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乗り物酔い

 茂木が何もない中空を二本のキセルで殴りつけると、ドンっと音が発せられ、音は波となりコキュートスの体を揺さぶる。

 これだけを見た人間には非常に滑稽な光景に思うだろう。

 少年が遠くからキセルを振るうと、巨大な骨の怪物がビクビクと震え、動けなくなってしまうのだから。

 ドン、ドン、ドン、ドンと低音を響かせながら中空を叩くと、音の衝撃がライフルのように次々と発射され、コキュートスの骨を砕いていく。


「このまま押し通す!!」


 反撃なんてさせない、このまま倒しきってしまう。そう考えた。だが、茂木は周囲の変化に気づいた。

 先ほどまで人っこ一人いなかったはずなのに、人間の影がうっすらと浮かび上がっているのだ。

 それは病院内にいる一般客で、その中にはザマス姉さんの姿も見える。


「なんだ、こりゃ? まさか元の世界に戻りかけてるのか……」


 嫌な汗が流れる。茂木は倒れたコキュートスを見るが、まだ奴はピンピンしているし、この状況で元の世界に戻ってしまえば、この骸の怪物は一般人たちを襲うだろう。

 それだけは避けなければならない。


「五右衛門インパクト!!」


 茂木がキセルを打ち鳴らすと、特大の衝撃波が巻き起こり、コキュートスの巨体を病院の外に放り出す。

 短期決戦を考えたが、奴を一瞬で倒せなかった場合、病院で戦うリスクの方が圧倒的に高いと冷静に判断したのだ。

 音の衝撃波は病院の外壁をぶち壊し、病院前の駐車場に奴の体を押し出した。

 彼の嫌な予感は当たり、うっすらとした影でしかなかった人間たちは骸の怪物を指さし始めている。

 どうやら向こうからもこちらが見えているらしい。

 恐らくこちらがシルエットで見ているのと同じように、現実世界からもシルエットで見えているのだった。


「まずいぞ、どうする」


 ドン、ドン、ドンと音撃は響き渡り、コキュートスにタメージは与えている。だが、一向に倒れる様子がない。

 それどころか砕いたはずの骨が、淡く光り輝くと元に戻っていくのだった。


「自己再生かよ!」


 これでは再生を上回るスピードで攻撃を行わなければならない。

 茂木はキセルを連打し、怒涛の音撃を浴びせる。コキュートスの再生は止まったが、再生していないだけで後一歩攻撃が足りていない。


「畜生! これじゃ足止めしてるだけだ」


 このままじゃコキュートスを連れて現実世界へと戻ってしまう。

 茂木の懸念はその通りになり、シルエットだった人間たちはディティールを取り戻すと、止まっていた時が動き出したかのように口々に叫ぶ。


「なんだあの怪物は!」

「怪物だ! 霧の中から怪物が出て来たぞ!」

「イベントか何かか?」

「リ、リアルすぎない?」


 悪夢のような怪物は夢でも作り物でもなく、巨大な骨の腕を振るうと地面を大きくえぐり、駐車場にあった車を玩具のように吹き飛ばしていく。


「キャァッ!!」

「警察を呼べ!」

「警察なんかじゃダメだ、自衛隊を」


「いいから逃げろ!」


 あたふたしているが逃げる気はおろか、遠巻きにスマホで撮影を始めた通行人に茂木は怒声を発する。

 コキュートスは再び地面を凍結させると、凄まじい勢いで通行人に突撃していく。


「畜生!!」


 茂木は踏みつぶされかけた通行人を引き倒し、間一髪助ける。

 暴走列車のような怪物は、駐車場の車を次々に踏みつぶしながらターンしてくる。


「逃げろっ!!」


 通行人は撮影していたスマホを放り出して全力で逃げ出す。

 茂木は突っ込んでくる骸の怪物に向けて、真正面から一際強く音撃を放つが、コキュートスは見えない衝撃波に向かって悲鳴のような声を上げたのだ。


「ア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァァ!!」


 非常に高い金切り声のような音は、音撃とぶつかり合うと、衝撃が相殺される。


「なっ!? 野郎音と音をぶつけあってかき消しやがった!」


 二度、三度と音撃を放つが、コキュートスは小さい音は無視し、大きい音だけ自身の悲鳴で中和して茂木に突き進んでくるのだった。


「俺の必殺技、あっさり破ってんじゃねぇぞ!」


 茂木は音を車にぶつけて吹き飛ばすと、車体をコキュートスの体に命中させる。

 音は中和できても、音によって弾かれたものが物体であれば、それは受けざるを得ない。

 吹き飛ばされた車はコキュートスの骨盤を吹き飛ばし下半身を砕いたのだ。


「しゃぁっ! これで動けねぇだろ!」


 と、思ったがコキュートスは自身の骨を組み替えると、背骨を伸ばし、下半身をムカデのような多脚へと変貌させる。

 そして、気持ちの悪いうねる動きで迫って来る。


「マジかよ!」


 音撃を繰り返し撃ち込むが、硬い頭蓋を盾に突進してくるため、攻撃が通らない。

 間一髪で突撃をかわすと、コキュートスは病院近くのマンションに突き刺さった。

 当然この程度で自滅してくれるわけもなく、ハンマーのような頭蓋を壁から引き抜くと、茂木にもう一度狙いをつける。


 彼はこの辺りで自身の弱点に気づき始めていた。

 音撃は攻撃速度が速く、その上弾道が見えない為、敵が回避することは難しい。しかし一発一発の攻撃力はそこまで高くない為、防御力が高い敵とは相性が悪い。だが、能力云々よりも最も根本的な弱点があった。


「ハァハァハァハァハァ……クソが、脚が震えてきやがった」


 自身の体力のなさである。

 剣神解放によって得た力は音撃のみであり、身体的ステータスが上がったわけではない。

 その為、一般の高校生より少し体力が低い茂木にはスタミナがなかったのだ。


「梶の野郎がなんで世紀末英雄みたいになったか、今になってわかったな。体力がねぇとどうにもなんねぇ」


 体育の時の勇咲の異常な体力を思い出して、茂木は苦笑いする。

 だが逆を言えば、彼は一番最初にぶつかる体力問題を克服した後ということになる。

 茂木は頬に流れる汗を拭うと、バラバラバラと耳障りな音が聞こえ、上空を見上げる。すると霧が濃い中、テレビ局のヘリが飛んでいるのだった。


「警察より先に来るとか、仕事熱心だなオイ」


 


 同時刻 駅前スポーツセンタービル


「そんじゃ揚羽の家行くか? 電車動いてんのかな」


 揚羽は既に執事に連れられて白銀宅へと移動し、俺と黒乃はスポーツセンターを出て白銀宅へと向かおうかと思っていた時である。


「臨時ニュースをお伝えします」


 ピコピコと電子音が響き渡り、駅前の巨大なモニターにニュースが映し出されている。


「これは現在赤城市との中継であり、特撮等ではございません。現在赤城市、白銀総合病院前にて巨大な怪物が暴れていると通報があり、今映し出されている映像が現在の状況です。怪物は白銀病院前で激しく暴れ回っており、住人に避難勧告が出されています。霧の影響で警察の到着が遅れているようです。近隣の住民はすぐに避難してください」


 画面がキャスターから切り替わると、そこには上半身が人で、下半身がムカデのような巨大な骨の怪物が暴れ回っているのだった。


「なっ!?」

「これ、まさか」


 更に驚くべきことに、怪物は何かに向かって突撃を繰り返している。

 それが一人の少年であり、しかもそれが茂木と酷似している。


「も、もっさんか、これ?」


 少年は血まみれになりながらも、両手に持った棒をブンブンと振り回している。

 彼が棒を振るたびに怪物は大きく揺れる。


「戦ってる……」


 黒乃が呟くと同時に、俺は走り出した。

 だが、その襟首が掴まれる。


「なにすんだよ!」

「私も……行く」

「そりゃありがたいが、お前」


 黒乃は何も言わず、俺の右腕を指さす。


「梶君、もう腕限界」

「…………」


 確かにガルーダとの戦いで、既に三発のスターダストドライバーを放っており、右手の感覚が怪しいのは間違いなかった。


「あと、私と行った方が速い」


 彼女はヘルムを放り投げると、仮面〇イダーが乗ってきそうな巨大なバイクを持ち出したのだ。


「なにこれ?」

「バイク」

「それは見たらわかるんだけど、あれ、もしかして今バカにされた?」

「マサムネの本当の力はこっち」

「どういうことだ?」

「どんなものでも……乗りこなせる」

「えっ、てっきりあのショットガンかと思ってたんだけど。つかこれ何CCだよ。こんなホイールデカいの見たことないぞ」


 検問とかあったら一発で捕まりそうだ。

 この前傾姿勢のやつってレーサータイプとかいうめちゃくちゃスピード出るやつなのでは。

 ヘッドライトも目つきの悪いタイプで漆黒のボディは、悪役〇イダーが乗ってきそうである。


「いいからとっとと乗れよ」


 黒乃は自身の目元を手のひらでなぞると、金属製のアイマスクが現れ、人格がマサムネと入れ替わる。


「ちょ、ちょっと待てお前、免許持ってんだろうな!?」

「バカか、なんで馬乗るのに免許がいるんだよ」

「これは馬じゃねぇ!!」

「ガタガタ言うな! オレのサイクロン号に乗せてやる」

「そこは後藤黒じゃねぇのかよ!」

「あぁ、なんだよそれ?」

「伊達政宗が乗ってた馬だよ!」

「あぁ? オレが乗ってるのは今も昔もサイクロン号だよ。歴史の教科書に踊らされてんじゃねぇよ」

「嘘だろ、歴史家が泣くようなこと言うのやめろよ!?」


 伊達政宗は愛馬にサイクロン号と名付けていた模様とか誰が信じるんだ。


「天国見させてやるぜ」

「許してくれぇぇぇ!!」


 バックファイアを噴射しながら、いかついバイクは急発進する。




「くっそ、そろそろもう一回か二回くらい新しい力に目覚めねぇときついぞ」


 茂木はゼェゼェと肩で息をしながら、コキュートスを見やる。

 そこにファンファンとサイレンを鳴らしながら救急車が飛び込んでくる。

 高いサイレンの音を嫌うようにコキュートスは救急車を睨み付けると、凄まじい勢いで突撃していく。


「まずい!」


 音撃で救急車を吹き飛ばすか? いや、そんなことをして救急車が横転したらおしまいだ。

 ならコキュートスの方を止めるしかない。

 ドン、ドン、ドンと連続で音撃を放つが全く止まらない。


「止まれ! 止まってくれ!!」


 茂木の悲痛な叫びもむなしく、コキュートスは救急車を踏みつぶした。

 かのように思われたが、逆に吹き飛んだのは骸の怪物である。


 そこには右手に金属のガントレットを装備した、友人が立っていたのだ。

 彼は救急車にぶつかる瞬間、真正面からコキュートスの頭蓋を殴り飛ばしたのだった。


「く、……クククク……」


 茂木の顔に笑みが浮かぶ。

 先ほどまでじり貧だったのにも関わらず、あの男の顔を見てそれが吹き飛んだのだ。


「なんとかまにあっ……オェーーー」


 その男はまだ何もしていないのに吐き戻した。

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