫が伝わってくる。
だがそういうやつほど俺の敵ではない。
「う、ウチは止まらへんからね! 覚悟しーや!」
今からポッキーゲームする人間のセリフとは思えない。
お互い新しいポッキーの端を咥えると、直後真凛は噴き出した。
「はい真凛ちゃん負けー、1センチももたなかったね」
「ちょ、ちょっと待って今のはノーカン! あまりにも顔が面白くて笑ってしまったんやって!」
酷くない?
「どいてー、最後は揚羽がする」
揚羽は真凛を押しのけて場所を入れ替わる。
正直真凛も黒乃も予想通りである。ただ一番警戒しなければならないのは彼女だ。
こいつは迷いなく突っ切ってきそうであり、最悪の場合……。
「ギリギリのところでポッキーを折る……なんてことしないよねー」
ふふんと揚羽は笑みを浮かべ、こちらの行動を見透かしてくる。
くっ、……見透かしてやがる。
「じゃあ始めるよー」
その様子を黒乃と真凛はドキドキしながら見守っている。
揚羽は開始の直後一口でポッキーを半分まで食べてしまう。
嘘やろ。だが、この俺の顔を直視して笑いをこらえるなんて不可能。
自分で言ってて悲しくなってきた。
だが
コイツ……目をつぶってやがる。
最初から目をつむってしまえば笑ったり照れてむせることを防ぐことが出来る。
揚羽は半分一気に食べた後は小刻みに、しかし着実にこちらに向かってくる。
長い睫毛にラメみたいなのを塗っているのか、睫毛と瞼がキラキラと煌めいており、潤いのある唇がこちらに近づいてくる。
まずい、このままでは正面衝突してしまう。
多少しらけると言われようと、こちら側でポッキーを折ってしまおう、そう考えた。だが一瞬の判断の遅れが揚羽の接近を許す。
まずい、距離が近すぎる。これじゃ折ることができない!
はた目からはキスしているのか離れているのかわからない距離。
ポッキーはもう5ミリあるかも怪しい。
お互いの息がかかる位置で揚羽はぴたりと制止する。
内心心臓バクバクだったが、もしやこれは揚羽の恥ずかしいという気持ちが働いたのではないだろうか。なんのかんので彼女にこういう経験がないのは知っている。
彼女が止まっているのはほんの数秒なはずだが、何十分にも時間が長く感じる。
揚羽無理すんな、ここで折れちまえ! お前はよくやった。ここまでいけばキスもそんなかわんねぇし適当に言い訳もつくだろ。
折れてほしいと思ってるのはこちらなのだが、唐突にパシャリと音が鳴る。
音の方に視線を向けると、そこには彼女のスマホがあった。
俺がスマホに呆気にとられた瞬間だった。彼女はがぶりと俺の唇ごとポッキーをかみ砕いたのだった。
「いったぁ!」
「揚羽の勝ち~」
彼女はカリカリと俺の咥えていた部分も食べきってしまう。
キスをしたというより、かじられたという感じで、甘酸っぱい感情はかけらもない。
「うん、美味」
揚羽はふふんと腰に手をあててドヤ顔すると、真凛たちはぐぬぬぬとうめいている。
やはり根性が一番座っているのは揚羽か……。
「うん、なかなかよく撮れてる。これ待ち受けにしよ」
彼女のスマホをのぞきこむと完全にキスシーンにしか見えない写真が写し出されていた。
「お願いします、なんでもしますからやめてください」
「えっ、今なんでもって」
揚羽がニヤリと玩具を見つけた猫みたいに笑みを浮かべると、真凛たちが割って入る。
「梶君、写真! 写真撮ろ!」
「私も……写真……ほしい」
「ダメダメ、二人とも負けたんだから写真はダメっしょ」
「まぁ写真くらい別に減るもんじゃないからいいだろ」
「えー!」
ブータレる揚羽を交え、俺達は何枚かの写真を撮り、冷や冷やした王様ゲームは終わりを迎えた。