お前もうほんと最悪だな
「そんで嫌なもん見たお前は、そのまま白銀と一緒にサイゼでパフェ食って帰って来たと」
「初めて食ったけどチョコサンデーって美味いな」
「惚気てんのかこの野郎、なにがチョコサンデーだ。お前の顔面ブラックマンデーにしてやろうか」
「意味わからんけどなんか恐ろしいからやめてくれ」
昨日の内容を適当に端折りながら茂木と真凛に話す。
「えぇ……川島さん、そんなことしてたん……」
「川島が刑部とねぇ。確かにそれ見たら精神ダメージ結構でかいわ」
「自分関係ないけど、なんか凹んだわ」
「お前写真でも撮ってりゃ刑部ゆすれたんじゃね?」
「えっ、あるぞ」
俺はスマホを取り出し、昨日刑部が川島の背中を押してホテルの中へと入って行く画像を見せる。
「う、うわぁ……これきっつ」
「はっきり先生と川島さんの顔映ってるやん……」
「だろ、我ながらよく撮れてると思う」
「刑部ゆすろうぜ。多分数学なんもしなくても最高評価間違いないぜ」
「おまけにお小遣いまでくれそうやね」
「最高じゃん」
「そういう揺すってる奴の最期って大体酷いもんだぞ」
「刑部先生梶君のこと嫌いやもんね」
「そりゃあんだけ派手に恥かかされて頭髪散らされたらな」
「ふと思ったことがあるんだけどさ。この前ビラ中傷事件あったじゃん」
「ああ、あの一条は人殺しってやつ」
「あれさ、現状一番怪しいのって川島だったじゃん」
「そうやね。今のところ川島さん以外に一条さんを恨んでる人なんておれへんし」
「恨みつっても逆恨みだけどな。あれって5時間目の前にはなかったけど6時間目にはあっただろ? ってことは犯行時間は5時間目終わりから6時間目終わりってことだけど、休み時間にビラ貼ってたらさすがにバレるし、6時間目中だと思うんだが、6時間目川島は教室にいた」
「ってことはアリバイ成立だな」
「ああ、生徒に関してはほとんどアリバイ成立だと思うんだけどさ。俺ちょっと気になって刑部の授業割りみたんだけど、あいつこの時間フリーなのよ」
「……まさか」
「刑部が怪しいんじゃね?」
「でも多分もし刑部が貼ってたとしても奴は実行犯なだけで黒幕は結局川島なんじゃねーの? 刑部の弱みを握ってるとも言える川島が刑部に協力させてビラを撒いた」
「うん、だからあの件は結局川島が犯人だと思う」
「あっ、ウチ他の女の子から話聞いたんやけど、山田さんと川島さんって実はそこまで仲良くなかったらしいで」
「えっ、マジで? じゃあなんであいつはそんな奴を自分のグループに入れたいって言いだしたんだ?」
「ん~、もしかしたら山田さん川島さんと刑部先生の関係知ってたんちゃうかな」
「それは多分知ってるだろうな……」
俺は先ほどの茂木の言葉を思い出した。
「まさか山田は川島をゆすっていた?」
「おぉっときな臭くなってまいりました」
「わ、わかれへんで全然憶測やし」
「となると山田を襲った犯人は川島なのか?」
「人一人の爆殺なんて女子一人でできるわけねぇぞ」
「刑部がなんらかの手を貸して、川島と一緒に山田を襲うに至った」
「おいおい推理もんじゃねーんだから、こういうのはバーロさんの専売特許だろ」
「なんか変に芋づる式に話が広がって来たな」
「大丈夫か、俺たち一条へのいじめを止めたいのであって、怪奇事件を解決したいわけじゃないからな」
「わかってるって」
「とりあえず証拠集めせーへん? まだこれ全部うちらの妄想でしかないしさ」
「そうだな。とりあえず、ビラに関しては証拠は残ってるはずだからその辺当たろう」
「うん」
職員室や、その周辺を聞いて回ると、あの日刑部がコピー用紙を持って使われていない生徒会準備室へ入って行ったことが新たにわかった。
俺たちは許可を得て生徒会準備室に入ると、そこには古びたコピー機が一つ備品に紛れて鎮座していた。
「これか……」
「原本忘れてたら楽なんだけどなー」
「そこまでバカじゃないだろ」
パカっとカバーを開けると、そこには一枚の紙が裏向きでセットされていた。
「…………」
「…………そんなまさか」
茂木が紙をめくると、そこには一条黒乃は人殺しと書かれていた。
「……バカだったな」
「そうだな」
「でも間違いないな。刑部はここで中傷のビラを印刷して校舎内に貼って回った」
「ほんとあいつ殺した方がいいんじゃないか」
「俺もそう思う」
二人で話していると突如準備室の扉が開く。
そこには今一番ホットな男、刑部がギョッとした目で俺達を睨んでいた。
「何をやっとるんだお前らは! ここは許可がなければ入ってはいかんと知らんのか!」
「許可は貰ってますー、俺たち清掃委員なんですー」
「なっ!? そんなこと聞いとらんぞ!」
「なんで担任でもない刑部先生に、ウチのクラスの清掃委員の話がいくんですか」
「ぐっ……とにかく出て行け、ここは今から俺が使う」
「はーい」
刑部は苛立たし気にプリンターの前へとやって来る。
「先生どうしたんですか、忘れものですか?」
「うるさい、さっさと消えろ!」
「ちなみに先生の探してるものってこれですかねー?」
俺は一条黒乃は人殺しと書かれたコピー用紙を見せつける。
「なっ!? 返せ!」
「おかしいですね先生、今返せって言いましたよね。ということはこれ先生が忘れていったってことですよね」
「違う!」
「俺思ってたんですよ、この字誰かの字に似てるなって。中傷文のわりに手書きなんですよねこれ。そこそこ達筆だと思うんですけど、普通こういう怪しい物ってパソコンで書きますよね」
「だからなんだ!」
「これ書いた人多分パソコンに弱いんですよ。パソコンで作ってそのまま出力すれば、こんなプリンターの上に置き忘れとかバカみたいなミスしないんですよ。刑部先生の作るテスト問題って……いつも手書きですよね?」
バレてんぞお前と副音声を発しながら見やると、突如刑部が掴みかかって来た。
「それを渡せ!」
「ふざけんじゃねぇこの教師失格が!」
刑部と揉みあいになるが、こちらは茂木と二人である。いくら力が強かろうがこの狭い準備室で二人をまともに相手に出来るわけがない。
刑部を突き飛ばすと壁にぶち当たり、腰を下ろした。
「このクソ野郎マジで終わってんな」
第四ボタンまで引きちぎられたカッターシャツを正し、尻を着いた刑部を見下ろす。
「返してくれよぉ……」
驚くことに刑部は涙声になっていた。
「マジかよ、泣いてんのかよ」
「散々生徒泣かしといて、自分のことになると泣くとかマジクズ」
「頼む、お前らの数学の成績はなんとかしてやってもいいし、出席日数も適当に誤魔化してやれる。そうだ現国の田沼先生なら俺の後輩だから、なんとかしてやることもできるぞ!」
「いるか!!」
俺の怒声が準備室に響き渡る。
土下座しだした刑部に心底嫌になる。
「先生さ、これあんたの意思でやってるわけじゃないだろ」
「そ、そうなんだ、俺は脅されていて」
「それ、先生の身から出た錆でしょ。俺昨日どんぐり坂のラブホ前にいたんですよ」
刑部が今までとは違い、一気に血の気が引いていく。
「俺、こういうこと言うとあれなんですけど、正直援助交際とかどうでもいいと思ってるんですよ。お互い金と快楽の為にやるギブアンドテイクですから。それを軽蔑しないかって言うと話は別ですけど。でもね、あんたがこのビラをばら撒いたのは100%己の保身だ。相手になんて言われたかは知りませんけど、この関係バラされたくなかったら協力しろって言われたんでしょ。あんたはバラされたくないから、全く関係ない一条を中傷するビラを撒いた。教師でありながら生徒と関係を持って、その生徒に脅されて別の生徒を中傷した。今更あなたに俺の言葉が響いて改心するなんて思っちゃいませんよ。でも、謝って下さい一条に、教師として一片の自覚があるのなら傷つけた生徒に謝って下さい」
刑部はずっと正座したまま目元を赤くしている。これが嘘泣きなのか本気泣きなのか、それが罪悪感によるものなのか、己の身の破滅によるものなのかは知らないが。
「あんたを揺すってる生徒は知ってるので、そのことに関しては俺から言います。一条に謝れ、あんたと縁を切れって。それを言った後そいつがどうするかは知りません。ヤケになってあんたとのことを言うかもしれないが、それは受け入れて下さい、あんたが悪いんだ。ただし、俺はこのことに関して基本的に口外するつもりはありません。ここにいる俺ともっさんと、もう一人知っている人物がいますがそいつらは口外はしません。ですのであなたとその揺すってる生徒が一条に謝って、金輪際迷惑をかけないなら俺達はそれで終わりにします」
「…………」
「あいつ灰みたいになってたな」
「なんか髪抜けてたしな。ハゲ部になってたし」
「写真も見せつけてやれば良かったんじゃねぇか? それにあんな奴のアフターケアもしっかりやってるし」
「あんま追い詰めすぎるとそれこそ何しでかすかわかんねぇしな。それにあいつに話つけさせる方がこじれそうだ」
「ごもっとも」
俺たちが準備室を出ると、丁度そこに鼻と前歯が通りかかり肩と肩がぶつかった。
「おっ、すまん」
「悪い悪い」
前とは態度が少し変わって、こちらの目を見ようともしない。
「スマホ落ちたぞ」
「ありがと」
前歯は俺のスマートフォンを拾うと手渡してくれる。
「気をつけろよ」
一瞬前歯がニヤリと笑った気がする。
「?」
「どうした?」
「いや、なんか前歯がキッショイ笑い方をしててな」
「そんなの前からだろ」
「お前らそういうのは本人がいなくなってから言えよ……」
前歯がちょっと肩を落とし鼻に慰められながら消えていった。
「あいつらここで何してたんだろ……」
待ち構えていたような気がしなくもない。
「とりあえずこれで解決じゃないか」
「そうだな、あーなんかすげぇ疲れた」
その後俺は川島と話をして、今回のことを一切口外しないことを約束に、一条への謝罪を取り付けることが出来た。