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7 先生

 子供の頃、俺のいた施設を定期的に訪ねてくれる作家さんがいた。絵本を描くのが主だと言う。……名前は、もう忘れた。「先生」とだけ呼んでいたから。

 先生は自分の描いた本から、他の人の描いた本まで、色々寄贈してくれた。一番気に入ったのは先生の描いた、恐竜の本だ。隕石が落ち、氷河期が来て、恐竜たちは一匹また一匹と死んでいってしまう。お母さん恐竜は最後の力を振り絞って卵を産むが、そこで力尽き、通りすがったネズミたちに後を託して死んでしまう。

 ネズミたちは懸命に卵を温め、孵化(ふか)させる。ネズミたちは子供恐竜を家族同然に育てるが、子供恐竜はどんどん大きくなり、ネズミの巣が窮屈(きゅうくつ)になってしまう。


――みんなに迷惑をかけたくない。


 子供恐竜は外に出るが、寒い寒い雪の中で凍えてしまい、ネズミたちが見つけたときには、お母さん恐竜のそばで冷たくなっていた、という話。


 何度も読み返しては、さめざめと泣く俺のそばで先生は言った。


――リュウセイくんは、その本のどんなところが好き?

――よく分かんない。子供恐竜がバカで頭に来るのに、最後死んじゃうから、もっと頭に来る。


 すると先生は、俺の目をじっと見つめて言ったのだ。


――ならリュウセイくんも、お話を考えてみたら? 読んでいて頭に来ないお話。


 「出来る?」と尋ねる彼女に、「出来る!」と答えて……それが最後の会話だった。

 翌週のテレビニュースに先生の顔写真が出た。事故死したとのことだった。


※ ※ ※


「――さん。リュウセイさん。起きてください!」

「うわぁっ!?」

「きゃっ!?」


 悪夢から飛び起きると、木目の粗いテーブルに突っ伏している自分を発見した。

 ここはどこだろう、と考えて、アエスタと名乗る修道女に救済小屋なる施設へ連れてこられたのを思い出した。


「大丈夫ですか? うなされてましたけど」

「うっ……」


 アエスタは、じっと俺の目をのぞきこんでくる。まるで、あの日の先生みたいに。顔も年齢も、住む世界すら違うのに、どうしてか似たような雰囲気を感じ取ってしまう。


――もう昔のことだ、忘れろ龍生(りゅうせい)


 俺はなんとか冷静になろうとした。そんな俺の心を知りもしないで、アエスタは手にしたお盆を渡してきた。


「パンとスープしか無いですけれど、良かったら召し上がってください。お話ししたいことは、その後にします」

「ありがとう……」


 パンを口にする。硬く、ぼそぼそしていて、いまひとつだった。それでも、腹が減っていたので文句は言わないでおく。

 ふと扉のほうを見ると、その影からこちらに向いている複数の視線とぶつかった。小さな子供たちだ。お世辞(せじ)にも綺麗とは言い(がた)い服装をしている。

 俺の視線に気づいたアエスタが、ああ、と声を上げる。


「申し遅れました。ここは元々、貧しい人にパンを支給するために、国が作った施設なんです。けれど、行き場の無い子供たちが集まるようになってしまって……私が責任者になってからは、なるべく泊めてあげるようにしているんです」

「ふぅん」


 スープを(すす)る。塩とタマネギの薄い味しかしない。察するに余計な出費のせいで、この小屋の運営はかなり苦しいのだろう。

 ……話があるって、金の話じゃないだろうな?


「それで、お話なんですけれども」

「金なら無いよ」

「いえ、そうではありません。迷子を(さが)して欲しいんです」

「邪魔するぜい」


 野太い声がアエスタの話を(さえぎ)った。ドカドカと足音を立てて、いかつい男たちが入室してくる。アエスタが、きっと(にら)みつけた。


「夜分に、どちら様でしょう」

「どちら様とは失礼だな。獣人の子供を捜してる尼さんがいるってから、断りに来たんだよ」


 一番偉そうな男が手を引いて連れてきたのは、


「こいつは、うちの奴隷市場でオークションにかかる。売れた金は手間賃(てまちん)を差し引いて、この施設のものになる。だから、後から人さらいだ何だって騒がねえでくれよ」

「……あ」


ギルドからここへ来るとき、道を訊ねた猫耳の少女だった。

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